villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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二話「冥界襲撃」

 

 

 明朝、冥界の空は紫苑色と暗黒色を混ぜ合わせたかの様な不気味な色合いを呈していた。

 此処には世界中のあらゆる種族の死者が集う。彼等は各勢力の死の神達によって生前の罪に値する相応の裁きを下されるのだ。

 

 此処は正義と悪、白黒キッチリ付ける最後の裁判所。故に無法は絶対に許されない。死の神々は雅貴と七魔将を徹底的に迎え撃つ気でいた。

 

 ギリシャ神話のハデス、北欧神話のヘル、エジプト神話のオシリスを中心に会議が進められる。しかし内容は切迫したものだった。

 

 冥界は神々にとって「不可侵領域」だ。死という概念から縁遠い神々はこの土地に容易に踏み込めない。各神話の神々が冥界に容易に入れない逸話が多数存在するのはこのためだ。

 

 しかし今回は特例である。神話の縛りを無視して、最強の武神衆が集った。

 

 八天衆。

 

 インド、中国神話から選出された武神集団。人類の──いいや、世界の守護者達。

 各神話の過半数の可決が無ければ出動を許されない彼等は、今回特例で冥界に呼ばれた。

 可決を待てる猶予が無い──そう判断されたのだ。

 

 死神達が罪人達を緊急避難させている。その様子を拝みながら、黒髪の美壮年が溜息を吐いた。

 

「あ~あ」

 

 漆黒の縮れ髪を肩まで流し、顎には少々髭を残している。頬はこけ、身体の線も細い。が、その肉体は限界まで鍛え込まれていた。漆黒のスーツを着崩した彼は咥え煙草を吐き捨て、再度溜息を吐く。

 

「面倒臭ェ……今日はオフだったってのに……」

 

 彼こそ八天衆の長であり、世界最強の武神。嘗てインド神話の頂点に君臨した古今無双の軍神、インドラこと帝釈天である。

 

 彼のヤル気の無い態度に、隣に居た黒髪の美女がその細い眉を顰めた。蒼白の戦装束に身を包んだ彼女は帝釈天を厳しく諫める。

 

「貴様の事情など知った事か。いい加減ヤル気を出せ。そんな無様な姿を見せているから王位を剥奪され、神話でも馬鹿にされるのだぞ」

「うわぁひでェ。俺、一応お前の上司だぜ?」

「貴様の様な上司に持つ私の身にもなれ」

 

 眉間に特大の皺を寄せる女武者に、帝釈天はやれやれと肩を竦めた。彼女は毘沙門天──帝釈天の懐刀を務める最強の女武神である。

 

「最近、妻の精神的DVが酷い件について」

「殴られたいのか?」

 

 顔を真っ赤にして拳を握る毘沙門天。部下兼愛妻である彼女の反応が面白いので、帝釈天は適度に彼女をからかっていた。

 

 彼は新しい煙草を取り出しながら言う。

 

「やる事は既にやった。他の面子も所定の位置に付いたし。後は奴等を待つだけなんだよ」

 

 八天衆の面子は以下の通り。

 

 帝釈天。毘沙門天。ガルーダ。カーリー。スカンダ。哪吒太子。顕聖二郎真君。

 そしてもう一名──

 

「大将。俺ぁどうすればいい?」

 

 鈴の音の様な声。十代半ばほどの美少女だった。稲穂の様な金髪を腰まで流し、中華系の真紅の鎧に身を包んでいる。額には金色の輪っかが嵌め込まれていた。

 その黄金の双眸に宿る覇気は尋常では無い。幾多の戦場を潜り抜けた歴戦の風格を漂わせている。

 

 彼女に帝釈天は笑いかけた。

 

「お前は戦況を見て対応してくれ」

「りょーかい」

 

 彼女の名前は孫悟空。斉天大聖の名で知られる、中国で最も著名な仙人だ。

 

 その時である、遥か上空で莫大な闘気が開放されたのは──。帝釈天と毘沙門天、孫悟空は反応する。唯一無二の真紅の闘気──帝釈天は「マジかよ」と苦笑した。

 

 暗黒のメシアが、遥か上空から奇襲を仕掛けて来たのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 各勢力の神仏達が丹精込めて仕上げた絶対不可侵の超高密度多重障壁が呆気なく崩れ去る。それは七魔将襲撃の合図であり、同時に別の「絶望」の来訪を知らせる警告でもあった。

 

 冥界の空一面を覆う真紅の闘気。八天衆は即座に悟った。七魔将が、雅貴が、あの男を雇ったのだと。

 

 事態が急変する。あの男は単独で戦況を優に覆す事ができる存在なのだ。

 

 

 ◆◆

 

 

 何層もの瘴気の圏を突破して、褐色肌の美丈夫──大和は急降下していく。真紅のマントを靡かせながら迫り来る死神の一匹を踏み台にし、二匹から鎌を強奪して振り回す。そのまま有象無象を刈り尽してから再度降下した。

 

 懐から改造式火縄拳銃を二丁取り出し、浮上してくる雑魚共を闘気弾で消滅させる。マシンガンの如き超連射で真紅の閃光を放ちまくっていた。粗方掃討できたら折り畳み式ライフルを取り出し、濃密な闘気を圧縮して引き金を引く。

 放たれた極太光線は遥か遠方の冥府領を難なく削り取った。

 

 そのまま銃身を横薙ぎにし、群がり始めた死神達を山脈ごと消し飛ばす。折り畳み式ライフルを虚空に放り投げると、また改造式火縄拳銃二丁を乱射した。

 四方八方、縦横無尽に回転しながら連射する。

 

 その面には凶悪な笑みが貼り付いていた。この状況を心底楽しんでいるのだ。

 

「ハッハー!! もっとだ!! もっと踊ろうぜ!!」

 

 大和は真横に発砲し、その反動で滑空するワイバーンの背に跨る。暴れるワイバーンの首に瞬時に鎖分銅を巻き付け、無理やり操作した。

 

 荒いロデオを愉しみながら、片手に薙刀を携え冥界の空を暴れ回る。地上から放たれる魔術や呪詛、権能の波動を器用に避け続けていた。

 しかし冥界所属の巨人戦士に捕まりそうになる。全高300メートルを超える巨人戦士の手中に収まる寸前、大和はワイバーンを捨て去った。そのまま他のワイバーンや死神を足場にして空中を駆け回る。

 

 縦横無尽に動き回る大和を見失ってしまった巨人戦士。その隙に鎖分銅がその巨腕に巻き付いた。大和は空中でジャイアントスイングを繰り出す。数万トンの筋肉の塊が冥界の上空にいる生命体を蹂躙した。

 

「ハッハッハ!! 巨人ってのは便利な掃除道具だなぁオイ!!」

 

 世界最強の殺し屋にして武術家。圧倒的剛力と極限まで練磨した武術で諸々蹂躙する白兵戦の鬼神。

 こと「暴力」に於いて、彼に勝る者など存在しない。

 

 ほんの一分程で、冥界の約2割の戦力が壊滅した。数千万もの戦士が死滅したのである。

 

 大和は締めに巨人戦士を遥か彼方まで投げ飛ばす。その横から真紅を帯びた流星が迫ってきていた。金色の小雲に乗った仙人少女は大和を地上へ殴り落とす。

 

 寸前で掌で防御した大和は難なく着地する。

 砕けた地面の上で顎を擦り嗤っている彼の眼前で、稲穂の如き金色の長髪が靡いた。

 真紅の鎧を着た少女戦士は煌く神珍鉄の長棒を構える。

 

 彼女は険しい表情で告げた。

 

「牛魔王と決着を付けるつもりだったが、アンタがいるなら話は別だぜ……兄貴」

「何だぁ? あのヤンチャ娘が随分立派になったじゃねェの。ええ? 悟空よォ」

「アンタを一発ブン殴る」

 

 孫悟空──かの斉天大聖が「兄貴」と呼び慕うのは、世界広しと言えど唯一人しかいない。

 嘗て世界最強の問題児として神仏からも嫌悪されていた彼女を唯一可愛がった男。

 彼の懐の深さと誇り高さに憧れるも、その生来の邪悪さを垣間見る事で己の本質を理解し、最終的に正道へと向かった過去を持つ。

 

 大和と孫悟空は師弟関係であり、兄妹分でもあった。

 幾星霜の月日を超えて、兄妹喧嘩が始まる。

 

 孫悟空は兄貴分である彼を想うがため、彼を殴る決意を固めていた。

 

 

 ◆◆

 

 

 堕天使の長、ウリエルが誇る超次元兵装の一つ「プロミネンス・ノヴァ」が顕現する。

 合計八門のガトリングガンから排出される弾丸は超圧縮された大惑星だ。「レベル5超新星爆発弾」を一門ごとから秒間数億発放つ事で、執行人の無慈悲な掃討が始まる。

 

 神々の眷属であり全知全能の一端を行使できる死神達も、この圧倒的な火力には成す術が無い。超新星大爆発で起こる莫大なガンマ線とブラックホールで二次的被害は更に拡大する。

 

 冥界が特別頑丈な空間で無ければ今頃消し飛んでいた。最強の武神集団、八天衆が止めようとするも、行く手を阻むは同格の魔王達。

 

 至高の武具型宝具、無双方天画戟を携えたマジモードの牛魔王。

 最上級の神仏すら即死に至らしめる猛毒の霧を大量散布するヒュドラ。

 一振りで冥界を二つに断ってみせる天下無双の剣豪、正宗。

 八天衆二名を単独で抑える天空神ゼウス。

 

 冥界が瞬く間に崩壊する。それを各勢力の創造神達が外部から世界を再構築し続ける事で辛うじて現状は保たれているのだ。

 埒外同士の大戦争は終末論に匹敵する大惨事に成りかけている。

 

 その中で、絶大な神雷と凍結の絶対権能がぶつかり合った。余波だけでも冥界が裂け、周囲に居た億の死神が氷漬けになる。

 

 怜悧な美貌を湛える絶世の美女は、頭に生えた狼耳を揺らしながら嘲笑を浮かべた。

 

「駄神と揶揄されるも、世界最強の武神の異名は伊達ではないか……」

「ハァァ、面倒くせぇ……」

 

 帝釈天ことインドラは神殺しの魔狼、フェンリルと対峙していた。

 

 

 ◆◆

 

 

 互いの回し蹴りが重なる。

 空間に亀裂が奔り、衝撃波が冥界全土を震撼させた。

 

 フェンリルの峻烈な攻めを帝釈天は難なくいなしてみせる。

 彼女の攻めは本能的であり苛烈。帝釈天は掠れば即死のフェンリルの爪を事前に止めていた。手首を掴んだり軌道を逸らしたり。それが出来なければ回避に専念する。

 

 帝釈天の長い脚から繰り出される縦横無尽の蹴撃。フェンリルは辛うじて防御するも、重く的確であるため捌き切れない。

 合間に手刀を挟むも、その手刀を膝裏で絡め取られた。

 

 帝釈天は宙を舞う。放たれた膝蹴りはフェンリルの首を容易に消し飛ばせる威力があった。体勢をわざと崩し躱すフェンリル。その隙を見逃さず、帝釈天は彼女の腹部に蹴りを叩き込む。

 

 距離を空けられたフェンリルは、何故か嬉しそうに笑っていた。

 

「勿体無い……アア、勿体無いなァ帝釈天よ。私と対等に勝負できる男など、中々いない。何故怠ける。駄神を偽る」

 

 嘗てインドを中心とした東洋系の神々の王を務め、最も偉大なる武神と謳われた帝釈天。

 彼の凋落ぶりは有名であり、神話でも散々の貶され様だった。

 

 フェンリルの質問に、帝釈天はやれやれと肩を竦める。

 

「面倒くせェから、理由はそれだけで十分だろ? 俺は嫁とイチャイチャできればそれでいいんだよ」

「……成程、それも強者故の余裕か。ふむ……」

 

 フェンリルは頷く。その目先に神速の白刃が迫っていた。フェンリルは二本指で刃を止め、不敵に笑んでみせる。

 

「貴様は幸せものだな、毘沙門天。帝釈天は貴様にメロメロだぞ」

「黙れ駄犬。疾く死に失せろ」

「堅物だな。しかしまぁ、夫妻で見れば丁度良いのか」

 

 余裕を崩さないフェンリル。毘沙門天の頭上から数千万の氷の刀剣が雨あられと降り注いだ。毘沙門天はそれらを斬り伏せると、帝釈天の元に馳せ参じる。

 彼女は唇を尖らせた。

 

「戦況は最悪だ、バロールに見張りを裂く余裕が無い。どうする?」

「取り敢えず現状維持だ。最悪、バロールを無視して冥界守護に集中する」

「わかった」

 

 帝釈天と毘沙門天は揃って構える。

 フェンリルは獰猛に口角を歪めると、背後に氷の大要塞を形成した。

 

 

 ◆◆

 

 

 毘沙門天は駆ける。魔氷で生成された剣林弾雨の只中を切り抜ける。両手に携えるのは一本の打刀。それのみで絶対氷結の圧制を退ける。

 

 彼女は女武神の中でも最強格──あのバロールに比肩しうる最高位の女神だ。

 帝釈天の妻を名乗るだけの実力がある。

 

 帝釈天もまた、違う方向からアプローチをしかけていた。

 氷の大要塞を崩そうと絶妙な攻めを見せている。

 

 しかし容易に崩せない。

 理由はフェンリルの爪牙に秘められた神殺しの権能だ。

 彼女の爪牙は神仏に対して絶対的な死滅権限を持つ。神性が僅かでも宿る存在はその爪牙に触れただけで問答無用で即死させられる。

 

 帝釈天は先程、敢えて突貫して隙を見出そうとしたが、今はそうはいかない。フェンリルは絶対氷結の権能をフル活用している。例え懐に入り込めたとしても、容易に攻撃できない。絶対氷結の権能もまた凶悪なのだ。一度捕まれば二度と戻れなくなる。

 

 フェンリルは二名を強敵と認め、北欧式の古式魔導も絡めて放ってきていた。魔導にも精通している彼女は遠近共に隙の無いオールラウンダーだ。

 

 帝釈天と毘沙門天は視線を合わせて頷き、一度距離を取る。

 そして互いに最大遠距離武装を展開した。

 

聖雷金剛杵(ヴァジュラ・オリジン)

疑似(フェイク)梵天砲(ブラフマーストラ)

 

 片や、第二終末論の黒幕である無限龍神ヴリトラを討滅した帝釈天の誇る最大武装。

 片や、梵天の神格武装を方術で疑似再現した絶対貫通の概念そのもの。

 

 二名は間髪入れずに投擲する。

 フェンリルはすかさず奥の手、絶対防御たる高密度多重障壁を展開するが全て貫通された。全1200層から成る絶対防御を貫通できた理由は二名の投擲武装の合一による威力の倍増。黄金と蒼白の光明が混じり合い、一本の光線と化す。

 

「これは……! 美しいな……!」

 

 フェンリルは惚れ惚れとしていた。

 強者しか認めない真性の弱肉強食主義者である彼女は、真の強者たる一撃に見惚れていた。

 正面から受け止めようとする彼女の姿勢に、帝釈天も毘沙門天も目を剥く。

 この一撃は数多の多次元宇宙を一瞬で溶解させる規格外のものだ。幾らフェンリルであろうと耐え切れるものではない。

 しかし、彼女は意地悪く口角を歪めていた。

 

「悪いな、私には絶対的な防御手段があるんだ」

 

『絶対防御・零式』。フェンリルが長年研究を重ね、漸く完成した彼女だけの固有魔導。ありとあらゆる術式異能権能を反射する、邪道の絶対防御である。

 唯一無二の投擲武装が難なく反射され、帝釈天と毘沙門天は驚愕した。

 

 一直線に迫る光線を一瞥し、帝釈天は迷う事なく毘沙門天を庇う。

 毘沙門天は悲鳴を上げた。

 

「駄目だ!! インドラ!!」

 

 帝釈天は迷わない。愛する妻を護るため、彼は覚悟を決めていた。

 

 しかし──

 

「楽土断ちが崩し、極楽浄土断ち」

 

 それは約束された切断現象。絶対切断に絶対切断を寸分無く重ねる事で真の「切断」を成す、荒唐無稽の絶技。

 帝釈天と毘沙門天の合併技を完璧に斬り伏せた存在は、銀髪を揺らして二名に語りかけた。

 

「いや、失敬。白熱した死合いを魅せられ、拙者──思わず踊り出てしまったでござる」

 

 微笑みながら得物を振り払う剣客。ダブルスーツの上から純白のロングコートを羽織った糸目の美男。

 世にも珍しい鋒双刃造りの打刀を携え、彼はフェンリルと相対した。

 

 フェンリルはまさかと瞠目した後、クツクツと喉を鳴らす。

 

「そうか──ここは冥界。故に死者がいるのか」

「拙者を知っているのか」

「知ってるも何も、強者であればその名を知らぬ者などいない。ここ数年で唯一、あの大和を追い詰めた男! 吹雪款月(ふぶき・かんげつ)!!」

 

 銀髪の剣客──吹雪款月は口の端を緩めた。

 

「これは光栄。かの神滅狼に名前を覚えていただけるとは──礼は死合いにて返そう。拙者はそれしかできない男故」

 

 人外の剣客集団「斑鳩(いかるが)」を纏め上げていた頭首。世界最強の剣士達『天下五剣』の一角を担っていた剣客。

 

 妖剣士、吹雪は嬉しそうに八双の構えを取った。

 

 


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