一話「百目鬼村正」
超犯罪都市、東区に近い河川敷にて。
深きものどもが生息する「混沌の湖」まで流れている小川、その道端では妖魔桜が華やかに花弁を散らしていた。
自在に枝を揺らし、落ちた花弁は桃色の魔蝶と成りて飛んでいく。
周囲に建てられた江戸時代を彷彿させる家屋達は、格安の貸家である。
表世界から逃げてきた犯罪者や金の無い者達の借り住まいとなっていた。
遥か遠くに見える、中央区の摩天楼。
これもまた、科学と和の混同を思わせる粋な風景となっていた。
真紅の小橋の上で。
純白のスーツを着こなした厳つい大男が、フラフラと橋を渡っていた。
お洒落なサングラスに岩石の如き巨拳、巌を連想させる肉体。
凄腕の用心棒、右之助である。
彼は仕事帰りにおでん屋「源ちゃん」で飲み明かし、帰路に就いている最中だった。
足元がおぼつかないのはそのためである。
「……んん?」
ほんのりボヤける視界の中に、異様な男が入りこんだ。
白い浴衣を着た細身の男である。適当に切られた黒髪に生気のない双眸。
その手には禍々しいオーラを放つ日本刀が携えられていた。
「……やれやれ、また面倒事か」
右之助は酒気を吐き出し、一瞬で酔いを醒ます。
瞬間だった。二人の影が交差したのは。
刹那の出来事だった。
男が袈裟斬りに斬り込んできた所を右之助は真剣白刃取り、そのまま刀剣を叩き折ろうとする。
が──
「いいッ!!?」
闘気でコーティングした筈の手の平が焼けただれ、右之助は手を離す。
そのまま剣客の怒涛の攻めを紙一重で避け続ける。
妖魔桜の花弁が斬れ、周囲の家屋に斬撃が行き届く。
右之助は一瞬の隙を見計らい男の足を踏み付け、渾身の正拳突きを放った。
剣客は遥か遠くまで吹き飛ぶ。手応えを感じるも異様な気配が消えなかったので、右之助はそのまま逃亡した。
家屋を猿の様に飛び移り、盛大な悪態を吐く。
「チっクショウ!! 商売道具の両手やりやがって!! 何もんだアリャぁ!!」
地に降り、そして大きく跳躍。
右之助は摩天楼の中に消えていった。
この後──デスシティでとある噂が流行する。
東区付近の宿屋街で、妖刀を携えた辻斬が現れると。
理由は定かでは無いが、武術家しか狙わないので闘気を嗜んでいる輩は注意が必要だ──とも。
◆◆
夜。
デスシティの摩天楼を背にして褐色肌の美丈夫、大和は東区の隅っこまで足を運んでいた。
人間も妖魔も寄り付かない辺鄙な地帯である。
此処は大和が特別に「自分の土地」と主張している場所だった。
故に余程馬鹿な者でない限り近付かない。
大和がこの土地を所有している理由は、己の武器を唯一製造出来る鍛冶職人が棲みついているからだ。
表世界、デスシティ、その他あらゆる神話体系を含めても、最高峰の腕を誇る鍛冶師である。
その特徴は『武器の本質の極限化』。
よく斬れ、よく突け、硬質で、柔軟で、壊れにくい。
装飾美は最低限。特殊な能力は一切付与しない。
ただただ、武器の本質を追求する。
物理性能に於いて世界最高を誇る武器を打ち続けている。
同時に過去現在に於いて、大和の武具以外は一切造らないと公言する大和専門の鍛冶師。
ある意味、世界一頑固な武器職人──ソレが百目鬼村正という存在だ。
鋼鉄の槌を振り下ろす音が響き渡る。
大和の目前の質素な一軒家からだ。
合金製の煙突からモクモクと煙が上がっている。
槌の音も相俟って、鍛冶仕事の真っ最中なのだろう。
大和はその場で腕を組み、待機する。
他者の都合など気にしない彼が、あろう事か配慮しているのだ。
それだけ、村正に世話になっているという証である。
数分程して、作業の音が止んだので大和は一軒家の扉を開ける。
木製の横開きを退ければ、濃密な汗と鋼鉄の匂いが大和の鼻孔を包み込んだ。
女性特有の汗の香りに、大和は自然と笑みをこぼす。
「よぅ、約束通り来たぜ」
「む……ああ、もうそんな時間か。すまないな、苦戦してた」
「気にすんな」
紺色の髪はポニーテイルに結われており、端正ながらも不愛想な顔をススで汚している。
鍛冶師らしい鍛え抜かれた褐色の肉体。腹筋は八つに割れており、そこに甘い汗が滴り落ちる。
意外にも巨乳であり、サラシで無理やり締めていた。
額にあるのは第三の目。彼女が人間では無い事を雄弁に物語っている。
百目鬼村正──彼女こそ、大和の専属武器職人だった。