天守閣にて。
邪仙、雅貴は呪符で恋次の斬撃を防ぐと、どうしてもといった様子で告げた。
「むぅ、やはり我慢できぬ……大嶽丸、もう一度俺の部下にならぬか? お前ほどの男、手放したくない!」
「…………」
「お前以外に、俺の右腕が務まる男など存在しないのだ!!」
「鈴鹿が、居るではありませんか」
「あ奴は俺の懐刀よ。右腕はお前だ!」
「…………」
「そうか、残念だよ……」
心底残念そうに肩を落とす雅貴。
恋次は枯れた声で言った。
「問答はもう終わりです。……決着を付けましょう」
「……わかった。俺も覚悟を決めよう! 来い! 大嶽丸!!」
雅貴は腰のホルスターから旧式の拳銃を抜き放つ。
恋次も白鞘を翻し、逆袈裟斬りを放った。
◆◆
雅貴の拳銃はカスタムされた二十六年式拳銃だ。
当時の帝国では主流だった中折れ式で、廃莢と装填の際に腹部を折り曲げる必要がある。
この手間から近代に移ろうにつれて廃れていった拳銃であるが、雅貴は未だ愛用していた。
その理由は帝国への愛着心と、十分に活用できるよう魔改造が施されているからである。
銃身の先端──本来弾丸を射出する部分が欠けており、その代わりに呪術で編まれた暗黒色の刀身が発現していた。
ガンブレード。
雅貴は呪術を練り込んだ弾薬で刀身を強化しつつアクロバティックに戦う、変則的な剣士だった。
雅貴は左手にガンブレードを、右手に呪符を携えながら吠えた。
「加減などするなよ大嶽丸!! 本気で殺しに来い!! 俺もお前を本気で殺してやる!! あの鬼狩りめに斬らせる位なら、俺自ら斬ってくれるわ!!」
「無論!」
恋次は本気で白鞘を振りかぶる。
振り下ろされた渾身の一太刀を、雅貴は正面から迎え撃ってみせた。
振り下ろしと斬り上げ、両方が重なり合う瞬間、雅貴はトリガーを引く。
弾丸に編み込まれた呪術が発動、威力が増大し恋次の絶剣と張り合ってみせる。
衝撃が天守閣を半分に断ち、莫大な剣圧で空間が揺れた。
雅貴は呪符で恋次を周囲の空間ごと固定すると、トリガーを連続で引き剣舞を織り成す。
五行の理から成る属性の連斬は空間ごと恋次を断つ筈だった。
しかし恋次は筋力のみで束縛を脱し、迫る斬撃を防ぐ。
雅貴は驚愕しながらも瞬時に表情を引き締め、念道力で彼を無理矢理後退させた。
その僅かな隙にリロード。
廃莢、弾薬を補填するまでにかかった時間はコンマ一秒。
段違いの速度である。しかも彼の拳銃は中折れ式だ。
雅貴は更に呪符を数枚取り出し、呪詛を吹き込む。
恋次が瞬時に詰め寄り白鞘を煌かせるも、呪符が刃の往く手を阻む。
符に触れた瞬間、斬撃が向きを変えて恋次に迫った。
「ッ」
恋次は辛うじて避けるも、右肩を抉られる。
その隙を雅貴は見逃さない。果敢に攻め立てる。
恋次は防御に徹し、時に捨て身の一刀を繰り出すも、当たらない。全てが空を斬る。
雅貴の周囲に常に施されている結界のせいだ。
陰陽風水が秘奥『陰陽遁甲』。
その効果は運気の改竄による危難回避、解消。つまるところの運命改変である。
現実を歪めるレベルの幸運を一時的に獲得し、あらゆる災いを未然に回避する。
ようは可能性の拡大化。相手の攻撃に対して回避が成功する確率を強制的に100%にする。
恋次の攻撃が当たらないのは、これによる回避が成功しているからだ。
この術を力だけで破ることはできない。
およそ何の工夫も見られない攻撃はまず外される。
しかし、無理矢理引き寄せた幸運は相応の災いを招く。
回避した攻撃が強ければ強いほど、それは逃れようのない破滅の運命としてやって来る筈なのだ。
そう、本来であるならば。
雅貴は稀代の大陰陽師である。
左道の邪仙として呪いの扱いに長ける彼は、そういった災いを回避する術を知っている。
雅貴は術の発動で生じる禍福のオーラを操り、自らの霊力として蓄える事ができるのだ。
敵の攻撃は確実に躱し、それと共に自らの呪力を上げていく。
まさしく理不尽の権化。
大正末期まで雅貴が滅ぼされなかった大きな理由の一つがこれだ。
恋次の規格外の剛剣によって最大限に高められた霊力が爆発する。
トリガーを連続で引いて恋次を曇天へ弾き上げると、雅貴は稚気と邪気を交えた満面の笑みを浮かべた。
「俺は魔術というものが大好きだが──近代兵器も大好きだぞ!! 浪漫がある!!」
デスシティの空を賽の目状に区切ると、そこから禍々しい巨大な鉄塊を召喚する。
幾多の噴出口から煙を上げる30メートルを超える鉄塊は──デスシティの誇る最強最悪の原爆だった。
『ハルマゲドン』
その威力は超新星大爆発にも匹敵する。
未だ開発中であるが、雅貴はコレが完成する遥か未来からわざわざ取り寄せたのだ。
鈍い轟音を上げて、ハルマゲドンが起爆する。
本来であれば地球が一瞬で消し飛ぶ超兵器の発現は、しかし雅貴自身が展開した強固な結界で圧縮される。
超新星の死に様、規格外エネルギーの放出に恋次は成すすべ無く呑み込まれていった。
雅貴は加減などしない。
更に最強の
それは三千世界にのさばる不浄を焼き払う、不動明王の火焔が顕現する知らせだった。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタ・タラタ・センダ・マカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバ・ビキンナン・ウンタラタ・カンマン──神威顕現・火界咒ッッ」
超原爆ハルマゲドンを超える、三千世界を焼き尽くす破滅の業火。
雅貴は結界に多数の次元の穴を作る事で、この規格外の威力を外部へ逃す。
名も知らぬ数多の宇宙を焼き尽くしながら、恋次は燃え滓になる筈だった。
──しかし。
「……勝機ッッ!!!!」
結界を破り、恋次が急降下してくる。
雅貴は驚愕で金色の双眸を見開いた。
今の一撃は、恋次が耐えきれるものでは到底無かった筈だ。
恋次の携える白鞘が七色の光を帯びている。
雅貴はそのカラクリを瞬時に読み解いた。
「術式付与か──しかも俺の陰陽遁甲と同質の、相手の攻撃を吸収する型!! しかし、それ程の術式……大嶽丸貴様!! 何十年練り上げてきた!!」
「30年前からです。この時が必ず来る──そう信じておりましたッ」
恋次は五十嵐組に忠誠を誓ってから三十年余り──地道にこの術式を練り上げてきた。
何時か雅貴と決着を付ける──その日が来ると信じて、ずっと。
幾星霜の想いが実り、恋次の剛剣は多次元宇宙を断ち切れる威力を内包するに至った。
陰陽遁甲の許容範囲を優に超えている。
しかし雅貴は嬉々としてガンソードを構えた。
「ならば来い!!!! お前の想い、受け止めてやるッッ!!!!」
雅貴は今ある呪符を全て起動させ、霊力も今できる最大まで練り上げる。
そうして正面から恋次を迎え撃とうとしたが──ふと、離れて戦う茜の危機を知る。
雅貴は迷わず茜を護るため符を飛ばした。
そうして出来た一瞬の隙に、雅貴は恋次の渾身の一刀を受けてしまった。
◆◆
恋次は致命傷を負って倒れ伏す雅貴を見下ろし、唇を噛みしめていた。
彼が何故、自分の剣を無防備に受けたのか──その理由を知ったからだ。
苦渋に満ちた表情をする恋次に、雅貴は笑いかける。
「何だその表情は、大嶽丸……お前は俺を、倒したのだぞ……」
「……納得できません。こんなッ」
「我儘を、言うでない。全く……もっと誇らんか。俺は、誇らしいのだぞ。お前と正面から語り合えたのだ」
「……」
「悔いは、無い。……さぁ、早うトドメを刺せ……お前に殺されるのならば、本望だ」
「ッッ」
恋次は血が滲むほど唇を噛みしめる。
納得できない、こんな結末。
愛する女を護った元・主を、殺す事など──
しかし────
「…………私情は、挟みません。俺は、五十嵐組の、組員ですから……」
自分に言い聞かせる様に言う恋次に、雅貴は苦笑を向ける。
「……やるのだ大嶽丸。過去に、ケジメを、つけろ……」
「ッッ…………」
恋次は溢れ出た涙を拭い、表情を引き締める。
そして、大の字に倒れ伏す雅貴に最期のトドメを刺すために、白鞘を振り上げた。
「……では」
「ああ、達者でな……恋次」
振り下ろされる白刃。
そのまま雅貴は真っ二つになる筈だった。
しかし──
「それまでだ。もういいだろう?」
可憐で、温かい語気を含んだ声。
褐色の柔らかい手の平が、恋次の放った刃を優々と受け止めた。
「!!?」
恋次は驚愕する。
まるで天使の如き美少女が佇んでいたのだ。
ショートに整えられた桃色の髪、薄く焼けた肌。
十代ほどに見える顔立ち、しかし大きく実った乳房は大人の女性顔負け。
漆黒の羽で編まれた法衣は神秘的でありながら妖艶。
彼女は頭の上に生えた漆黒の小翼をパタパタとはためかせる。
潤った唇に微笑を浮かべ、恋次の白鞘を優しく握り込んだ。
聖書に記されし最も偉大な四名の熾天使、その一角。
正義と焔を司る厳格な天使でありながら、堕天した変わり者。
宇宙開闢と終焉の焔を司る堕天使、ウリエル。
彼女の登場が意味する事とは、雅貴の復活に関わるものだった。