それは突然起こった。
盧溝橋事件。
関東軍がやらかしてしまった地獄への切符だ。
これはすぐに日中両陣営に知らせが入る。
「何!? 誰だそんなバカな事をしたのは! すぐに召喚し、中国に謝罪するぞ!」
「奇襲攻撃だと!? 宣戦布告をしない日本鬼子共め。戦の準備じゃ!
支度はできているな、出撃せよ!」
大陸側で陸軍の力が大きくなってしまったが故に、発生してしまった今回の暴走。
謝罪どころでは済まされず、結果的に最悪な方向に向かってしまう。
国共合作。
中国共産党と国民党が手を取り合って、各地方の軍閥と共に日本を迎え撃とうというものだ。
しかしこの最中、重要な事が中国側でも発生する。
それはファルケンハウゼン含む軍事顧問団が、ドイツに召喚されてしまうのだ。
大きな目で言うと、そんなに大事ではないかもしれない。
しかし局所的にみると、それは大きい。ドクトリンという戦闘の基礎のような部分を、
後の部隊に教える事ができないのだ。
最近はやりの電撃戦や塹壕戦ができない。
これは大きな痛手である。
しかもただでさえ中国は強大で、先ほどまで軍閥で分かれていたという位色々ばらばらだ。
戦闘どころか歩兵装備すらない者もいる。
ここらの後方支援や補填・充足度に関して、全く知らないところもある。
昔の義和団事件のように、農具や古代中国で使われた近接武器・弓矢があればいけると思うところすらある。
「仕方ない。連合国の支援を受けている中国と対等に立つため、枢軸国としてドイツの陣営に入ろう」
「やむなし、でございまする」
これにて、戦争が開始されることになる。
大本営は関東軍の上級将校の召喚と関東軍以外の将校を、中国国境にいる兵士たちの上官として配備する。
だがそれはとてもじゃないが、時間がかかってしまうこと。
馬鹿をしていない陸軍のみで、やらなければならなくなった。
そんなこんなバカをしてくれたおかげで、最前線は混乱に陥れられる。
「よし、関東軍の力を見せてやれ! あ?招集?バカ言ってんじゃねえぞ」
「大本営からの指令だ。従わなければ、軍法会議で極刑に処す」
「ちっ」
最西端の村の後藤中将も、今回の事件の影響をもろに受けた。
三時間ほどで解放されることになるが、時すでに遅し。
この時すでに、中国共産党が蒙古国の国境を食い破ってきたのだ。
その猛攻はすさまじく、中将のいなくなった師団は撤退を余儀なくされた。
そして蒙古国は二つの市を失うことになる。
その市は、蒙古国が本土より命令を受けていた、最大級の要塞が築かれている場所である。
混乱した師団は残りの市の要塞に立てこもり、中将以下の将校が奮闘することになる。
旅団や連隊が、共産党に奪取された要塞と同じ要塞を構える場所にて、
適度に侵攻戦と防衛線を行う。
おかげで敵をくぎ付けにすることができた。
だがそのくぎ付けにできたのは、毛沢東と長年流浪した屈強な兵士たちである。
しかも山岳兵だ。歴戦の兵士と将校の17師団を相手に、中将がいない59師団が相手になるのである。
更に敵は蒙古国最大で最強の要塞に引きこもっている。
これがいつまで続くのか不明だ。
だがこれを打開する可能性を秘めた部隊がある。
『特別小隊』。
血筋的にもかなり重要度が高い、満蒙開拓団第二世代が徴兵されている部隊。
この部隊は単独では何もなしえない。
しかし束になってかかれば、全てを打開できる力がある。
だがここは戦場だ。
彼らが束になっても勝てないかもしれない。
戦術的勝利はなくとも、軍とは一つではない。
よって戦略的な勝利を導ければそれでよいのだ。
「敵襲……っ、敵襲ーー!!!」
「何!? 『小隊』、全軍東へ撤退しろ!」
小柄で強靭な足腰をしている馬に乗った偵察兵が、『特別小隊』全員に聞こえるよう大きな声で叫んだ。
夜襲ではなく、真昼間。
訓練をしていた小隊は、全員荷物を纏め撤退の準備をした。
「急いで逃げるぞ。銃剣騎馬隊は、周囲の索敵だ。奴らが回り込んでいる可能性もあるからな」
戦闘になると結月、彼の口調は変化する。
それは効率的に言葉を回すためだ。
騎馬隊に指示を仰ぐと、彼らは周囲へ散開していった。
「アタシが後方を見る。茜達は先へ行くんだ」
「だめだよ、マキちゃん。貴方の方が重装備なんだから、ここは私に任せて」
殿役を請け負うとしたマキに、紲が代役をするという。
流石に上官なので、首を横に振れない……振れないよね?
あ、こいつ、振りやがった。
「あかりさん。アンタは測量をしてほしい。わかるよなぁ?」
イラついた表情をするマキの言い草に、なんの不快感を示さないあかりは明るくうなずいた。
「わかった。じゃあ、威嚇斉射は任せるね」
「話がわかるじゃねぇか」
後方にはすでに赤い旗を持つ兵士が、ぞろぞろと来ている。
「試射はしたことあるんだよなぁ?」
「うん。って、訓練の時にしたでしょ?」
あかりは伍組全員で、マキの野砲を扱えるよう特訓したことがある。
万が一は確実に来るのが戦場。
だからやっておいて損はない。
しかも野砲自体要塞に沢山あるので、砲撃手がいないとき重宝する。
「じゃあ、ちょっとまってね……。うん、じゃあ、メートルで。398・39・-8」
「良う候!」
砲台をゼロ地点と考え、奥行き・奥行を0地点に左右・奥行と左右の交差地点を0として高低を示している。
そして野砲の癖を熟知しているマキが、発砲する。
大きな射撃音を発生させ、先頭にいると思われる敵を木っ端みじんにする。
それと同時に敵の方からも、砲兵の攻撃をされる。
「逃げるよ」
「あいよ!」
再装填しながら逃げる。
逃げる方向はコウがメスで木々に印をつけているので、簡単にわかる。
敵方からすると熊のひっかき傷にしか見えないだろう。
小隊が撤退した先。そこは蒙古国最大の要塞。
結月小隊は、そこまで撤退すると少々安堵するが空気がおかしいことに気づく。
それは中将がいないという事だ。
「どういうわけだ?」
「関東軍の怪しい者は、軒並み本土へ召喚です」
「まともな人間がいるとかいう以前に、相手は本気でこっちを殺しに来ている。
召喚とか馬鹿な事考えた奴は誰だ!?」
「大本営かと」
「チッ。で、ドイツの権威主義者である、KAITO殿。これからどうするつもりだ」
結月はすぐに司令本部に向かい、そこで一番偉いとされる大佐に聞く。
「漸減戦を行う」
「撤退するというのか、この堅牢な重要地点をむざむざ渡すのか!」
「だが、あんな馬鹿でも、中将だ。大きく士気を削がれた兵士に、何ができると思っている?」
「それは……」
「決定だな、君たちは要塞にて殿に努めてもらう」
「は? 何を言っている、貴様」
結月はKAITOをにらみつける。しかし弱い視線に彼は、何とも思わない。
そのまま作戦を伝える。
「確かに女子供は大切だ。しかし、帝国至上主義者が多いこの場にて、貴官らを優遇するわけにはいかないのだ」
「ドイツの皮を被った傀儡め。アインザッツグルッペンに裁かれるがいい」
「そりゃどうも。Mein Fuhrerの足でもなめるさ」
「小汚い猟犬が」
「いくらでもいえばいい」
そういって結月はその場を去る。
その場にたった一人しかいない大佐は、去る結月に据わったしかし鋭い眼光を向けていた。