一方、南側の連合国跡地にて。
嘗て栄華を誇った南国の楽園は、最早面影すら残していなかった。
冷たい風に晒され朽ちていく廃墟が虚しさを強調する。
男を中心に子供、老人まで皆殺しにされ、女は慰め物にされていた。
男達の亡骸は槍に串刺しにされ、そのまま街中に突き立てられている。
多くのテントからは女達の悲鳴と喘ぎ声、そしてオークの下品な笑い声が聞こえてきた。
謁見の間だった場所で。
玉座であろう大椅子で、屈強な魔人が寛いでいた。
死人の如き白き肌、額に生えた巨大な羊角、屈強な背中を覆うは蝙蝠の巨翼。
身長二メートルを優に超えるこの美男こそ魔王──魔界より侵攻して来た魔王軍の首領である。
若いながらも圧倒的な強さとカリスマ性を発揮し、魔界を統一。その後、地上界を侵略しに来たのだ。
彼の膝上に跨り、淫らにその頬に舌を這わせる美女。
褐色の豊満過ぎる肢体を最低限の戦装束で彩り、ウェーブのかかったプラチナブロンドの長髪を揺らす。
その紫苑色の双眸に情欲の焔を宿し、淫らに魔王を誘っていた。
魔王の忠臣の一人──「魔剣聖」こと、アイリスである。
その腰に携えた二振りの邪悪な魔剣。そして豊満ながらも引き締まった肢体を見れば、彼女が一流の剣士であると理解できる。
元々魔王の一人だったが、現魔王に敗れ、その力強さに惚れ込み忠誠を誓ったのだ。
溝のできた腹筋を撫でられ、アイリスは小さな喘ぎ声を漏らした。
熱い溜息を漏らし、魔王とキスを交える。
濃厚に舌を絡ませ合い、唾液を交換し合う。
アイリスは総身を震わせ、魔王の成すがままにされていた。
魔剣聖と畏れられる屈強な女将軍の面影は何処にもない。
彼女は魔王の前でのみ、一人の女になるのだ。
唇を離すと、銀色の糸がアイリスの豊満な胸に垂れ落ちる。
魔王は彼女のウェーブがかった金髪を撫でながら告げた。
「アイリス──黒龍王との連絡が取れない。気配も消えた。一度、偵察に行ってくれぬか? もしや、召喚術士が勇者の召喚に成功したのやもしれぬ」
「かしこまりました……全ては我が主のためにっ」
魔王の膝から下り、優雅に一礼したアイリスは踵を返した。
その表情は一変、憤怒に染まっている。
(あの木偶め……魔王様の足を引っ張るなとあれ程言ったではないかッ。もし生きていたとしても、私がこの手で八つ裂きにしてやるッ)
紫苑色の瞳に殺気と剣気を交え、アイリスは謁見の間を去って行った。
彼女は魔王軍の中でも剣技だけならば魔王を凌ぐ強者だ。
元魔王というだけあり、魔王は彼女に全幅の信頼を置いていた。
故に怠ってしまった。
占術をする必要も無いと。
下等種族にする価値など無いと。
しかし、それが絶望の引き金になる事を、魔王は翌日になって知る事となる。
◆◆
大和は異世界の美女、美少女逹を堪能していた。
何時も抱いている女逹とはまた違った抱き心地に、大和は満足していた。
しかし如何せん、デスシティの女逹と比べると「脆い」ので数が必要だった。
あっという間に召還術士も含めた二十人を平らげてしまった大和は、屋外で煙草を嗜んでいた。
ベランダから満点の星空を拝んで吸う煙草は格別であり、だからこそ大和は消化不良の鬱憤を晴らせていた。
彼の背後にある特大のベッドでは美女、美少女達が昇天している。
全員、目の集点が合っていない。
大和に指先まで貪られ、食い散らかされてしまったのだ。
しかし大和は満足していない。
まだ全然足りないといった様子だった。
「あと40人くらい頼んでおけばよかったな」
苦笑しながら紫煙を吐き出す大和。
魔界都市には無い格別の夜景が、彼の性の火照りを静ましてくれる。
綺麗に流れる天の川。夜空を覆わんばかりの満点の星達。そして何条も煌く流れ星。
合間見える二つの満月を見つめて、大和は呟いた。
「大昔を思い出す──数億年前は、こんな光景毎日見てたなァ」
同時に大和は思い出した。
嘗ては自分も英雄、勇者と呼ばれていた事を。
それだけの偉業を成し遂げた。世界を、宇宙を、何度も滅亡の危機から救った。
「ハッ……くだらねぇ」
心底どうでもいい。大和は鼻で笑った。
数十億の天使と悪魔による終末戦争、ドラゴンの侵略、神々の黄昏、邪神群の襲来。
全て解決した。
しかし、どんな偉業であれど数億年前も過去の話だ。故に切り捨てる。
今を生きる男にとって、過去の記憶や偉業はゴミでしか無かった。
「それでも、こうしてたまに思い出す位はいいか……」
感慨に浸るのも、たまには悪くない。
最近はそう思い始めているので、大和はもう一度苦笑した。
その時である。
遠く離れた屯所で大爆発が起こったのは。
武人の気配を感じる。同時に──濃い牝の香りを嗅ぎとった。
大和は口の端を歪める。
「面白そうだ。行ってみるか」
大和は真紅のマントを靡かせ、ベランダから跳んだ。
◆◆
二振りの魔剣から邪気を迸らせ、魔剣聖──アイリスは咆哮した。
「我こそ魔剣聖、アイリス!! 魔王様随一の忠臣也!! 黒龍王を殺した奴は誰だ!! すぐに出せ!!」
褐色の巨乳を揺らし、筋張った腹筋で大量の酸素を取り込む。
紫を基調とした戦装束に身を包んだ魔戦姫は戦意を迸らせる共に、好奇心に満ち溢れていた。
何故好奇心が湧くのか──アイリス自身にもわからなかった。
ただ、黒龍王の無念と共に漂う微かな雄の残滓に──これ以上ない興奮を覚えていた。
(まさかな……魔王様以上に良き男など、この世に存在しない)
ウェーブがかかった金髪を揺らし、魔戦姫は殺気を迸らせる。
駐屯所で待機していた兵士達はその美貌に見惚れていたものの、明確な死を叩きつけられ蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑う。
アイリスは「下等生物が……」と一瞥しながら、周囲を見渡した。
すると、唐突に上空から莫大な殺気を感じた。
アイリスの顔面が蒼白に染まる。
ありえない質量と濃度だ。
まるで世界そのものから殺意を向けられている様な──圧倒的絶望感。
「よォ」
背後から唐突な声。
アイリスは竦んでしまった身体に血潮を巡らせ、振り返り様にバツの字斬りを放つ。
しかし──二振りの魔剣が儚い音を立てて砕け散った。
背後にあった巌の如き肉体に触れた瞬間、その硬度とアイリスの技量に耐え切れずに崩壊したのだ。
「……は?」
呆けるアイリスを頑丈な縄が囲む。
一瞬で雁字搦めに縛られたアイリスは、暴れる暇も無いまま褐色肌の益荒男に担がれた。
「イイ女だ、戦利品として貰っていくぜ」
周囲の兵達は呆けたままだった。
何が起こったのか、思考の処理が追い付いつかないのだ。
アイリスは暴れる。
しかし千切れない。緩みもしない。
世界最強の武術家による完璧な縛り方は勿論、この縄も世界最高の鍛冶師「百目鬼村正」が出かけた一級品だ。
たかが魔王崩れの女に解ける代物では無い。
暴れるアイリスを担いだまま、大和は上機嫌で借りている部屋に戻って行った。
その後、部屋から女性の悲鳴が聞こえる。
かと思えば、すぐに甘い喘ぎ声に変わった。
兵士達から事情を聞いた国王は戦慄すると同時に、辟易した。
英雄色を好むというが、大和のソレはあまりに度が過ぎている。
しかし、魔剣聖を一瞬で無力化した実力は本物。
国王は大いに期待するも、やはり一抹の不安を拭えなかった。