villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「勘違い」

 

 エルザの放った刃を片手の指で挟んで止めた大和は、まず自己の潔白を証明する。

 

「俺はオーディンから雇われた殺し屋だ。テメェ等の敵じゃねェよ」

「嘘よ! オーディン様が殺し屋なんて雇う筈ない!!」

「忠告だ、二度目はねぇぜ」

「うるさい!!」

「ハァ」

 

 大和はエルザを引き寄せると、そのか細い腰に手を回す。

 そして耳元で甘く囁いた。

 

「そんなに俺と踊りてぇか? いいぜ……その気なら付き合ってやる」

「~ッッ」

 

 エルザは顔を真っ赤にして身動ぎする。

 しかし力が入らない。

 腰が抜けてしまっているのだ。

 魔性の色香に直に当てられ、感覚が狂っている。

 

「可愛い奴」

「いや……いやよッ、アンタみたいな奴……!」

 

 髪の匂いを嗅がれ、大きな手で抱き留められる。

 エルザは震えながらも、何とか拒絶の意を示した。

 が、その紫苑色の双眸は微かに潤んでいる。

 

 大和は内心感心していた。

 デスシティの女でも、ここまで口説けばまず堕ちる。

 表世界の女なら尚の事だ。

 

 彼女は若年ながら、強靭な精神を保有していた。

 

 大和は背後から迫る聖剣を指でキャッチする。

 そして振り返り、姉──ノアに不気味に嗤いかけた。

 ノアは震えながら言う。

 

「妹を離してくださいませんか?」

「コッチから手を出してきたんだ。そんで、お前も俺に手を出した。……オーディンの説明不足もあるだろうが、それはそれ、コレはコレだ」

 

 大和はギザ歯を剥きだす。

 その身から狂気と欲望を迸らせた。

 漆黒の魔気が姉妹達を汚染する。

 

「テメェ等を犯して、だらしねェ雌犬に変えてやる。戦乙女を護れなんて依頼内容、受けちゃいねぇからなァ」

「「~ッッ」」

 

 姉妹達は耐え難い悪寒を覚える。

 しかし離れる事ができない。

 ノアも聖剣を取り上げられ、引き寄せられた。

 

「あッ……」

「おうおう、どっちも美人じゃねぇか。お互い身体付きは違うが、それがいい……こりゃあ、愉しめそうだ」

「ッ、私の未発達な身体に欲情するなんて! ロリコン! 変態! 死ね!」

「クククッ、威勢の良い奴……ますます気に入った。まずはテメェから犯してやる」

「いやァ! んっ、ああッ」

 

 首筋を甘噛みされ、喘ぎ声を漏らしてしまう妹、エルザ。

 姉のノアは恐怖で震えながらも、身じろぎしてなんとか脱出しようとしていた。

 

「つぅ訳で……今は縛られとけ」

「「え?」」

 

 荒縄で二人纏めて縛られた姉妹。

 大和は振り返り、空間の穴から這い出てくる魑魅魍魎達を見据えた。

 

「さぁて、セッ〇スの前の準備運動だ! 斬り刻んでやるぜ!」

 

 大太刀と脇差を抜いて、大和は駆けていく。

 姉妹達は呆然としていた。

 宣言通り、妖魔達を斬り刻んでいく大和。

 妹、エルザが途端に悔しそうに歯噛みした。

 

「ごめん、お姉ちゃん、私、あんな奴に……!」

「ううん、私こそ……ごめんね。お姉ちゃんとして、情けないよ」

「お姉ちゃんは悪くない! 悪いのは私! あんな奴に! ……あんな、奴に……~ッッ」

 

 先程された事を思い出して、エルザは顔を真っ赤にする。

 ノアは苦笑を浮かべながら、彼女に告げた。

 

「後で謝ろう。そしたら許してくれるよ。あの人は本当に救援に来てくれたんだよ」

「ありえないよ! あんな変態で! 大胆で! エッチな奴! 絶対ありえないんだから!!」

 

 プンプンと怒るエルザに、ノアは困ったと苦笑を深めていた。

 一方大和は妖魔を殲滅し、入り口である空間の穴を無理やり断ち切る。

 出てくる場所を塞いだ事で、妖魔はそれ以降現れなかった。

 

 大和は周囲を見渡すと──途端に神殿の最奥に大太刀を投擲する。

 大太刀は神殿の最重要部分、封印の石碑──その前で停止した。

 

 摩訶不思議な光景。

 すると、空間が具現化し漆黒の軍服を纏った美男が現れる。

 

 姉妹達は唖然とした。

 今の今まで、その気配に全く気付けなかったのだ。

 

 赤柄巻の大太刀を胸に刺したまま、稀代の邪仙──雅貴は高笑いする。

 

「フハハ!! まさかバレてしまうとはな!! これでも隠形の術には自信があったのだが!!」

「式神だから精度が落ちてんじゃねェのか? 来た瞬間わかったぜ」

「流石だ、式神では話にならん。でも良いのだよ。用は済んだ」

「何……?」

「俺は鍵を解除しに来ただけだ。神殿の侵食は終わり、後は触れるだけで解除される──霜の巨人達の封印がな!!」

 

 雅貴の宣言と同時に大地震が発生する。

 震度6以上の大地震はノルウェーという国そのものを震撼させた。

 

 地を割り砕いて、巨大なナニカが姿を現す。

 手だった。

 岩石の如き巨腕は、そのまま神殿を崩壊させ地上に姿を現す。

 

 地が裂けた事で出来た深い亀裂に、縛られた姉妹達は成す術無く落ちて行った。

 

「キャァァッ!!!!」

「エルザちゃんッ!!!!」

 

「あ、ヤッベ」

 

 大和は落ちていく姉妹達と這い出てきた巨人を見比べる。

 仕方無いと、姉妹達が落ちていった亀裂にダイブした。

 

 霜の巨人、復活である。

 500メートルを超える巨神兵は、大気を吹き飛ばさんばかりの大咆哮を上げた。

 

 

 ◆◆

 

 

 天上界。

 北欧神話ではアースガルズと呼ばれる神々の世界にて。

 神代の戦士達が集う宮殿ヴァルハラでオーディンは地上界──ミズガルズの危機を知った。

 

「ううむ、マジかー。大和の奴、しくじったのかのぅ。ヤバいわー。マジでヤバいわー」

「オーディン様、語彙が荒ぶっています。落ち着かれますよう」

「おおっと、いかんいかん」

 

 原初のルーンを紐解きし魔導神──オーディンはわざとらしく咳払いすると、隣に控えている歴戦の戦乙女に問うた。

 

「主はどう思う? 儂はあの大和が仕事をしくじるとは思えん。あ奴は屑じゃが、仕事はきっちりこなす男じゃ」

「仰る通りです。仮に雅貴めの妨害にあったとしても、彼ならその悉くを捻じ伏せるでしょう。問題の七魔将も、全員が此処を攻めてきています」

 

 戦乙女が言うなり、ヴァルハラ宮殿が揺れる。

 外部では最強の雷神トールとトリックスター、ロキを中心とした名だたる神々達が、数十億の戦士(エインヘリャル)を率いて七魔将と交戦していた。

 

 オーディンは唸る。

 

「すると……本格的にミスったのかのぅ。あ奴」

「一つ、考えられる事があります」

「何じゃ」

「神殿の巫女兼守護騎士を務めている戦乙女──私の後輩達が、大和を雅貴の仲間と勘違いして交戦した結果、ややこしくなった──というものです」

「いやそれはありえんぞ。だって儂、ちゃんと大和の──大和の…………」

 

 途端に滝の様に冷や汗を流す主神に、戦乙女は冷たい笑顔で返答を求めた。

 

「どうですか?」

「いやー……救援が来るよって言っただけで、あ奴の容姿とか色気とか伝えるの忘れてた。てへぺろ♪」

「オーディン様……」

「アー!! 髭! 髭を引っ張るのは止めて!! 儂のチャームポイントなの!! 主神の格付けなのぉぉ!!」

 

 耄碌ジジィに呆れを通り越して怒りすら湧かせている戦乙女。

 彼女は重たい溜息を吐くと、出陣の準備を始めた。

 

「歴戦の戦乙女、一個中隊をお借りします。霜の巨人たちは我等で止めましょう」

「うむぅ……わかった。許可しよう」

「あと……私も急行いたしますが、守護騎士兼巫女の子達の貞操が危機です」

「ふぁ!!?」

「大和の性質をお忘れですか? ……今回は私がどうにかしますが、今後は適当な行動をしていただかぬ様、よろしくお願いします」

「う、うむ、心する」

 

 鋭い眼光で射貫かれ、委縮するオーディン。

 戦乙女は踵を返し、銀色の戦装束を靡かせた。

 

 その装束は彼女のために鍛冶のスペシャリスト、ドワーフ達が製造した特注品。

 最低限のプレートメイル、丈の短い金属製のスカート。素足は純白のソックスと具足で完璧にカバーしている。

 

 肩辺りで揃えられた銀髪。同じ色の猛禽類を連想させる双眸。

 粉雪の如く透き通った肌。女神にも負けない美しい顔立ち。

 年齢は二十代前半ほどに見えなくもない。豊満だが大きすぎない乳房、引き締まった太腿。

 そのしなやかさは猫科の動物を連想させる。

 

 彼女は片手に絶対零度の魔力を帯びたレイピアを、もう片方に永久凍土を再現できる氷のロッドを、それぞれ携え宮殿を出て行った。

 

 彼女こそ、オーディンの側近を務める文武両道の戦乙女。

 剣技と魔術を極め、過去には霜の巨人との大戦争も経験した歴戦の魔法剣士。

 

 霜の巨人達を封印する神殿の初代守護騎士であり、歴代最高の戦乙女。

 アイズである。

 

 彼女は知己であり最強最悪の勇者である大和の笑顔を思い浮かべ、沈鬱な溜息を吐いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 霜の巨人達が封印されていたのは次元の狭間──神々が創造せし堅牢無比なる地下迷宮であった。

 この迷宮の内部ではあらゆる神秘的な力が霧散する。唯一突破できるのは闘気と化学兵器のみ。

 しかし巨人達がこれらを所持している筈も無く、こうして突破不可能の牢獄が完成していた。

 

 外部から封印を解かれた今、霜の巨人達は自らの筋力で迷宮を這い出ている。

 二体、三体と迷宮を崩壊させながら地上を目指していた。

 

 そんな中、絶対絶命の戦乙女達が二名。

 神殿の守護騎士兼巫女である姉妹、ノアとエルザである。

 彼女達は黒鬼の無聊を慰める玩具にされようとしていた。

 

「巨人が復活しちまった事で依頼は失敗──となると、このイラつき、お前等の身体で治めるしかねェな」

「ふざけないで!! あっち行きなさいよ!! この変態!! 色情魔!!」

「エルザちゃん、落ち着いて! あの、何処の御方かは存じませんが、此度は──」

「フ〇ック」

 

 ノアの謝罪を大和は中指を立てて遮る。

 

「馬鹿が。事が終わった後の謝罪なんざ、クソほどの価値もねぇ」

「ッッ」

 

 大和は荒縄に縛られた二名を見下ろし、凶悪なスマイルを浮かべる。

 それはとても英雄とは思えない、極悪な笑みだった。

 

「さぁて、強姦タイムだ。一人ずつ、丁寧に、ゆっくり絶望を味あわせながら貪ってやる」

「いやァ!!」

「安心しろや。強姦っつっても、痛いわけじゃねェ。むしろ逆だ」

 

 大和は荒縄を解くと、姉妹を抱きしめる。

 姉妹は暴れようするも、それぞれ胸と尻を揉みしだかれ、意思に反した嬌声を上げた。

 

「天国へ連れてってやる。今まで味わった事のねぇ快楽にドップリ浸からせてやる」

「いやァ……いやよッ。あっ! あぅぅッ♪」

「お願いです、こんな事……んあァっ♪」

「テメェ等が悪いんだぜ。俺の仕事を邪魔しやがって」

 

 顔を真っ赤にして、思考をドロドロに溶かされて尚、姉妹は抵抗を止めなかった。

 魔性の色香にここまで晒されて、それでも自我を保っていられるのは、彼女達が神聖なる守護騎士兼巫女である事を自負しているからだ。

 それがいい。それでこそ犯し甲斐があると、大和は口角を歪めた。

 

 まずはエルザを、と抱き寄せる。

 唇を奪われそうな彼女は、震えながら瞳を閉じた。

 

「そこまでだ。大和」

 

 二人の顔の間にきめ細やかな指が入る。

 大和は不機嫌さを隠さず首をもたげた。

 エルザは思わず歓喜の悲鳴を上げる。

 

「アイズ様っ!!」

 

 銀色の戦乙女──アイズは呆れを隠さず嘆息した。

 

「大馬鹿者が……この緊急事態に何をしている」

「邪魔すんじゃねぇよアイズ。それともテメェも犯されてぇのか?」

「落ち着け。依頼の更新だ。復活した霜の巨人を駆逐し、再度封印しろ。報酬は倍払う」

「……出任せだろ?」

 

 一瞬で見抜かれるも、アイズは不敵な笑みを浮かべた。

 

「後でオーディン様を無理やり納得させるさ。……兎も角、その子達を離してやってくれ。私の後輩なんだ」

「それはそれ、コレはコレだ。コイツ等は俺に刃を向けた。絶対許さねぇ」

「ならば私が代わりに抱かれよう。不満か?」

 

「アイズ様!!」

「そんな!!」

 

 ノアとエルザが悲鳴を上げるも、アイズは鋭い眼光で一蹴する。

 

「この大馬鹿者共が……よりによってこの男に刃を向けるとは……お前達が怒らせたのは世界最強の殺し屋にして武術家。古の大英雄──大和だぞ」

「「!!?」」

 

 ノアとエルザは驚愕する。

 まさか彼が、北欧勢力でも伝説になっている英雄の中の英雄とは思ってもみなかったのだ。


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