オーディンは早速、依頼内容を大和に告げる。
「北欧神話にかの邪仙、雅貴が喧嘩を売ってきておる。七魔将なる強靭な者達を率いて暴れ回っているんじゃ」
雅貴、七魔将というフレーズを聞き、大和は眉根を顰めた。
「オイオイ、まさかソイツ等を殺せってか? 別に構わねぇが、報酬額は馬鹿にならないぜ。何せ、全員世界最強クラスだからな」
「早まるでない。お主には霜の巨人を封印している「ある神殿」に群がる輩を殺して欲しいんじゃ。あの雅貴めの事よ、絶対にあの神殿を狙ってくる」
「成程──」
霜の巨人──北欧神話に於ける敵勢力だ。
星の生命力、森羅万象の擬人化であり、精霊種の頂点「星霊」の一角を成す強大な存在。
神仏に匹敵する頂上種である。
その霜の巨人達を封印している秘密の神殿があるという噂は、大和も耳にしていた。
オーディンは懐から魔方陣を取り出す。
「ソレで神殿に転移できる。守護騎士である戦乙女達には話を付けておるから、早速行ってほしい。雅貴と七魔将らはこちらでどうにかする」
「大丈夫かよ」
「あまり北欧勢力を舐めるでないわ。トールにロキ、フレイヤもおる。……と、儂もそろそろ前線に戻らなければのぅ」
オーディンは立ち上がり、紺色の魔法帽子を被り直す。
そして大和の逞しい腕をポンポンと叩いた。
「報酬は後で必ず払う。莫大な金銀財宝をな。神々の約束じゃ。では、頼んだぞい」
オーディンは剽軽に笑って魔方陣の中に消えていく。
大和は顎を擦った後、魔方陣を見て溜息を吐いた。
「相変わらずだな、あの性格……しかし、神からの報酬は別格だ。しゃあねぇ」
そう言いながら、大和は魔方陣を発動させ目的地である神殿まで転移した。
◆◆
ノルウェーの何処かにある神聖な森にて。
人里から遠く離れた此処は神々の庇護下にあり、北国にも関わらず穏やかな気候をしている。
森林の葉一つ一つが輝きを放ち、小川の水は澄みきっている。
その豊潤な資源を示唆する様に、多種多様な動物達が暮らしていた。
この神聖な森に隠された、とある神殿がある。
現世との関わりが一切断たれた、神々の領土である。
荘厳さと静謐さを同居させる神殿には現在、襲撃者がやって来ていた。
ソレらに対応しているのは、神殿の守護騎士に選出された優秀な
半神半人である彼女達の戦闘力は並の妖魔を遥かに凌ぐ。
とある事情が隠されたこの神殿の警護役であれば尚の事だ。
しかし、彼女達は苦戦していた。
理由は神殿そのものの地脈を乱され、大量の魑魅魍魎を放たれているからだ。
「流石、噂の邪仙さん。完全に場所がバレちゃってるねー」
「お姉ちゃん! 呑気な事言ってないで! 大ピンチだよ!」
妖魔達を切り裂き善戦する二名の姉妹。
片や、濃い紫色のロングヘアと魅惑的な肢体が特徴の姉。
片や、薄い紫色のサイドテールに鋭い双眸が印象的な妹。
二名はお揃いの神話礼装を着ていた。
その神話礼装は、舞う事に特化した扇情的なデザインだった。
甲冑を最低限に殆どを布地で形成している。
特に脇、サイドが大胆に開かれており、所謂「横乳」を拝む事ができた。
姉は乳房が豊満である故に異性の劣情を誘うが、妹は──控えめであった。
妖魔達の視線も実に素直だったので、妹は激情に駆られ一気に駆け抜ける。
「お姉ちゃんに集中してるんじゃないわよ~!!」
怒り半分、嫉妬半分で手に持った円月状の聖剣を振るう。
姉はのほほんとしながらも、直剣状の聖剣を遺憾なく振るっていた。
濃い紫のロングヘアの姉はノア。
薄い紫のサイドテールの妹はエルザ。
二名共、若年ながら神殿の守護騎士に選出された優秀な戦乙女である。
代々伝わる古式剣術を修め、北欧魔術とその他の魔術系統の知識にも精通している文武両道の才女達だ。
故に彼女達は現状の危険度を理解していた。
姉ものほほんとしているが、その実大真面目である。
「地脈を乱されちゃってるねー。そのせいで神殿の結界が丸ごと汚染されちゃってる。しかも空間に穴を開けて大量の妖魔放出かぁ……世界最強の陰陽師は伊達じゃないなー」
「それだけじゃないよ。私達の北欧魔術が殆ど打ち消されちゃってる。あの妖魔達には物理攻撃しか効かない……これは」
「術式系統の強制──いいえ、この地帯そのものを自分色のパワースポットに変えているのね。全く……」
「バグキャラじゃない、その雅貴って奴! 手が付けられないよ!」
雅貴は泰山府君祭を成功させ不老不死の身となり、更に遁甲術を用いた空間操作、その他蘇生術、式神、呪術、占術、蠱毒を極めた邪仙である。
陰陽師とは元来、五行の法則を基盤に自然界への干渉。地脈、霊脈の掌握。占術や風水を用いた禍福の操作。道教的な神に対する祭礼などを主目的とする、後方支援のスペシャリスト。
世界最強の陰陽師である雅貴は正面戦闘も十分に強いのだが、彼の十八番は「場の掌握と支配」である。
暗躍させれば右に出る者はいない──テロリストとして、彼以上に厄介な存在はいなかった。
姉妹は苦戦を強いられていた。
しかし、彼女達にも希望はある。
北欧神話の主神、オーディンが外部から雇った増援だ。
相当強力な助っ人らしい。
姉妹達はその到着を待っていた。
「雅貴本人は神々が抑えてくれる……私達の役目は、助っ人さんが来るまで此処を死守する事だね」
「うん! 頑張ろうお姉ちゃん!」
姉妹は互いに剣を重ね、舞踊を成す。
二人一組で隙をカバーする独特な剣術は、神殿を警備する守護騎士のみに伝えられる古式剣術だった。
数多の妖魔を斬り伏せる。
しかし無限に沸いてくる。
二名の顔に焦燥の色が出た頃──助っ人が現れた。
褐色肌の美丈夫が。
二メートルを超える筋骨隆々の肉体。凶悪ながらも美し過ぎる顔立ち。
真紅のマントを豪快に靡かせる魔性の益荒男は、守護騎士の姉妹達に笑いかけた。
「ふぅん……どうやら困っている様だが?」
当の姉妹はというと──
「うわぁ……ねぇねぇエルザちゃん。凄くカッコイイ人が来たよ?」
「う、うう! でもお姉ちゃん! 騙されちゃいけないよ! オーディン様が呼んだ助っ人さんがこんな極悪な人相してる筈ないもん! 確かにかっこいいけど……もっと清らかな人が来る筈だもん!」
「はぁ?」
大和が思わず頓狂な声を上げたのも束の間、妹──エルザが真っ赤な顔で大和に宣言する。
「騙されないわよ!! アンタ、雅貴の式神か何かでしょう!? その美貌も怪しいんだから! 成敗してやる!!」
突貫してくるエルザに対し、大和は片目を閉じて溜息を吐いた。
「あの糞ジジィ……容姿くらい伝えておけよ」
大和はやれやれと両手を広げ、エルザの鎮圧を試みるのだった。