Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

86 / 255
三話「幕引きの英雄」

 

 

 ヨウジと清美はラブホテルを飛び出していた。

 水晶からの電話は「ヨウジの行方を探している人物がいる」という内容だった。

 

 追っ手が迫っている──清美は知らぬ存ぜぬを通して逃げる事を提案した。

 

「俺、どうしたら……やっぱり、アイツらが……」

「シッ! 黙って。まずはあの安全地帯まで逃げるのよ」

 

 清美はヨウジを叱咤すると、通りを走り出す。

 目指すは『大衆酒場ゲート』。

 デスシティで最も安全な場所である。

 いつも淀んでいる空が急に黒雲に覆われ始めた。

 ポツポツと、二人の頭上から雨が降りかかる。

 

「今の内にゲートまで一気に駆け抜けるわよ!」

 

 人混みにぶつかりながらも二人は止まらない。

 中央通りを走り抜ける。

 

 雨脚が強まってきた。

 傘を差す喧騒達の目が、清美とヨウジを捉えて不気味に輝く。

 

 此処は魔界都市。

 無秩序の楽園。魔物の巣窟。

 戯れか、それとも鬱陶しいのか、二名に音も無く刀剣が、弾丸が迫った。

 

「!?」

 

 ヨウジは偶然殺気に勘付き、清美を抱きかかえる。

 背後に振り返ると、不気味に嗤う住民達の影があった。

 ヨウジは戦慄を覚える。

 

 己が野獣を名乗るなど、烏滸がましいにも程がある。

 この都市の住民こそ、本物の野獣だった。

 

 最早絶対絶命。

 その時、三人の巨漢達がそいつらに踊りかかった。

 不意を突かれたサイボーグが殴り飛ばされ、蛇人間が蹴りをくらい、オークが投げ飛ばされ地響きを轟かせる。

 

「ジェシカ!!」

 

 そこには『ベリーベリー』の責任者、清美の上司である水晶がいた。

 巨漢達は店の用心棒である。

 襲撃者達は舌打ちと共に雑踏に紛れていった。

 

 彼等は気まぐれに襲って来たに過ぎない。

 故に面倒事だと分かればすぐに撤退する。

 

 清美は雨に濡れた顔で、水晶に問うた。

 

「どうしてここに……?」

 

 水晶は濡れて尚透ける長髪を掻き分けながら苦笑した。

 

「ゴメンね。店の子には改造手術の時に生体発信器を埋め込まさせてもらってるのよ」

 

 水晶の背後から、長谷部が現れる。

 彼は無機質な瞳に憎悪の焔を宿して吐き捨てた。

 

「ようやく見つけたぞ、犬飼ヨウジ」

 

 二十年の時を超えて、長谷部は漸く妻子の仇を追い詰めたのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 雨の中、遂に二人は対峙した。

 長谷部は懐から拳銃──グロックを取り出す。

 プラスチックを多用した軽量タイプだ。

 実用性と携行性に優れている。

 

「お前がやった15件目の被害者は俺の妻と娘だ。忘れたとは言わさんぞ」

 

 突き付けられたグロックの銃口を見つめ、ヨウジは悲痛な面持ちで両手を挙げた。

 

「確かに覚えているよ。……だけど俺は殺してない!! 本当だ!!」

 

 雨が激しさを増す。

 まるでヨウジの心境を表しているかの様だった。

 清美がヨウジを庇うように前に立つ。

 

「やめて! ヨウジは悪くないのよ!!」

 

 そんな清美に、横にいた水晶が掴みかかる。

 

「こっちに来なさい! 少し話があるわ!」

「離して水晶さん!! ヨウジはそんな人じゃないの!!」

 

 もみ合う二人を他所に、ヨウジが長谷部に向かって歩き出す。

 

「長谷部さん……確かに俺はあなたの奥さんと娘を食った。でもこれだけは信じて欲しい……俺は誰もレイプしてないし、殺してないんだッ」

「ッッ」

 

 長谷部が憤怒と憎悪で顔を歪ませる。

 引き金を引く指に力がこもった。

 

「黙れ!!」

 

 タンッと、小気味よい音が鳴り響いた。

 

 

 ◆◆

 

 

 土砂降りの中、尻餅をつくヨウジ。

 

「ヨウジっ!」

 

 思わず清美が駆け寄る。

 ヨウジの肩口が赤く染まっていた。

 グロックの銃口から静かに硝煙が上がる。

 微動だにしない銃口から、更に弾丸が吐き出される事は無かった。

 

「信じてくれるんですか……?」

 

 ヨウジは撃たれた肩を押さえながら、長谷部に問う。

 清美がキッと長谷部を睨みつけた。

 しかし長谷部の顔つきは変わらない。憎悪で歪んでいる。

 

「なら……お前の言葉が嘘でないのなら、一体誰だ。俺の妻子を殺したのはッ」

 

 苦鳴を絞り出すかの様な声だった。

 ヨウジは言い淀む。

 

「それは……」

 

 その時、彼等の頭上からローター音が鳴り響いた。

 黒光りする機体は、戦闘用ヘリコプターである。

 下部に搭載された機銃が唐突に火を噴く。

 巨漢の用心棒達が吹き飛ばされた。

 

 火花が地上を奔り、ヨウジと清美に迫る。

 

「危ない!!」

「キャアッ!?」

 

 声と同時にヨウジと清美が倒れた。

 濡れた地面に鮮血が飛び散る。

 

 清美はヨウジを支えながら身を起こした。

 二人がいた場所には、水晶が倒れ伏していた。

 周囲にはまるで鉱物の様な破片が散らばっている。

 傷口からはドクドクと赤い血が溢れ出ていた。

 

「水晶さん!! どうして……ッ」

「フフ……どうしてかしらね……」

「早く病院へ!」

 

 雨の中、ヘリが旋回してまた体勢を整える。

 口の端に血を滲ませながら、水晶は目を閉じた。

 

「早く逃げて……私はもうダメ……」

「どうして、どうしてなの!?」

 

 清美は大粒の涙をこぼした。

 表情を絶望色に染め上げ、天を仰ぐヨウジ。

 長谷部はグロックを攻撃ヘリに向けるが、どう考えても無駄な抵抗だった。

 

 機銃が死の咆哮を吠える。

 長谷部も「ここまでか」と目を閉じた。

 

 瞬間である──ヘリの胴体に赤柄巻の大太刀が突き刺さったのは。

 

 フラフラと地上に墜落する攻撃ヘリ。

 ソレに悠々と近付く影が一つ。

 ヘリの胴体に刺さった大太刀を引き抜くと、鋼鉄製のドアを下駄で蹴り破る。

 血塗れのパイロットを摘み上げ、ズルズルと引きずり歩いてきた。

 

 2メートルを優に超える褐色の美丈夫。

 その背後でヘリが爆発、炎上した。

 

 吹き上げられる束ねた黒髪。

 炎と同じ色の真紅のマント。

 冷徹な三白眼に凶悪なギザ歯。

 

 魔界都市が誇るジョーカー。

 世界最強の殺し屋にして武術家──大和。

 

「で──どいつだ? 俺の友人を語るヤツは」

 

 ギザ歯をむき出したその顔は炎に照らされ、おぞましい美貌をより一層際立たせた。

 

 

 

 ◆◆

 

 

 大和を呼んだのは水晶の采配だった。

 長谷部が「俺は大和の友人だ」と告げたので、あらかじめ連絡を入れておいたのだ。

 大和もまた『ベリーベリー』の常連であり、水晶とは既知の仲だった。

 

「ったく、無茶しやがって……」

 

 瀕死の水晶の頬を撫でると、己の闘気を吹き込んでやる。

 惑星すら超える莫大な生命力は死神すら欺き、水晶の命を現世に留めた。

 

「あ……アワワっ、や、大和さん……ッ」

 

 清美とヨウジは顔面を蒼白にしていた。

 此処デスシティで大和の名を知らぬ者などいない。

 最上級の邪神すら葬ってみせる無敵の益荒男は、魔界都市の象徴的存在であった。

 

 大和は水晶に視線を落したまま、清美に告げる。

 

「すぐに病院に連絡しろ、今なら助かる」

「は、はいっ!」

 

 清美はすぐ救急病院に連絡を入れる。

 大和は長谷部に向かって、その灰色の三白眼を細めた。

 

「テメェか? 俺の事を友人だと吹聴してんのは」

「お前が、大和か……」

 

 長谷部の中で、大和という名前がようやく一致する。

 目の前に佇まれればまさに山の如く。

 長谷部は優々と見下ろされた。

 

 この激雨の中で彼だけが濡れていない。

 その身に纏う闘気と呼ばれる生命エネルギーが、雨を寄せ付けないのだ。

 

 長谷部は怖気づくこと無く名乗る。

 

「俺は長谷部、表世界の警察だ」

「……ふぅん」

 

 大和は長谷部の表情筋を見て、面白そうに顎を擦る。

 長谷部の背筋に悪寒が奔った。

 まるで心の奥底を見透かされている様な──そんな不快感を感じたのだ。

 

 すると、大和の足元で気絶していたヘリのパイロットが目を覚ます。

 彼は息も絶え絶えに懇願した。

 

「た、助けてくれ……俺は雇われただけなんだっ」

「誰にだ?」

 

 長谷部がグロックを向けると、パイロットは叫んだ。

 

「犬飼……犬飼バイオの社長、犬飼大三だ!!」

 

 犬飼バイオ。

 それは犬飼ヨウジの実の父親が経営する、表世界でも五本指に入る大手製薬会社の名だった。

 ヨウジの起こした事件で一度は風評被害に晒されたものの、近年癌やエイズに効能がある新薬を開発して盛り返した超大企業である。

 

 パイロットが首をうな垂れた。

 出血多量で息を引き取ったのだ。

 

 ヨウジがポツリと漏らす。

 

「俺は……開発中の新薬の被験体だったんです。父さんとアイツに命じられるままに、死体を食わされて……それから何を食っても、美味いと思えなくなって……」

 

 故に彼は『おでん屋・源ちゃん』で涙を流したのだ。

 何かがキッカケで味覚を取り戻したつつあるのだろう。

 

 長谷部がヨウジの肩を強く掴み、揺さぶった。

 

「おい!! お前の父親ともう一人とは誰だ!? お前に人食いを命じたヤツの名前だ!!」

 

 声を荒げる長谷部。

 雨が止み、曇天が切れた。

 ヨウジは涙で顔をクシャクシャにしながら告白した。

 

「警視庁の刑事……多村信彦って名乗ってたッ」

 

 長谷部は絶句する。

 その名前は、彼の数少ない友人である同僚刑事のものだった。

 

 ヨウジがデスシティに潜伏している事を教えてくれたのも、大和の名前を出すようアドバイスしてくれたのも、全て多村であった。

 

 蚊帳の外だった大和はニタニタ嗤いながら長谷部に問う。

 

「これからどうするんだよ、友人の長谷部クン?」

 

 大和の嫌味が長谷部を現実へと引き戻す。

 その瞳に再度灯った復讐の焔を見て、大和は面白そうに唇を歪めた。

 

 

 ◆◆

 

 

 表世界、日本の都市、東京の某区にて。

 ネオンが夜の首都を厳かに彩っている。

 愛車のクラウンを走らせながら殺人課の刑事、多村信彦は携帯のイヤホンマイクで「ある人物」に連絡を入れていた。

 

「そうです。えぇ、手筈通り長谷部がデスシティに向かいました。被験体41号も滞りなく始末出来る寸法です。ほぅ、ほぅ……攻撃ヘリですか、わざわざ念入りですな」

 

 苦笑する彼の眼前に、唐突に人影が飛び出す。

 

「うぉっ!?」

 

 思わずハンドルを切り損ねた多村は急ブレーキを踏むが、一歩遅かった。

 ガードレールを突き破り、車外に投げ出される。

 

「クソ……なんだ一体……ッ」

 

 額から血が流しつつも歩き出す多村。

 その前に人影が差した。

 ヨレヨレの薄汚れたトレンチコートにハンチング帽姿の老人──多村は思わず呻く。

 

「よぉ……生きてたのか」

「この一件について、説明して貰おうか」

 

 老刑事──長谷部は愛用のグロックを構える。

 その背後では、漆黒色の魔改造GTRが盛大なエンジン音を立てていた。

 窓から顔を出した闇タクシーの運転手、死織が笑みをこぼす。

 

「送迎代は親友の大和クンに付けておきますね♪」

「……ハァ」

 

 小さく溜息を吐く長谷部の後ろで爆音を吹き鳴らし、闇タクシーが去っていく。

 長谷部はグロックを親友だった男に突き付けた。

 

「さぁ、説明しろ」

「説明も何も……犬飼ヨウジはどうした? まさか殺したのか?」

「全て聞いた。お前は犬飼バイオと手を組んで新薬の被験体を始末していたんだな。犬飼ヨウジを凶悪殺人鬼に仕立て上げる為にわざわざ強姦までした。……ヤツに人食いを強要したのは何故だ?」

 

 長谷部の問いに、多村はクツクツと喉を鳴らした。

 

「アレは同種の被験体の細胞を定期的に摂取しないと効能を維持出来ない失敗作だったんだ。いちいち共食いしなきゃ効能を発揮できない薬なんざ、クソほど役にも立たない」

「実の息子を人体実験に使ってまで薬の開発か……それに手を貸していたお前は、警察官どころか人間の屑以下だ。そして何より……どうして摩耶と望美を殺した!!」

 

 激昂する長谷部に、多村は凶悪な笑顔を向ける。

 それは、長谷部が初めて見た顔だった。

 

「お前のそういう熱苦しいところが昔から大嫌いだったんだよ。最後の15件目は俺のリクエストだ♪ クククッ……ハーッハッハッハ!!!!」

「ッ」

「どうだ、悔しいか? ええ!? 長谷部よォ!!」

 

 何十年という歳月もの間、多村は隣で長谷部を嘲笑い続けていたのだ。

 

「多村ぁぁぁッッ!!!」

 

 グロックが二度跳ね上がる。

 しかし多村の姿が消えた。

 

「言っておくが俺も被験体なんだ。こんな副作用付きだがな!!」

 

 背後から声がすると同時に、長谷部の背中に灼熱とも言える痛みが襲いかかる。

 

「っ!?」

 

 あまりの痛みに膝をつき、グロックを取り落す。

 多村の顔が変貌していた。

 見る見る内に耳元まで口が裂け、真っ赤な口内にゾロリと牙が並ぶ。

 両手には凶悪な爪を揃えていた。

 

 その姿、まさしく野獣。

 

『ダガナ、オレは無敵のニクタイを手にイレタンダ』

 

 人語すら危ういカタコト言葉を吐くと共に、野獣が跳躍する。

 爪が真上から矢継ぎ早に振り下ろされるも、多村は地面を転がりながら辛うじて避けた。

 

『Gyeee!!』

 

 もはや人間とは呼べない異形の雄叫びをあげながら迫り来る野獣。

 グロックを拾う暇もない。

 長谷部はネクタイを緩める為に、結び目に指をかけた。

 

 跳躍して来た野獣と長谷部がぶつかり合う。

 夜気に血臭がこもった。

 

『ギャアアアアア!?』

 

 凄まじい悲鳴と共に野獣がのたうち回る。

 その両眼が横一文字に切り裂かれていた。

 長谷部の両手には剣が携えられている。

 否、それは彼が締めていたネクタイであった。

 単なる布が破邪の聖剣と化していたのだ。

 

『グエェェ……これは一体……』

 

 野獣が多村の姿に戻りつつある。

 長谷部は苦い表情で吐き捨てた。

 

「一生使う事はないと思っていたんだがな……」

 

 対邪神用剣術・荒神(アラガミ)

 太古の昔、古代人が邪神相手に生み出した元素を転換して武器とする古流剣法。

 布や木を鉄に変え、魔を穿つ剣と成す秘匿流派である。

 長谷部はその後継者だった。

 

「畜生……クソがァァァァ!!!! 殺せ! 殺せよォ!!」

 

 完全に変身が解け、のたうち回る多村に長谷部は電子ロックの手錠をかける。

 

「俺は警察だ。よってお前を逮捕する」

 

 忌々しき親友を取り押さえた長谷部は、冷たく告げた。

 

「お前にはまだまだ吐いてもらう事がある」

 

 まだ、最後の仕上げが残っていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 表世界の犬飼バイオ本社にて。

 ライブ中継を通じて全世界に新薬の発表会を行うという事で、会見場には多くの記者達が集まっていた。

 仕立ての良いスーツを着込んだ初老の男性、犬飼大三は満足げに会見場に立つ。

 

「皆様、私ども犬飼バイオは数多の危機を乗り越えてここまで成長出来ました。これもひとえに皆様のおかげです。本日はこの新薬が市販流通される事になりました。副作用も無く、安全かつ安心。皆様のライフサポートを……」

「待ってくれ!」

 

 突如、会見場のドアが開かれる。

 現れたのは清美に肩を支えられているヨウジだった。

 彼は叫ぶ。

 

「俺は犬飼社長の息子、ヨウジです!! 二十年前、15件の強姦殺人の犯人として仕立て上げられ無罪になった男です!! 被害者は俺も含めて、新薬の被験体でした!! この男は開発段階で人体実験を行っていたんです!!」

 

 記者団のフラッシュが一斉にヨウジに向けられる。

 犬飼大三の表情が歪んだ。全世界の生中継でコレは不味い。

 

 彼は取り乱しつつ、荒事専門の部下達に命令を飛ばす。

 

「な、何だね突然……皆様、この男は頭がおかしいんです!! 何をしているお前達!! 早くコイツをつまみ出せ!!」

 

 犬飼が命令するも、室外に待機している部下達は誰一人として来ない。

 山積みになった部下達の上に腰を下ろし、上機嫌にラッキーストライクを吸っている益荒男──大和。

 

 彼はギザ歯を見せながら嗤った。

 

「クックック、『犬飼社長を社会的に抹殺しろ』たぁ、洒落が効いてるねェ」

 

 大和の笑い声が木霊する。

 同時に犬飼バイオの全ての銀行口座がネットを通じてハッキング攻撃された。

 犬飼バイオの抱える全資金が違法に引き出される。

 元凄腕ハッカー、現人体改造バー『インセクツ』の刺青店長の仕業だった。

 

 その莫大な資金はすべて大和達の報酬に充てられる。

 

 スキャンダルを全世界に発信され、アタフタする犬飼大三。

 彼は共犯者、多村に携帯をかけた。

 

「多村!! 何をしている!? 何故ヨウジが生きている!!?」

『犬飼バイオの社長こと、犬飼大三だな。お前を殺人罪、強姦罪を始めとした数多の罪で逮捕する。令状はとっくに取ってあるから安心しろ』

「ッッッッ」

『余罪も多村が全て白状したよ。……お前達の悪行三昧もこれで終わりだ』

 

 老刑事、長谷部が多村の代わりに全てを答えた。

 犬飼大三はショックのあまり、立ち尽くしたまま口から泡を吹き気絶した。

 

 

 コレで、全てが終わったのである。

 

 

 ◆◆

 

 

 デスシティ 中央区の大衆酒場『ゲート』にて。

 店主のネメアは厨房前で煙草をくゆらせながら新聞に目を通していた。

 

 超大企業である製薬会社『犬飼バイオ』が倒産。

 社長の犬飼大三が二十年前に日本中を震撼させた凶悪犯罪に加担していた事が露見し、表世界はパニック状態になっていた。

 癌やエイズすら完治させるという触れ込みだった新薬は販売寸前で中止。

 

 共犯者である警視庁の刑事、多村信彦は新薬の被験体となった被害者達を全員殺害していた。

 更に当時16歳だった犬飼ヨウジを被験体兼スケープゴートとして利用。

 長谷部の妻子を襲ったのは被験体とは無関係の、完全なる私怨だった。

 

 一番の被害者は長谷部達家族だったのかもしれない。

 

 現在、多村と犬飼社長は総理大臣お抱えの組織「特務機関」にて取り調べを受けている。

 多少暴れた所で抗う術はない。

 

 犬飼ヨウジは強姦殺人には関与してなかったが、死体を食らった事は事実なので自首した。

 ジェシカこと清美は、いつまでも待っていると表世界へ旅立っていった。

 

 清美の肉体を食らった事でヨウジが味覚を取り戻し、食人衝動が消え去っていたと気づくのは、まだ先の話である。

 

 肝心の老刑事、長谷部勇夫は警察を定年退職して以来、姿を消してしまったという。

 未だに杳として行方知れずだった。

 

 ネメアは無言で新聞を畳む。

 表世界で起きた事は表世界で解決する。

 あちらには、あちらの法があるのだ。

 

 ネメアはソレを尊重していた。

 今の表世界に勇者など必要無い。

 強大な力が居座っても争いしか起きない。

 だからネメアは此処、魔界都市に在住しているのだ。

 

 亜人や妖怪、極道やサイボーグでごった返しの店内。

 ネメアは目の前のカウンターに座る褐色肌の美丈夫に話しかける。

 

「死織から聞いたぞ、友人と吹聴していた奴を見逃したんだってな」

「それがどうした?」

「珍しいと思ってな──お前、そういうの嫌いだろ」

 

 ネメアの言葉に美丈夫、大和は笑う。

 それは色気を伴った笑みだった。

 こういう笑みをするのは上機嫌の時である。

 

 大和はラムを嗜みながら言った。

 

「アイツには俺の友人を名乗る価値があった。テメェの復讐をテメェで成し遂げる。しかも刑事としての筋を通してな。ああいうの、大好きなんだよ」

「成程……」

 

 ネメアは笑う。

 大和は善悪関係無く、スジを通す者を好む。

 

 ネメアはふと、店内にヨレヨレのトレンチコートにハンチング帽を被った老人を見た気がした。

 新聞に再度目を通し、その老人が件の男だと知って再度目を凝らす。

 

 しかし、既に老人はいなくなっていた

 

 

 

《完》

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。