最西端にて、軍備が整いつつある今、島根にて重大な会議が始まっていた。
今日は神無月。いや、神在月。
出雲大社にて、神々の会議が行われている。
八百万-数百の神々が邂逅するには小さな本宮だが、この中には神々によって作り出される本来の空間―高天原―がある。
そこにて日本帝国で唯一の神は、そこに参上しなければならない。
「来たか、『人の神』よ」
「はい……今年も招いていただき、誠にありがとうございます」
「よいよい。皆、この国を守るものだ。そんなに堅くならなくてもよい」
「は……」
かしこまる『人の神』に、『大国主』も頭を掻いた。
「さて、頑固者が集まったな。では、方針を決めよう」
一年に一度の祭事であるこの日。大名行列もかくやという人々が、出雲大社に参拝しに来る。
ご利益を受けに来たのもそうだが、普通に神様に特別なそなえものを持ってきた者もいる。
神様はどんなに傲慢なものでも優しい者でも受け入れる。
そして出雲大社や靖国神社が穢されなければ、ある程度許される寛容性を持っている。
しかも供え物も、ごみであろうと石や命であろうと、日乃本のものであればなんでもよいのだ。
神はそこにいる。それを噛みしめ、感じる者がつくりだした物。
その成果を楽しみにしている神々であった。
「『人の神』よ。この国の子らに対して、どのように思う」
「私はいつもの通り、すべての国民が自身を想い、常に生きるため目的を果たせるそんな国であることを願います」
「『人の神』よ。いつもの常套句だな。それを2987年続けているのも、驚きのものよ。
うむ、そうだな。今、この国に足りないものを言ってみよ」
「……」
その目は自分如きが言ってもいいのだろうか、という畏怖の感情を孕んでいる。
恐怖を前面に押し出した表情に、神々は大きく笑う。
「うずうずしているものもいる。言ってみよ」
『人の神』は、意を決して言う。神々は温厚なれど、気性の荒い者もいる。
もしも、という事のため、事前に国会で話し合ったことを話す。
「は、世界は『国際化』というものに向けて歩みだすでしょう。
その結果、国民の皆様が『神』を忘れ、他国へ流出し『神の血』をも薄めさせてしまうでしょう。それを防ぎたいのです」
「つまり、神々とのつながり、『縁』の酷薄化……か。うむ。
では、神々として、この『日乃本』を『日乃本』であれるよう、国際社会を歩める『縁』へと変貌させよう」
『大国主』は、後方にいる『日乃本』を作った母や父に、土下座をして頭を下げる。
「お父様、お母さま。『日乃本』は、『縁』を強く求めております。
どうか今年も、『人の神』とその子らに祝福を……」
「「「……」」」
国に降りてきた八百万の神々も、同じく高天原にいるその『やんごとなき神様方』にお願いをする。
そして、少しの静寂の後。
「任せるぞ、『正和天皇』。いや、『神武天皇』」
「は……。拝命仕ります……」
臣下の礼に似た手拝を行う。
そして、『大国主』は、『正和天皇』の後ろに立つ。
「さて、皆さま。今年。いや、来年再来年と、『日乃本』が千代に八千代に永遠[とわ]に、永久[とこしえ]に続きますよう、皆々様お手を拝借!」
そういうと、手拍子と『楽器の神』・『音の神』・『琴の神』などが一斉に音楽を鳴らす。
これは古より伝わる神々の音楽であり、高天原の音楽である。
そして4曲歌った後、最後にうたわれるのは『君が代』。
神だけの世界ではなく、”人の世”になったことを意味する重要な”うた”。
その調べは独特でも雅楽でもなく、人が歌いやすいようにしたもの。
近代から現代にかけて修正されて使われるようになった、あの『君が代』と同じである。
そして神々の祭りは始まった。その始まりと共に、人もやんややんやと踊りだす。
神道・仏教、他宗教も混じっては人として歩む。