夜間当直で一人留守番していた夕張のもとに訪れる、小さな訪問者。

朝日の昇る頃に(https://syosetu.org/novel/155610/)のサイドストーリーです。本編とはほとんど関係ないので、読まれてなくても問題ありません。

pixivで投稿したものの転載です。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8418145

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夕張の夜

 

「夕張さん、すこし出てきますので、留守番よろしくお願いします」

 

 草木も眠る夜深く、そう言って神通さんは部屋を出ていった。

 

 扉が閉じられてから、しばらく聞こえていた忙しない足音もすぐになくなって、しんと静まり返る。一人残された室内を見回して、わたしは肩を落とした。特別一人が怖いとか寂しいとかいうことではないけれど、今日のわたしは夜間当直。まだあと四、五時間はここにいなくちゃいけないのだ。二人いれば交互に仮眠を取ることだってできるけど、一人では無理だ。うっかり眠ってしまっても起こしてくれる人もいない。

 

 手に持ったマグカップが空になったことに気がついて、ソファから立ち上がった。とにかく、神通さんが帰ってくるまで居眠りするわけにはいかない。部屋の隅のコーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注ぐ。ちょうどコーヒーメーカーのポットも空になったので、新しいコーヒーを淹れる。気持ち豆を多めにした。

 

 ソファに戻ってマグカップに口をつけながら、本を開いた。宿直室にはコーヒーメーカーの他、冷蔵庫やレンジ、ガスコンロなんかもあるし、大きめのソファもあって居心地はいい。

 

「それにしても」

 

 さっきのはなんだったんだろう。突然駆逐艦の子たちがやってきたと思ったら、艤装を使いたいと言う。夜間はわたしたち宿直艦が艦隊の指揮権を持つから、許可を得るのにここにくるのは間違っていない。だけど普通に考えたら許可なんてできるわけがない。こんな真夜中に、敵襲があるわけでもないのに。

 

 でもその子たちは妙に鬼気迫るものがあったらしくて、結局わたしと同じ当直艦の神通さんが引き連れて行ってしまった。なんとなく面倒な感じがして、半ば彼女に押し付けたようなものだけど。

 

「そういえば駆逐棲姫が近海にいるって」

 

 昨日の朝、そういう通達があったのが頭をよぎる。一日中偵察機が飛んでいて、空母や艦載機持ちの巡洋艦が忙しそうにしていた。

 

「大丈夫かな」

 

 お風呂で会った由良から聞いた話では、鎮守府中の偵察機をかき集めて飛ばしたものの、結局駆逐棲姫の姿は確認できなかったらしい。ただの見間違いだったのか、それとも海の底に隠れているだけなのか。前者ならいいけど、後者だといつかどこかで会敵するやもしれない。今まさに出ていった神通さんたちにもその可能性がある。

 

 もっとも、みんな百戦錬磨の艦娘たち。駆逐棲姫一隻くらいなら、それほど心配することもないのだろうけど。

 

 思考を中断して、再び読書に集中しようとした矢先、扉をノックする音が聞こえた気がした。まさかの今日二回目。一瞬、神通さんが戻ってきたのかと思ったけど、いくらなんでも早すぎるし、もしそうならノックなんかしないで入ってくるはず。

 

 聞き間違いかもしれないと、しばらく耳を澄ましていると、また控えめにコンコンと扉を叩く音がした。わたしは本とマグカップをテーブルの上に置いて、扉に向かった。普段の夜間当直なんて、見回りと戸締まり点検したらあとはほとんどすることなんてないのに、なんで今日に限ってこんなに人が来るんだろう。

 

「はーい、誰ですか」

 

 さっき騒いでいた川内さんかな、と考えながら扉を開けたわたしの予想は大きく外れ、そこには意外な子が立っていた。

 

「あ、夕張さん、こんばんは……」

 

「五月雨ちゃん⁉︎ ど、どうしたの、こんな遅くに」

 

 川内さんのつもりで出たから、思ったより下に顔があってびっくり。さらに五月雨ちゃんで二度びっくり。どうして今夜はこんなに駆逐艦の子がくるのか。

 

「えっと、たまたま目が覚めちゃって、そうしたら外から足音が聞こえて。それで、気になってこっそり後を追いかけたら、ここに」

 

 十中八九さっきの子たちの足音だろう。慌てて出てきたからなのか、五月雨ちゃんは制服こそ着ているものの、いつものグローブとソックスは着けていなかった。

 

「そう……あれ、でも、ならなんで追いかけなかったの? 神通さんと一緒に行っちゃったけど」

 

「追いかけようかとも思ったんですけど、川内さんに見つかっちゃって、夕張さんが一人残ってるって教えてくれて」

 

 それはつまり、わたしがいるから、あの子たちを追いかけずに、宿直室を訪れたということかしら。そうだとしたら嬉しいのだけど、くすぐったくてなんて言えばいいのかわからない。

 

 川内さんもなんだってわざわざそんなことを。

 

「あ、え、そう、なんだ……と、とりあえず中入る?」

 

 思わず言ってしまったけど、よく考えると部屋に戻って寝るように言うのが当直艦としては正しい対応なんだろう。でも、

 

「いいんですか?」

 

 それまですこし困ったような顔をしていた五月雨ちゃんが、パッと明るい表情になった。こんな顔を見せられて、今更追い返すわけにもいかなかった。

 

 まあ、もうすでにイレギュラーな事態が一件起きているから、これくらいのことは大目に見てもらいたい。

 

「お邪魔します」

 

 どことなく五月雨ちゃんの声が弾んでいる気がした。五月雨ちゃんのきれいな長い髪の毛が揺れている。駆逐艦の子は当直がないから、普段入ることのない宿直室に入れるのが嬉しいのかもしれない。

 

「適当に座ってね」

 

「はいっ」

 

 他にも長いのと一人がけのソファとがあるのに、五月雨ちゃんはわたしが座っていたのと同じソファに腰をかけた。

 

 たぶん深く考えずに座ったんだろう。すぐそばのテーブルの上に、わたしのマグカップと本があるのに気がついて、しまったというような顔をしていた。

 

 五月雨ちゃんはすぐ思っていることが顔に出るから、見ていて楽しい。

 

「あ、五月雨ちゃんもなにか飲む? と言ってもあんまりレパートリーないんだけど」

 

 コーヒーと紅茶、緑茶、あとは冷蔵庫にラムネが入ってたか。どれもあまり深夜に飲むものじゃない。

 

「じゃあ、夕張さんと同じのを」

 

「え、コーヒーだけど、いい?」

 

 一瞬、五月雨ちゃんの眉が下がるのが見えた。でもすぐに、

 

「大丈夫です!」

 

「そう?」

 

 五月雨ちゃんの必死な顔がおかしくて、内心笑ってしまう。

 

 コーヒーメーカーはさっきセットしたばかりだったけど、一杯分くらいはできていた。食器棚からマグカップを取り出して注ぐ。そしてそこにミルクとお砂糖をたっぷりと。

 

「はいどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 五月雨ちゃんの前にカップを置いて、わたしもソファに腰を下ろした。わざわざ避けるのも変なので、五月雨ちゃんの隣に。

 

 横目で五月雨ちゃんの方をうかがうと、マグカップを手に取って、おそるおそる口をつけているところだった。すこしすすってみたところで、それまで眉間にしわを寄せていたのが緩んだのが見えた。どうやら、お口に合ったらしい。

 

 それからしばし、部屋の中はお互いにコーヒーを飲む音だけが聞こえていた。

 

 なんとなく気まずい。なにか話すべきなのかもしれないけど、こんな深夜にどんな話をすればいいのだろう。

 

 別に五月雨ちゃんと仲が悪いわけじゃない。むしろ仲は良いと思ってる。五月雨ちゃんはわたしのことを慕ってくれているし、そんな五月雨ちゃんを、わたしは妹のような存在だと思っている。現に五月雨ちゃんはわたしがいるからと、ここを訪ねて来たのだし。

 

 最近は出撃も減って、会う機会もあまりなかった。以前は工廠で機械いじりしているところに、五月雨ちゃんが遊びにきたりもしたけれど、資材不足でこのところはあまり工廠にも行っていない。

 

 そんなわけで、久しぶりに会ったからか、妙に緊張していた。

 

「あ、あの、夕張さん」

 

「ひゃい!」

 

まさか五月雨ちゃんの方から話しかけられると思っていなくて、変な声が出た。ごまかすために軽く咳払いをする。

 

「な、なあに?」

 

 ごまかしきれるとは思えないけれど、なるべく平静を保ちつつ、五月雨ちゃんの方を向く。当の五月雨ちゃんは気にしていないのか、気を遣ってくれているのか、わたしの顔じゃなく、手元に目を向けていた。

 

「なに読んでるんですか?」

 

 五月雨ちゃんが見ていたのは、わたしの持っている本。手に取ったはいいものの、五月雨ちゃんを無視して読むわけにもいかずに、扱いあぐねていたところだった。

 

「これ? これね……えっと」

 

 話題ができたのは嬉しいのだけど、『材料力学』なんて色気のかけらもない本を持っている自分に気づく。さすがにこれを見せて「五月雨ちゃんも読む?」なんて言えない。

 

 ちらっと五月雨ちゃんの方を見ると、期待に満ちた目で見つめ返された。そんなきれいな瞳で見られても、きっとご期待には添えないと思うけれど、いかがわしいものではないことを証明するために、本の表紙を五月雨ちゃんに向けて見せた。

 

 流行りの小説なんかじゃなくてごめんなさい。

 

「……お勉強ですか?」

 

 さっきとは変わって、ぽかんとした顔で表紙を見ている五月雨ちゃんだけど、題字からきっとなにかの専門書らしいことはわかったんだと思う。

 

「まあ、そんなとこかしら」

 

「夕張さん、勉強熱心なんですね! さすがです!」

 

 五月雨ちゃんの目が急激にきらきらと輝き出す。本を読んでいただけでこんなに褒められるなんて、照れ臭いやら恥ずかしいやら。

 

 本当は部屋にあった本を適当に持ってきて、読み返していただけなんだけど。

 

「そ、それより五月雨ちゃん、寝なくても大丈夫なの?」

 

 きらっきらした尊敬の眼差しに、いたたまれなくなって話題を逸らす。

 

「はい、明日はお休みですし。それに、すっかり目が覚めちゃって」

 

「そう? ならいいのだけど。眠くなったらいつでも部屋に戻っていいからね」

 

 そう言うと、五月雨ちゃんはすこし寂しそうに「はい」と答えた。

 

 もしかしたら、早く帰るように促してると思われただろうか。そんなつもりは全くないのに。

 

「あ、そうだ五月雨ちゃん、なにかゲームでもする?」

 

 慌ててわたしは立ち上がって、棚からトランプを取り出して見せた。

 

「え、でも遊んでいいんですか?」

 

「いいのいいの、どうせほとんどすることないんだし」

 

 もちろん、勤務中だからほんとはダメだろうけど、わりとみんな暇を持て余して遊んでる。

 

「なにがいいかな? 花札なんかもあるけど」

 

 トランプの他にもあちらこちらから様々なゲームが出てくる。囲碁、将棋、オセロ、バックギャモン、ジェンガ、ドイツ語のボードゲーム——みな当直になった子が持ってきて、そのまま置きっ放しになっているものだった。

 

「あ、海戦ゲームもあるよ」

 

 古びたよれよれの紙箱。たしか最初に持ち込まれたのがこれだったと聞く。見つかっても「兵棋(へいぎ)演習です」と言ってごまかせるから、だとか。

 

「それ、やってみたいです」

 

「オッケー」

 

 やっぱり艦娘だからか、こういうゲームには興味があるみたい。箱をテーブルの上に置いて、中を取り出す。

 

 中からさらに箱が二つ出てくるのを、五月雨ちゃんは物珍しそうに見ていた。

 

「五月雨ちゃん、これやったことない?」

 

「はい、初めて見ました」

 

「でも、紙と鉛筆でやったことない? マス目書いて、お互いに攻撃し合うやつ」

 

 艦娘なら大体やったことがあると思ってたけれど、五月雨ちゃんはぷるぷると首を横に振った。駆逐艦の間では流行らないんだろうか。

 

「じゃあ教えてあげる。この小さいのが(ふね)ね。これを好きなところに置いて——」

 

 ルールを説明している間、五月雨ちゃんはすごく真剣な顔をして聞いていた。ゲームなんだから、もうすこし肩の力を抜いてもいいのに。

 

 でもそんなところが、五月雨ちゃんらしい。

 

 

 手加減したものの、途中からどうにも熱くなっちゃって、何回やってもわたしが勝ってしまった。

 

 五月雨ちゃんはその度悔しがったけれど、すぐに「夕張さん強いですね!」と、満面の笑顔を浮かべていた。

 

 ゲームをしている間も、攻撃を受ければ「ああっ!」と声をあげ、攻撃が命中すれば「やった!」と一喜一憂して、忙しく表情を変えた。

 

 それを見てわたしがくすくすと笑うと、ゲームの腕を笑われたと思ったのか、ぷくっと頰を膨らませて「むーっ」と唸る。それがかえって、わたしの笑いを余計に誘うのだった。

 

 そして、その五月雨ちゃんは今、ソファの上に横になって、静かな寝息を立てている。

 

 白熱して疲れたので休憩しようという話になり、わたしがお手洗いに行って帰ってきたら、こうなっていた。

 

 一人にしちゃまずいと急いで戻ってきたから、ほんの数分の間に眠りに落ちてしまったということだ。はしゃいだ疲れで一気に眠気が来たのかもしれない。時間も時間だし仕方がない。

 

 ただ、

 

「どうしよう……」

 

 このままここで寝かせといていいのだろうか。部屋に帰らせた方がいいんじゃないか。でもぐっすり眠ってるし、起こすのもかわいそうだ。ならわたしが部屋まで抱きかかえて行くか。

 

「……やめとこう」

 

 そんなことしたら、白露型のみんなからあらぬ疑いをかけられてしまいそう。せめて仮眠室に連れて行こうかとも思ったけれど、それはそれで神通さんが帰って来たらどう思われるか。

 

 すぐ起きるかもしれないし、とりあえず毛布を持ってきて掛けてあげた。

 

「ふふ、気持ちよさそう」

 

 なんとなく、ソファの前にしゃがみ込んで五月雨ちゃんの顔を眺めてみる。遊んでそのまま眠ったからか、すごく幸せそうな顔をしていた。

 

 頰がほんのり赤い。無意識に手が伸びて、その柔らかそうな頰に指を当てていた。

 

「ほわあぁっ……」

 

 マシュマロみたいに、指はわずかな抵抗しか受けずに沈み込む。肌もすべすべなめらかで、触り心地がこの上ない。

 

「んんっ」

 

 調子に乗ってつついていたからか、五月雨ちゃんが小さく呻いた。はっとして、わたしは素早く手を引いた。幸い五月雨ちゃんは目を覚まさなかった。

 

「わたしってばなにやってんの」

 

 冷静に自分の行為を思い返して、急に恥ずかしくなった。誰も見てなくてよかった。他に人がいたら、さすがにやらないとは思うけれど。

 

 もう一度五月雨ちゃんに目を向ける。相変わらず、気持ち良さそうに眠っていた。いったいどんな夢を見ているんだろう。

 

 五月雨ちゃんの寝顔を見ていると、なんだか幸せな気持ちになる。

 

 それに限らず、五月雨ちゃんの笑顔や、仕草、その一つ一つが、胸をきゅっと締め付けて熱くさせる。

 

 どうしてだろう。この心がふわっと浮き上がるような感覚を引き起こす原因はなんだろう。こういうのを、なんと言うんだったかしら。

 

 ゆっくりと、静かにソファに座る。目を下ろせばすぐに五月雨ちゃんの寝顔。まぶたにかかった前髪を、指で軽く避けてあげる。

 

「かわいい寝顔」

 

 ぽつりと自分の口から溢れた言葉に、わたしははっとした。

 

 ああそうか。今の今までどうして出てこなかったのか。それはとても単純で、簡単なことだった。

 

 五月雨ちゃんは、かわいいんだ。


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