一方、天上界アースガルズにて。
神代の戦士達が集う宮殿ヴァルハラの前では、極寒地獄が形成されていた。
北欧勢力最強の戦神、トール。
トリックスター、ロキ。
その他、名だたる神々が氷の彫像に成り果てている。
存在そのものに「凍結」の概念が叩き込まれていた。
魔法を超えた魔導の域。しかも全く異なる力、超常の御業──神仏や魔神の権能である。
荒れる吹雪の中で、最前線に出てきた主神オーディンは忌々しそうに前方を見据えていた。
オーディンはこの「絶対凍結」の権能の持ち主を知っている。
神仏が最も恐れ慄いた神殺しの魔狼──数多いる魔獣達の頂点に君臨する絶対君主。
オーディンの眼前で、怜悧な美貌を湛える絶世の美女が佇んでいた。
青みがかかった銀髪は膝裏まで流れ落ち、冷気を孕んだ風にさらさらと靡く。
鋭い碧眼は己の信念に反する愚物を一切否定する冷徹さを内包していた。
他者を一切寄せ付けない拒絶の美は、しかし豊満さとしなやかさを併せ持つ肢体を更に際立たせている。
服装は純白のスーツに漆黒のロングコート。頭には尖った狼耳。
氷の麗人とも云える彼女は、失笑を交えてオーディンに告げた。
「儚いものだ──神を名乗るには、あまりにも儚い。老いて弱者に成り下がったのだ。素直に引退すればどうだ?」
嘲笑を向けられ、オーディンはしかし何も言えなかった。
彼女が七魔将の一員であるなら──本格的に世界の滅亡が近いからだ。
「……フェンリルッ」
「気安く我が名を呼ぶな。噛み千切るぞジジィ」
「ッッ」
嘗て、世界中を恐怖のどん底に突き落とした神殺しの魔狼。
事象現象関係無く万象一切を凍結させる能力と、最上位の神仏すら引き裂く爪牙を誇る。
神滅狼、フェンリル。
彼女は雅貴と同盟を組む「七魔将」の一員であった。
此処へ来た目的は──いわゆる暇潰しである。
彼女の背後にいたカジュアル系の緑髪の美青年、邪龍王ヒュドラは口笛を鳴らした。
「ヒュー♪ 姉御容赦ねぇ♪ てか姉御一人でよかったんじゃね? ああ後、正宗とゼウスが帰ってきてよ♪ 大和と遊んできたらしいぜ! 羨ましいね~っ♪」
「何? 大和が居たのか。……雅貴め、敢えて黙っておったな」
フェンリルは苦笑すると、踵を返す。
そしてオーディンに対し、冷酷に吐き捨てた。
「二度と私の前に姿を見せるな、老いぼれ。私は弱者を一切認めない。疾く死に失せろ。貴様は私が殺す価値も無い」
「ッッ」
オーディンは憤慨しながらも、何もできなかった。
戦力差は歴然。彼女が進む先にはヒュドラと牛魔王、ウリエルが佇んでいる。
勝てる筈が無かった。
フェンリルはその尖った狼耳をピコピコさせると、上機嫌に微笑む。
「後で正宗とゼウスから聞くとしよう、大和の事を……あ奴は我のツガイとなるに相応しい強者よ。何時か必ず私のモノにしてやる。……暇があれば口説きに行くか」
フェンリルの呟きに、堕天使ウリエルが桃色のショートヘアを揺らして文句を言う。
「駄目だよ。大和は僕の男なんだから」
「幾ら盟友でも、譲れぬものがある。大和は私の男だ」
「いいや、僕のだよ」
「……」
「……」
無言で睨み合うフェンリルとウリエル。
離れた場所でヒュドラが大爆笑し、牛魔王が頭を抱えていた。
「ギャハハ!! 見ろよ牛魔王! 女同士、譲れない殴り合いが始まりそうだぜ♪」
「笑ってないで止めにいくぞ」
フェンリル。
彼女は極度の弱肉強食主義を掲げる暴力至上主義者であった。
『神滅狼』フェンリル
『堕天使の長』ウリエル
『邪龍王』ヒュドラ
『平天大聖』牛魔王
『天空神』ゼウス
『剣神』正宗
総勢六名。
七魔将も残り一人となった。
北欧神話が吹雪に包まれる。
神々の世界は甚大な被害を被ったものの、寸前で滅亡を免れた。
しかし、それは七魔将の気まぐれによるものである。
これを機に、全神話体系で雅貴と七魔将への警戒態勢が敷かれる事となった。
◆◆
北欧神話は現在、国力の回復でてんてこまいだった。
雅貴の同盟主達、七魔将の戦闘力は規格外もいいところ。
単体で一神話を滅ぼしかけてしまう。
それもそうである。
あらゆる神話体系から選りすぐりの強者のみが集っているのだ。
北欧神話は日本の八百万の神々から救援物資を貰い、インド神話の英雄達を護衛に付ける事で、国力の回復に専念できていた。
重傷者多数。しかし死傷者はゼロ。
今回の事件が雅貴の単なる戯れであった事が、この結果で容易に察せられる。
北欧神話最強の戦神、トール。トリックスター、ロキは目覚めると同時に激高したが、オーディンに宥められる事で沈静した。
一番憤慨しているのはオーディンなのだ。
現在、数億人の
しかし、大和にとってはどうでもいい話である。
彼は約束の報酬──アイズの肢体を味わうために、彼女の部屋を訪れていた。
豪勢ながらも質素な部屋。
窓から月明りが差し込み、アイズの瑞々しい肢体が照らし出される。
引き締まりつつも女性らしさを損なっていない、ある種理想の肉体。
冷静沈着、冷酷無比で知られる銀髪の戦乙女は、気丈な面持ちながらも頬を朱に染めていた。
それがいい。
大和は彼女を抱き寄せ、ベッドに押し倒す。
アイズは抗わなかった。
緊張で強張った身体を優しく解され、指先まで丹念に貪られる。
何度も唇を吸われ、彼女は最初文句を言った。
『現状を考えろ』
『この変態め』
しかし、本番になれば喘ぎ声に変わる。
アイズは覆い被さる大和の背中に爪を立て、首筋に噛みついた。
膣奥を掻きまわす灼熱の棒に意識を溶かされながらも、必死に告げる。
『責任を取れ……ッ』
『節操なしめ──ッ』
うるさい氷の女を、大和は黙らす様に舌を絡めた。
◆◆
翌日の早朝。アイズの部屋の前にて。
大和は出迎え達を見下ろす。アイズとノア、エルザの三名だ。
大和は顎を擦る。
「オーディンは来ねぇのか……あんの糞ジジィ。まぁいいか、報酬は貰ったし。フェンリルの奴にこっぴどくやられたんだろ? しゃあねェな」
「主神様が出迎える事が当たり前か。しかも糞ジジィ呼ばわりとは──本来であれば厳罰ものだぞ」
白いワンピース姿のアイズが唇を尖らせると、大和はクツクツと喉を鳴らした。
「昨日はあんなに可愛かったのに、もう生真面目モードか?」
「うるさい、黙れ」
「クックック……おう餓鬼共、コイツに感謝しろよ? でなけりゃお前等が食われてたんだからな」
ギザ歯を向けられ、エルザは頬を風船の様に膨らませた。
姉のノアが必死に宥めている。
「エルザちゃん、駄目だよっ」
「でも、でもぉ……!!」
煮え切れない様子のエルザ。
尊敬する先輩を野蛮な輩に穢されて、腹を立てているのだ。
大和は舌を出し、からかってみせる。
「何だ? アイズが羨ましいのか? いいぜ、今からでも抱いてやる」
「バッカじゃないの!? アンタなんか……むぐぅ!!? む~!!!!」
「駄目駄目っ、エルザちゃん、それ以上はダメっ」
妹の口から吐き出されそうな罵詈雑言を、ノアが必死に手で押える。
アイズはやれやれと肩を竦めると、大和と視線を合わせた。
「早く行け。お前の顔は、暫く見たくない」
「そうか。また恋しくなったら言えよ。会いに来てやる」
「馬鹿め……さっさと行け」
そっぽを向くアイズ。
相変わらずだと嗤うと、大和は真紅のマントを靡かせ去って行った。
エルザは姉の手を振り切ると、薄紫のサイドテールを揺らして叫ぶ。
「覚えてなさい!! アンタの事、絶対後悔させてやるんだから!!!!」
大和は振り返らず、手を挙げるだけで応じた。
《完》