villain 〜その男、極悪につき〜   作:桒田レオ

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三話「天下五剣」

 

 

 吹雪は背後にいる帝釈天に言う。

 

「行かれよ。ここは拙者が引き受ける」

「お前は──」

「ただの剣客でござる。貴殿等には使命があるのだろう? さ、早く」

「…………チッ」

 

 帝釈天は小さく舌打ちすると、毘沙門天を連れて撤退した。毘沙門天は思わず怒鳴る。

 

「帝釈天! あの男がどの様な存在なのか、知らないとは言わせんぞ!」

「ああ、知ってるとも。だからこそだ。奴の好奇心は今フェンリルに向いている。ただでさえ現状は困窮してんだ。利用できるもんは何でも利用する」

「ッ」

「行くぞ」

「……ああ」

 

 二名は方術で長距離転移した。それを見送った吹雪はやれやれと肩を竦める。

 

「さ、邪魔者はいなくなった。フェンリル殿……一手、死合いを所望いたす」

「受けよう。貴様の実力を直接確かめられる、またとない機会だ」

 

 互いに口の端を歪めて莫大な殺気を迸らせる。空前絶後の殺し合いの火蓋が、切って落とされた。

 

 

 ◆◆

 

 

 吹雪は正真正銘「人間」である。故に神殺しの爪牙が通用しない。

 フェンリルは一瞬悩むも、氷の大要塞を形成して遠距離からの火力押しを決行した。原初のルーン文字を交えた北欧特有の古式魔導も混ぜ込む。

 フェンリルは遠近の総合力に優れたバランス型だが、どちらかと言えば遠距離寄りだった。絶対氷結の権能と数多の古式魔導により、相手を有無を言わさず圧殺するスタイルを好む。

 

 宇宙レベルの質量を誇る氷の牙城から億を超える砲門が現れ、冷たき死の咆哮を上げた。吹雪に迫る氷剣、氷槍、氷砲。その他、絶対氷結の概念が込められた投擲武装。その数、優に数十億を超える。

 凍結による暴力の嵐は吹雪を周囲の空間ごと蹂躙しようとしていた。

 一本一本が宇宙を凍結させられる絶対零度そのものに対し、吹雪は得物を無造作に薙ぐだけで済ませる。

 

 瞬間、数十億の氷結武装が儚い音を立てて砕け散った。

 

『夢幻覇穿が崩し・諸行無常』

 

 夢幻覇穿は本来、斬ってきた箇所総てに〝切断〟現象を引き起こす回避不能の魔剣である。その崩しである諸行無常は、斬った場所から切断現象を無限に繋げていくという魔剣の究極系だった。先程無造作に薙いだ空間から切創が広がり、瞬く間に氷の暴虐を斬り伏せる。

 

 その時代に於いて最強の剣客五名に与えられる称号──天下五剣。彼は剣技のみであれば大和を超える正真正銘の天才だった。

 フェンリルは彼を「強者」として認めると同時に全身全霊を以て応対する。

 

 対神仏用として咄嗟に顕現できる『超新星大爆発10000発』。

 多次元宇宙を焼却できる無限熱量を誇る『終焉の業火(ラグナロク)』。

 同威力を誇る超プラズマによる平面型電子レンジ『雷帝顕現(イヴァン・グロズヌイ)』。

 トドメに超多次元宇宙を生贄に極大ブラックホールを発動する『原初の混沌(ネロ・カオス)』。

 

 七魔将であれ、八天衆であれ、外なる神であれ、食らえばひとたまりも無い超級魔導の連打。

 

 吹雪の闘気だけでは防ぎきれない。しかし、忘れてはいけない。吹雪はあの大和と死闘を繰り広げた剣客なのだ。成長し続ける暗黒のメシアを追い詰めた化物なのだ。

 

「何という熱量──愛に満ち溢れている。素晴らしい……」

 

 

 ────しかし、刃ごたえが無い。

 

 

 そう一蹴し、諸皆総てを「切断」してしまう。万の超新星大爆発も、無限熱量も、超プラズマも、極大ブラックホールも。紙に描いた絵空事の如く斬り伏せてしまう。

 

 驚愕して声も出せないでいるフェンリルに吹雪は駆け寄った。神速の歩法にて距離を詰めようとする。フェンリルは咄嗟に手をかざした。北欧神話の主神オーディンの投擲兵装の模倣、「疑似(フェイク)戦神宣言(グングニル)」を複数発現する。数十本の光条は一本一本が毘沙門天の「疑似(フェイク)梵天砲(ブラフマーストラ)」に匹敵する威力を内包していた。

 しかし、吹雪はその光条達を足場にしてフェンリルに詰め寄った。時間による束縛を無視した超速度で迫る神格武装を足場として利用したのだ。

 

 フェンリルは思わず苦笑する。これ程とは──と。

 

 しかし、フェンリルにはあらゆる異能術式権能を強制反射する『絶対防御・零式』がある。これを突破するのは、幾ら吹雪であろうとも──

 

「否、断じて否」

 

 帝釈天と毘沙門天との戦いの際に一度見られた技だ。大和であれば通じない、打破してくる。故にこの男も必ず打破してくる。

 

 フェンリルの回答は正解だった。

 吹雪は『絶対防御・零式』を突破できる技を「先ほど開発した」ばかりだった。距離を取られた吹雪は苦笑を浮かべる。

 

「流石、野性の勘でござろうか? これは斬り甲斐がある。高嶺の花であればある程、刃の輝きも増すというもの」

 

 求道者、その極みの一つ。剣技のみを追求し続けた結果がフェンリルの眼前に佇んでいた。フェンリルは武者震いを覚える。同時に歓喜で両手を広げた。彼はフェンリルが認めるに足る強者だったのだ。

 

「ああ、流石だ! 流石、我がツガイとなる男を追い詰めた男! 愛すべきは強者! 唾棄すべきは弱者よ! フハハハハ!! 素晴らしいぞ!! 吹雪款月!!」

「強者であれば良いのか? 拙者の様な人斬りも容認すると?」

「無論だ! 強者であればどんな我儘も貫いていい! 弱者であれば誇りも正義も語る資格は無い! 女であれ男であれだ! 種族すらも関係無い! 強ければいいのだ!!」

「フフフ……貴殿は真に獣の王でござるなァ」

 

 吹雪は温和に笑むと再度得物を構える。フェンリルは獰猛に笑ってみせた。真の強者同士の死合いは未だ始まったばかりだった。

 

 

 ◆◆

 

 

 真紅のマントが冥界の瘴気によってはためく。

 暗黒のメシアこと、大和は対峙している金髪の美少女──孫悟空を見つめていた。その灰色の三白眼に宿る微かな親愛の情に悟空は冷や汗を垂れ流す。

 大和は優しい声音で告げた。

 

「一度しか言わねぇ……失せろ」

「ッ」

 

 最後の忠告だった。

 大和はたとえ身内や親友、弟子であろうとも自分に敵意を向けてくる存在を決して許さない。

 

 しかし彼は一度忠告する。

 これが最後の情けである事を、悟空はよく理解していた。コレを踏み越えてしまい殺されてしまった弟子達を何名も見てきたから。

 

 怪物の情け──彼を師として慕うのか、怪物として対峙するのか。

 悟空は震える手足に必死に喝を入れ、不敵に笑んでみせる。

 

「言っただろう。アンタをブン殴るって……俺は、俺の信念に基づいてアンタと対峙する!!」

 

 黄金と真紅の入り混じった霊力を開放する。今や「斉天大聖」「闘戦勝仏」の名で慕われている世界最強の仙人。幼少期は中国神話の神仙達に単身喧嘩を挑み続け、冥界の王達に「自身の寿命を消せ」と脅迫紛いの事もしでかした元・最強最悪の問題児。

 

 彼女は当時、唯一己を認めてくれた大和を心の底から慕っていた。今もである。故に仙人と成った今、彼と対峙する。

 

 大和の事を想うが故に──

 

 大和は灰色の三白眼に冷酷な殺意を宿した。彼女の事を「弟子」では無く「邪魔な存在」と割り切ったのだ。

 

 彼は大太刀を抜くと、小さく溜息を吐く。

 

「じゃあ、お別れだな。悟空」

 

 瞬間、悟空の全身に切創が奔り鮮血が迸った。悟空は驚愕で双眸を見開く。声を出そうにも喉から血が溢れ出て声にならない。

 

 立つ力を失った悟空の体は無残に地面へと崩れ落ちた。

 

 

 ◆◆

 

 

「テメェと正面から殺し合うのは面倒くせぇ。だから細工を施させて貰った。『夢幻覇穿・改式・血散れ桜』。テメェが俺に殴りかかった際に無数の斬線を付けておいた。ソレを開放してテメェを斬り刻んだのさ」

 

 大和は血溜まりに沈み、瀕死寸前となっている悟空を見下ろす。その表情に哀しみの色は全く無かった。割り切っているのだ。彼は嗤いながら悟空の元に歩み寄る。

 

「ここ最近で唯一、俺を追い詰めた剣客が誇る魔剣だ。使い勝手はいい。初見殺し性能も高ぇから、中々に重宝しそうだ。特にテメェみたいに無駄に強い奴にはな」

 

 予め斬った箇所、総てに切断現象を発生させる魔剣──夢幻覇穿。大和は以前、コレで致命傷を負わされた。この魔剣の恐ろしさを身を以て知っているからこそ修得したのだ。

 

「しかしまぁ、本家には遠く及ばねぇわな。……その本家は今暴れてるみてぇだし。フェンリルの奴、結構苦戦してるみてぇだな。アーやだやだ。吹雪の奴、また剣技の腕上げやがったな。面倒臭ぇ」

 

 そう言いながらも、嬉しそうに嗤っている大和。友人の成長を喜んでいるのだろう。彼は地に伏す悟空の前で膝を折ると、優しく抱きかかえた。

 

「馬鹿な弟子共の中でも、テメェは特別可愛がってやった妹分だ。最後の遺言くらい聞いてやる」

「……兄貴ッ、何で……」

 

 悟空は息も絶え絶えに言う。

 

「そんなに……世界が嫌いなのか?」

「…………」

 

 悟空の抽象的な問いに、大和は苦笑を浮かべる。

 

「テメェは勘違いしてるぜ、悟空。俺は別に世界が嫌いなわけじゃねぇ。好きでもねぇけどな。どうでもいいんだよ」

「……ッ」

「俺が嫌いなのは、俺に仇名す総ての存在だ。そーゆー奴等は絶対許さねぇ。たとえ可愛い妹分でもだ」

「ッッ」

 

 悟空は金色の双眸から涙を溢れさせた。瀕死の重体で、至る箇所から鮮血を吹き出しているにも関わらず、彼女は悲しみに打ちひしがれていた。

 

 生まれながらにそうだったのか、それとも成長する途中で歪んでしまったのか──真実は誰にもわからない。しかし、既に手遅れなのはわかった。彼は、既に完成してしまっているのだ。

 

「どうして、なんだろうな……兄貴の事、女として愛しているのに……どうしても受け入れられねぇ」

「…………面倒くせェ女」

 

 そう囁き、大和は悟空の唇にキスを被せた。その甘く優しいキスは彼なりの最期の挨拶だった。悟空は不覚にも幸福で満たされ、呆然としてしまう。

 

 唇を離した大和は脇差を抜き放ち、悟空の心臓に切っ先を突き付ける。そして、穿とうとした。

 

 その時である。峻烈なる蹴りが大和の脇差を弾き返したのは──

 彼が反応する前に返された踵が顔面へと迫り来る。大和は悟空を離して回避に専念した。宙を舞った悟空の肢体を女武者、毘沙門天が抱きかかえる。

 

「悟空ッ!! 大丈夫か!! しっかりしろ!!」

 

 すぐに方術で応急手当を始める毘沙門天。大和の眼前に佇む枯れた美男──帝釈天。その眉間には珍しく深い皺が何本も刻まれていた。大和は両手を広げておどけてみせる。

 

「よォ駄神サマ。数百年ぶりだな」

「うるせェよ人間の屑。テメェは昔からちっとも変わらねぇ……最低最悪の糞野郎だ」

「そりゃどーも」

 

 大和は舌を出して応じる。帝釈天の総身から極大の神雷が迸った。普段の冥界であれば瞬く間に崩壊してしまう程の質量だ。

 帝釈天は右手に金剛杵『聖雷金剛杵(ヴァジュラ・オリジン)』を携え、唇を噛み締める。

 

「テメェだけは絶対に許さねぇ。その存在も認めねぇ。疾く死に失せろ、バケモノ」

「吠えるなよ雑魚、怠け者のテメェに俺を殺せる筈ねぇだろうが」

 

 嘲笑を浮かべる大和に対して、帝釈天は聖雷金剛杵の真名開放を行おうとする。ソレは冥界という世界が本格的に崩壊する合図でもあった。

 

 しかし──漆黒の軍服に身を包んだ美男が大和の隣に躍り出る。陰陽風水を極めた邪仙、雅貴である。彼は大和に告げた。

 

「貴殿のおかげでバロール殿を引き入れる事ができた。任務は完了だ。帰還しよう」

「……ハッ、そうかい。命拾いしたなァ落ちこぼれ。今度会った時は八つ裂きにしてやるよ」

 

 大和は雅貴と一緒に転移魔術陣で姿を消す。追撃しようとした帝釈天だが、背後に瀕死の悟空がいる事を思い出し、諦める。

 溢れ出る激情を必死に押し殺しながら──

 

 

 ◆◆

 

 

 フェンリルは魔術通信で此度の戦争の終結を知らされ、残念そうに肩を竦めた。

 

「もう終わりのようだ、残念だよ。吹雪」

「成程……女性の背中を斬る趣味は無い。行かれよ」

 

 吹雪はすんなりと得物を納刀する。フェンリルは瞠目すると、心底面白そうに喉を鳴らした。

 

「なぁ吹雪、我が友よ。我等と共に雅貴と同盟を組まぬか? 貴様がいればますます面白くなる」

「それは……魅力的な提案でござるなぁ」

 

 しかし、と吹雪は首を横に振るう。

 

「生憎、拙者は死んだ身。人として生き、人として死んだ。故に満足している。現世で成す事など無いでござる」

「……そうか。いや、貴様の回答を聞けただけで満足したよ」

 

 フェンリルの眼前で純白のコートが舞う。吹雪は最後まで微笑を崩さず、冥界の闇へと消えていった。

 

「さらばだ。愛しき好敵手」

 

 フェンリルは彼の背に礼をする。そうして転移魔方陣で消えていった。

 

 冥界騒動は、こうして幕を下ろした。


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