「師匠! ふざけないでくださいよー!」
「ふざけてねェよ。喜怒哀楽を学びてぇんだろ? だったらセッ〇スが一番手っ取り早いじゃねぇか」
「……むーっ! 駄目です! アルファちゃんの意思を尊重しないと! 師匠の悪い癖です! 駄目です!」
「面倒くせェな……」
スレイが頬を膨らますので、大和はやれやれと肩を竦める。
彼は疑似天使こと、アルファに問うた。
「しかし、俺がマスターだと? それもお前を造った奴……華仙の命令か?」
「Yes。しかし何故、私が華仙様に製造されたとわかったのですか?」
「スレイは華仙に世話になってる。そもそも、テメェみたいな存在を造れる奴は華仙しかいねぇ」
「成程、理解しました」
「…………」
大和はアルファを見下ろす。
その灰色の三白眼に、過去の情景を思い浮かべていた。
「?」
アルファが小首を傾げる。
大和はおもむろに手招きした。
「こっち来い」
「Yes」
とてとてと近寄ってくるアルファ。
大和はその水色の長髪をクシャクシャと撫でる。
そして囁いた。
「偶然か、それとも何かの因果なのか……似てるなァ、お前」
「…………温かい、です。マスター、この感情は何ですか?」
「わからねぇ……」
髪を撫でらていれると、無性に気持ち良い。
アルファは小猫の様に瞳を細めていた。
その時──
「………………」
ニャルが無表情になっていた。
大和の膝上で微動だにしない。
大和は思わず「ゲェ」と声を漏らした。
素早くアルファから手を離し、スレイに預ける。
「スレイ、今夜は駄目だ。何かあればメールを送るからよ……まずはコイツを落ち着ける」
「は、は~い! 行こアルファちゃん!」
「……Yes」
アルファは名残惜しそうにしながらも、スレイに連れていかれる。
大和はニャルに向き直った。
が、ニャルはそれより早く大和の首に両腕を回し、首筋を舐め上げる。
「僕の前で他の女に夢中になるなんて……許さない、許さないよ大和……今夜は絶対に逃がさないから」
「……ハァ」
首筋を甘噛みされ、大和は沈鬱な溜息を吐くのであった。
◆◆
深夜、ラブホテルにて。
ニャルは大和に跨り、鬱憤を発散していた。
彼女は嫉妬深い性格である。
大和の節操の無い性格を理解しているも、目の前で見せられると激情を発する。
大和の首筋に、胸に、これでもかとキスマークを付けて、彼が自分のものだと証を刻み付ける。
何度も執拗に唇に吸い付き、舌を絡め、甘い唾液を嚥下させる。
しかし、ニャルの攻めはソレでお終い。
拗らせたニャルを押えつけ、大和は強引に犯し始める。
ニャルは甲高い悲鳴──いいや、嬌声を上げた。
何度も何度も絶頂を刻まれ、奥に注がれ、彼女は忘我の彼方を彷徨った。
怪物の底無しの性欲の捌け口にされ、ニャルは歓喜の悲鳴を上げていた。
掠れるほど喘ぎ声を上げ、総身を震わせる。
そうして長い時間蹂躙されて──彼女は満足した。
数時間後、特大ベッドの上で。
大和はラッキーストライクを美味そうに吸っていた。
その逞しい腕に、ニャルはトロトロの表情で抱きついている。
彼女は本当に幸せそうに呟いた。
「やっぱり君が一番だよ、大和……♡♡」
「そうかい」
大和は嗤い、天井に紫煙を吐き出す。
ニャルは彼の胸板に指を這わせながら問うた。
「今だから聞くけど……あの人造天使に誰を見たの?」
「…………アイツに似た奴がいたんだよ。天然で、甘えん坊で、それでも正義感の強い天使が」
「……」
ニャルはそれ以上問わなかった。
大和の横顔に珍しく憂いの情を垣間見たのだ。
詮索すべきではない──そう察した。
「……それでも君は、変わらないんだね」
「?」
「ううん、何でもない。大好きだよ、大和♪」
満面の笑みで抱きつかれ、大和は首を傾げた。
ニャルは頬を舐めるなどして一通り甘えると、彼に提案する。
「そうだ大和! 明日、皆でデートしよう! アルファちゃんとスレイちゃんも含めてさ!」
「別にいいが、どうしたいきなり」
「アルファちゃんは喜怒哀楽を学びたいんでしょ? だったら遊ぶのが一番さ!」
「遊ぶって、デスシティでか?」
「ううん! 表世界で! 皆私服でデート! 勿論大和も!」
「……いいぜ。じゃあスレイにメール入れておく」
「よろしく♪」
早速スレイにメールを送る大和。
ニャルは内心、小躍りするほど喜んでいた。
(やったー♪ 大和の私服が見れる♪ 明日は楽しみだな~♪)
アルファの件など単なる建前である。
ニャルは明日、大和と存分にデートを楽しむつもりでいた。
◆◆
日本の首都、東京の某区にて。
待ち合わせ場所に適している綺麗な噴水場の前では、三者三様の美少女達が待機していた。
金髪灼眼の、刃物の様な鋭い雰囲気を醸す美少女。
水色の長髪を揺らす不思議系美少女。
そして褐色肌と銀髪が目立つ、童顔で勘違いされそうな美女。
三名とも、己の雰囲気と容姿に合った今時の服装をしている。
行き交う喧騒達は三名の容姿と、それ以上に何処か普通じゃない雰囲気に目を引かれていた。
たまたま通りかかった粋の良い若者達が三名に狙いを付け、ナンパしようと息を巻く。
「俺は褐色肌の子な」
「俺は金髪の女の子かなー、気が強そうだし」
「じゃ、俺は水色の女の子で」
下卑な笑みを浮かべながら、三名にアタックを仕掛けようとする若者達。
その背後に巨大な影が差した。
「邪魔だ、餓鬼共」
「ああ?」
「何だオッサン、やんの……か……」
若者達の目の前に、腹があった。
徐々に視線を上げて胸、首──漸く顔に行き付く。
その身長差はまるで大人と子供。
決して小さくない彼等を見下ろし、褐色肌の美丈夫はギザ歯を剥いた。
「聞こえなかったか? 邪魔だ。退け」
若者達は飛び退いた。
勝てない。抗ったら殺される。
本能で理解した。
自分達より圧倒的に強い雄に「反抗」の二文字は浮かばない。
ただただ従順になるのみ。
小麦色の鍛え抜かれた体躯は二メートルを優に超え、しかし限界まで絞られている。
無駄な筋肉を削ぎ落とし、機能性のみを追求した肉体は一種の芸術品であった。
艶やかな黒髪。灰色の三白眼。鋭いギザ歯。
端正な顔立ちは異国の女神すら虜にしてしまう、男性の理想像の一つ。
纏う色香は、最早反則の域に達していた。
幼子から老人まで、あらゆる年代の女性達が釘付けになる。
皆目を潤ませ、高鳴る胸を押え、熱い溜息を吐いていた。
魔性の色香──超犯罪都市に集うあらゆる雌を虜にする男のフェロモンに抗える存在は、生憎この場にいない。
「師匠……じゃなかった、大和さ~ん!」
「マスター……じゃありません。大和……さん。こっちです」
「おう」
大和は手を挙げ、三名の元に歩み寄る。
「はわわ~っ」
ニャルは嬉しそうに頬を染めていた。
大和の私服姿に感動しているのだ。
ニャルは無言でスマホを取り出し、シャッターをきりまくる。
大和はその頭をチョップで叩いた。
「いたっ」
「やめろ」
「でも最高にカッコイイよ~っ♪」
「こんなんで一々騒ぐな」
そう言いながら大和は三名を見渡し、満足げに頷く。
「皆可愛いじゃねぇか。やっぱデートは可愛い女の子が主役だな」
「そう!? ねぇ僕可愛い!? やっぱり可愛いよね~ニャルさんだもん!! 可愛いよね~!!」
バッチリドヤ顔を決めるニャルは一周回ってウザ可愛い。
大和はニャルの頭をくしゃりと撫でると、温和に微笑んでみせた。
「お前等、今日は俺の奢りだから遠慮なく楽しめよ。アルファ……お前も一杯遊んで、色々学べ」
「Yes。一杯遊びます」
アルファは真面目な面持ちで両拳を握る。
まだまだ固さは取れない。が、今はこれでいいと大和は口元を和らげた。
◆◆
一日を通してゲームセンターや水族館などを巡り、楽しむだけ楽しんだ一同。
特にニャルとスレイは大騒ぎ。かなり満喫していた。
アルファも隣で何度か微笑えむなど、喜怒哀楽のキッカケを掴めそうな様子だった。
一通り遊び終わったので、カラオケボックスで歌いながら休んでいる四名。
アルファは大和に膝枕をして貰い、スヤスヤと眠っていた。
大和は優しい表情で彼女の髪を撫でている。
ニャルはノリノリでアニソンを歌い終わった後、大和に意味深な笑みを向けた。
「君は本当に極端だよね~、甘い相手にはとことん甘い」
「それが俺だ」
「僕の事も、それくらい甘やかしてくれたら嬉しいな~っ♪」
「ほざけ、コイツは特別だ。……何も知らねぇ餓鬼と変わらねぇ」
怪物の慈しみに打算は無い。
好き嫌いこそ激しいが、好きな相手には無償の愛を注ぐ。
無垢な子供であれば尚更だ。
この極端な性質も、ニャルは魅力的だと思っていた。
「師匠~♪」
スレイが大和に擦り寄る。
彼女の頭も撫でてやる大和。スレイは嬉しそうにはにかんだ。
ニャルは穏やかな笑みを浮かべる。
デスシティでは滅多に見られない光景だ。
普段の大和からは想像もできない。
大和はふと、アルファをゆっくりと退かせると、ジャケットを被せて立ち上がった。
「煙草吸ってくる」
「は~い♪」
「行ってらっしゃ~い」
部屋を出て行った大和。
スレイは「あっ」と表情を固めた。
ニャルと二人きりは気まずい。色々な意味で。
しかし、ニャルは肩を竦めた。
「そう緊張しなくてもいいよ。君の父親とは確かに因縁があるけど、君には関係無いからね」
「あ、ありがとうございます……」
「それに、君は既に異性として慕っている男性がいるんだろう?」
「!!!?」
「ネメアは確かに、大和とはまた違ったイイ男だけど……」
「ニャルさんダメぇ!! それ以上は!!」
スレイは慌ててニャルの口を押える。
その顔はリンゴの様に真っ赤だった。
ニャルは彼女を抱き寄せ、その金髪をなでなでする。
「僕は応援するよ、君は純粋でイイ子だ。大和が可愛がるのもわかる」
「~~っっ」
「きっちりサポートしてあげる。だから、僕の事もサポートしておくれよ。僕、大和の事がだ~い好きなんだ♪」
「……ううっ、ズルいですよニャルさん」
「ナイアでいいよ。君にはそう呼んで欲しい」
「……では、ナイアさんで」
「うんうん♪ よしよし♪」
頭をなでなでされ、スレイは更に顔を真っ赤にする。
目付きが鋭いせいで勘違いされがちだが、彼女は素直で純真な乙女なのだ。
スレイは上目遣いでナイアに聞く。
「ナイアさんは……その、師匠の何処に惚れたんですか?」
「あ! それ聞いちゃう? え~! 多過ぎてわからないな~! 容姿も性格も強さも全部大好きだも~ん♪ ん~! 惚気になっちゃう! それでもいいなら聞かせてあげるとも! いいや聞いて欲しい! まずは僕が大和に惚れたところから!」
ニャルはデレデレしながら語り始める。
スレイが苦笑している横で、何時の間にか起きていたアルファが瞳を輝かせていた。
「是非聞かせていただきたいです」
「アルファちゃん!? いつの間に!?」
「お~アルファちゃん! いいともさ! まずは大和との出会いから話していこう!」
「よろしくお願いします」
大和のジャケットにくるまるアルファ。
スレイは目を丸める。
ここ数時間で、アルファの感情が目に見えて大きくなっていた。
(……凄い、この調子なら!)
大和の過去話、その一端がナイアの口から語られる。
◆◆
クトゥルフ系統の邪神達が次元そのものである副首領「ヨグ・ソトース」を潜り、地球に住まう全ての生命体を滅ぼそうとした四大終末論。
最後にして最悪の大戦争『デモンベイン』。
世界各地の神魔霊獣が迎え撃つも、戦況は劣悪を極めた。
敗戦の色は濃厚。
地球の意思であり抑止力でもある大地母神ガイアは、最後の最後にあの二人を頼った。
ネメアと大和である。
「当時の大和とネメアはまだ十八歳だった。それ以前の終末論を踏破している二人は、二十歳に満たない間に最低でも世界を四回救っているんだ。……過去現在未来に於いて、二人以上に優れた英雄は生まれないだろう。断言するよ」
「ッ」
スレイは身震いした。
己が今十六歳である。丁度これ位の時期にナイアを含めた邪神達と対峙したのだ。
二名の規格外さがよくわかる。
「ネメアが地球を死守し、大和が副首領を潜って我等が大いなる父──邪神王アザホートを討とうとした。僕達はソレを迎撃した。一度はボロ雑巾にしてやったよ。あの頃の大和はまだまだ若かったからね。それでも、大和は諦めなかった」
ナイアは過去の情景を思い浮かべ、その真紅の双眸を潤める。
「僕は言ったんだ。『僕の奴隷になれば生かしてあげる。だから隷属するんだ』と。でも断られた。『財宝も女も名誉も、欲しいものは全て与えてあげる』と言っても返事は一緒だった。そもそも、僕は不思議でしょうがなかったんだ。大和は成ろうと思えば最強無敵の英雄になれた。武術だけじゃなく魔導も極めて、完璧な存在に成れたんだ。なのに彼は拒否した。自力で人類を逸脱できるチャンスを敢えて捨てたんだ。その理由をどうしても聞きたかった。そしたらね──」
ナイアはグッと拳を握る。
「『俺は、俺の力だけで生きる。この足で踏ん張って、この手で欲しいもんを掴んでみせる。フワフワしたご都合主義なんざ必要ねぇ』って。それを聞いた当時の馬鹿な僕はね、皮肉のつもりでこう返したんだ。『それで死んだら元も子も無いね♪』って──そしたら大和も、笑ったんだ」
────なら、俺がそこまでの男だったって事だ。潔く死んでやる。テメェの信念を貫き通せねぇで、何が生きるだ…………ざけんじゃねぇぞ!!!! 生きるってのは信念を貫き通す事だろうが!!!!
「いや~、もうっ! 惚れたね。完っ璧惚れた。あの時、僕の心は大和に奪われちゃったんだ……ッ」
ニャルは顔を真っ赤にする。
「僕がずっと探し求めていたものを、大和は持っていた……! 邪悪でも低俗でも、彼は唯一無二の個我を持っていたんだ。──その場その場で顔を作って遊んでた僕には無かったもの……大和は、当時の僕を女に変えた」
ニャルは、息を呑むスレイとアルファにウィンクする。
「だから僕は大和の味方に付いたんだ。そして、邪神群の首領、邪神王ことアザホート様を「とある地」に封印した。ソレが、現在の超犯罪都市デスシティなんだよ。この事実を知る者は、意外にも少ないけどね♪」
デスシティ誕生の秘密は、安易に話していいものではない。
ニャルがソレを軽々しく彼女達に話せたのは、二名共既に知っているからだ。
スレイは炎を司る旧支配者クトゥグアの息女。
アルファは全知の一端をプログラムとして組み込まれた人造天使。
別に話しても問題無い。
「凄い過去を知っちゃいました……師匠って、やっぱり凄い英雄だったんですね」
「…………」
スレイが感心している隣で、アルファは真面目な表情で悩んでいた。
ニャルは彼女に微笑みかける。
「……アルファちゃん」
「はい」
「大和が戻って来たら、二人で話してきなさい。君の内に燻る悩みは、直接大和にぶつけるべきだ」
「……わかりました」
素直に頷くアルファに、ニャルは満足そうに頷く。
彼女はスレイと肩を組むと、悪戯心に満ちた笑みを浮かべた。
「じゃあ次はスレイちゃん。どうしてネメアに惚れたの?」
「え!? えええっ!?」
「僕が話したんだ。君も話すべきだろう?」
「そ、そんな~! 恥ずかしいですよぉぉっ!」
「だ~め♪」
「うううううっ……!」
スレイは顔を真っ赤っかにしながらも、ぽそぽそと話し始める。
ニャルは年頃の乙女の如くワクワクしながら聞いていた。
◆◆
一方、魔界都市のとある廃屋にて。
邪悪な法衣を纏った司祭が歪な笑みを浮かべていた。
眼鏡をかけた三十代ほどの美男である。
彼は眼前に集ったメンバーに感嘆の声を漏らす。
「素晴らしいメンバーですね。これならば天使様の再来──人造天使を獲得できるでしょう」
司祭の言葉に、真紅のスーツを着た美壮年が苦笑した。
片眼鏡と綺麗な白髪、温和な笑みと対照的な真紅のスーツが目を引く。
彼は若干──いいや、明らかに司祭を馬鹿にする様な言葉を呟いた。
「目的のためなら仇敵である我等の力も利用しますか……」
「大事なのは結果であって、過程ではありません」
「フフフ、私共は構いませんよ。対価は頂いていますし。……しかし、その欲望に忠実な様──実に滑稽だ」
「……訂正してください。私は欲望に忠実なのではなく、信心深いのです。お忘れなきよう──メフィストフェレス」
「おお、これは失敬」
真紅スーツの美壮年──メフィストフェレスはクツクツと喉を鳴らす。
通称メフィスト。近代創作で有名な大悪魔であり、かの悪魔王サタンの左腕。
爵位持ちの最上級悪魔である。
悪魔は日本の鬼と同様、古来より人類を脅かしてきた魔族の原点であり最上位種だ。
デスシティで暮らしているのは基本的に下級から中級。
爵位持ちの上級以降は「魔界」と呼ばれる次元の底にある別世界を拠点にし、人類滅亡の機会を虎視眈々と伺っている。
最上級悪魔、魔王クラスともなれば神仏と同等以上の力を誇る、まさしく魔族の看板。
嘗て唯一神率いる天使軍団と最初の終末論「ハルマゲドン」を勃発させたのは有名な話である。
メフィストの背後で、二メートルを超える筋肉質の変態紳士が自慢の髭を擦っていた。
厚化粧にド派手なレースシャツ、ピチピチの紳士服に身を包んだ、如何にも怪しい男である。
「メフィスト殿の頼みという事で馳せ参じましたが──少々、お戯れが過ぎるのではないですかな?」
「なぁに、貴殿が暇そうにしているのが目に入ったのだよ。不服かね?」
「いえいえ、数万年振りの人間界です。退屈などしませんとも。私が言いたいのは──」
「私の行動は悪魔王の意思と知りなさい」
「……御意に」
変態紳士は冷や汗をかきながら頭を下げる。
悪魔王の存在はそれ程までに絶大なのだ。
「……それでは私の雄姿、親愛なるサタン様に捧げましょう! 爵位持ちの上級悪魔の恐ろしさ、下界の者達に知らしめてみせますよ~!!」
打って変わって闘志を迸らせる変態紳士、バスコ。
歴史上にその名を記載されていないものの、れっきとした魔神──強力無比な悪魔である。
デスシティの住民でもA級では太刀打ちできない猛者だ。
彼の濃密な魔力を感じ取り、妖艶な美女がクスクスと笑う。
亜麻色の長髪、女神もたじろぐ絶域の美貌、熟れた肢体は男共の本能を刺激して止まない。
サラサラと前髪が靡けば、泣きぼくろと翡翠色の双眸が現れた。
紫のドレスをゆったりと着こなす彼女は、大悪魔バスコに妖艶に微笑みかける。
「流石は上級悪魔殿……凄まじい魔力ね。コレで史実に名を残していないのだから、悪魔の世界というのは実に恐ろしいわ」
「ほゥ……関心しているのか小馬鹿にしているのか、どちらもですかな? ミス。……魔導師たる貴女の皮肉であれば、甘んじて受け止めましょう」
「あら、本当に紳士なのね。ごめんなさい、からかっちゃって」
ぺろりと舌を出す彼女は魔導師、ルチアーノ。
彼女は欧州最大の魔術結社「黄金祭壇」の№4だ。
イタリア支部の支部長であり、闇魔法と禁呪のスペシャリスト。
歴戦の魔導師である。
邪悪なる司祭は満足げに笑みを浮かべた。
「かの魔導師殿に力添えをして頂けるとは、私も嬉しい限りです。最も──黄金祭壇が何を企んでいるかは、敢えて問いませんが」
「良い判断よ、天使教の幹部殿。しかし安心なさい。貴方達の邪魔はしないわ」
潤った唇を撫で笑う魔女ルチアーノ。
世界に魔術士は数多くいれど、魔法使いは希少であり、魔導師ともなれば数えるほどしかいない。
その実力も、まさしく別次元だ。
魔術士は森羅万象に干渉し、力を行使する。
魔法使いは森羅万象を支配し、意のまま操る。
魔導師は森羅万象を創造し、己の想う世界を顕現させる。
魔法使いの時点で全知全能──頂上種である神仏に比肩しうる。
魔導師ともなれば最上位の神仏に匹敵──いいや、それ以上の存在だ。
最古にして最強、災厄の魔女ことエリザベスを筆頭に、魔導師は世界を代表する強者達である。
デスシティでも、彼女たちに勝てる存在は数えるほどしかいない。
そんな存在が何故、天使教の幹部に味方しているのか──真相は謎のまま。
そしてもう一人──チャイナドレスを着た美女。
結い上げられた黒髪に薄く化粧の施された端正な顔立ち。
豊かな胸がスラリとした長身によって更に際立つ。
見目麗しい美女であるが、その太腿はむっちりしておらず、スレンダーで程よい筋肉が付いていた。
両腕もそうだ。そして、股の部分が若干膨らんでいる。
彼女は──彼である。
女装をした、美女と見紛うほどの美青年なのだ。
傍らには見事な拵えの中国槍、六合大槍が携えられていた。
彼は薄く笑みながら告げる。
「俺は報酬さえ貰えればそれでいいぜ」
「わかっていますよ。貴方の実力──大いに期待しています。三本槍の一角──
三本槍──世界最強の槍術家、三名に与えられる称号である。
彼は大和を追い詰めた剣客、吹雪にも匹敵しうる本物の達人だった。
最上級悪魔に上級悪魔。
魔導師に三本槍。
成程、凄まじい顔ぶれである。
天使教の幹部が自信に満ちているのも頷けた。
彼は狂気の笑みで両手を広げる。
「さぁ、時は満ちました──始めましょう。計画を!!」
それぞれの思惑を胸に、悪意が動き始める。
大和達は未だ、デートの最中であった。