villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「村正の想い」

 

 翌日。夜。

 村正の鍛冶場までやって来た大和。

 村正は既に仕事を終えて待機していた。

 

「例の得物だが、倉庫に保管してる。付いてきてくれ」

「おう」

 

 村正の背に続き、数多の武具が保管されている倉庫へと赴く。

 道中、大和は妖刀の件について話した。

 

「お前が言ってた辻斬、どうにかしておいたぜ。また暴れる様だったら言え」

「早いな……昨日の話だぞ」

「相手が妖刀で、性別が女だったんでな」

「そういう事か」

 

 大和の性質をよく知っている村正は驚きもしない。

 倉庫はかなり大きめの蔵だった。

 戸を開くと、陳列された数多の武具が大和の目を奪う。

 その中で、中央の台に置かれた得物が激しく自己主張していた。

 

 刀身二メートル、刀幅三十センチ。まるで包丁の様な、片刃の大刀だった。

 鍔が無く、柄は白い布で巻かれているだけ。無骨という二文字が真っ先に浮かぶ。

 

 大和は灰色の双眸を輝かせた。

 

「コイツが……」

「ああ。お前の要望に応えた一品だ」

「すげぇ……ッ」

 

 持ち上げると、大和でも感じられる確かな重量があった。

 他の者なら持ち上げられもしないだろう。

 数度振り、手の中で弄び、大和は再度感嘆の声を漏らす。

 

「最高だ……これなら「あの形態」にも耐えられる」

「全く……お前は本当に成長速度が速い。もう少し遅ければ、装飾とかできるんだがな」

「いいんだよ。「あの形態」は最近修得したばかりだ。それに──これくらい無骨な方が、あの形態には合ってる」

「そうか……」

 

 世界最強の武術家になって尚、成長し続けている大和。

 天下五剣の一角、吹雪との死闘でその成長速度には拍車がかかっていた。

 

 ソレに合わせて武具を新調できる村正もまた、規格外の鍛冶師なのだが──

 彼女はソレを誇っていなかった。

 むしろ──

 

「……」

 

 村正は憂鬱そうな表情をする。

 大和は得物を異空間にしまうと、心配そうに彼女の頬を撫でた。

 

「どうした? 何かあったか?」

「いや……何でもない」

「俺とお前の仲だ。遠慮はいらねぇ」

「…………」

 

 村正は暫く黙ると、大和の手に自分の頬を摺り寄せる。

 そして、滅多に見せない弱気な表情を見せた。

 不愛想な表情を歪め、第三の目と一緒に大和を見上げる。

 

「お前、天下五剣の一角に負けかけたんだろう? ……俺の武具のせいだ」

「はぁ?」

「俺の武具がもっと頑丈だったら、性能が良かったら、お前が苦戦する筈なんてないんだ。悪いのは武具のせいなんだ。だから俺が、足を引っ張ってる……」

「……馬鹿」

 

 大和は村正を抱きしめる。

 驚く村正の髪を撫で、落ち着かせた。

 

「お前がいなかったら、俺はとっくに死んでる。俺は武術家だ。武器が無かったら何もできねぇ。……今も生きてられるのは、お前のおかげだ」

「ッ」

「本当に、感謝してんだよ。お前には……俺が負けかけたのは、俺自身の弱さだ」

「そんな、嘘だ……お前が、お前が負けかけるなんて……っ」

「……ったく」

 

 大和は苦笑すると、身を屈める。

 そして村正の唇を奪った。

 静かな、優しいキスだった。

 唇を離しても驚いたままの村正に、大和は微笑みかける。

 

「まだ泣き虫、治ってねぇのか?」

「~っ」

「俺は負けねぇ。もしも負けて、死んだなら……それは俺のせいだ」

「嫌だ……そんなの絶対に嫌だッ。俺は……!」

 

 村正は激情の余り大和を押し倒す。

 大和は体勢を崩すも、しっかり村正を抱き止めた。

 二人の視線が合う。

 村正の濡れた紫苑色の双眸──自然と、互いの唇が重なった。

 

 

 ◆◆

 

 

 二人は一旦和室まで戻り、再度愛し合った。

 村正は普段不愛想なその面を親愛で緩めて、何度も愛を囁いた。

 筋肉質なその肢体を、大和は優に女として受け止める。

 腰に手を回し、優しく腰を揺すれば、村正は儚い喘ぎ声を上げた。

 

 何時もの情欲に任せた行為では無く、互いの愛を確かめ合う行為──

 村正は何度も果て、大和の腕の中で眠った。

 

 暫くして。

 村正が目を覚ますと、既に日が上がっていた。

 自分を腕枕で抱き留めている大和は、未だ寝息を立てている。

 村正は微笑むと、愛おしそうに彼に擦り寄った。

 

「……俺、もっと鍛冶の腕を磨くよ。だから負けないでくれ、俺は子供の頃から、お前のファンなんだ」

 

 当時、まだ世界が一つだった頃──村正にとって大和は本物の英雄だった。

 当時、三つ目だからと迫害されていた自分を助けてくれた。

 巨悪に果敢に立ち向かい、打ち倒す彼は、紛れも無い英雄だった。

 

 しかし彼は当時、武具に困っていた。

 存分に振るえる得物が無いせいで、思う様に力を発揮できない場面が多くあった。

 当時の村正にとって、ソレが泣くほど悔しかった。

 

 本当の力を出せるなら、負ける筈ないんだ。

 自分の憧れる英雄が、負ける筈なんてないんだ。

 

 故に村正は鍛冶師になった。

 大和が存分に振るえる得物を製造するために。

 

 全ては、大好きな英雄に全力を出して貰いたいから。

 色気も交友関係も捨て、村正は鍛冶に没頭した。

 

 そうして現在がある。

 村正は大和の唯一無二の存在になっていた。

 

 村正はソレを過分だと思いながらも、素直に喜んでいた。

 彼に全力で戦って貰える。彼の笑顔を傍で見られる──それだけで、満たされた。

 

 村正は大和の首に手を回し、その頬にキスをする。

 そして、蕩ける様な笑みをこぼした。

 

「負けないでくれ……俺のヒーロー」

 

 そのまま再度、眠りに付く。

 今日は鍛冶仕事も休業だ。

 

 世界最強の武術家を支える鍛冶師は頑固で、しかし健気な一人の女性だった。

 

 

《第八章・妖刀伝 完》


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