続・テニスの王子様(2周目)   作:蛇遣い座

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第2話

 

 

 

青学テニス部に新入生が加わり、2週間が過ぎた。本日からいよいよ「部内戦」が行われる。これは地区大会のレギュラーを決める重大イベントだ。超大型ルーキー、越前リョーマも特例で参加するため、波乱は必至。

 

A~Eブロックに分かれ、上位2名がレギュラーとなる。まあ、ブロックの組み分けはほぼ歴史通りだし、勝ち残りは予想がつくが。

 

「おーい、桃。何をボーッとしてんの?」

 

「おっと、すいません。すぐ行きますよ、英二先輩」

 

くせっ毛と右頬の絆創膏が特徴の先輩が、緩い口調で声を掛けた。張り出された対戦表から視線を外し、オレは意識を勝負へと切り替える。意外な組み合わせではあった。初戦からレギュラー同士。その対戦相手は、青学唯一のダブルス全国ペアのひとり。菊丸英二先輩だ。

 

各コートに分かれて試合が行われるが、やはりここが注目度No.1。試合を控える選手以外は、ほぼ皆がこのコートに集まってくる。金網の向こうに多くの部員達が並び、興味深そうな表情を浮かべていた。視線が集まるのを感じるが、意にも介さず英二先輩は奥側のコートで柔軟を開始する。オレも今更、部内戦で緊張する性質ではない。英二先輩の反対側のベンチにラケットケースを置き、腰を下ろす。

 

「おおっ!やったぜ、越前!まだ試合始まってない」

 

「いや、オレは別に……」

 

騒がしい声に振り向くと、フェンス越しに息を切らした堀尾の姿が見えた。続いてゾロゾロと1年生達がやってくる。ちょうどオレが座っているベンチの後ろの位置で観戦するらしい。最後尾についてきた越前と目が合い、軽く手を挙げると、向こうも一応頭を軽く下げた。

 

「人気者だな、桃」

 

越前の隣には坊主頭の先輩が立っていた。身に纏う上着は、レギュラーの証である青学ジャージ。穏やかな口調でこちらに語りかけた。

 

「大石先輩も見学に?」

 

「まあね。やはり全国を狙うために、副部長の状態は見ておきたくてね」

 

「ええっ!レギュラーの大石先輩!」

 

以前の歴史では副部長だった、大石先輩も試合を観戦に来たらしい。ダブルスパートナーの英二先輩のコートにいるものだと思っていたが。堀尾を含む1年組は突然の先輩の登場に恐縮した様子だ。越前は気にしていないが。

 

「で、今回もあのラケットを使うのかい?」

 

「ええ、そのつもりです。別にナメてるわけじゃなく、トレーニングの一環として」

 

「別に言い訳する必要はないさ。責めているわけじゃない」

 

弁解じみた口調になってしまったが、大石先輩は苦笑するだけだった。ばつの悪い気分で右手首のリストバンドをさする。オレ達のやり取りに不思議そうな顔を見せる1年達。まあ、そりゃそうか。

 

そろそろ試合が始まる。ベンチに置かれたラケットケースのファスナーを開け、中から試合用のモノを取り出した。普段の練習用とは違う、部内戦や練習試合に使うラケットだ。それを見て、1年生は目を見開き、驚愕の叫び声を上げた。越前ですら絶句した様子である。これがオレの特製ラケット。張られたガットは縦横2本のみ。

 

――U-17選抜の鬼先輩と同じ十字ガット

 

「えええええっ!何ッスか、コレは!打てるわけないっしょー!」

 

顔の前で両手を横に振り、有り得ないと全身で表現する堀尾に思わず笑ってしまう。去年、初めて部内戦に出たときも、みんなに同じ反応をされたものだったな。いまや2,3年は当たり前のように受け入れている。これで部内戦を勝ち続けたからだ。……何回か負けたこともあるけど。

 

「来たぞ、桃城だ……」

 

「またあの十字ガットだぜ」

 

「中1にして副部長の座を勝ち取った怪物。だけど、ハンデ付きで同じレギュラーの菊丸に勝てるのか?」

 

周囲がざわめきだす。両者がコート中央に集まり、注目の一戦の幕が上がる。ラケットを回し、先攻/後攻を決める。表と答えて正解。サービスゲームはオレが取った。準備が整うと、審判役の部員が高らかに声を上げる。

 

「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ。先攻、桃城サービスプレイ」

 

トスを上げ、腕を振った。高速で放たれたボールがコートに突き刺さる。英二先輩の反応が間に合わず、ラケットは空を切った。まずは先制の一撃が決まる。

 

「弾丸サーブ!決まった!」

 

「いきなりサービスエースかよ!」

 

このまま流れをいただく。続いて2手目も豪速の弾丸サーブ。ややリスクを負って仕掛けた次撃も、反応はされたものの、ギリギリ当てたラケットを球威で押してネット前にボールが落ちる。2連続サービスエース。

 

「普通に打ててる……あんなガットで」

 

「しかも、とんでもなく強いよ」

 

初見の1年組の呆然とした声が耳に届く。

 

「それはそうさ。青学テニス部、副部長の称号は伊達じゃない。名実ともに桃は青学NO.2の実力者だよ。だけど――」

 

隣にいる大石先輩が付け加える。テンポ良く試合を先に進めていく。3連続サービスエースを狙って放つ一撃。弾丸がコートに突き刺さる。

 

「このまま終わるほど、英二は甘くないよ」

 

大石先輩の言葉に呼応したかのように、英二先輩が剛球を打ち返す。さすが。彼の優れた動体視力ならば、オレのスピードボールもしっかり見えているか。それでも、球威に押されてボールが浮き気味だ。容赦なくネット際へ駆け出し、高い打点からクロスへのフォアハンドで決める。

 

「うあっ……やっぱ、強いな~」

 

英二先輩が残念そうに声を漏らす。後ろの大石先輩も、感心した様子で息を吐いていた。オレだって、そう易々とやられはしませんよ。最後のセットポイントもサーブの球威に押されたところを狙い打ち、ストレートで奪取に成功。

 

「……予想以上だな。前回の公式戦より、格段にパワーアップしている」

 

「そうなんッスか?」

 

「正直、信じられないよ。あれほどハンデを負った状態で、英二をこうも圧倒するなんて。だけど、ここから先はどうかな?」

 

大石先輩が口を開き、堀尾達が怪訝そうな表情を浮かべた。その言葉の理由は、次のゲームで明らかになる。

 

「さあて、行くよん!」

 

攻守が入れ替わり、今度は英二先輩のサービスゲーム。サーブと同時に前方へ駆け出した。さっきはベースラインで足止めされていたが、主導権を握りやすいサービスゲームでいよいよ攻めてきた。球種はスライス。滞空時間が長く、地面を滑るように外側へ逃げる。打ち返す頃には、すでに英二先輩はサービスラインまで到達していた。理想的なサーブ&ボレーの動き出し。どこに打ち込む?

 

「ストレートで抜いてやる!」

 

「甘い甘い。抜かせないよん」

 

 

――ダイビングボレー

 

 

頭から突っ込むように跳躍し、空中で伸ばしたラケットで打球を弾き返す。猫のように身軽な動き。しかも捉えたボールは的確に逆サイドへと角度をつけて返される。全力のダッシュで何とか相手コートに戻すも、緩い返球は即座にボレーの強打で決められてしまった。

 

15-0

 

次の攻撃も変わらず英二先輩の優勢。攻め方は同一。強打しづらい低く滑るスライスサーブから、ネット際でのボレー。抜くならストレートかクロス。だが、オレが選択したのは――

 

「ボディーショット!?」

 

部員達が息を呑んだのが空気で分かる。これは最も返しづらいショットのひとつ。

 

「ほいっ!」

 

俊敏に上体を反らし、曲芸のようなラケット捌きで速球を跳ね返す。右に角度をつけて、浅い位置に打たれたボレーショット。またしても同じ展開に持ち込まれた。ギリギリで返した浮き球を逃さず、コート奥にねじ込まれる。

 

30-0

 

「連続得点!あの桃城が押されてるぜ!」

 

「すげえ、菊丸先輩。本領発揮だぜ!最初からアクロバティック全開だな!」

 

湧き上がる部員達。一方的だった1セット目との対比で、英二先輩の反撃に喝采が上がる。表情を変えず、オレは内心で舌打ちする。たった2本で直感した。この試合、長くなる。オレへの対策を練ってきたのかは分からないが、相性が悪い。絶対にサービスゲームは落とせないな……。

 

危惧した通りの展開になった。お互いにサービスゲームをキープし合い、拮抗した状況が続く。2-2、3-3とカウントは同数が並ぶ。

 

「大石先輩、どうしてあんなに先攻/後攻で展開が変わるんですか?桃ちゃん先輩のサービスゲームが強いのは、何となく分かるんですけど……」

 

堀尾が尋ねると、大石先輩がコートから視線を外さずに頷いた。

 

「今の桃には弱点がある。あの十字ガットだよ。あんなラケットで打てる訳がないという常識は置いておいて。それ以外に重大な構造的欠陥が隠されているんだ」

 

「構造的欠陥?」

 

「スピンさ。あのラケットは中心の1点、スーパースイートスポットでのみ、打球を放てる仕組みになっている。感服するよ。誰も真似できない凄まじい技術だ。でも、点でボールを捉えるあのガットでは、ラケット面を滑らせるスピン系の球種が使えないんだ」

 

「あっ!そうか!そういえば桃ちゃん先輩、フラットショットしか打ってないですね!」

 

英二先輩のボレーが浅いところに入り、浮いてしまった返球を決められるというパターンがまた発生した。セットカウントを取られ、4-4と追いつかれる。

 

「ベースラインでストロークを打ち合う分には問題ないけど、あんな風に浅いボールで攻められると難しいんだ。トップスピンで落として強打することもできないし、スライスで繋ぐこともできない。結果、浮き球となる」

 

「なるほど」

 

「桃も工夫して、2ゲーム目以降はロブで粘っているが。読まれたロブは強打の格好の餌食だ。サービスゲームにおける英二の優位は変わらない」

 

その後もお互いに危なげなくサービスゲームを取り合い、タイブレークに突入する。2本ずつ、サーブ権が交互に与えられるのだ。ここからが正念場。どちらが先に相手のサービスゲームを打ち崩せるか。

 

場の緊張感が高まる。周りの部員達も次第に静かになっていき、固唾を呑んで見守っていた。

 

「じゃ、行きますよ」

 

ラケット面を指で触れ、十字ガットの張り具合を確認すると、そのままトスを上げて高速サーブを放つ。最低限の球威を確保しつつも、安定性を重視したショット。基本的にこの試合、ほとんどの打球は全力の5割も力を込められていない。ラケット面での微調整ができず、外すリスクが大きいからだ。問答無用で球威任せに相手のラケットを弾く。そんなお手軽な勝ち方は望めない。

 

「ったく、馬鹿重いなー」

 

嫌そうに顔を歪める英二先輩。それでも非力な彼になら、ある程度通用する。優れた動体視力と反射神経を有するが、ストロークは苦手としている。この終盤に至っても、いまだ返球を鈍らせるだけの効果は残っていた。球威を調整しながらも、さらに攻め掛かる。左右にボールを打ち分け、前に出られないように足止めしつつ、ラリーに持ち込んで試合を長引かせる。

 

「嫌なやり方するよね。でも、このままじゃ埒があかないかな」

 

「隙ありッスよ、英二先輩」

 

強引に前に出ようとしたところを狙って、サイドライン際にパッシング。

 

1-0

 

初手は取ったが、次からは相手のサービスゲーム。サービスダッシュからのアクロバティック。攻めの打球でなければ、英二先輩のサイドは抜ききれない。裏を取ったと思いきや。後ろに上体をそらし、空中で仰向けに寝るような態勢で手を伸ばし、的確にボールを捉える。手首を返して角度を付けて逆サイドへと跳ね返した。

 

1-1

 

「あっ!桃ちゃん先輩がロブを上げた!」

 

英二先輩の頭を越える山なりの打球。しかし、俊敏な反応で即座にバックステップ。反転して跳躍。こちらに背中を向けたまま、強烈なジャンピングボレーを放つ。

 

「菊丸バズーカ!」

 

1-2

 

互いに得点を落とさず、タイブレークが進行する。どちらが先に相手のサービスゲームを奪えるか。勝負のカギはリターンゲームにある。周りの観戦者も、緊張のためか終盤に近付くにつれて口数が減っていき、ついにはコート外が静まり返った。

 

9-8

 

マッチポイント。ここで決めればオレの勝ちだ。絶対に英二先輩のサービスをブレイクする。ここが正念場。全神経を集中させる。

 

「させないよん」

 

ただ、相手も重要性は分かっている。ベースラインで英二先輩がつぶやく。手元でラケットを回す仕草は、彼の集中力が高まった兆候である。両者が全力でぶつかり合う。

 

英二先輩のスライスサーブが右端に吸い込まれる。回転により、さらに右へと滑るように流れていった。外側へと低く逃げていくボール。これでは強打できない。球威の削がれたフラットショットを返すも、相手コートに届く頃にはサービスラインで待ち構えられている。

 

「くっ……良いところに決められちまったか」

 

思わず漏らした声音に苦々しさが混じる。どこに返される?数瞬後、ボレーは逆サイドへと打ち込まれる。急いで戻るも、ギリギリでラケットが届くかどうかの距離。

 

「うおおおおおっ!」

 

「か、返したっ!」

 

「だけど、菊丸先輩にとって絶好球だ!」

 

浅く上がったボールを待ち構える。英二先輩は技量で押すタイプではない。ドロップボレーを選択肢から外す。右か左。スマッシュの方向を予測する。いや、そうじゃない。こちらから仕掛けるんだ。

 

寸前でオレは左へと駆け出した。イチかバチかの賭け。しかし、英二先輩は視界の端でそれを捉え、手首の返しだけでスマッシュのコースを右へと変更する。

 

「動き出しが早いよん。残念無念また来週~」

 

と見せかけて。即座に重心を移動し、右へと動いていた。フェイク。英二先輩の顔に焦りの色が浮かぶが、もう遅い。コートに叩きつけるタイプの、しかも手首だけで無理矢理コースを変えた甘いスマッシュならば強打できる。千載一遇の好機。

 

「打たせてもらいますよ。戻ってからずっと練習していたこの技を!」

 

時を遡った強敵を倒すには、身体能力を上げるだけでは不十分。オレは強者のプレイスタイルや技の模倣に取り組んでいた。その中のひとつがコレだ。曲げた右肘を大きく後ろに動かし、反対の左手を前へと突き出した特徴的な態勢を取る。

 

「何だ、あの構えは!?」

 

九州二翼と謳われた、全国トップレベルの強者。不動峰の部長、橘桔平の有する必殺技がコレだ。ラケットのフレームで打つことにより、打球に無数のブレを生じさせる。結果、ボールは荒れ狂い、暴れ回る。その効果は、同じく九州二翼と呼ばれた千歳千里の『才気煥発の極み』の予測をも超えたほど。

 

 

――『あばれ球』

 

 

「ボールが無数に分裂してる……!」

 

英二先輩の身体が驚愕に固まり、思わず身を守るように顔の前にラケットを立てる。視界一面にボールが広がる錯覚を起こしたのだろう。動体視力が優れていればいるほど、打球のブレはボールを分裂させる。もはや返球など不可能。数秒後には深々と打球がコートへと突き刺さった。

 

「ゲームマッチウォンバイ桃城武!」

 

 

 

 

 

 

その後も部内戦は進み、数日後には青学レギュラーが決定した。

 

手塚国光(3年)

不二周助(3年)

大石秀一郎(3年)

菊丸英二(3年)

河村隆(3年)

桃城武(2年)

海堂薫(2年)

越前リョーマ(1年)

 

歴史通りの結末。しかし、ここからは『戻り組』の逆行者との勝負が始まるのだ。歴史とは異なる地区予選が始まる。

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