Villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

92 / 255
三話「星空に想い馳せ」

 

 

 黒龍王、クロウ・クルワッハは驚愕していた。

 神仏すらも容易に超越してみせたあの生命力──最早人間にあらず。

 等身大の世界──大和は既に「英雄」のカテゴリーから外れていた。

 

 そして、もう一人──クロウの目の前に佇む金髪の好青年。

 彼から感じるプレッシャーも、また尋常では無い。

 彼も特異点──超越者だ。

 

 しかし、違う。

 大和とエリザベスとは決定的に何かが違った。

 

「……人類の代表者、勇者王か」

 

 彼は人類の理想そのもの。

 人類の想いを集約し、それを成し遂げる事を義務付けられた英雄の原点。

 終末論を踏破できる可能性を握る唯一の存在。

 

 ヘラクレス。

 

 彼は外宇宙からの侵略者であるクロウの天敵だった。

 魔王、邪神、怪物──おおよそ人類を脅かす化外に対し、彼は無限大の強さを発揮できる。

 

 そういう存在なのだ。

 

 クロウは震えた。武者震いだった。

 彼もまた、バロールと同じく垣間見たのだ。

 ヘラクレスの背負った想い、そして信念の強さを──

 

 ヘラクレスは右手に絶大な魔力を、左手に極大の闘気を溜め込み、混ぜ合わせる。

 魔闘技法──この状態のヘラクレスは万夫不当の英雄王と成る。

 

 クロウが構える前にヘラクレスの右拳がその頬をブチ抜いた。

 時空間の束縛など関係無い。光速を遥かに超えた速度でヘラクレスは行動したのだ。

 嫌な音を立てながらも、首の筋肉だけで耐えてみせるクロウ。

 逸れた背骨を戻す勢いで拳打を繰り出そうとしたが、肝臓をブローで抉られる。

 メシメシと、嫌な音が鳴った。

 

「ガァ……!!」

 

 吐瀉物を散らし、一瞬動きを止めたクロウにヘラクレスは更に追撃を仕掛ける。

 右腕の関節を折り曲げ、立て続けに肩を脱臼させた。

 激痛で返って思考がクリアになったクロウは虚空で二段蹴りを放ち、ヘラクレスを後退させる。

 

 両腕でガードしたヘラクレスは無表情で再度構えを取った。

 

 クロウは思わずふき出す。

 ドラゴンは物理戦に於いて無敵を誇る、力の塊の様な種族だ。

 腕力もそうだが、戦闘センスや反射神経がズバ抜けている。

 そんな自分達に対して正面から仕掛けてくるなど──

 

「流石だな──若さなど関係無い無双ぶりだ」

 

 オリュンポスに所属する神々の戦士100万人の師範代を務めているヘラクレス。

 現代に於けるボクシングとレスリングの原点「パンクラチオン」の創始者である彼は、徒手空拳でも無類の強さを誇る。

 

 しかし、彼の強さはコレだけでは無い。

 超人体質による無双の怪力、無限大の魔力。多種多様の魔導にオリュンポスが誇る最終兵器。

 遠近攻防に於いて全く隙の無い、あらゆる局面に対応できる──だからこその勇者王。

 

 ヘラクレスは右手に火焔魔導による宇宙開闢と終焉の業火を。左手に魔闘気を溜め込んだ一撃必殺の拳を。背中に絶大な神力を溜め込んだ「聖牛雷霆(ケラウノス・オリジン)」を、既に準備していた。

 

 クロウは苦笑する。

 しかし最後には獰猛に笑って突撃していった。

 

 

 ◆◆

 

 

 洗礼された技量をともなった魔槍二振りが理不尽な暴力を受け流す。

 精緻過ぎる槍捌き、極西最強の異名は伊達では無い。

 大和の振るう見事な両刃の大剣は、恐らくギリシャの誇る鍛冶神、ヘパイストス製。しかし既に刃が欠けていた。若き黒鬼の膂力に耐え切れないのだ。

 

 バロールは指導者としての疼きを止められなかった。

 粗削りながら、その武は確実に対象を破壊、殺戮する事に特化している。しかし未だ暴力。武では無い。

 

 バロールはこの原石を磨きたくて仕方なかった。

 

 同時に疑問を覚える。

 百の刺突に千の虚偽を挟み、それを無理やり掻き消した闇の御子にバロールは堪えきれず問うた。

 

「貴様、名を何と言う!」

「ア? 大和だ」

「ならば大和よ! 何故貴様は魔導を学ばなかった! 覚えられただろう!? 何故だ! その雄々しさと関係あるのか!! 教えろ!! こうも疼いては戦いに集中できぬわ!!」

 

 まるで狂獣。

 狂気と色香をグチャグチャに混ぜた笑みを向けられ、大和は思わずふき出した。

 そして自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「魔導なんて女々しいもん、いらねェよ。男だったら腕力で我を通す。フワフワした異能なんざ神仏共の加護──ご都合主義と然程変わらねぇ。俺は、俺の力で信念を貫き通す!! だからこそ堂々としていられる!! 恥じる事なんて一つもねェからな!!」

「~~~~ッッ」

 

 バロールは初めて、女としての疼きを覚えた。

 幾多の勇士に抱かれても反応しなかった肢体が熱を発しているのだ。

 バロールは表情を蕩けさせながら口角を歪める。

 

「アアッ、勇士よ!! 其方こそ万夫不当の益荒男よ!! 故に、我が必滅の権能も受けきれるよな!!」

 

 アイパッチが開放される事で、常夜に煌く暁の如き左眼が現れる。

 発せられるは死の戦女神、最大最凶の権能。

 

 直死の魔眼。

 

 ソレは概念的な「死」。

 万象一切を強制的に終極へと導くご都合主義の顕現であった。

 全知全能であろうと、不老不死であろうと、同じ死の権能を誇る存在であろうと、問答無用で殺し尽くす魔眼の究極系。

 

 世界最強の殺傷力を持つ権能を、しかし大和は正面から受け止めてみせた。

 そして一喝破砕する。

 

「舐めるなよ……この俺を!! 権能如きで殺せると思うんじゃねェ!!!!」

 

 死の世界が吹き飛ぶ。

 バロールは膝を崩すしかなかった。

 直視の魔眼ですら殺しきれない莫大な生命力は、あらゆる異能術式権能を無効化するだろう。

 

 ソレは、彼の生き様そのものであった。

 

 バロールの首筋に、刃毀れした大剣が添えられる。

 大和は快活に笑ってみせた。

 

「俺を殺したかったら武技でかかってきな。そうして勝てたんなら、おうともさ。喜んで殺されてやるよ」

「……アアッ」

 

 バロールは心底惚れてしまった。

 この幼き益荒男に──

 

 彼女は起き上がり、大和を引き寄せる。

 そして、情愛に任せたディープキスを交えた。

 

 

 ◆◆

 

 

「儂の完敗だ……」

 

 大和の胸板を撫で、妖艶に告げるバロール。

 大和はギザ歯を見せて笑った。

 

「何だ、まだ抗えるだろ? アンタはこんなもんじゃねェ筈だ」

「無論だとも。しかし今は死合う気分では無い。……故に、敗戦条件を提示してもよいか?」

「無理のない程度に頼むぜ。後でゼウスがうるせぇ」

「フフフ……」

 

 バロールは大和の肩を撫でる。

 

「お主ともう一人、儂の弟子になるというのはどうだ?」

「そりゃあ、俺としては好都合だ。アンタの武技は正直スゲェ。是非師事してぇところだ。でも、アイツがな……」

 

「俺なら問題無いぞ」

 

 端からヘラクレスが悠然と歩いてきた。クロウに肩を貸しながら。

 

「俺もまだまだ強くなりたい。武技と魔導の原点であるバロール殿を師事できるのは非常にありがたい」

「クロウをそこまで追い詰めて尚強さを欲するか。若き勇者よ」

「無論だ。俺はまだ弱い。何時か訪れる終末論に向けて、更に強くならなければならない」

「なら問題ねぇな」

 

 大和はバロールを抱き寄せる。

 驚くバロールに彼は笑いかけた。

 

「アンタは師匠としても魅力的だが、女としても魅力的だ。是非、ベッドの上で一試合お願いしたいね」

「……フフフ、まるで獣だな。しかし余計な雑念が無い分、清々しいぞ」

 

 バロールは恍惚と笑むと、大和の腰に手を回す。

 

「儂も先程から疼いてならぬ……この火照り、冷ましてくれるよな?」

「勿論だぜ♪」

 

 大和はバロールの豊満過ぎる乳房を揉む。

 バロールは女らしい喘ぎ声を上げた。

 

 すると、大和の頭上に特大の拳骨が落とされる。

 悶絶している彼の首根っこを掴んで、ヘラクレスは引き摺り歩いた。

 

「まずはダーナ神族へ結果報告だ。お楽しみは後でにしろ」

「だぁぁぁ!! ヘラクレス! テメェって奴は!!」

 

 喚く大和をズルズルと引き摺って行くヘラクレス。

 そんな情けない大和の姿を、遠くから眺めている美少女が居た。

 

 赤みがかった金髪に真紅のドレスを着ている──エリザベスである。

 彼女は大和の事を茫洋とした様子で見つめていた。

 

 大和は唇を尖らせる。

 

「……何だ、アイツ」

「只者では無いな。だが敵でもなさそうだ。無視するぞ」

「おう」

 

 ヘラクレスの言葉通り、無視する事にした大和。

 彼もエリザベスも、未だ知らない。

 

 将来的に互いに惹かれ合い、実娘──黒兎を儲ける事になるとは。

 

 大和とエリザベス。

 他の超越者とは別格の天稟を誇る二名は、実は隠された終末論の担い手だった。

 第一の終末論「ハルマゲドン」にて唯一神が求める人類最終試練──アダムとイブ。

 

 人類滅亡の宿業を背負う、ヘラクレスとは真逆の存在だった。

 

 天使と悪魔による大戦争──ハルマゲドンまで、あと半年。

 運命の歯車は既に動き始めている。

 

 しかし、将来的に二名は宿業ごと唯一神を打破し、終末論を踏破する。

 その支えとなったのは人類の代表者、ヘラクレスとまだ未熟な暗殺者、アラクネだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 満天の星月夜だった。

 天の川が何処に流れているかわからない位、一面に綺羅星が散りばめられている。

 自然が尊ばれる神代だからこそ見れる、神秘の光景だった。

 

 流れ星が幾多も流れていく。

 冷たく、しかし美味な空気を吸い込みながら、ヘラクレスは小さく息を吐いた。

 小崖の上から戦場だった大平原を拝みつつ、神託を達成できた安堵感に浸っている。

 

 すると、極上のワインが入った壺を持って大和がやって来た。

 彼は熱した身体を冷ましてくれる夜風を気持ち良さそうに受け止めている。

 

「ヘラクレス、一緒に飲もうぜ」

「ああ」

 

 黄金の杯を受け取り、微笑むヘラクレス。

 大和は対面に座り、彼にワインを注いだ。

 ヘラクレスは大和の首筋やら頬に付いた赤い痣を発見し、苦笑する。

 

「お楽しみだったみたいだな」

「そりゃもう、極上の女だったぜ師匠は。本人は不感症だなんだと心配してたんだが、実際そんな事無くてよ。声が外に漏れて大変だったぜ」

「全く……」

 

 ヘラクレスは肩を竦めるだけで、何も言わない。

 英雄色を好むという。しかも互いに同意の上だ。口を挟むのは野暮である。

 大和はワインを美味そうに呷りながら、満天の星空を仰いだ。

 

「血沸き肉躍る戦いが出来て、極上の女を抱けて、満天の星空の下で親友と美味い酒が飲める……最高じゃねェか。これ以上は何もいらないね」

「…………」

 

 大和はこの上なく人生を楽しんでいた。

 彼の傍にいるだけでヘラクレスも自然と笑顔になれる。

 大和以上に人生を楽しんでいる存在を、ヘラクレスは知らなかった。

 

 多少、嫉妬もしていた。

 煩悶や責任感から程遠いその生き様が羨ましかった。

 

 しかしそれ等を飲み込み、ヘラクレスは以前から抱いていた疑問を聞く。

 

「なぁ、大和」

「何だ?」

「お前は何で、英雄で在り続ける? 前に言わなかったか? 英雄なんて称号大嫌いだって」

「……ああ、それな」

 

 大和は苦笑しながらワインを注ぎ足した。

 

「今でも嫌いだぜ、堅苦しくてしゃあねェや。有象無象からの称賛もやかましいしよ」

「なら、何故──」

「親友が嫌々英雄を気取ってんだ。俺も付き合わなきゃな」

「……!!」

 

 ヘラクレスが驚愕する中、大和は真面目な顔で言った。

 

「ヘラクレス、お前は本当は何がしたいんだ?」

「……そうだな」

 

 ヘラクレスは潤んだ瞳で必死に笑う。

 

「酒場でも開いて、皆の笑顔を見ていたいな……それだけでいい」

「そうか。なら一緒に頑張ろうぜ。テメェの背中は俺が護ってやる」

「……ありがとう、大和」

 

 互いに腕を組み合う。

 無二の絆がそこには合った。

 生まれも育ちも性格も、何もかも違う。

 だが彼等は親友であった。

 

 背後の木陰で隠れていた暗殺者、アラクネも思わず微笑む。

 怪物と揶揄される男の優しさは、とても心に染みた。

 

 大和とネメアは星空を見上げる。

 彼等は遠い将来に想いを馳せ、今を強く生きる事を誓うのであった。

 

 

《完》

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。