アタシの目の前にふわふわもこもこの塊がある。
この圧倒的毛量の塊ガールは神谷奈緒さんというらしい。
アタシのPさんから聞いた話だと、ユニットとして売り出す為に、一緒にレッスンをして親交を深めてこいって事だった。
アタシの1つ年上だから、くれぐれも失礼のないようにとのことだったけど…
「アタシ、北条加蓮。16歳で高校一年生なんだ。初めまして、これからよろしくね?神谷さん。髪の毛モフモフしていい?」
「ええええぇッ!?な、なんでだよおぉぉ!!や、やめろ、さ~わ〜る〜な~よォ〜ッ!」
こんなに可愛いのにいじらないなんて無理だよね?
驚きでまん丸になってるクリクリの目を、こちらに向けながら叫んでる奈緒ちゃんには悪いけど…
奈緒ちゃんったらすっごくいい匂いで柔らかそうでもう我慢できない!
「ね、奈緒ちゃんって呼んでいい?かっわいいーあったか~い!」
「う、うわああああぁ!す、スリスリするなぁッ!!ちゃん付けもやめろぉ〜!」
「じゃあ奈緒って呼ぶね?これからよろしく、なーお♡」
「な、なんなんだよっ…もおぉ!!」
初対面でモフモフもスリスリもしちゃっていじり倒しちゃったけど、奈緒が可愛すぎるから仕方ないよね?
形の良い太眉が眉間にぎゅっと寄っちゃってる…けど
すっごくいい表情してるっ!まさにいじられる為に産まれてきたかのような天使の表情だよぉ〜。
奈緒に埋もれてモフモフを堪能してたら、どうやらレッスンの時間になってたみたいで、いきなりトレーナーさんに怒られちゃったけど、こっちを涙目で睨んでくる奈緒は可愛かったし、結果オーライかなー。
奈緒との自己紹介の後、じゃれ合って()レッスンに遅れたアタシと奈緒はトレーナーさんに正座させられて説教されていた。
「お前ら、合同レッスンの初日から遅れてくるとはいい度胸だな…。」
遅刻の原因は奈緒をツンツンしたりモフモフしたりして、いじり倒したアタシに9割(1割は奈緒の可愛さかなー?)原因があるんだけど、年長者って事といつもしっかりしてるはずの奈緒が遅れたって事でアタシより責められてるみたい。
トレーナーさんは奈緒のことをガッツリ見てる…。
「う、…うぅ…。す、スイマセン…。」
しょんぼりして元気の無い奈緒を見てると罪悪感で居た堪れない気持ち…。心なしか奈緒のもふもふの影が小さくなってるような気がする。ちゃんとトレーナーさんに私が全面的に悪かったことを伝えなきゃ…。
「あの、すいません。奈緒じゃなくてアタシが悪いんです。奈緒を堪能してたら「なっ…おいッ!」時間を忘れてしまって…気がついたらレッスンの時間を過ぎてました。本当にすいません。」
「…そうか、じゃあ北条。お前は残って追加レッスンを受けてもらう。神谷はこのレッスンが終わったら帰ってもいいぞ。」
うーん、ちょっと調子乗っちゃったから仕方ないか。奈緒も私のとばっちり受けて可愛そうだったかな。あとで謝ろう。
「た、確かに…北条……さんがアタシをからかってきたから遅れたのは事実だけど…。で、でも止めなかったあたしも…悪かったと思うから、その、残って一緒にレッスンします。」
アタシが一人で反省してたら、さっきと打って変わってシュンとしたのを見て、何か思うところが有ったのか自分も残ってレッスンするとトレーナーさんに告げてくれた。
奈緒ってすっごく優しいな。
いじられてた時のアタフタした表情から一変して、意思の強さを感じさせるキリッとした表情がとても頼もしく見えた。
「そうか。早速仲良く慣れたのはいいことだが、私は手を抜かないからな。このレッスン場が閉まるまでみっちり稽古をつけてやろう。」
「そ、そんなぁ…!やっぱり居残り付き合うなんて言わなかった方が良かったかも……。」
前言撤回。やっぱり奈緒は頼れるお姉さんキャラなんかじゃなくて、からかわれてアタフタしてる顔が似合うポンコツキャラかなぁ。
「そういえば、奈緒もアタシのこと名前で呼んでよ。加蓮って。」
「え゛!?えっと…いいのか?その……か、かか、加蓮……だぁッ!な、なんだこれすっごく恥ずかしいッ!」
「ふふっ…奈緒ったら、かーわいっ!」
奈緒と一緒にトレーナーさんに扱かれてヘトヘトになった私は、自分で帰れると何度も伝えているのに絶対に迎えに来ようとするプロデューサーさんに根負けして、結局迎えに来てもらうことになっていた。
奈緒のプロデューサーさんは放任主義…とまではいかないけど特に迎えに来てもらうように呼び出しをしなければ、レッスン後の時間は自由にさせているらしい。
アイドルを目指し始めてからしばらく経って人並みには体力がついてきたから、並大抵のことじゃ倒れないとは思うけど、プロデューサーさんにはまだまだアタシは心配に映るみたい。
いじりがいのある相方も帰っちゃったし、トレーナーさんはレッスン場の後片付けと整備をしてくれているからいま事務所にはアタシ一人しかいない。
プロデューサーさんの机の上にある茶封筒が気になって開けてしまっても、今ならバレないしもし見つかっちゃっても数日後にはアタシに報告するんだからそんな怒られないよね?と言い訳をして封筒の中の書類を取り出した。
果たしてその封筒の中から出てきたのはアタシのを含めて三枚の履歴書だった。
「ユニット案2?」
三枚の履歴書をまとめたクリップには付箋が挟まれていて、そこにはアタシと奈緒が渋谷凛ちゃんとユニットを組む企画の概要が書かれていた。
もしかしたらあたしを迎えに来たときにサプライズみたいに、トリオユニットだったことを発表するつもりだったのかな?
アタシを驚かせるつもりだったんだろうけどツメが甘いね。
「お~い!かれーん?迎えに来たぞ〜…あっ!?お前それ見つけちゃったのかぁ!」
履歴書を眺めているとプロデューサーさんが帰ってきたみたいだ。アタシが勝手に封筒を開けちゃったことは怒ってないみたい。どちらかというと自分の企みが頓挫したことを知って残念という感じが強いかな。
なんにしてもプロデューサーの企てを未然に防いだのはちょっと気分がいいかも。いっつも驚かせようとしてくるのは退屈しないけどやられっぱなしじゃ面白くないし。
「あ〜…それ見たから大体分かってるんだろうけど、お前がユニットを組むのは今日一緒にレッスンをしてもらった神谷さんと、渋谷さんだ。」
「なるほどね~。なんで今日のレッスンは渋谷さんと合同じゃなかったの?」
「それなんだが、渋谷さんはこの企画以外のグループでも活動していて今日はそっちの方で撮影があったんだ。せっかくだし加蓮には秘密にしておいて帰ってきてからサプライズ気味に伝えようと思ったんだけど、」
「アタシが先に見つけちゃったってことね。」
「そうだな。そういえば、神谷さんとのレッスンはうまく行ったのか?」
「あぁ、うん。一緒にレッスンしてそこそこ気安くなったと思うよ?お互い名前で呼ぶようになったし。」
なったというかそうさせたんだけど。
「そうか、もともと心配はしてなかったけどその様子なら大丈夫そうだな。神谷さんはあまり素直に本心を話す方じゃないからなんかあればお前が汲んでやれよ。」
「りょーかい。やっぱりそうなんだ~。奈緒ってツンデレっぽいって思ったんだよねー。」
「ツンデレって…。まぁ言いようによってはそうなるけどな。…とにかく、二人の相性が悪くないなら良かった。俺はトレーナーさんにレッスンの内容聞いてくるから先に車乗っといてくれ。」
ゲッ、レッスンに遅刻したの伝えられちゃうかも…。何とかバレませんように…神様仏様トレーナー様!