villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

71 / 255
第七章「異世界伝」
一話「勇者召喚」


 

 

 デスシティとは全く違う異世界にて。

 中世ヨーロッパを連想させる文明では魔法と剣術が発達し、魔物や妖精が当たり前の様に棲息していた。

 

 この世界の北側を領土にしている王国「サーティス」。

 雪解け水から成る豊富な水源と独自の特産品、何より治世の才に恵まれた三代目国王が敷く善政で、「平和の象徴」として世界中から愛されていた。

 

 しかし数ヵ月前、世界を震撼させる大問題が発生する。

 地の底からモンスターが溢れ出し、人々を襲ったのだ。

 運悪く近隣にあった南方の連合国は壊滅。噂では聞くに堪えない畜生の所業により、生き地獄と化しているらしい。

 凶悪なモンスター達を統べているのは、魔王と呼ばれる強大な力を持ったモンスター。

 彼は廃墟となった連合国を拠点にし、北にあるサーティス王国への進軍を目論んでいた。

 

 サーティス王国、国王はこの危機的状況を打破すべく、最大戦力である勇者一行に魔王討伐を命じた。

 国王の息子であり、類稀なる剣技と魔法の才を持った彼とその仲間達なら、あるいは……国王も領民も、大いに期待を寄せていた。

 しかし現実はそう甘くない。勇者一行は全滅。交信は途絶え、行方も知れない。

 国王は息子を失った悲しみに暮れる間もなく、現状の打破を国民から要求されていた。

 国王は藁をも縋る想いで、親戚の娘である召喚術士に頼った。

 

 この世界での存在では魔王軍に対抗できない。異世界から勇者を召喚してくれ──と。

 

 召喚術士は一度、断ろうとした。

 異世界からの召喚など試みた事が無い。

 一体どんな存在が召喚されるか──彼女自身も全くわからなかったのだ。

 

 しかし現状は絶対絶命。

 安全を考慮するなどという余裕は無かった。

 国王も、国民も、魔王を駆逐しうる「強大な存在」を求めていた。

 

 召喚術士は異世界から勇者を召喚する決意をする。

 その当日、魔王軍の大幹部──魔元帥「黒龍王」が王国に飛来した。

 50メートルを超える漆黒の巨龍は王国を蹂躙するのも程々に、王城に飛来する。

 彼は真っ赤な口を裂かせ、吠えた。

 

『召喚術士を出せ!! 我が王の占術によって貴様等の目論見、全て見通し済みよ!!』

 

 国王は近衛兵団のみならず、駐屯する全ての兵団を集めて黒龍王に対抗した。

 その間に召喚術士を地下に逃したのだ。

 

 彼女は薄暗い地下の祠で必死に召喚術式を編んでいた。

 来たれ、異世界の勇者よ──と。

 

 

 ◆◆

 

 

 司祭服に身を包んだ美少女は魔法の大杖で地に召喚陣を描き、着々と呪文を唱えていた。

 

 肩で揃えられたプラチナブロンドの髪が靡く。

 白磁の様な柔肌に薄桃色の唇。司祭服の上からでもわかる豊満な肢体は実に艶やか。

 貞淑と色香を併せ持つ彼女は、王国でも数多の求婚願いを提出される絶世の美少女である。

 しかし今はその美貌を悲痛で歪めていた。

 

 今現在も犠牲者が出ている。

 王国から全兵力が出ているとは言え、あの巨龍を長時間足止めする事など不可能。

 

 召喚術士は最後に祈りを捧げる。

 誰よりも強い益荒男を、この地に遣わせたまえ──と。

 

 召喚陣が輝き、真紅の爆風が吹き荒れる。

 濃密過ぎる生命オーラだ。

 召喚術士は目を開ける事すらできなかった。

 

 暫くして奔流が止むと、召喚術士は恐る恐る目を開ける。

 そこには力強くも美しい、褐色肌の美丈夫が居た。

 

「……俺を呼んだのはお前か、お嬢ちゃん」

 

 その甘く低い声に、召喚術士は脳味噌を熱泥に変える。

 最早目の前の益荒男の事しか考えられないでいた。

 

 鋭利な三白眼に獰猛なギザ歯。

 それらを抱えながら全く色褪せない神域の美貌。

 鍛え抜かれた肉体は二メートルを優に超えるも、全く重さを感じさせない。

 

 清潔感のある白と黒の浴衣。

 肩から羽織られた真紅のマントは彼のトレードマーク。

 腰に帯びられた大小の日本刀は、彼の体躯に合わせ拵えられた特注品だった。

 

 

 大和──世界最強にして最悪の勇者が、異世界に召喚された。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。