翌日。夜。
村正の鍛冶場までやって来た大和。
村正は既に仕事を終えて待機していた。
「例の得物だが、倉庫に保管してる。付いてきてくれ」
「おう」
村正の背に続き、数多の武具が保管されている倉庫へと赴く。
道中、大和は妖刀の件について話した。
「お前が言ってた辻斬、どうにかしておいたぜ。また暴れる様だったら言え」
「早いな……昨日の話だぞ」
「相手が妖刀で、性別が女だったんでな」
「そういう事か」
大和の性質をよく知っている村正は驚きもしない。
倉庫はかなり大きめの蔵だった。
戸を開くと、陳列された数多の武具が大和の目を奪う。
その中で、中央の台に置かれた得物が激しく自己主張していた。
刀身二メートル、刀幅三十センチ。まるで包丁の様な、片刃の大刀だった。
鍔が無く、柄は白い布で巻かれているだけ。無骨という二文字が真っ先に浮かぶ。
大和は灰色の双眸を輝かせた。
「コイツが……」
「ああ。お前の要望に応えた一品だ」
「すげぇ……ッ」
持ち上げると、大和でも感じられる確かな重量があった。
他の者なら持ち上げられもしないだろう。
数度振り、手の中で弄び、大和は再度感嘆の声を漏らす。
「最高だ……これなら「あの形態」にも耐えられる」
「全く……お前は本当に成長速度が速い。もう少し遅ければ、装飾とかできるんだがな」
「いいんだよ。「あの形態」は最近修得したばかりだ。それに──これくらい無骨な方が、あの形態には合ってる」
「そうか……」
世界最強の武術家になって尚、成長し続けている大和。
天下五剣の一角、吹雪との死闘でその成長速度には拍車がかかっていた。
ソレに合わせて武具を新調できる村正もまた、規格外の鍛冶師なのだが──
彼女はソレを誇っていなかった。
むしろ──
「……」
村正は憂鬱そうな表情をする。
大和は得物を異空間にしまうと、心配そうに彼女の頬を撫でた。
「どうした? 何かあったか?」
「いや……何でもない」
「俺とお前の仲だ。遠慮はいらねぇ」
「…………」
村正は暫く黙ると、大和の手に自分の頬を摺り寄せる。
そして、滅多に見せない弱気な表情を見せた。
不愛想な表情を歪め、第三の目と一緒に大和を見上げる。
「お前、天下五剣の一角に負けかけたんだろう? ……俺の武具のせいだ」
「はぁ?」
「俺の武具がもっと頑丈だったら、性能が良かったら、お前が苦戦する筈なんてないんだ。悪いのは武具のせいなんだ。だから俺が、足を引っ張ってる……」
「……馬鹿」
大和は村正を抱きしめる。
驚く村正の髪を撫で、落ち着かせた。
「お前がいなかったら、俺はとっくに死んでる。俺は武術家だ。武器が無かったら何もできねぇ。……今も生きてられるのは、お前のおかげだ」
「ッ」
「本当に、感謝してんだよ。お前には……俺が負けかけたのは、俺自身の弱さだ」
「そんな、嘘だ……お前が、お前が負けかけるなんて……っ」
「……ったく」
大和は苦笑すると、身を屈める。
そして村正の唇を奪った。
静かな、優しいキスだった。
唇を離しても驚いたままの村正に、大和は微笑みかける。
「まだ泣き虫、治ってねぇのか?」
「~っ」
「俺は負けねぇ。もしも負けて、死んだなら……それは俺のせいだ」
「嫌だ……そんなの絶対に嫌だッ。俺は……!」
村正は激情の余り大和を押し倒す。
大和は体勢を崩すも、しっかり村正を抱き止めた。
二人の視線が合う。
村正の濡れた紫苑色の双眸──自然と、互いの唇が重なった。
◆◆
二人は一旦和室まで戻り、再度愛し合った。
村正は普段不愛想なその面を親愛で緩めて、何度も愛を囁いた。
筋肉質なその肢体を、大和は優に女として受け止める。
腰に手を回し、優しく腰を揺すれば、村正は儚い喘ぎ声を上げた。
何時もの情欲に任せた行為では無く、互いの愛を確かめ合う行為──
村正は何度も果て、大和の腕の中で眠った。
暫くして。
村正が目を覚ますと、既に日が上がっていた。
自分を腕枕で抱き留めている大和は、未だ寝息を立てている。
村正は微笑むと、愛おしそうに彼に擦り寄った。
「……俺、もっと鍛冶の腕を磨くよ。だから負けないでくれ、俺は子供の頃から、お前のファンなんだ」
当時、まだ世界が一つだった頃──村正にとって大和は本物の英雄だった。
当時、三つ目だからと迫害されていた自分を助けてくれた。
巨悪に果敢に立ち向かい、打ち倒す彼は、紛れも無い英雄だった。
しかし彼は当時、武具に困っていた。
存分に振るえる得物が無いせいで、思う様に力を発揮できない場面が多くあった。
当時の村正にとって、ソレが泣くほど悔しかった。
本当の力を出せるなら、負ける筈ないんだ。
自分の憧れる英雄が、負ける筈なんてないんだ。
故に村正は鍛冶師になった。
大和が存分に振るえる得物を製造するために。
全ては、大好きな英雄に全力を出して貰いたいから。
色気も交友関係も捨て、村正は鍛冶に没頭した。
そうして現在がある。
村正は大和の唯一無二の存在になっていた。
村正はソレを過分だと思いながらも、素直に喜んでいた。
彼に全力で戦って貰える。彼の笑顔を傍で見られる──それだけで、満たされた。
村正は大和の首に手を回し、その頬にキスをする。
そして、蕩ける様な笑みをこぼした。
「負けないでくれ……俺のヒーロー」
そのまま再度、眠りに付く。
今日は鍛冶仕事も休業だ。
世界最強の武術家を支える鍛冶師は頑固で、しかし健気な一人の女性だった。
《第八章・妖刀伝 完》