villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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第十四章「冥界伝」
一話「最悪の徒党」


 

 

 次元の狭間の更に辺鄙な領域に、雅貴と七魔将の隠れ蓑があった。暗黒の鉛雲に真紅の稲妻が幾重にも迸る。段々と邪悪なる魔城郭の輪郭が露わになってきた。

 世界最強の陰陽術師である雅貴が丹精込めて造り上げたこの領域は例え最上級の神仏であろうと害せない。世界最悪のテロリスト達に相応しい拠点である。

 

 最上階。荘厳ながら薄暗い天守閣にて。漆黒色の大日本帝国陸軍の正装を靡かせ、稀代の大陰陽師は邪悪なる金眼を細めた。

 

「盟友達よ。今回は新たな同志を迎え入れるための最終会議だ。重大な発表もあるのだが──」

 

 雅貴はやれやれと肩を竦める。目の前に並ぶ七つの座布団。そこには三名しか座していなかった。

 

『堕天使の長』 ウリエル

『剣神』 正宗

『平天大聖』 牛魔王

 

 それ以外の面子は欠場している。理由は考えるまでも無い。桃色のショートヘアを揺らして、ウリエルは苦笑した。

 

「仕方ないよ。僕達以外の面子は超が何個も付く癖アリだ」

「全くだ」

 

 牛魔王は相槌を打つ。正宗は腕を組み、黙して座していた。雅貴はしかし、クツクツと喉を鳴らす。

 

「それでいいのだよ。貴殿等は自由でいい。普段はな。しかし今回は冥界の神々と大戦争をしなければならないのだ。是が非でも集合して貰うぞ」

「そもそもだよ? 冥界に居る「あの女神」を勧誘するのは良いんだけど……冥界の神々にわざわざ手紙を送るのはどうかと思うなぁ」

「面白そうだからやった! 後悔は微塵も無い!」

「ハァ……」

 

 ウリエルは溜息を吐く。牛魔王も頭を押えていた。

 雅貴はこういう男なのだ。稚気と邪悪を交えた度の過ぎる享楽主義者。世界を混沌に陥れる運命にある真性のトリックスター。

 雅貴は豪快に笑い続ける。

 

「なぁに、問題無い。今から来る男が来れば万事解決だ。他の盟友達も集合するだろう」

「ほぅ……それ程の存在がこの場に来るのかい? 是非名前を知りたいね」

 

 ウリエルが小首を傾げると、雅貴は愉快愉快と口角を歪めた。

 

「貴殿が虜になっている男だよ。その様な益荒男、この世界に一人しかおるまい?」

「それって……」

 

 天守閣に通じる障子が開かれる。真紅のマントが靡いた。その褐色の体躯は限界まで鍛え抜かれている。灰色の三白眼に凶悪なギザ歯。神域の美貌はあらゆる異性を虜にしてしまうだろう。

 纏う空気は邪悪と威風を交えた絶対強者のソレ。

 魔界都市の誇るジョーカー。四大終末論を踏破せし暗黒のメシア。世界最強の殺し屋にして武術家──大和。

 

 彼は顎を擦りながら嗤った。

 

「依頼があるって言うから来たぜ。雅貴」

「大和……ッ」

 

 ウリエルが表情を蕩けさせる。牛魔王は鈍痛のする額を押え、正宗は殺気とも呼べる剣気を迸らせた。

 雅貴は両手を広げて彼を歓迎する。

 

「歓迎するぞ大和殿! 報酬はきっちり払う! 存分に暴れてくれ!」

 

 世界史の中で、これ程までの事態は類を見ない──最悪の依頼主と殺し屋が結託したのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 大和は堂々と佇みながら嗤う。

 

「しっかし、俺を雇うたぁな。七魔将だったか? ソイツ等で十分だろ」

「同感だ」

「そうじゃ、雅貴。よりによって何故この阿呆を呼んだ」

 

 牛魔王と正宗が言及するも、雅貴はカラカラと笑った。

 

「面白そうだからだ! それ以外の理由など無い!」

「そうか、聞いた俺が馬鹿だった」

「むぅ……」

 

 両者とも唸る。当の大和は正宗に舌を出し、中指を立ててみせた。

 

「お爺ちゃん、無理するなよ。もうそろそろ腰ヤバいだろ?」

「斬り伏せられたいのか?」

「おうやるか?」

「よかろう。牛魔王、立ち合い人を任せてもいいか」

 

 両者共、濃密な殺気を滲ませる。非常に不味い状況だった。二人の仲の悪さは尋常では無く、下手すれば本気で殺し合いを始める。最悪、雅貴の拠点であるこの居城が次元の狭間ごと崩壊しかねない。

 しかし、雅貴本人は大爆笑していた。

 

 牛魔王は仕方なく、大和の腹に抱きついている堕天使の長に仲裁を求める。

 

「ウリエル」

「わかってるよ。……ほら、大和。喧嘩は駄目だよ」

 

 六枚の機械翼で浮遊し、大和の頭を撫で撫でするウリエル。大和は苦笑しながら彼女の頬にキスした。ウリエルはくすぐったそうに身動ぎする。

 

「ったく……命拾いしたな、糞ジジィ」

「ウリエル。そこを退け。そ奴を微塵斬りにする」

 

 その言葉に、大和は嘲笑しながら両手を広げた。

 

「ハァ? できんの? お前に?」

「女と寝る事しか能の無い猿を斬るなど、造作も無いわぃ」

「イイ度胸だ。表出ろよ」

 

 両者の眉間に深い皺が刻まれた。ウリエルは溜息を吐くと、大和の顔を豊満な乳房の中に埋める。

 

「駄目だって言ってるだろう? 落ち着いて」

「……ハァ」

 

 大和は正宗から視線を外した。正宗も牛魔王に肩を叩かれ、舌打ちしつつ柄巻から手を離す。

 高みの見物をしていた雅貴は、しかし愉悦と笑った。

 

「正宗殿でコレなのだ。他の面子が来ればどうなる事やら……そぅら、噂をすればだ」

 

 大和の前に三つの魔導紋様が浮かび上がる。それぞれ蒼白、深緑、黄金色だ。其処から出てくる──七魔将でも特に癖ありの面々が。

 

「大和。貴様……来るのであれば先に言え。私のツガイとなる雄の自覚が足りないぞ」

「大和ちゃ~ん♪ おひさ~♪ あれぇ? ネメアちゃんいねぇの? 残念~っ」

「極上のワインを持参したぞ、大和。さぁ飲もう。今夜こそ貴公を口説き落とす」

 

 フェンリル、ヒュドラ、ゼウス。その見事なまでの個性の強さに、牛魔王は項垂れた。

 

「雅貴……俺は気分が悪い。後は任せるぞ」

「なんと! 今から面白いところだぞ! 牛魔王殿!」

「冗談を言うな」

 

 牛魔王は青褪めた顔で天守閣を後にした。後に残ったメンバーは早速激しい自己主張を始めるのであった。

 

 

 ◆◆ 

 

 

 数時間後。大和は天守閣で雅貴と二人、酒を嗜んでいた。

 薄暗い大広間で二人して嗤い合っている。

 

「いやァ、あの面子と徒党を組むなんざどうにかしてるぜ、お前」

「褒め言葉と受け取っておこう」

 

 大和の朱杯が空になれば鬼姫──鈴鹿御前こと茜が美酒を注ぎ足す。

 嫌悪感を丸出しにして、だが。しかし大和は面白そうに笑んでいた。

 

「お前の女か」

「ああ。自慢の女だ、美しかろう」

「インドの第四天が誇る美姫だ、そりゃ格別だぜ。お前も隅に置けねぇなァ」

「フッフッフ」

 

 雅貴の「自慢の女」発言に顔を真っ赤に染める茜。その初心な横顔を楽しそうに拝んだ後、大和は雅貴に聞いた。

 

「冥界にいるっていう最後の七魔将……もしかしてバロールか?」

「御名答だ。貴殿を含め、多くの勇士を育て上げた伝説の魔戦姫──手紙を送ったら返事が来た。今回の冥府下りは彼女を迎えに行くためのものだ」

「師匠の事だ、冥界で死者共を鍛えるのにも飽きてきたんだろ。丁度良いんじゃねぇの?」

 

 大和が朱杯を仰ぐと、雅貴は面白そうに小首を傾げた。

 

「暗黒のメシアと揶揄されているものの、貴殿は紛れも無い英雄だ。我等を止めようとは思わぬのか?」

「愚問だな、テメェ等を止める理由がねぇ。今のところは……な」

 

 大和は茜に酒を注いで貰うと、雅貴に問う。

 

「逆に問うぜ。テメェの目的は何だ? あんな癖アリの面子を揃えて、何がしたい」

「人間賛歌」

「……ハッ、マジかよ」

「マジだとも」

 

 雅貴は稚気と邪悪を交えて嗤った。

 

「恐怖に立ち向かう気高き精神、諸人はそれを「勇気」と讃える──俺は今時の言葉でいう「王道」が大好きなんだ」

「冗談じゃあ無さそうだな」

「応さ。しかし現代には恐怖が足りない。故に勇気も生まれない」

「つまり、お前が恐怖の象徴になると?」

「その通りだ。皆、勇んで俺に立ち向かってくるだろう。俺はその雄姿をこの眼に焼き付けたいのだ……!」

「ハッ」

 

 狂ってやがる。その言葉の代わりに、大和は鼻で笑った。

 

「お前に立ち向かう気骨のある奴が、現代にいると思うか?」

「焦るな。じっくり育てていくさ。恐怖と共にな」

「変態だな」

「変態で結構。そういう貴殿も中々に変態だと思うが?」

「なにぃ?」

 

 大和が笑いながら首を傾げるので、雅貴も思わず噴き出した。

 

「貴殿はコチラ側だ。混沌を好み、自由を尊ぶ……悪と謗られようが曲げられない信念がある。貴殿と俺は似た者同士だ、違うかね?」

「違うな」

「ほぅ」

 

 雅貴は茜に酒を注いで貰い、朱杯を揺らす。

 

「何処が違う?」

「テメェは他者の奮い立つ姿が好きなんだろう? 俺は他者を嬲り殺すのが好きなんだ」

「趣向の違いではないか。結局、理想を成すために他者を殺すというところは変わらない」

「……」

「俺も貴殿も、れっきとした悪人だよ」

「……クククッ」

 

 大和は面白そうに嗤った。

 

「侮れねェなぁテメェも。七魔将と同盟を組むだけはある」

「ハッハッハ! 貴殿からの賛辞は100の黄金に勝る! ありがたく受け取ろう」

 

 二人は上機嫌に美酒を飲み干す。雅貴は朗らかに告げた。

 

「襲撃は明朝。貴殿には存分に暴れて貰いたい」

「任せておけ。報酬分の働きはするさ」

 

 どれだけ誇り高かろうが、純粋な理想を抱いていようが──

 悪は悪なのだ。

 

 二人の語らいを聞いていた茜は、静かにそう思うのであった。


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