続・テニスの王子様(2周目)   作:蛇遣い座

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第4話

 

 

 

青春学園VS不動峰。第1シード校と無名校との対戦だ。大方の予想は当然、青学の圧勝。しかし、ここまでダブルス2戦が終わり、スコアは1-1のイーブン。神尾の【D2】参戦など想定外もあったが、順調に歴史をなぞっている。

 

残りの3戦でオレと手塚部長の2勝。そんな展開を見越していたが、不動峰は予想外の仕掛けをかましてきやがった。不動峰に存在する『戻り組』における最強選手、部長の橘桔平をオレにぶつけたのだ。

 

【S3】の試合が始まる。

 

 

 

 

 

「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ!青学サービスプレイ!」

 

審判の開会宣言が響く。緑色のコートに黄色のボールをポンポンと弾ませた。先攻はオレ。まずは全力のファストサーブ。並の選手ならサービスエース間違いなしの、全国区の選手でも返球が精一杯の球威の、剛腕のフラットショットがコートに着弾した。

 

「おらっ!」

 

ただし相手は、かつて九州二翼と謳われた、全国有数の超越者。さらに激戦の記憶まで有している。野生の動物染みた俊敏な反応で打球を待ち構え、軽々と打ち返した。

 

「くっ……鋭すぎるぜ」

 

しかもただ返すだけでなく、逆撃として攻め込んできた。激烈な一撃。あわやリターンエースとなりかけ、ギリギリで打球に手が届く。安堵したのは束の間、緩く返さざるを得なかったボールを、再びの剛腕で叩き込まれた。

 

0-15

 

「マジかよ、あの桃城副部長があっさりと……」

 

青学メンバーからどよめきが起こる。部内戦において、ハンデを付けたせいで負けることはあっても、純粋な実力ならば名実共にNo.2を張っているオレだ。これほど簡単に取られるとは思いもしなかったのだろう。部員達の困惑と危機感がひしひしと伝わってくる。

 

だが、実際に戦っているオレ達にとっては既定路線だ。互いに中央へと歩み寄り、無言でネット越しに向かい合う。短髪の坊主頭を金に染めた橘桔平が静かに口を開く。

 

「桃城、最後までそれでやるつもりか?」

 

オレは苦笑と共に首を横に振る。

 

「まさか、こっからは本気でやらせてもらいますよ」

 

「安心したぜ。勝つためのオーダーとはいえ、消化試合じゃつまらないからな」

 

そう言い残し、背を向けて去っていく。一方のオレは一旦ベンチへと戻り、手元のリストバンドを外す。ただし、それはただのカモフラージュ。あまり大っぴらに付けていると、舐められていると思わせてしまうからな。その下から現れたのは同じくリストバンド。ただし、10枚の鉄製の重りの取り付けられた――

 

「ええええっ!もしかして桃ちゃん先輩、ずっと重り付けてたんですかああっ!?」

 

堀尾が大声で驚愕の叫びを上げる。

 

「あのリストバンド、部内戦のときも付けてたよね」

 

「うん。それに越前君と試合したときも。あんな何キロもありそうなのを手首に巻いてたなんて……」

 

2,3年はともかく、初見の1年組が騒いでいる。ちらりと後ろの様子を窺うと、入部前に試合をした越前も驚きと苛立ちの混ざったような、憮然とした表情を浮かべていた。まあ、それだけオレ達『戻り組』とそれ以外の戦力差は大きいのだ。今回は同じく時代を超えてきた者同士。ハンデを付ける余裕はない。

 

「お待たせしましたね。こっからはガチで行きますよ」

 

「やってみな」

 

トスを上げる。全身の筋力を最大限に発揮して、ラケットをボールに叩きつけた。軽くなった腕はスイングスピードを大幅に上げる。集約されたパワーが推進力に変わった。

 

「は、速っ!」

 

観客が思わず声を漏らすとほぼ同時。トリガーを引かれ、撃ち込まれる弾丸。段違いの速度で、反応すら許さずに橘さんの横を抜く。

 

15-15

 

「ほう、やるじゃねえか」

 

一瞬、目を見開いたが、すぐに口元を吊り上げて称賛の言葉を放つ。手首に巻いた枷を外し、全力を解放したオレの弾丸サーブ。その速度は200km/hを超える。

 

 

 

2射目の弾丸となるフラットサーブ。ラケットを振ると同時にコートに着弾した豪速球。対するレシーバーの橘さん。今度はコンパクトに返そうとするも、球威に押されてやや右側に外れる。審判のアウトコール。

 

15-30

 

軌道が逸れたとはいえ、しっかりと力のある打球を返してきた。さすがだな……。不動峰の選手で、オレ並のサーブを打てるヤツはいない。練習不足のはずなのに、たった一球で合わせてきた。見事な適応能力。まるで野性の本能で捉えたかのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

そこからは一進一退の攻防が続く。互いにサービスゲームを奪取して、再びオレのサービスゲーム。こちらの弾丸サーブに慣れた橘さんとストローク勝負に移行する。プレイスタイルは両者、アグレッシブベースライナー。基本的に後衛の位置で打ち合いとなる。

 

「何者だよ……。重りを外した桃城と五分に戦ってやがる」

 

「不動峰の橘。明らかに手塚部長と同じく全国区のプレイヤーじゃねーか!?」

 

お互いにスピードボールを活かしたベースライナーだ。視認すら困難な速度でコート上を行きかう打球。交互に撃鉄を落とし合う銃撃戦だ。しかし、本来ならば相手の方が格上。拮抗したこの状況を見るに、まだ波に乗り切れていないらしい。ここで流れをもらう。クロスに放った剛球が相手コートに突き刺さった。

 

40-15

 

逆にこれが相手に火を点けてしまったらしい。眼光鋭く、若干の前傾姿勢へと変化する。肌で感じる殺気。闘争本能が覚醒したか。明らかに集中力が増した。いよいよ来るか。橘桔平の本来の、攻撃力に特化したプレイスタイル――

 

 

――『あばれ獅子』

 

 

 

そこからは一気に劣勢に陥った。疾風怒濤の連続攻撃。重りを外したオレですら対応しきれない。苛烈な強打の雨あられが降り注ぐ。

 

「ちっ……強すぎるぜ」

 

思わず舌打ちする。打ち込まれる一球一球が鋭く、重く、こちらの守備を喰い千切らんとする牙だった。苦し紛れに返した打球を、前方に走り込みながらの体重を乗せた強打でねじ込まれる。

 

ゲームカウント2-4

 

身体能力も技巧も経験もある。野性の本能だけでなく、それらのテニス能力が高次元で備わっているのだ。なりふり構わず攻めている訳ではない。隙が無い。これが九州二翼と謳われた絶対強者の力。ならば、たったひとつのパラメータ。一点集中で突き破るのみ。

 

「行くぜ、パワー勝負!」

 

ラケットを両手で握り、右足一本で前方に跳躍する。全体重を乗せて放つバックハンドショット。すなわち――

 

 

――『ジャックナイフ』

 

 

空間を切り裂く鋭利かつ重厚な刃。スパッとコートを瞬時に一閃する。今日一のスピードボール。それにも橘さんは反応する。だが、この技の本領は重さ。不動峰、石田の放った破壊の一撃『波動球』をも超える威力が内包されているのだ。相手は両手持ちのフォアハンドで対抗。正真正銘のパワー勝負。

 

「らあっ!」

 

だが、それすら通じない。

 

おいおい、マジかよ。普通に返しやがった。動揺で逆にオレの返球の方が緩んでしまう。それを見逃さず、相手は仕掛けてきた。右肘を曲げて大きく後方に動かし、左腕を前方に突き出す。さらに大きく右足を下げて半身となった特徴的な構え。

 

「あれって、桃ちゃん先輩と同じ構え?」

 

独特なフォームから、ラケットのフレームで打ち付ける。この絶技は元々彼のモノだ。プレイスタイルを取り入れる際に真似ただけ。これこそが本家本元。

 

 

「――『あばれ球』!」

 

 

ラケットを豪快に振り下ろす。膨張する幻影が視界を埋め尽くした。オレの身体が思わず硬直する。無数に分裂するボールがコートに突き刺さった。

 

「何で桃の技を、あの男が……?」

 

「いや、むしろアイツの方がキレがある気がするぜ」

 

驚きを口にする部員達。想定と異なる反応に、橘さんは訝しげに辺りを見回した。そして次のゲーム。

 

「今度はこっちの番だ!喰らえ、『あばれ球』!」

 

オレが叫びながら、全力の打球を放つ。右肘を曲げて大きく後方に引き、特徴的な半身の姿勢から放たれる一撃。豪快な振り下ろしからのフレームショット。

 

同一のフォームからの同一な効果を有する技。違うのはその練度。打つと同時に悟る。やはり、橘さんの方がボールのブレ、つまり変化の幅と速度が明らかに上だ。悔しいが、それでも十分に実用に足る練度のはず。

 

「自分の技で沈め!」

 

「なるほどな。お前もこの技を練習したのか」

 

不規則に揺れて迫るボールを前に、しかし顔には余裕の笑みが浮かんでいた。優れた動体視力を持つ菊丸先輩すら捉えられない、この打球。たとえ橘さんとて返せるはずがない。しかし、彼は予想外の方法でそれを成す。

 

「なっ……目を閉じた!?」

 

「しかも、その状態で打ったあああ!」

 

そんな方法があったのか!?

 

言葉にすれば簡単だ。だが、オレにはとても真似できない。確かにフレームショットの肝は、変化そのものよりも、不規則な揺れを無意識に目で追ってしまうことにある。ボールの軌道そのものは、視界を埋め尽くすほど分裂している訳ではないのだ。あくまで錯覚。

 

それゆえの対抗策。悪影響を及ぼす視覚を遮り、野性の勘で打球の軌道を感じ取る。さすがにスイートスポットからは外れるが、腕力に物を言わせてラケットを振り抜き、強引にこちらへ叩き返したのだ。

 

今回の歴史で勝ち残るために習得した新技。そのひとつが、地区予選で早くもぶち破られた。

 

「礼を言うぜ、桃城」

 

苦渋に満ちた表情を浮かべるオレに、橘さんが声を掛ける。

 

「『戻り組』の影響力を侮っていたぜ。歴史通りで考えちゃいけないと、この地区予選の時点で知れた意味は大きい」

 

「……それはこっちのセリフですよ。アンタが【S3】なんかで出るとは思いもしませんでした」

 

「お互い様ってことだな。歴史を変えようとするのは自分だけじゃないってことだ。だから、お前相手だろうと、ここからは全力でやらせてもらう」

 

ゾクリと背筋に寒気が走った。体中の細胞が全力で警戒を発している。反射的に一歩後ずさった。まるで野性の獣に睨まれたかのよう。指一本でも動かせば喰い殺される錯覚。これも本家本元――

 

 

――『猛獣のオーラ』

 

 

 

 

 

 

この日、中学テニス界に激震走る。

 

名門青春学園中等部が、地区大会で無名校に敗北。大多数は驚愕を、そして極一部の中学生は歴史の変化を、それぞれ感じ取った。時代のうねりは加速する。

 


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