転生者はアイドルキチ 作:しゅがー
アイドルという言葉をご存知だろうか。
「偶像」「崇拝される人や物」「あこがれの的」「熱狂的なファンをもつ人」を意味する英語(idol)に由来し、文化に応じて様々に定義される語である。
一般的には歌って踊るライブの主役だったり、バラエティ番組に出演するゲストだったり、果てには映画に出演したりと、活躍の場は多岐に渡る。
何故急にこんな話をしたのかというと、答えは簡単で。
私がアイドルキチだからに他ならない。
◇ ◇ ◇ ◇
突然だが、私はアイドルが大好きだ。
可愛くて美しくて、それこそ見ているだけで浄化されそうな、そんな存在。
ライブに握手会にリリイベ。彼女たちの追っかけを、齢四十を過ぎても続けるくらいには、私はアイドルという存在を愛している。
私は数々の望みを叶えてきた。
推しの1stライブへの参加や、サイン会で直に応援の言葉を送ったり、果ては引退ライブの最前列を勝ち取ったり。
アイドルオタクとして生きてきた二十年余り。
数々の推しアイドルの始まりと終わりを見てきた。
目に入れても痛くないとはよく言うが、まさしくそれ。
私のアイドル愛は成層圏を突き破り、果ては天元すら突破した。そんな、自他ともに認めるアイドルキチ。
しかしある時、私はそれすら超越した。
アイドルオタクを拗らせた私は、何時しかこんな望みを持つようになっていた。
------私自身がアイドルになりたい。
うん、我ながら気持ち悪い。
だがしかし、私は本気である。本気でこの願いを叶えたいと努力し、しかし未だにその願いは果たせずにいる。
それも当然と言えば当然だ。
まず第一に、私は男である。これは赤ちゃん手帳にも書いてあったので間違いない。男性アイドルというのもいるが、私が目指すのは女性アイドル。この時点で物理的に不可能だということは誰の目から見ても明らかだ。
そして第二に、顔が悪い。アイドルに必要な華がない。整形などをすれば可能性も無くはないが、それも金銭面的な点から現実的ではない。
そして最後に、私は齢40過ぎのおっさんである。体もそんなに動かないし、少し走るだけで翌日には筋肉痛になってしまうほどのか弱いおじさんなのだ。
これだけ要素が揃えば、もう見込みはない。
私、絶望。
どうして私は女性じゃないのか。
せめてイケメンならワンチャンあったというのに、それすらも無い。
人生に絶望し、自分自身に失望した、その時。
天啓とも言える閃きが舞い降りた。
------転生して美少女になればいいんじゃね?
我ながら神がかったアイデアだ。
きっと私以外、思い付く人はいないだろう。
ただ不安点もある。
果たして本当に、転生出来るのかということ。
外せばそれで、人生終了。リアルなゲームオーバー。
もう推しに会えることも無くなるだろう。
そうした諸々の事情を天秤にかけ、私は決断した。
人生に、さよならバイバイした。
◇ ◇ ◇ ◇
何とかなるものである。
十歳になった私は、鏡を見て頷いた。
そこにいたのは、完全無欠の美少女ちゃん。
美しい黒髪に、意思の強そうな赤みがかった瞳。そして何より、彫刻のように整った顔立ち。
というか、どこから見ても霊夢ちゃんだった。
博麗霊夢。
東方projectに登場する素敵な巫女様。
スペックは作中トップであり、妖怪相手に殴り勝つレベルの人外だ。
歴代最高とまで言われたそのスペックを、私は手に入れた。
もちろん、この体は女の子である。
これで、外見も性別もクリアしたというわけだ。
恵まれた才能に、恵まれた容姿。
あとはそれを磨くだけ。
そんなわけで、私は四年ほど前からアイドルになるための特訓を始めている。
顔と才能だけでなれる程、アイドルは甘くないのだ。
「母さん、少し走ってくる」
玄関から声をかければ、母が居間に続く扉から顔を出した。
美少女の母親というだけあって、こちらもかなりの美女。片手に持ったお玉が可愛らしい。
我が母親ながら恐ろしい程の美貌である。
「今日も? 頑張るわねぇ」
のほほんと、母は言う。
少し抜けたところのある彼女だが、それが逆に助かっていたりする。
まあ普通に考えて、五歳くらいから毎日走り込みをしている子供も珍しいし。
最初は身の振り方に迷ったものだ
年相応って大事だと思うし。
そういった意味では、母の性格はありがたい。さすがに多少は繕っているが、精神年齢が成人である私を普通に受け入れてくれているのだ。
どうやら私は、家庭にも恵まれたらしい。
「怪我はしないようにね?」
「ん、行ってくる」
母の言葉を背に、ひんやりした空気に満ちた外へ。
春特有の肌寒さを噛み締めながら、軽くストレッチ。
怪我とかの防止にもなるし、これが意外と大切なのだ。
一通り体を解したら、そこからは本題のランニング。
一口にランニングと言っても、目的によって意識することは変わってくる。
例えばダイエットの場合は、長時間の走り込み。体力づくりの場合は、逆に時間よりも走る速度を意識する必要がある。量と質の比重がそれぞれ異なるのだ。
そして私の場合は両方。
つまり、全力疾走を長時間続ける、が正解だ。
「よしっ」
息を大きく吸って、一瞬でトップギアに。
元より高スペックな霊夢ちゃんボディに加え、長年に渡る走り込みのおかげで、私の走る速度は同年代の子のソレを軽く超える。
流れる視界を気にも留めず、ただひたすらダッシュ&ダッシュ。軽く人間の限界を超えている気もするが、それはそれ。
全ては、私の夢を叶えるがために。
今日も私は風になる。
◇ ◇ ◇ ◇
転生者といえでも、義務教育からは逃れられない。
日課のランニングを終えた私は、人生二度目となる小学校に来ていた。
まさかランドセルをもう一度背負うことになるとは。思いもしなかったことである。真っ赤なランドセルを背負い直し、私は重たい溜息を吐く。
正直、学校って苦手だ。
元よりコミュ障であり、未だ友人はゼロ。
学校で時間を潰す手段と言えば、ライトノベルを見漁るくらい。我ながら、清々しいほどのコミュ障具合である。転生しようと、そうした根本は変わらないようだ。
「……家に帰ってゲームしたい」
いっそ、今から帰ってやろうか。
そんな考えが頭を過る。しかし、その辺りは厳格な母のことだ。強制送還されるに決まっている。無駄なことはしない(ただし好きな事は除く)が、私の信条だ。
というわけで、諦めて歩行を再開することに。
クラスを確認するために掲示板へ向かう。
ただ当然、他にも同級生が大勢いるわけで。
あまりの人混みに、またまた溜息。コミュ障にこの人混みは辛い。
どうしようか数秒だけ迷って……
「もう直接教室いこ」
三年生の教室は、A棟の三階にある。
去年のを参考にするならクラスは全部で5クラスあり、全てがその階にあるはずだ。つまり確率は五分の一。
それくらいなら、勘でどうにかなるだろう。
方針を決めたため、人混みから背を向けてA棟へ向かう。
上靴に履き替えて三階へ。
数ある教室の中から勘に従って、3組を選んで中に入る。
黒板には座席表が貼ってあり、確認すると案の定。
「……ビンゴ」
我ながら、何という勘の良さ。流石は博霊麗夢の体である。
さらに席も窓際の一番後ろ。ベストプレイスを勝ち取った私は、少しテンションを上げて席へ向かう。
……当然、知り合いの名前はなかった。
というかそもそも、知り合いなんていないのだからあるはずがないのだが。
椅子に座って、ホームルームが始まるまでラノベを読むことに。
聞こえてくる楽しそうな話声から逃げるように、無心で文字を追う。
ラノベおもしろーい(棒)なんて、哀れなコミュ障をすること数分。
チャイムが鳴り、クラスメイトたちが続々と教室に返って来た。
私もラノベをランドセルに仕舞い、教師が来るのを待つ。
そんなに掛からずに、教室の扉が開いた。
「おーっす、全員席についてるかー」
入って来たのは、眼鏡をかけた男性教師。
気の入っていない顔つきで、声にも覇気がない。
やる気の無さそうな教師だなぁ。
そんなことを考えていると、突然の大歓声。
教師の顔を確認したクラスメイトのものだ。
「おっしゃ野崎先生だ!」
「やったぜ!」
「神引きした!!」
男女問わず溢れるその歓声に、思わず肩が震えあがる。
え、なにごと!?
意味が分からず呆然とする私を他所に、尚も盛り上がる名も知らぬクラスメイトたち。
よほど有名な教師なのか。しかし、野崎なんて知らぬ名前だ。一体どういう教師なのだろう。
よく分からないけど、優しい人だといいなぁ……。
このテンションについていけない哀れなオタクは、そう考えることしか出来なかったのである。悲しいね。
「静まれ静まれ。始業式の前に、俺の自己紹介とホームルーム始めるぞー」
そこでふと、野崎先生は手を止めた。
視線は私の席の横。主のいない席に向けられている。
遅刻かなーなんて思っていたら、先生は衝撃的な名前を口にした。
「なんだ、一ノ瀬はまたいないのか」
ん? いまなんて?
いちのせ、イチノセ、一ノ瀬?
それって失踪癖で有名な、あの一ノ瀬?
急いで黒板の座席表を見る。
小さい文字だが、それでも私の視力ならハッキリと識別可能だ。
私の席があるだろう位置には、私のフルネームである越塚麗夢の文字。そしてその隣、件の席には一ノ瀬志希という文字が。
私、呆然。
「……うっそだぁ」
一ノ瀬志希。
この学校で最も有名と言っても過言ではない少女。
度重なる失踪と、反比例するように優秀な成績。噂によると、すでに高校レベルの知識を有しているとか。
学校一の問題児であり、学校一の美人ちゃん。
そんな、歩くフィクションが私の隣に……
「……やっぱり帰りたい」
コミュ障の私にとって、そんな子が隣に座っているというだけでストレスがマッハ。
円形脱毛症には気を付けないとなぁ……。
これからを憂い、私は静かに涙を流した。