villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「神々の戦」

 

 

 大和とヘラクレスは夜遅くまで王立図書館に籠っていた。

 極西──ケルト地方の伝承や文献を読み漁っているのだ。

 

 魔法ランプに横顔を照らされながら、ヘラクレスは呟く。

 

「バロール──想像以上だな」

「極西最強の邪神の異名は伊達じゃねぇって事だな」

 

 大和は大袈裟に両手を広げる。

 

 バロール──直死の魔眼があまりに強力なので目立たないが、総合力も桁違いだった。

 武技の深奥を誰よりも早く捉え、数多の流派を生み出した圧倒的な戦闘センス。

 神々の権能を魔導、魔法、魔術の三段階に分けたその叡智、まさしく別格。

 

 武技と魔導を極めた原初の戦女神。

 究極の神殺しにして死を統べる女王。

 

 古よりパルホーロン族、ネヴェズ族、フィル・ヴォルグ族──数多の神族を討滅し、最後に巨人族──フォモール族を恐怖で支配した極西最強の邪神。

 

 噂によれば外宇宙からの侵略者、ドラゴンの一体を服従させ、使役しているとも言う。彼女は一介の女神でありながら天賦の才と凄絶な努力の果てに最強に至った。

 故に隙が無い。1から全て積み上げてきた努力家に小細工など通用しない。

 

 しかし──大和は嗤う。

 

「まぁ、これ位なら問題ねぇな」

「そうだな」

 

 ヘラクレスも肩を竦める。

 未だ二十歳に満たないながら、二名とも完成した強さを誇っていた。

 間違い無く「世界最強」に名を連ねている。

 その自信は傲慢では無く、確かな実力から来るものだった。

 

 大和は言う。

 

「バロールは俺の方でどうにかする。直死の魔眼に対する相性も俺の方がいいだろ?」

「そうだな。なら俺は使役されているドラゴン──クロウ・クルワッハをどうにかする。魔獣退治は得意分野だ」

「決まりだな」

「ああ。だが、相手が女だからと言って手を抜くなよ」

「誰に言ってやがる」

「そうだな。いらない心配だった」

 

 ヘラクレスは苦笑する。

 大和は笑うと、隣に置いておいた高級ワインを豪快に呷った。

 

 その時である。図書館の闇から微かな銀閃が輝いたのは。

 大和は何気なくといった様子で片手を掲げる。その太い指に幾重にも鋼糸が絡まった。

 

 思い切り引き寄せると、闇の中から小さな影が飛び出て来る。

 影は座っている大和の膝に跨ると、再度閃光を煌かせた。

 猛毒が塗り込まれたナイフを大和はギザ歯で難なく受け止める。ペッと吐き捨てて、襲撃者である絶世の美少女に舌を出した。

 

「テメェも懲りねぇなァ、ええ? クソガキ」

「……死んでよ。ねぇ、何で死んでくれないの?」

「誰が死ぬかバーカ」

「ッ」

 

 暴れようとする美少女の首根っこを掴んで持ち上げる。

 ブランとぶら下がる少女は、奈落の底の如き双眸を潤ませた。

 肩辺りまで伸ばされた、紫色を帯びた黒髪。

 暗殺装束に収まった年相応の華奢な身体。

 

 女神も驚くほどの絶世の美少女であるが、素性を知っているヘラクレスは重い溜息を吐いた。

 彼女は世界最大最悪の暗殺組織「サンタ・ムエルテ」が誇る最高傑作。

 既に三桁を超える神仏を殺害している、死神すら恐れ戦く世界最強の暗殺者。

 

 アラクネ──

 

 彼女は当時、大和の命を狙う刺客の一人だった。

 

 

 ◆◆

 

 

 アラクネは唇を噛み締めながら図書館を出ていく。

 既に消えた気配を追う事なく、ヘラクレスは大和に非難の視線を向けた。

 

「何故殺さない。あの類は放っておけば禄な事にならない。なんなら今度、俺が殺しておくぞ」

「じゃれて来てるだけだ。気にすんなよ」

「……」

「あんな小娘に殺されるほど、俺はヤワじゃねぇ」

「……ハァ、流石元・皇子様。器がデカい」

「カッカッカ!」

 

 皮肉に対し呵々大笑する大和に、ヘラクレスはやれやれと肩を竦める。

 後々、デスシティの三羽烏と恐れられる伝説のメンバーは既に顔を合わせていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 同時刻、極西にある豪勢な魔宮殿にて。

 見目麗しい魔戦姫が玉座で寛いでいた。

 戦装束に身を包んだその肌は濃紺色。

 シミ一つ無い青い肌──結った長髪と同じ色なのに違和感はまるでない。

 白黒逆転した瞳もまた彼女の魔性の美のアクセントになっていた。

 左目はアイパッチで隠されている。

 戦士らしく絞られたメリハリのある肢体から滲み出る色香は言い得もしない。

 特に乳房は驚くほど実っていた。

 

 神殺しの魔女──バロール。

 武技と魔導を極めた死の戦女神である。

 

 彼女は頬杖を付きながら微笑んでいた。

 

「決着は明日──しかし武者震いが止まらぬ。これは何かが起こるな。できれば儂を愉しませる内容であればいいが──」

 

 バロールは退屈していた。

 深淵の叡智を誇る彼女は「未知」に飢えていた。

 

 その傍らに控える二名の影。

 一名は燕尾服に身を包んだ黒髪の美男。

 屈強ながらも絞られた肉体。艶のある黒髪は適度な長さで切り揃えられている。

 その身から滲み出るは絶対強者たるオーラ。

 彼は頂上種である神仏と同格──いいや、それ以上の存在だ。

 

 黒龍王──クロウ・クルワッハ。

 

 そしてもう一名。

 真紅のドレスを着た絶世の美少女。

 赤みがかかった癖のある金髪を肩まで流した彼女は、ドレスと同じ色の瞳に生気を宿していなかった。

 まるで人形だ。

 

 そんな少女に対し、バロールは告げる。

 

「お前の死んだ心に火を点ける存在が現れるかもしれぬな──エリザベス」

「……そうであれば、至上の幸せでございます」

 

 バロールの一番弟子たる彼女は人類の枠を超えた特異点。

 人間でありながら魔導を修得し、更に昇華させ続けている世界最強の魔導師だった。

 

 エリザベス──彼女は師、バロールに薄く微笑みながら礼をした。

 

 

 ◆◆

 

 

 エリザベスには総て見えていた。

 過去現在未来、全てを見通してしまう魔法使いの上位──魔導師足りえる絶対条件。

 

 千里眼。

 

 彼女はソレを生まれながらに保有していた。

 故に見えてしまうのだ、総てが。

 

 妬み、欲望、思惑──あらゆる負の感情が当時のエリザベスを精神を犯し、壊した。

 この世界は、人間という生き物は、あまりに汚れ過ぎていた。

 

 エリザベスは人形になった。

 呼吸をするだけの木偶と成り果てた。

 

 する事は魔導の研究のみ。

 それも、師であるバロールのため。

 

 彼女の千里眼を無効化できる存在は頂上種である神仏か、それに比肩する存在しかいない。

 神仏は存在そのものが一つの世界であり、等身大の宇宙。

 質量的に、他の生命体が勝てる存在では無い。

 

 生来の神仏であれば超新星大爆発の直撃ですら髪の毛が揺れる程度で済ませてしまう。

 全知全能の権能を持ち、全ての情報を知り、全ての能力を行使できる。

 その在り方は、最早「人型の法則」と言っても過言ではない。

 

 そんな神仏にも等級配分が存在する。下級、中級、上級、最上級といった具合にだ。等級配分は全知全能の効果範囲で決まる。全知全能はいわば神仏の格、権威そのもの。格が高ければ高いほど密度と齎す範囲が増す。

 

 最高位の神仏であれば、エリザベスの千里眼を無効化する事ができた。

 しかし、それも時間の問題である。

 

 人類の特異点──超越者。

 その中でも別格のポテンシャルを誇るエリザベス。彼女を師であるバロールは心配していた。最上級の神仏である己を、彼女は既に超えつつある。

 しかも魔導一つでだ。

 武技も型を見せただけで覚えてしまう。

 

 本当の意味での天才。

 人類の可能性の極致。

 

 バロールは彼女に同情していた。

 真の天才は生まれながらに壊れてしまうものかと。

 

 バロール自身、天賦の才をを限界まで鍛え上げて最上級の神仏にまで至った。

 それでも飽くなき探求心で武技と魔導を極め、叡智の深淵も全て解明した。

 

 その過程で、何度も精神を鍛える事ができた。

 しかしエリザベスにはソレが出来なかったのだ。出来る暇すら無かった。

 

 エリザベスは生まれながらに強過ぎた。

 その天稟に対して、年齢が追い付かなかったのだ。

 

 バロールは参っていた。

 正直、教えることなど何もない。

 基礎を少し教えれば最良の形へと勝手に導いてしまう。

 精神面にしても、最早手遅れと言っても過言では無い。

 

 彼女の姉弟子にあたる光の御子ルーは自身と似たタイプだったので教えやすかったのだが──

 

 バロールはしかし、悩むのも程々に決戦場へ駆り出た。

 フォモール族を率い、クロウとエリザベスを傍に置いて出陣した。

 何時もならエリザベスは神殿に置いて来るのだが、今回は違う。

 

 何か運命的な出会いを果たす──そう、バロールは直感していた。

 ソレはエリザベスにとっても、自分にとってもだ。

 歴戦の戦士であるバロールならではの勘──ソレは見事的中する。

 

 

 若き暴力の化身は、彼女達の今後に多大な影響を与えるのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 極西の地、大平原にて。ダーナ神族とフォモール神族の大戦争が勃発していた。

 戦女神バロールと黒龍王クロウ・クルワッハが他の神仏と格の違いを見せつける。バロールは光の御子ルーが、クロウ・クルワッハは豊穣神ダグザと戦神ヌアザが辛うじて押し留めていた。

 

 しかしダーナ神族の戦力の要である三名を抑えられ、次第に戦況が傾き始める。

 邪悪なる巨人族がその圧を強めてきた。

 

 バロールと直接槍を交えている金髪の美女は、その眩い美貌を苦悶で歪めていた。

 青色の布地に黄金の装甲を混ぜ込んだ絢爛なる戦装束に身を包んだ光の戦女神。豊満であり、しかし絞れた女体の黄金比を誇る肢体は彼女が高位の女神たる証。

 垂れ落ちたストレートの金髪を血風で巻き上げ、バロールの繰り出す刺突の嵐を捌き続ける。

 

 光の御子、ルー。

 

 彼女は聖槍を二本両手で持ち、対なる魔槍二本で攻め立ててくるバロールを迎え撃つ。

 神域の武の対峙──それは森羅万象の法則からはみ出る事から始まる。

 一息で織り成される刺突の数は数万を超えた。あらゆる方向から、全く違うタイミングで矛先が伸びてくる。

 互いの剛槍が通過する軌道線が既に見えているため、それを予め打ち消し合うのだ。

 

 一度まばたきをする間に数万回の命のやり取りを済ませた両者は、しかし圧倒的な技量差を露呈させた。

 煌びやかな戦装束を崩され、ルーはあられもない姿で崩れ落ちる。

 最低限の秘部を隠し赤面する彼女を見下しながら、バロールはやれやれと肩を竦めた。

 

「未熟、未熟──弟子よ。免許皆伝はまだやれぬなぁ」

「師よ──私は貴女を心より尊敬しております。何故、この様なお戯れを!!」

「ほざくな青二才。儂に何か一つでも勝ててから物を言えぃ。槍術も魔導も戦略も、未熟極まるわ」

「ッッ」

 

 ルーは唇を噛み締める。

 バロールは鼻を鳴らすと、跳躍して一対の魔槍を薙ぎ払った。

 生み出された衝撃波は大陸を分断する斬撃と成りてダーナ神族の勇士数千万を吹き飛ばす。

 

 武技と魔導を極めし女神。

 その実力の一割も出す事なく、彼女は勝利を確信してしまった。

 

 編み出した武技魔導一体の絶技を披露する意味も無い。

 数ある死の権能の頂点と畏怖された直死の魔眼を開放する価値が、敵勢には無かった。

 

 バロールは退屈で逆に憤っていた。

 これでは弟子以前に、己が腐り果ててしまう。

 

 そう思った最中──神雷の津波がフォモール族を襲い、悉くを塵に帰した。

 一撃。されど必殺。極大のプラズマ波は破滅の理そのものである。

 

「この埒外の神雷──ゼウスか!!」

 

 バロールとエリザベスは絶対防御たる超高密度障壁を展開する。

 クロウは両手を掲げ物理的に完封してみせた。

 

 バロールは歓喜で叫ぶ。

 己と対等の最上級の神格──今の黄金の雷光は間違いなくゼウスのものだ。

 しかし、彼女の予想は外れる。

 

 ゼウスの誇る世界最強の鎧であり投擲槍、神格武装「雷霆(ケラウノス)」。

 その原点であるギリシャ神話最高の神器──「聖牛雷霆(ケラウノス・オリジン)」。

 

 コレの疑似真名開放による一撃だ。

 ギリシャ神話最強の武器を保有する権利を持つのは、稀代の大英傑──ヘラクレス。

 

 金髪の好青年が黒龍王、クロウ・クルワッハの前に立ち塞がる。

 

 そして、バロールとエリザベスの前に褐色肌の美青年が現れた。

 

「ひゅー♪ 美人が勢ぞろいじゃねぇか。是非ベッドに誘いたいところだが──ま、しゃあねぇよな」

 

 軽口を叩きつつ、溢れんばかりの真紅の闘気を迸らせる美青年──大和。

 生命力の発露である闘気は「生きる力」そのもの。

 元々の素質と余念ない鍛錬によって肥大化した闘気は容易に宇宙を包み込んでみせる。

 

「……なんという事だッッ」

 

 バロールは打ち震えた。

 類稀な好敵手の登場。いいやそれ以上に──完成しかけていた。

 その若さで、青年は既に心技体ともに出来上がりつつあるのだ。

 

 見ただけでわかる破格の才能。一番弟子であるエリザベスに比肩しうる至高の天稟。

 しかし、彼は信念のためにその天稟を改良していた。

 捨てているのでは無く、改良していた。

 武技と魔導、両方を極められた筈なのに、武技に特化した存在に無理矢理進化していた。

 

 途方もない鍛錬を積んで己の存在そのものを改造したのだろう。

 ソレを支える確固たる信念があるのだろう。

 

 その証拠に、彼の双眸には生気が漲っていた。

 この上無く「生きる事」を楽しんでいた。

 

 バロールは歓喜の余り両手を広げる。

 

「素晴らしい……素晴らしいぞ!! 貴様の様な男児が居た事が儂の人生最大の奇跡だッ!!」

 

 彼女の傍らに居たエリザベスにも変化が現れる。

 

「ああっ……何て、眩しい……っ」

 

 エリザベスの瞳に、初めて生気が宿った。

 

 大和の闘気は周囲に「生きる力」を与えてくれる。

 その信念と生き様は、周囲に「生きる意味」を教えてくれる。

 

 彼が何故、闇の英雄と呼ばれているのか──

 その所以がわかる瞬間だった。

 

 

 


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