一話「勇者召喚」
デスシティとは全く違う異世界にて。
中世ヨーロッパを連想させる文明では魔法と剣術が発達し、魔物や妖精が当たり前の様に棲息していた。
この世界の北側を領土にしている王国「サーティス」。
雪解け水から成る豊富な水源と独自の特産品、何より治世の才に恵まれた三代目国王が敷く善政で、「平和の象徴」として世界中から愛されていた。
しかし数ヵ月前、世界を震撼させる大問題が発生する。
地の底からモンスターが溢れ出し、人々を襲ったのだ。
運悪く近隣にあった南方の連合国は壊滅。噂では聞くに堪えない畜生の所業により、生き地獄と化しているらしい。
凶悪なモンスター達を統べているのは、魔王と呼ばれる強大な力を持ったモンスター。
彼は廃墟となった連合国を拠点にし、北にあるサーティス王国への進軍を目論んでいた。
サーティス王国、国王はこの危機的状況を打破すべく、最大戦力である勇者一行に魔王討伐を命じた。
国王の息子であり、類稀なる剣技と魔法の才を持った彼とその仲間達なら、あるいは……国王も領民も、大いに期待を寄せていた。
しかし現実はそう甘くない。勇者一行は全滅。交信は途絶え、行方も知れない。
国王は息子を失った悲しみに暮れる間もなく、現状の打破を国民から要求されていた。
国王は藁をも縋る想いで、親戚の娘である召喚術士に頼った。
この世界での存在では魔王軍に対抗できない。異世界から勇者を召喚してくれ──と。
召喚術士は一度、断ろうとした。
異世界からの召喚など試みた事が無い。
一体どんな存在が召喚されるか──彼女自身も全くわからなかったのだ。
しかし現状は絶対絶命。
安全を考慮するなどという余裕は無かった。
国王も、国民も、魔王を駆逐しうる「強大な存在」を求めていた。
召喚術士は異世界から勇者を召喚する決意をする。
その当日、魔王軍の大幹部──魔元帥「黒龍王」が王国に飛来した。
50メートルを超える漆黒の巨龍は王国を蹂躙するのも程々に、王城に飛来する。
彼は真っ赤な口を裂かせ、吠えた。
『召喚術士を出せ!! 我が王の占術によって貴様等の目論見、全て見通し済みよ!!』
国王は近衛兵団のみならず、駐屯する全ての兵団を集めて黒龍王に対抗した。
その間に召喚術士を地下に逃したのだ。
彼女は薄暗い地下の祠で必死に召喚術式を編んでいた。
来たれ、異世界の勇者よ──と。
◆◆
司祭服に身を包んだ美少女は魔法の大杖で地に召喚陣を描き、着々と呪文を唱えていた。
肩で揃えられたプラチナブロンドの髪が靡く。
白磁の様な柔肌に薄桃色の唇。司祭服の上からでもわかる豊満な肢体は実に艶やか。
貞淑と色香を併せ持つ彼女は、王国でも数多の求婚願いを提出される絶世の美少女である。
しかし今はその美貌を悲痛で歪めていた。
今現在も犠牲者が出ている。
王国から全兵力が出ているとは言え、あの巨龍を長時間足止めする事など不可能。
召喚術士は最後に祈りを捧げる。
誰よりも強い益荒男を、この地に遣わせたまえ──と。
召喚陣が輝き、真紅の爆風が吹き荒れる。
濃密過ぎる生命オーラだ。
召喚術士は目を開ける事すらできなかった。
暫くして奔流が止むと、召喚術士は恐る恐る目を開ける。
そこには力強くも美しい、褐色肌の美丈夫が居た。
「……俺を呼んだのはお前か、お嬢ちゃん」
その甘く低い声に、召喚術士は脳味噌を熱泥に変える。
最早目の前の益荒男の事しか考えられないでいた。
鋭利な三白眼に獰猛なギザ歯。
それらを抱えながら全く色褪せない神域の美貌。
鍛え抜かれた肉体は二メートルを優に超えるも、全く重さを感じさせない。
清潔感のある白と黒の浴衣。
肩から羽織られた真紅のマントは彼のトレードマーク。
腰に帯びられた大小の日本刀は、彼の体躯に合わせ拵えられた特注品だった。
大和──世界最強にして最悪の勇者が、異世界に召喚された。