Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「闇の英雄である故に」

 

 大和は、子供を含めた純粋な者達に弱い。

 彼自身、純粋であるからだ。

 悪い意味では子供っぽいと言えるだろう。

 

 しかし、彼は悪漢である。

 依頼であればどんな存在でも殺し、目障りな存在ならば苛めながら殺す。

 数多くの美女美少女と関係を持ちながら一切の責任を持たない。その場限りの関係を貫く。

 酒を好み、煙草を好み、女を好み、何より金と暴力を好む。

 

 人間の屑野郎である。

 

 だがしかし、彼は紛れも無い英雄だった。

 世の理不尽や集団意識を頑なに否定する彼は自由の象徴であり、虐げられる者達の味方だった。

 

 誰よりも自由に、快活に。

 しかし、何かを成すには必ず自分の力で。

 

 数やご都合主義に頼る者達を決して認めず、正面から叩き潰す。

 彼にその気が無くとも、救われた存在は数多くいる。

 

 故に彼は英雄なのだ。

 彼がその事実を認めなくても、今まで救われてきた者達が讃える。

 

 暗黒のメシアと──

 

 英雄とは、己で名乗るものでは無い。

 周囲が勝手に讃えるものだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和が帰ってくると、アルファは「静かな場所で話がしたいです」と懇願した。

 ニャルとスレイにも勧められ、大和は九階建ての屋上へと足を運んだ。

 

 丁度、日が暮れ始めていた。

 掠れ雲を纏って紅蓮の太陽が沈んでいく。

 魔界都市では拝めない西日は、アルファにとって幻想的で深く心に染み付いた。

 淡い陽の光を浴びながら、アルファは夕日を背に煙草を吸う大和を見上げる。

 

 鉄格子に背を預け、冷たい北風に紫煙を巻かせる彼は非常に静かだった。

 アルファの視線に気付くと、優しく微笑みかけてくる。

 

 それが不思議で、しかし何よりも苦痛で──

 アルファは思わず声に出してしまった。

 

「マスター……!」

「?」

「いえ、すいません。訂正します」

「何をだ?」

「~っ」

 

 アルファは頬をほんのりと朱に染める。

 今日一日で、彼女はかなり人間臭くなった。

 こんな反応を見れるまで成長するとは──と、大和は苦笑する。

 

 アルファは唇を尖らせながらも、彼に言った。

 

「私は全知の一端をプログラムとして埋め込まれています。当然、マスターの経歴や人柄なども知識として保有していました」

「ふぅん」

「正直、不快でした。情報を見れば貴方は下品で、低俗で、悪辣で、とてもではありませんが、私のマスターに相応しくない──そう思っていました」

「第一印象は最悪だったってワケか」

「Yes。しかし創造主──華仙様の命令にNoとは答えられません。私は貴方の元に嫌々ながら赴きました」

「俺と知り合う前から結構感情豊かだったんだな。驚きだぜ」

 

 第一印象が最悪だった、そう告白されても大和は微塵も動揺しなかった。

 むしろ当然とばかりに受け止めている。

 アルファはソレが気に入らず、眉を顰めながら告げた。

 

「ですが、マスターに出会った瞬間──知識は所詮知識なのだと知りました。低俗極まりない男──その評価は覆されたのです。何故かは、今でもよく理解できていません。ですがマスターを一目見た時、知識には無い「魅力」と「人柄」を感じました」

「勘違いだろ? 知識は嘘を付かねぇ。雰囲気なら幾らでも誤魔化せる。お前は騙されてんのさ」

「訂正を求めます、マスター。私は貴方に頭を撫でられた時、確信したのです。貴方は必要以上に低評価されていると。……情報通りの悪漢であれば、あの温もりに満ちた手の平を説明できません」

「優しくても悪漢は悪漢だ。子供が好きで友人に甘くても、悪漢という事実に変わりはねぇ」

「ッ」

 

 大和はラッキーストライクを咥えながら紫煙を吐き出す。

 

「そんでもって、俺を悪漢だと決めるのは俺自身じゃねぇ。周囲の奴等だ。だから、周囲の奴等が俺を「悪漢」と蔑めば、俺は悪漢になるんだよ」

「それは……!」

「別にいいんだぜ、俺は。有象無象共の評価なんかどうでもいい。どうとでも呼べばいいさ。俺は好きな様に生きる」

「ッ」

 

 そこまで理解していて、何故──

 アルファは問わずにはいられなかった。

 

「何故ですか、マスター」

「何が?」

「貴方は何故、周囲と波長を合わせないのですか? 何故、必要以上に我欲に拘るのですか?」

「不思議な質問だ。逆に問うぜ。何でそんな質問をした?」

「……ほんの少し我欲を抑えるだけで、貴方は本物の英雄として讃えられた筈です。何不自由無い生活が出来た筈です。なのに何故──貴方は孤独の道を自ら突き進むのですか? 怖くないのですか? 寂しくはないのですか? 貴方の生き方は──あまりに人間らしくない。超然とし過ぎています」

「成程──華仙作の人造天使ってのは伊達じゃねぇな。嫌なほど確信を突いてきやがる。しかも、そんじょそこらの奴より人間臭いときた。こりゃ傑作だな」

「はぐらかさないでくさだい! マスター!」

 

 クツクツと喉を鳴らす大和に、アルファは思わず大声を上げてしまった。

 大和は携帯灰皿に吸殻を詰め込むと、苦笑する。

 

「俺は生まれながらに神を殺せる肉体と才能を持っていた。俺は──生まれながらに人間じゃなかった。怪物だったんだよ」

「ッッ」

「人間に対して共感できないし、理解もできない。今もそうだ。だから、わざわざ波長を合わせてやる必要なんてねぇだろ? 周囲の奴等も、俺自身も、よくわかってんだ。俺が人間の皮を被った怪物だって」

「それは……ッ」

 

 否定できなかった。

 アルファでは彼の言葉を否定してやる事ができなかった。

 大和は新しい煙草に火を点ける。

 

「だから気にすんな。俺は俺なりに楽しく生きてる。好きな奴を好きって言えて、嫌いな奴を嫌いって言える。邪魔する奴はぶっ殺せるし、良い女はすぐ抱ける。何一つ不自由してねぇ」

「それでも、貴方は……」

「?」

「人間として当たり前の幸せは、得られないのですね」

「…………」

 

 大和は目を見開いた。

 アルファが悲哀に満ちた表情でそう言ったからだ。

 大和は彼女にある天使を重ねて、苦笑する。

 

「……ずっと前に同じ事を言われた。そうだなァ……あの頃から変わってねぇのか、俺。嬉しいような情けねぇような……クックック」

「ッッ」

 

 アルファは大和に歩み寄ると、その腰を掴む。

 そして、水色の瞳に一杯の涙を溜めながら言った。

 

「やめてください……私に、他の女性を重ねるのはやめてくださいッ」

「…………」

「私を見てください……胸の奥が締まるんです……苦しいんですっ」

 

 機械的な表情がどんどん崩れていく。

 大和はすぐさま煙草を携帯灰皿に詰め込むと、膝を折り、彼女を抱き寄せた。

 その小さな背中を優しく擦ってやる。

 

「わりぃ……確かに失礼だったな。他の女の影を重ねちまうなんて」

「……ごめんなさい、マスター……ッ」

「いいんだよ」

 

 大和はその水色の長髪を撫でると、額にキスしてやる。

 そして微笑んだ。

 

「もう、立派な女の子だな」

「……マスター」

「?」

「額じゃ、その……~っ」

 

 顔を真っ赤にするアルファ。

 大和は表情を崩すと、彼女の唇に自分の唇を被せる。

 アルファは大和の胸襟を掴み、しっかりとキスを受け止めた。

 

 淡い夕陽の中で、二人の影法師が重なる。

 

 人造天使は人を知り、怪物を知り、そして恋を知った。

 しかし、悪意は既に目前まで迫ってきていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 デートも終盤に差し掛かり、大和達は喧騒の中を並び歩いていた。

 

「♪」

 

 アルファは大和と手を握り、嬉しそうに微笑んでいる。

 その様子を、ニャルとスレイはニヤニヤしながら眺めていた。

 

「人造天使もあっという間に落としてしまう~♪」

「師匠は天然、女殺し~♪」

「オウコラ、テメェ等何時の間にそんな仲良くなったんだよ」

 

 巫山戯ている二名に問うと、彼女逹は手を繋いで笑い合う。

 

「スレイちゃん可愛い! 僕のマイフレンド!」

「ナイアさん優しい! 私のソウルフレンド!」

「「いえーい!!」」

 

 息ピッタリにハイタッチを交わす二名に、思わず溜め息を吐く大和。

 しかしその口元は僅かに緩んでいた。

 

 ニャルは夕空に人差し指を掲げる。

 

「デスシティに帰ったらゲートで乾杯! ついでにスレイちゃんの告白タイムだ~!」

「……どぅえええ!!?」

 

 スレイが驚愕する中、大和は面白そうに笑う。

 

「そりゃいい。スレイよぅ、もうそろそろ良い頃合いだと思うぜ」

「師匠まで!? えええ!? ナイアさ~ん!! 聞いてないよ~っ!!!!」

 

 和気藹々とした空気。

 平和だった。

 これ以上ない程に──

 

 しかしこの空気は、突如の襲撃者によって引き裂かれる事になる。

 

 顔を真っ赤にするスレイに、思わず口元を綻ばすアルファ。

 大和から手を離した瞬間──背後に刺客が現れた。

 細身の凡庸な青年である。

 

 緑色のマフラーが靡く。

 黄色のロングコートを揺らした時、既に「彼」はアルファを連れ去っていた。

 

 (まんじ)

 デスシティ特有の職業の一つ「もの攫い」。

 あらゆるものを絡め取る強奪のスペシャリスト達。

 中でも彼は依頼達成率九割を超える、業界一の凄腕だった。

 

 大和とニャル、スレイは揃って動きを止める。

 表世界では下手に力を出せない。後々が厄介だからだ。

 

 懸念が行動をワンテンポ遅らせる。

 卍にとって、ソレは十分過ぎる時間だった。

 

 コレを狙っていた卍は瞬時にデスシティへ転移しようとする。

 しかし──大和とニャルは別格だった。

 ワンテンポ遅れるも、その遅れを取り返せる埒外な速度で手を伸ばす。

 時間の束縛を無視したその行動に、卍はこの場を凌ぐだけで精一杯だった。

 

 瞬間転移を発動。数十㎞離れた都内の高層ビルに転移する。

 暴れるアルファを独自の捕縛術で完封し、ポソリと愚痴った。

 

「ないない。アレは無い。ヤバいって。バケモノ過ぎる」

 

 剽軽ながらも、その声音には緊迫感が滲んでいた。

 世界最高クラスの隠密能力と強奪スキル、更に表世界の情勢を利用した完璧なタイミングだった。

 それでもギリギリだったのだ。

 

 本来ならありえない。

 そもそも「森羅万象から存在そのものを消す」隠蔽の極みを体得している卍に難なく気付いた三名が尋常では無い。

 

 卍はフゥと溜息を吐くと、再度デスシティの転移を試みる。

 しかし──駄目なのだ。

 

 

「オイ卍ぃ……調子乗ってんじゃねェぞ」

「僕の友達を連れて、何処に行くつもりだい?」

 

 

 怪物と這い寄る渾沌。

 最強の中でも更に別格──この二名から逃げ切るなど、不可能なのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 卍を覆ったのは、黒き鬼神と冒涜的な化物の影法師だった。

 暴力の権化と無貌の狂神。

 

 卍は表情を絶望で歪めながらも、緑色のマフラーを靡かせ転移術式を発動しようとする。

 二名の行動はそれよりも早かった。既に卍を捕らえかけている。

 

 しかし、大和とナイアの立ち位置が強制的に元に戻ろうとした。

 時空か、空間が、二名に巻き戻しを強要している。

 

 魔導師ルチアーノの時空魔導である。

 世界の法則、森羅万象そのものに干渉し、二名の時間を巻き戻しているのだ。

 

 大和は剛腕を薙ぐ事で時空間ごと魔導を消し飛ばす。

 古今東西、ありとあらゆる異能術式を無効化する闘気術は魔術師達にとって天敵。

 中でも世界最強の武術家である大和の闘気は、魔導師にすら干渉を許さない。

 災厄の魔女エリザベスなら兎も角、他の魔導師では彼に干渉する事はできない。

 

 ルチアーノは次手で世界そのものの時間を停止させる。

 大和本人に干渉できないのであれば、世界自体を掌握すればいい。

 

 地球が、太陽系が、宇宙が、それ以上の空間が停滞する。

 しかし、大和もナイアも嗤っていた。

 ナイアは指と靴底で音を鳴らし、邪神の権能を世界に染み込ませる。

 すると世界の停滞が強制解除された。

 

 卍を捕らえた大和を見つめながら、ナイアは舌を出す。

 

「魔導師クン、僕達を出し抜きたいなら君だけじゃ足りないなァ……あと七人くらい連れてこなきゃ♪」

 

 まさしく、格が違う。

 最後の四大終末論「デモンベイン」に終止符を打った「最強」と「最悪」のコンビは、事実上無敵だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 遥か遠くの魔界都市デスシティ。中央区にあるとある廃墟の前にて。

 共犯者達と待機していたルチアーノは思わず苦笑した。

 

「無理だわ……私じゃ抑えきれない。卍くんも捕まったみたいね」

「そんな……どうするのですか!? これでは計画が!!」

 

 取り乱す天使教の幹部に、ルチアーノは冷たく告げる。

 

「取り乱してる暇なんて無いわよ。すぐに来るわ」

 

 ルチアーノの宣言に皆が構えようとした、その時──

 何処からとも無く金髪の美少女が飛翔して来た。

 機械的な大剣をサーフボードにし、溢れ出す炎の権能を荒波に例えて迫って来る。

 

 スレイだ。

 

 彼女はメフィストの魔力の奔流による迎撃を炎の波で打ち上がる事で躱す。

 そして着地すると同時に上級悪魔の変態紳士、バスコを渾身のアッパーで吹き飛ばした。

 

「えーい!!!!」

「ぬぉぉぉぉぉ!!!!?」

 

 可愛らしい掛け声だが、星を容易に砕く剛力と太陽に匹敵する灼熱を帯びた師匠直伝の拳である。

 バスコは両腕でガードしたものの、威力を殺しきれずに遥か上空に打ち上げられた。

 スレイは再度大剣に乗ると火力最大噴出、瞬時に第三次宇宙速度に突入して飛翔する。

 

 三本槍、紅花(フォンファ)と魔導師ルチアーノは眼前に迫り来る存在に警戒していた。

 次元の裂け目を通って現れた褐色肌の美丈夫と美女に、天使教の幹部は表情を絶望色で染め上げる。

 

 美丈夫、大和は獰猛にギザ歯を剥きだした。

 

「俺の女に手ぇ出そうとした奴はテメェだな。イイ度胸だ……ぶっ殺してやる」

 

 傍らに控えていた槍術家、麗人こと紅花が強烈な殺気と共に闘気を開放する。

 

「お前の相手は俺だ! 大和ォ!!」

 

 突く。その概念を追求し続け、至った究極の穿ち。

 あらゆる防御を貫き、同格でも躱せぬ速度で放たれる、まさに至高の一突き。

 

 大和は敢えて身を寄せ脇腹を抉らせると、渾身の拳を振り下ろした。

 震度七以上の大地震の共に打ち落とされる紅花。

 

「邪魔すんじゃねェ」

「ガッ……ぁッ!?」

 

 そのまま意識を失う。

 彼は以前大和を追い詰めた剣客、吹雪に匹敵する遣い手だったが、今回は瞬殺された。

 

 理由は二つ。

 事前準備を怠った事。

 そして、大和の成長速度を見誤った事。

 

 武術家の勝負は一瞬で決まる。

 紅花は痛恨のミスを犯したのだ。

 

 大和は脇腹から溢れ出す血を無視し、天使教幹部に凶悪な眼光を向ける。

 その灰色の三白眼に宿った桁外れの殺意に、幹部は情けない悲鳴を上げて尻餅を付いた。

 

「……俺の女に手ぇ出したらどうなるか、教えてやるよ」

 

 大和はブーツで地面を砕きながら幹部に歩み寄った。

 

 

 ◆◆

 

 

 大気圏を突破したバスコを追走するスレイ。

 彼女の乗る機械大剣は外宇宙から発掘された「魔導石」と呼ばれる特殊物質が組み込まれている。

 世界一の科学者、華仙作の一品はスレイの戦闘スタイルの幅を拡張していた。

 

 バスコは空中で停止すると両腕を広げる。

 そして爆笑した。

 

「フハハハハハ!!!! やりますねぇレディ!! では私も本気で行かせて貰いますよ!!」

「ごめんね!! その前にケリ、付けちゃうから!!」

「ふぁっ!!?」

 

 スレイは背後に100メートルを超える獄炎で編まれた魔神を顕現させる。

 宇宙に滞在する全ての惑星を大爆発させたかの如き、絶対熱量を宿す炎邪神だ。

 彼女の体内に流れる旧支配者の血が、覚醒していた。

 

 炎を司る旧支配者クトゥグアの息女であり、大和の直弟子。

 その実力はA級を優に超え、S級でも上位に食い込んでいる。

 

 上級悪魔など敵では無い。

 

 スレイの動きと獄炎魔人の動きが重なる。

 彼女は拳に灼熱を宿し、百裂拳ならぬ億裂拳を放った。

 

「ダーダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 それは、有無を言わさぬ暴力と爆熱の嵐。

 一発一発が超新星大爆発に匹敵する拳打を秒間数億発放つ。

 神仏であろうが魔神であろうが一瞬で蒸散させる、無慈悲な死刑執行であった。

 

「がばぁぁぁぁぁぁ!!!!? これは不味い!! 不味すぎる!! 誠に失礼レディ!! 不肖バスコ!! 撤退させて貰います!! さらば!!」

 

 燃え滓になる寸前に魔界へ撤収したバスコ。

 スレイは途中で拳打を止めると、自動で飛んできた魔導大剣に乗る。

 そして両手を合わせた。

 

「ごめんね悪魔さん!! でも私の方は解決!! 師匠達の所へ向かおう!!」

 

 煌く金髪を靡かせて、紅蓮を統べる少女は地上を目指した。

 

 

 ◆◆

 

 

 大悪魔メフィストと魔導師ルチアーノは己の不覚を悟った。

 自力が違う。それは勿論ある。しかし一番は心の在り方だ。

 

 大和もニャルもスレイも、魔界都市デスシティの住民である。

 日常は暴力で彩られ、周囲は死で満ちている。

 

 銃火飛び交う戦場の最前線。真夜中のジャングル。

 あらゆる危険地帯よりも尚危険な場所、デスシティ。

 この世界最高の危険地帯で、彼等は当たり前の様に生活している。

 

 戦闘慣れ。反射神経。状況判断能力。集中力。

 

 ズバ抜けている。付け入る隙などありはしない。

 メフィストは伯爵でありルチアーノは魔導師。

 本職からして戦闘は二の次。

 

 ここに来て、戦闘に対する「対応力」の差が出てしまった。

 

 ニャルはメフィストとルチアーノの苦渋の表情を見て、愉悦愉悦と嘲笑う。

 

「今更気付いたの? ……力だけじゃあ駄目なんだよ。勝負っていうのは力だけじゃないんだ」

 

 ニャルはコツコツと靴底を鳴らす。

 すると、半漆黒の球体が二名を包み込んだ。

 

 ニャルは唇を不気味に歪める。

 

「そんな哀れな君達を特別にネバーランドへ招待してあげよう……僕達邪神の絶対君主にして大いなる父──アザホートの眠る地下神殿へ♪」

「「!!」」

「ゆっくり愉しんでおくれよ♪ トルネンブラの奏でる冒涜的な合奏と共に、永劫狂気に蝕まれるがいい。……さぁて、二名様。極楽浄土へご案な~い♪」

 

 二名が邪神王の眠る地下神殿へ転送される──その瞬間。

 異なる力が両者を包み込んだ。

 

 ニャルは鼻で嗤う。

 

「今更介入かい? 悪魔王サタンに災厄の魔女エリザベス──君達が何を企んでるのか知らないし、興味も無いけどさァ」

 

 ニャルは顔面を漆黒の霧で覆い、三つの真紅の邪眼を開放する。

 ソレは神仏の精神値すら直葬してしまう冒涜的な素顔だった。

 彼女は酷く雑音(ノイズ)の入った声音で告げる。

 

『僕の楽しみの邪魔をするのなら、消すよ? 胆に銘じておくんだね』

 

 メフィストが紫色の魔力に、ルチアーノが漆黒の魔力に、それぞれ包まれ転移する。

 ニャルは本性を隠して何時もの可憐な童顔に戻ると、ニパっと笑った。

 

「さて、これで僕のお仕事もお終いかな~♪」

 

 ニャルは鼻歌交じりに踵を返した。

 

 

 ◆◆

 

 

 天使教の幹部の前に、生来の怪物が立つ。

 脇腹を抉られても尚、その立ち姿は堂々としていた。

 

 大和の元にアルファが駆け寄る。

 彼女は涙目で彼の脇腹に触れると、キスをして直接治癒のプログラムを埋め込んだ。

 

 天使教の幹部は憎悪と憤怒を必死に飲み込んで、彼に笑いかける。

 

「どうでしょう? 大和氏。私にその疑似天使を売るというのは? 10億出します」

「No」

「50億──いいや100億、200億出しましょう!」

「No」

「ッッ!! 何故ですか!! 莫大な報酬よりも天使に似た人形を取ると!!?」

「そうだ」

「~ッッ」

 

 天使教の幹部は我慢できず、叫び散らす。

 

「その人形があれば!! 天使教は更なる繁栄を遂げられるのだ!! 世界に最後の審判を下す事ができるのだ!! 貴様如きにはわからないだろう!! 我等の崇高なる目的が!!」

「そうだな」

「人類救済──いいや世界救済のためだ!! その人形を差し出せ!! お前は、世界とその人形、どちらが大切なのだ!!」

 

 優男の仮面を脱ぎ捨てて本性を現した幹部に対し、大和はアルファを抱き寄せながら告げた。

 

「世界なんかより、この女の方がいい」

「……っ」

 

 アルファは顔を真っ赤にすると、蕩ける様な笑みを浮かべ大和に身を寄せる。

 啞然とする幹部に対し、大和は改造火縄拳銃の銃口を突き付けた。

 

「消えろ」

「私は……!!」

 

 真紅の閃光が放たれ、幹部は魂ごと消滅する。

 大和は無言で改造火縄拳銃をしまうと、アルファの頭を優しく撫で上げた。

 

 

 悪意は、完膚無きまでに打ちのめされたのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 大衆酒場ゲートにて。

 他種族が混ざり合い賑やかな店内で、ニャルとスレイもまた盛り上がっていた。

 カウンター席でネメアを誘い、酒盛りをしている。

 ニャルは適度に酔っているが、スレイは違った。

 

「ネメアさ~ん、好き~♪」

 

 ネメアの逞しい腕に抱きつき、甘ったるく囁くスレイ。

 顔は真っ赤で息は酒臭い。

 完全に酔っ払っていた。

 しかも酒癖が悪い。所謂「甘え上戸」というやつだ。

 

 ネメアはやれやれと肩を竦めると、彼女の金髪を優しく撫でてやる。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいが……酔っ払っているだろう?」

「酔っ払ってな~い♪ 大好き~♪」

「全く……後で恥ずかしい思いをするのは自分だぞ?」

 

 そう言いながらも、ネメアはスレイが甘えたい様にさせていた。

 ニャルは隣でニヤついている。

 

「君は大和よりもダダ甘だ」

「この子を酒に呑ませて、何が目的だ? ナイア」

「スレイちゃんに素直になって貰おうと思って♪」

「…………」

 

 ネメアは眉を顰める。

 

「好意を持って貰うのは嬉しいが、酒に任せた告白なんて本人が嫌がる筈だ」

「でも、そうでもしないとこの子は君に告白できない。初心な子だからね」

「それでいいさ。この子が真正面から想いを打ち明けてきたのなら、俺も真正面から受け止める。だからコレはノーカウントだ」

「……フフフ、君は本当に損をする性格だね」

 

 微笑むニャル。

 ネメアは肩に寄りかかり眠ってしまったスレイの金髪を、再度優しく撫で上げるのであった。

 

 

 ◆◆

 

 

 その頃、大和とアルファは──

 中央区の裏通りにあるアパートにて。

 二人は愛し合っていた。

 

 誘ったのはアルファだった。

 羞恥で顔を真っ赤にしながらも求めてくるアルファに、大和は笑顔で応じた。

 

 容姿的には十代前半の小柄な肢体に、大和は女の悦びを刻み付ける。

 アルファは全身を巡る未知の快感に戸惑いつつも、必死に大和に縋り付いた。

 

『マスターぁ……っ』

『好き、好きですっ……♪』

 

 知識では無く感情として「愛」を理解したアルファ。

 大和は何度も何度もアルファを導いた。

 

 暫くして──仄かな部屋灯りの中で、アルファは重たくなった肢体を大和に預けていた。

 その横顔に、以前の面影は無い。

 実に艶やかであった。

 

「マスターは、その……上手、なんですね」

「そりゃあ、今迄の経験がな」

「……」

 

 アルファは頬を膨らます。

 拗ねているのだ。

 大和は苦笑してその頬を撫でる。

 

「……♪」

 

 アルファは一変して子猫の様に瞳を細めた。

 大和は彼女を抱き寄せ、優しく言い聞かせる。

 

「いいかアルファ。大事なのは生まれでも種族でもねぇ、信念だ。たとえ蔑まれようとも、テメェの信念だけは曲げるんじゃねぇ」

「でも私は、そこまで強くありません……」

「今から強くなればいい。それまでは俺が守ってやるよ」

「……嬉しいですけど、頼ってばかりは嫌です。私も何時か、貴方の背中を護りたい」

「ハッ、嬉しいこと言ってくれるじゃねェの」

 

 額にキスをされ、アルファは嬉しそうに身じろぎした。

 そして強く大和に抱き付く。

 

(貴方の孤独は、恐らく一生解決できない……でも、それでも……っ)

 

 上目遣いで大和を見つめるアルファ。  

 その透き通った水色の瞳を見て、大和は全てを悟ったのだろう。

 微笑んでキスを被せた。アルファは彼の頬に手を添え、キスを受け止める。

 

 大和とアルファの手が唐突に動いた。

 改造式火縄拳銃と最新式ビームランチャーが、互いの背に閃光を放つ。

 

 消し炭になった襲撃者。

 風通しが良くなった仮宿に大和は更に気弾を放ち、穴だらけにする。

 シーツでアルファをくるみ抱きかかえると、周囲に佇んでいる殺し屋や賞金稼ぎ達に嗤いかけた。

 

「ったく……この都市は何時もこうだ。ロクにセッ〇スもできねぇ」

「でも……嬉しそうですよ。マスター」

「おうともさ! デスシティはこうでなくちゃな!」

「……全く、もう」

 

 命を狙われているのに、本当に楽しそうに笑っている大和。

 アルファは呆れながらも、微かに口元を緩めていた。

 

「……行くぜ、アルファ」

「Yes。微力ながら力添えさせていただきます。マイ・マスター」

「おう! 一緒に踊ろうぜ!」

 

 互いに前方へ銃口を突きつける。

 そうして、深夜の大乱闘が始まった。

 

 怪物と天使の織り成す銃火の舞は、宴の締めくくりにはピッタリだった。

 

 

《完》

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