villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「武器とは」

 

 

 鍛冶場から離れて。質素な和室で。

 大和は村正作の業物を一つ一つ確認していた。

 

「相変わらずイイ仕事してくれるぜ……前より出来が良いじゃねぇか」

「当たり前だ。お前が日々進化する様に、俺も日々進化している」

 

 互の目丁子の乱れ刃に見惚れている大和に、村正は至極当然といった様子で腕組みする。

 

 大太刀、脇差を始め、薙刀、十文字槍、大弓、鎖分銅、棒手裏剣、大鎌、戦斧、細剣、大剣、大槌、鎖鎌、まきびし、荒縄、煙玉、鋼糸、鎖帷子など。

 

 用途はまるで違うのに、全て完璧に仕上げられている。

 しかも、未だ成長し続ける大和の剛力と戦闘センスに合わせて──だ。

 更に大和は、以前より武器のレパートリーが増えていることに感激する。

 

「中華や西洋の武具まであるじゃねぇか」

「お前はどんな武器でも使いこなす。俺も創作範囲を広げようと思ってな」

「うはぁッ」

 

 ヌンチャク、トンファー、六合大槍、方天画戟、蛇矛、鉄扇、バスターソード、モーニングスター、パルチザン、蛇腹剣、大楯など……見ているたけで楽しいし、心躍る。

 

 更に、大和は変わった武装について問う。

 端に置かれた数丁の改造火縄銃を掲げた。

 

「コイツは?」

「特製火縄銃だ。お前の闘気を圧縮して放てるようにしてある。中距離用の二丁拳銃に遠距離用の折りたたみ式ライフル、掃討用のガトリング砲だ」

「この刃の沢山付いた鎧は?」

「西洋の鎧を参考にした。相手が攻撃すれば自分が傷付いてしまう攻防一体の鎧だ。自信作だぞ」

「すげェ、すげぇよ村正! マジですげぇ!! ハハハ!!」

 

 自分専用に拵えられた最上大業物の数々に、大和は子供の様に満面の笑みをこぼしていた。

 

「金は何時もの口座に振り込んでおくから、好きに使ってくれよな」

「それなんだが──報酬、多過ぎないか? あんな莫大な金額、使いきれないぞ」

「いいんだよ。それだけお前に感謝してるって証だ。もっと払ってもいいんだぞ?」

「やめろ。本当に使いきれん」

 

 唇を尖らせる村正に、大和は苦笑する。

 彼女は大和に問うた。

 

「……物好きな奴だよ、お前は。俺の得物を好んで振るうなんて──魔剣や聖剣の方がいいだろ?」

「そんなのいらねぇよ、俺は武具に特殊な能力なんて求めてねぇ。手足の延長線として機能してくれりゃあ、それでいい」

「…………」

「だから、理想の武具を造ってくれるお前にはマジで感謝してる。俺が全力を出せるのは、お前のおかげだ」

「……フン、おだてるのが上手くなったな」

 

 腕を組み、そっぽを向く村正。

 照れているのだ。しかし決して表に出さない。

 職人故の気難しさに大和は苦笑しながらも、彼女の事を本当に信頼していた。

 

 頑固者だからこそ、製造される武具には一部の余念が無い。

 彼女の造る得物は、どれも世界一の業物だった。

 

 大和は広げられた得物を全て懐や異空間に収納し、立ち上がる。

 

「困った事とかあれば遠慮なく言えよ。誰でも無いお前の願いだ。最優先で引き受けてやる」

「……それなんだが」

「どうした」

 

 村正は顎を擦りながら言う。

 

「最近、近所で辻斬が出ているらしくてな」

「ああ、ネメアの奴が言ってたな。右之助も被害にあったとか──そうか、この辺りか」

「鍛冶の邪魔をされても困る。暇なら退治してくれないか?」

「お安い御用で」

 

 大和は笑顔で踵を返す。

 村正はその背に声をかけた。

 

「大和。お前がこの前注文した得物──明日には完成しそうだ。またこれ位の時間に来てくれ」

「マジで? 絶対来る。うわ超楽しみ♪」

 

 大和は上機嫌で部屋を出て行く。

 暫くして──村正は大和のまるで子供の様な笑顔を思い出して、女らしい微笑みをこぼした。

 

 

 ◆◆

 

 

 辻斬が出るという妖魔桜が立ち並ぶ河川敷まで赴いてきた大和。

 彼は周囲を見渡し、その形の良い顎を擦った。

 

「……確か、闘気使いを積極的に狙うんだったな。どれ」

 

 僅かに闘気を滲ませる。

 すると、妖魔桜の影からユラリと人影が現れた。

 白い浴衣を着た不気味な男である。適当に切られた黒髪に生気のない双眸。

 その手には禍々しいオーラを放つ日本刀が携えられていた。

 

 大和は嗤う。

 

「反応良いじゃねぇか、手間が省けたぜ」

 

 笑う大和の頭上から唐竹割り。しかし大和は指二本で難なく白刃取りしてみせる。

 すると、違和感が襲った。

 大和は眉をへの字に曲げる。

 

「ほゥ……闘気を吸い取ってるのか。スゲェ量だ。右之助の両手が焼けた理由はコレだな」

 

 魔界都市で一流と呼ばれる武術家達が一瞬で気を失う程の量を吸われた。

 右之助は直ちに逃亡したが、大和は違う。

 この程度の量を吸われた所で何ら問題無い。

 

「しかも即死の呪詛──結構強力なのが内包されてるな。えげつねェ」

 

 だが、斬られなければ問題無いと言い放つ。

 驚愕する辻斬。

 大和は嘆息しながら指で止めていた白刃を捻る。

 すると、辻斬が妖刀ごと宙に持ちあがった。

 

 唯我独尊流、水の型──流水。

 力のベクトルコントロール、合気の極みである。

 

「妖刀は兎も角、持ち主の技術が全然だな。話にならねぇ」

 

 辻斬は空中で器用に回転し、大和の顔面に蹴りを放つ。

 しかし大和は懐から改造火縄拳銃を取り出すと同時に肘でガードした。

 そのまま辻斬の顔面に銃口を突きつける。

 

「威力の確認だ」

 

 大和は適当に闘気を込めて引き金を引く。

 すると超圧縮された闘気が真紅の光線と成って魔界都市の上空を突き抜けた。

 射線上にあった高層ビルの何棟かが焼け落ち、曇天に風穴が空く。

 大和は苦笑した。

 

「流石だぜ、村正……いい出来だ」

 

 辻斬は寸前で躱し、離れた場所で着地する。

 彼は何をとち狂ったのか、自分の頸動脈を妖刀で斬った。

 

「はぁ?」

 

 大和が訝しむと同時に異変が起こる。

 辻斬は苦しみ悶えたかと思おうと、その肉体に呪印を奔らせ、豹変した。

 漆黒の闘気が爆発し、辻斬だった男が呪いの魔人と化す。

 

 大和は成程と頷いた。

 

「本格的な妖刀らしいな。使い手は乗っ取られてんのか。……致死の呪いで使い手を敢えて殺し、本格的に自分の操り人形にしてると見た。となると、妖刀自体に意思があんのか? 戦闘経験もあるみてぇだし」

 

 那由他の戦場を生き抜いた戦闘経験と従来の戦闘センスが、相手の全てを見通す。

 妖刀は術者を操り突貫する。大和は火縄拳銃を向け、発砲した。

 闘気の熱線に襲われるも、妖刀は正面から斬り伏せ、吸収してみせる。

 あまりに濃密な闘気に歓喜で打ち震える妖刀。

 その隙が命取りだった。

 

「隙あり。そんなに美味しかったか? 俺の闘気は」

 

 大和の掌底が顔面に被さる。

 刹那、勁力の発露──ゼロ距離からの発勁「寸勁」をモロに食らい、操り人形の活動が停止した。

 空気が弾け、彼の足を伝った衝撃が地を割る。

 操り人形は脳が破裂し、同時に生命力を断たれた。

 例え不老不死であろうとも立ち上がる事はできない。

 顔の穴という穴から血を吹き出し倒れる。

 

 彼は生前、名の売れた剣客であったが──如何せん、相手が悪かった。

 大和は鼻で笑い踵を返す。

 真紅のマントを靡かせるその背に、艶やかな女性の声がかかった。

 

『お待ちになって、強き御人──』

「……」

 

 大和は首だけ振り返る。

 桜の花弁散る黒色の浴衣を着た妖艶な美女が佇んでいた。

 艶やかな黒髪を腰まで流し、魅惑的な肢体で浴衣を盛り上げている。

 容姿的年齢は二十代後半ほど。絶世の美女だった。

 

 妖刀の擬人化した姿である。

 彼女は情欲に滾った双眸を大和に向けていた。

 

 

 ◆◆

 

 

『貴方の様な益荒男を捜しておりました……どうか私めを存分に振るってくださいませ。貴方の眼前に立ちはだかる全ての愚者を啜り喰らってみせましょう』

 

 大和に歩み寄り、その背にしなだれかかる妖刀。

 大和は苦笑し、彼女を引き剥がす様に歩み始めた。

 

「生憎、武器には間に合ってる。他を当たりな」

『お待ちになって……貴方の比類無き武勇と私の必殺の呪詛と斬れ味。合わされば無敵となりましょう』

「俺にとって武器は手足の延長線、それ以上でもそれ以下でもねぇ」

『であれば……一度で構いません。私めを振るってはくださいませんか? 貴方のご期待に添えられるかと存じます』

「…………」

 

 大和が振り返ると、そこには一本の妖刀が突き刺さっていた。

 花吹雪を思わせる乱れ刃から迸る邪気と呪詛。幾百万の怨嗟と同等──いや、それ以上だ。

 成程、強力無比な妖刀である。

 長き歳月を生きた大和でも、ここまでの代物を見るのは初めてだった。

 

 妖刀の名は「紅桜」。

 戦国末期に打たれ、今現在に至るまで呪詛と斬れ味を磨いてきた生粋の魔剣である。

 数百年もの間、神魔霊獣の血を啜り続けたこの刀は神仏すら斬り殺す最上大業物と化していた。

 

 彼女は求めていた。

 己を振るうに値する存在を。

 

 そして同時に──見下していた。己を振るえる存在すらも。

 所詮、自身に魅了され破滅するが運命。

 悪魔であろうが神仏であろうが、己を真に振るえる存在などいない。

 であれば、その意思を乗っ取り壊れるまで使い潰してやろうと──

 

 紅桜は妖刀の形態でほくそ笑んだ。

 大和は無警戒に柄を握る。

 紅桜は瞬時に大和の意思を乗っ取ろうとした。

 

 瞬間である──彼女の魂が犯されたのは。

 強靭過ぎる魂に直に触れてしまい、その肢体を無様に貪られてしまった。

 

 上がる嬌声。驚愕と歓喜の悲鳴が木霊する。

 悪徳なる黒き鬼神。那由他の怨嗟と悲哀を抱えて尚色褪せない唯一無二の個我。

 己を呪い殺さんと迫る憎悪の念すら微笑んで愛撫する。

 

 組み敷かれ、紅桜は甘い喘ぎ声を上げた。

 その身も魂も、彼の色に染め上げられた。

 何度も何度も絶頂を繰り返した後──紅桜は擬人化し、その場で倒れ伏す。

 

 何度も痙攣する肢体。豊満な胸に滴り落ちる汗。振り乱れた髪をそのままに、彼女は胡乱な瞳で益荒男を見上げた。

 

「俺を乗っ取ろうなんざ100年早いぜ」

 

 嗤って背を向ける大和。

 そんな彼の背に、紅桜は必死に呼びかけた。

 

『……お願いっ、待ってッ』

「……」

『私、貴方に本当に惚れちゃった……お願い、置いていかないで……もう、貴方無しじゃ生きていけないっ』

 

 まるで恋い焦がれる乙女の如く。

 必死に大和を呼び止める。

 しかし大和は歩みを止めない。振り返らずに告げた。

 

「もっと良い()になれ。そしたら考えてやるよ」

『……ハァぁっ♪』

 

 紅桜は身体を抱きしめ崩れ落ちる。

 大和はそのまま去って行った。

 

 

 魔性の色香は妖刀すらも魅了してしまう。

 魔界都市一の色男は伊達では無かった。


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