宿儺は痺れて動けなくなった右手を払いながら、嘯いてみせる。
「ほぅ、これはこれは──その褐色肌に人間とは思えぬ剛力、凶悪な闘気。嘗て我等の始祖である鬼神王、
「なんだぁモヤシ野郎、物知りじゃねぇか」
「大江山の頭首、現代最強の鬼神──酒呑童子の討伐にも坂田金時の異名で関わっているのだ。我等鬼にとって、忘れがたき名前よ」
桃太郎に金太郎。
日本を代表する伝記の主人公、その両方の元ネタになった益荒男に、宿儺は敵愾心を剥き出しにする。
「己を誰だと思っている……嘗て肥前の地で悪逆の限りを尽くし、鬼神王の再来とまで謳われた大化生、宿儺だぞ!!」
宿儺は群青色の妖気と鬼気を開放する。
山河を容易に砕き、大海原を割る腕力を誇る彼の魔気は容易に魔界都市全土を包み込んでみせた。
大和は嗤う。
「笑わせんな……テメェが温羅のクソジジイと再来だと? はなたれ小僧が、寝言は寝てから言いやがれ」
大和の闘気が開放される。
真紅のオーラは大和の生命力そのもの。宿儺の魔気ごと魔界都市を包み込み、地球を、太陽系を、銀河を、宇宙を、それ以上の空間を侵食し、包み込んでみせる。
宿儺は呆然とした。
己の力に絶対的な自信を持っていたが、それも容易に砕けてしまった。
あまりに格が違い過ぎる。
嘗て世界を、宇宙を、幾度もなく救った大英雄は、存在そのものが「一つの世界」に成っていた。
世界の、ちっぽけな存在でしかない己を自覚し、宿儺は歯を食い縛る。
それでも恐怖が勝ったようで、背後で暴れ回る暗黒デイダラボッチに命令する。
「デイダラボッチよ!! そこな生意気な人間を叩き潰せ!!」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
暗黒デイダラボッチは応じ、大地を砕き跳躍する。
500メートルを超える巨体が宙を舞い、大和を踏み潰そうとした。
しかし大和は拳を振り上げる。
瞬間、爆風が巻き起こった。
大和のパンチは、その衝撃波のみでデイダラボッチを粉微塵にしてしまった。
断末魔の悲鳴を上げ、塵も残さず消えていく暗黒デイダラボッチ。
大和は首を傾げた。
「次は? 次だ」
手を差し出し、クイクイと手招きする。
宿儺は慌てて周囲の土蜘蛛達に命令を飛ばした。
「お前等!! 奴を取り囲み、その四肢を引き裂け!! はようしろっ!!」
土蜘蛛達に恐怖などない。
そんな高等な感情を抱けるほど頭が良くない。
数十体の土蜘蛛が大和に飛びかかり、その四肢を、首を、もぎ取ろうとする。
しかし、ビクともしない。
皆、地が割れるほど踏ん張っているのに、大和は平然としていた。
彼は笑いながら宿儺に歩み寄る。
「もう終わりか? 次だ、次。次を出せ」
「いぃ……ッ!?」
土蜘蛛達を引き摺りながら歩み寄ってくる大和に、宿儺はとうとう恐怖で尻餅をついてしまう。
大和は彼の前で止まると、その顔を掴み、容易に持ち上げた。
「ならテメェ等のショータイムは終わりだ。ここからは、俺のショータイムだぜ」
◆◆
大和は哄笑を上げながら宿儺を振り回す。
まるでヌンチャクの様に宿儺の手足を持ち替え、ぶん回していた。
「ハハハハ!! 鬼ヌンチャクってやつだ!! 中々いい武器だ!! 気に入ったぜ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
悲鳴を上げる宿儺で土蜘蛛達を叩き潰していく大和。
動けないでいる土蜘蛛達を容赦なく殺戮していく。
暫くすると、この場の土蜘蛛一族は全滅していた。
血の池地獄の完成である。
大和は宿儺を持ち上げ、その面を確認した。
彼はあまりの痛みと衝撃で気絶していた。
大和はニタリと嗤うと、肝臓ごと骨肉を握り潰す。
宿儺は悲鳴を上げ目を覚ました。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!! がぁッ!!? カハッ!! ハァ、ハァ……!!」
「何寝てんだよ、ショータイムはこれからだぜ?」
「た、頼む、これ以上は、許してくれ、俺が悪か……ッ」
「うるせぇよ」
大和は宿儺を地面に叩き付け、マウントポジションを取る。
そして心底楽しそうに指をポキポキと鳴らした。
「さぁて、こっからが本番だ。安心しろや、百発で止めてやる。百発で死ぬようにきちんと手加減してやる」
「お、お願いだ! お願いします!! 助けてください! 殺さないで!! 命だけは! 財宝ならいくらでも払う! なんなら貴方様の部下になってもいいから……!!」
ゴキンと、宿儺の顔面に拳骨が振り落とされる。
顔面を陥没させ鼻血を吹き出す彼の頭を、大和は掴んで持ち上げた。
「お前、同じ事言う奴を今まで見逃した事があるか?」
「はへっ……?」
「わかるんだよ、俺ァ……同じ苛める側の気配ってのが。お前、弱いもの苛め大好きだろ?」
「そ、そんにゃことはッ」
「いいんだぜ、素直になれ。俺も大好きだ。お前みてぇな弱いもの苛めして調子乗ってる奴を苛め殺すのが、三度の飯より大好きだ♡」
「た、たしゅけ……っ」
グシャリと、大和の拳が宿儺の顔面を潰す。
その後、何度も何度も、丁寧に、角度を変えて拳を振り下ろす。
大和の顔には凶悪な笑顔が貼り付いていた。
返り血を浴びても、拳を振り下ろすのを辞めない。
あまつさえ、殴った回数を楽しそうに数えている始末だ。
「50♪ 51、52ぃ!」
最早、宿儺の意識はない。
殴られる度に手足を痙攣させている。
大和の極悪スマイルは更に深まるばかりだった。
「98、99ぅ、100!! はいドンピシャぁ!!」
大和は立ち上がる。
そこには、顔面がスプラッタ状態になった宿儺がいた。
最早見る影もない。
既に息も絶えている。
大和は血だらけになった拳を振り払うと、踵を返す。
地に伏している上体だけの死織に真紅のマントを被せ、くるみ、抱きかかえた。
そうして幽香達の元へ向かう。
「あの、あぅあぅ、や、大和……っ」
幽香も、他の幽霊達も、怯えていた。
大和の悪辣な笑みを間近で見ていたからだ。
大和の手が伸びる。
幽香達は目を瞑った。
幽香の頭に、ぽんと手が置かれる。
そしてクシャクシャと桃髪を撫でまわされた。
「怪我してねぇか?」
「……~~~ッッ」
幽香はポロポロ涙を流し、鼻水を垂らしながら大和に抱きつく。
他の子ども幽霊達もだ。
「びぇぇぇぇぇぇぇん!!!! やまどぉぉぉぉぉぉ!!!!! こわかったよぉぉぉッッ!!!!」
抱きついておんおん泣き叫ぶ子供幽霊達に、大和は肩を竦める。
胸の中で安心している死織を抱きしめながら、大和は打って変わって柔らかく笑んでみせた。
「ったく、世話のかかる奴等だぜ」
こうして、魔界都市での騒動は一段落付いた。