育て屋さんの短い休暇   作:葉月つづら

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日はまだ高く

 時間にすれば一分足らず、しかし私はしばらくの間、そこで茫然としていた。確かにここに彼女がいたはず。十分もないうちに一体どこに? けれど、あの子は何も言わずにふらっといなくなるような子ではないし、何よりこの不自然に落とされたハンカチは明らかにおかしい。ふらふらとハンカチに近寄って、手に取る。自然に落ちたにしてはやけにきっちりと折りたたまれていて、これは故意に落としたのかもしれない、と推察できた。

 これはただ事じゃない。それに、何でもなかったとしても、よそ様から預かった大事な子を一人にするわけにはいかない。ぐ、と強く手のひらを握りこみ、一度お昼になるはずだったものをベンチに置いて、ポシェットから携帯端末を取り出す。緊急番号にダイアルして、祈るような気持ちで返答を待つ。

「はい、ポケット・ガーディアンズ本部です。事故ですか? 事件ですか?」

「おそらく事件です。十分前まではいたはずの連れの少女が不自然な形で傍にいたポケモンと共に行方が分からなくなりました。場所はシャルムシティの自由の市郊外の露天街付近です」

「分かりました。付近に職員を派遣致しますので……そうですね。その場で少々お待ちください」

 よろしくお願いします、と揺らぐ声を殺して電話を切る。たまらずベンチに腰を落として、胸の前で手を組んだ。早く誰かが来て、助けてくれればいいのに。そう願っていると、ポン、と音がして、ボールの中から呼んでもいないはずのブラッキーが出てくる。ぐりぐりと鼻先を押し付け、気遣うような声を上げて、私が握りしめてくしゃくしゃにしてしまったハンカチを引っ張る。PGが追跡のために連れているポケモンの真似事か、と少し笑って、その頭をやわく撫でた。

「通報したのは貴女かな」

 と、ほど近くから声をかけられ、は、と顔を上げる。想像していたよりも年若い、というか恐らくは同年代の男性、けれど特徴的な黒と赤でまとめられた制服は、確かにPGのものであった。ええ、そうです、とうなずくと、彼は破顔して手を差し出す。

「貴女のようなお嬢さんが事件に巻き込まれたとは本当に災難だ。けれどもう大丈夫、このソヨゴが来たからにはきっと貴女のその曇った顔を、元のように花も恥じらう美しい笑顔に戻して差し上げると約束する」

「あ、はあ。巻き込まれたのは私じゃなくて、連れの少女なんですが……」

「ああ! それは失礼した! しかし私がすることは変わらない。必ず私が助けてみせ、」

「ソヨゴさんちょっとどいて下さい。……すみません、大変失礼いたしました。失踪した少女の捜索依頼ですね? 何か残留物などはありましたか?」

「はあ……あ、ハンカチなら……」

「お借りしても?」

 どうぞ、と手に持っていたハンカチを渡すと、ボールから出したガーティにそれを嗅がせる青年。先程話しかけてきたソヨゴさんを押しのけて出てきて、話が早くなったのはいいんだけれど。この人もPGだろうけど、大丈夫なんだろうか……と冷や汗が背を伝う。その様子を見かねたか、横で半ばぶすくれていたソヨゴさんが、肩に手をかけてきた。そっと振り払う。

「やあ、不愛想な男ですまないね。彼は私の部下で……名をクートという。有能だがやはり私のようなチャーミングさが足りないと思わないかね? ところで華憐なお嬢さん、貴女の名前を聞いていなかったね」

「え? ああ、シーヴと言います。あの、ところで捜査は……」

「シーヴ! なるほど、貴女が育て屋の後継者か。噂はかねがね聞いている。ますます魅力が増すようだよ。ああ、捜査の方は問題ない。我が組織が誇るポケモン達による追跡からは何人たりとも逃がしはしないし、何よりこのような白昼堂々の犯行、目撃者は少なからずいるはずだ。これは時間の問題なんだよ。そうだろう、お嬢さん?」

 それはそうかもしれないが、しかし人員がいるに越したことはないのでは、とか。私に対する事情聴取はいいのか、とか。そういう色々なことを言いかけて口をつぐむ。ほんの短時間の少しの会話だが、恐らく彼はなんだかんだ理由をつけて業務に戻ることはない気がする。それに、彼のこの軽すぎる口は、どことなく気遣いのようなものも感じられて、もしかして気を遣って傍にいてくれているのだろうか、とも思う。それで、彼には苦笑を返すに留めて、未だ足元で気遣わしげに佇むブラッキーを手持ち無沙汰に撫でる。と、それを何と受け取ったのか、ブラッキーがぶるり、と身体を震わせ、私のスカートの端を咥えて、ぐいぐいと引っ張って歩き出した。

「え、ちょっとちょっと、どこ行くんだい」

「おや、もしやそのブラッキーが何かを見つけたかな? 私もついていくから安心して行くといい」

 仮にも重要参考人が現場を離れていいものか、とちらりとソヨゴさんを見やる。すると、こともなげに頷き、果ては行かないのかい? と急かす始末。まあ、若干頼りないのは置いておいても、仮にもここの責任者のようだから、そんな彼から許可が出たならまあ、いいかと、私は少し先の方で振り返って立ち止まるブラッキーの後を追って駆けだした。

 

◇ ◇ ◇

 

 シャルムシティのぐねぐねと曲がりくねる裏道を通り抜け、七番道路に入って少しそれた辺り。漆喰の壁やトタン屋根が風雨で劣化し、半ば傾きかけた小さな倉庫街がある。とはいえ、ほんの二、三棟しか並んでいないので、もはや街と形容するのも憚られる、といったところか。そのうちの一つ、辛うじてシャッターが機能していると思しき棟の前でブラッキーが立ち止まる。そうして私とソヨゴさんの方を向き、お辞儀をするように何度か頭を上下に振った。

「こんなところに倉庫が……。もしかしてここにミエルちゃんがいるのかな」

「うむ、その可能性は高いかもしれないね。貴女のブラッキーはよく育成されているし知能も高そうだから、警察ポケモンのような真似が出来てもおかしくない。どうしたってPGは組織の大きさ上動きが鈍い。恥ずかしいばかりだ」

 そうですね、と軽く頷き、二人と一匹で倉庫の裏へと回る。ここまで傾いた建物ならば、どこか穴かなにか、入れる大きさとは言わないまでも、中の様子が伺える場所はないかと慎重に周囲を探った。すると、右手側だろうか、一部分だけ、女子供であればなんとか通り抜けられるかもしれないというそこそこ大きめの亀裂を発見した。

「この…………懐いて……」

「子供…………どこの……売って…………」

 そこで息を潜めて耳を傾けると、中からは油断をしているのかなんなのか、幾人かの人間が時折大きな笑い声を立てながら何かの打ち合わせをしているらしいことがわかる。断片的に聞こえてくる単語から、どうやらミエルちゃんらしき少女と、共にいなくなったポニータ、ジグザグマもそこにいる事が分かる。

「当たり、ですね」

「うむ、そのようだ」

 相手の規模は分からないが、これは明らかな誘拐事件で、かつ凶悪犯罪であることに相違はない。そこで、本部に取り急ぎ応援を要請するというソヨゴさんと一度別れ、私はしばらく倉庫の傍らでじっと息を潜める。それが、一旦ここを離れるという彼との約束、だったけれど。

 黒いマントのはためく背中が見えなくなったあと、私は意を決して、亀裂になんとか身体を潜り込ませ、倉庫内に忍び込んだ。

 

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