その後、保科は1週間たっても学校に現れることはなかった。それからも定期的に海道と仮屋は保科の家を訪ねたが、あの日以降常に追い出されるようになった。
「なあ、そろそろオレたちが行ったところでもう厳しそうだな」
「そうだね…あの様子だと、もう行ったところで何も…」
実はこのとき、仮屋の頭の中にはある疑念が生まれていた。保科が引きこもるようになったタイミングと、私が魔女の契約をしたタイミング。そのどちらもが完全に一致している。もしかして、自分の契約が…いや、基本的に代償は契約者が支払うものだ。仮屋はそういう疑念を振り払うように影では魔女としてカケラ集めに勤しんでいた。
しかし、学校にはもうひとりの魔女がいることを忘れてはならなかった。
数日後、友達から持ちかけられたちょっとした相談に乗り、無事解決したところでカケラを回収しようと返信したその瞬間、影からハンマーを持った人影が現れ、瞬時に自身のカケラを奪っていった。さらに、上空からカラスが突然襲いかかってくる。
「ちょっと、今の様子見ていた?」
「あれは僕がしらない魔女だね。仕方ない、和奏さんは魔女を追いかけて、僕は契約元のアルプを見つけてくる。おおかたあのカラスだろう」
そういうなり、物陰から犬が現れ、上空のカラスに襲いかかる。仮屋は謎の魔女を追いかけ、気付いたら袋小路にいた。
「か、覚悟しなさい、あたしのカケラ返しなさいよ!」
「…もしかして、その声は」
「あっ、やっぱり」
影になって顔まではきちんと見えなかったが、その声には聞き覚えがある。そう、同じクラスの椎葉紬だ。代償の例で一瞬引っかかったが、やはり。
「まったく、君たち人間は面倒だなぁ」
「う、うるさい。あっちのテリトリーで勝手に好き勝手しおって」
「この状況で、まだそんな口がきけるの」
「ぐっ…あああああああ!」
「アカギ!」
椎葉が叫ぶ。アカギとは椎葉のアルプ、ということだろうか。それを私と契約したアツシがつかまえている、という状況が容易に想像できる。
「まったく、最近なんか視線を感じると思ったらこういうことだったのか」
「ちょ、ちょっと、アツシ、それはやりすぎ!」
「やりすぎって、襲いかかってきたのはあいつらじゃないか」
確かに、もともと仕掛けてきたのはアカギと椎葉の方だ。だがここで争ってもなにかいい結果を生むことはできるのだろうか。
「ちょっと、ここはアカギのテリトリーじゃなくて私のテリトリーって話したばかりじゃないかな」
「ん、まさか新しいアルプの反応か」
「そう、まあ私も、従業員から突然魔法の香りを感じたときにちょっと探りをいれさせてもらっててね」
そこに立っていたのはオーナー…ではない、相馬七緒だった。
「オーナー、どうして」
「なに、どうも君から最近魔法の気配を感じ取っててね。大方どこかほっつき歩いている野良アルプと契約したんだろうとは思っていたけど、ちょっと泳がしておくことにしたのさ。君ならそんな強引な手口でカケラ集めをしようとするとは思ってないからね」
相馬から信用されていた、とも言えるし同時に釣り餌にされていたとも言える。いきなりアルプ三人、魔女二人が相対するこの状況に、仮屋をはじめとした全員が混乱している。
「さて、実のところ、私は争いに来たつもりはないのだよ。だって、私からしたら他のアルプ同士の抗争を止めるメリットなんてないからね。」
「ならどうしてここに来た」
「おや、アカギがここまで簡単に捕まってるのは珍しいねぇ。さてはそこの…アツシと言ったかな、君はアルプ化してからまだ日が経っていないから人の感情なんてものも理解できないのか」
アルプは心のカケラから人の感情を理解する。つまり、集めたカケラが少ないアルプは人としての感性ではなく獣としての感性で生きていることになる。
「それは僕に対する挑戦状、ってことでいいのかな」
「おやおや、喧嘩っ早いねぇ。私はこの世界では誰とも契約してないから争うメリットなんてない、ってさっき言ったはずだが?」
「なら、さっさと帰ったらどうなんだ」
「帰る前に、少しだけ忠告しておきたいのさ。仮屋さん、ちょっと君にはつらい事実だけど、きちんと聞いてくれるね?」
突然、相馬は仮屋に向き直る。仮屋も向き直し、ゆっくり唾を飲み込む。オーナーがこんなに緊張した面持ちで話しかけてくることはめったにない。そのことを理解しているからなお、この後の話は相当大事なことが伝わってくる。
「仮屋さん、魔女の契約で君自身が代償を払っていないことにちょっとおかしさを感じたことはないかい?」
「…確かに、なぜあたしだけ代償を払っていないのか、自分でもわかりません」
「実は、君の代償は保科くんが払っている状態なのだよ」
その場にいた全員が、その事実にうろたえる。アツシは知っていたような顔ぶりだが、そのアツシですら少しうろたえ、アカギを掴んでいた口元が緩む。その隙に飛びたてたアカギはゆっくりと距離を取りつつ、相馬の話に耳を傾ける。
「めったに無いことだが…君がもし、保科くんに関係する願いをかけて魔女になったのなら、ありえないことでもない。」
「……」
「ねぇ、仮屋さん。お願いだから本当の話をして」
「和奏さん、それを話す必要はないよ。君は君のためにカケラを集めていた。違わないよね」
「…あたしは、あたしは別に、こんなこと望んでいたわけじゃないのに…」
事実にうろたえ、涙が止まらない。その場にぺたりと座り込み、仮屋は泣き出した。
「…まあ、だいたい予想通りだった、というところか。詳しい内容まで聞きたいわけじゃないからこれでいいけれど、そうなったらアカギとアツシだっけ、案外協力関係になるのも悪くはないんじゃないかな」
「私も、カケラ集めの意味でもオカ研が元通りになってほしいし、何より私自身が、あの空間の居心地がよかった。アカギ、まずはそのためにカケラをつかっても、いいよね」
「…別に、あっちは最終的にカケラさえ集められればそれでいいのじゃ。その仮定は勝手にせい」
力でねじ伏せられた後ということもあってか、アカギは素直に椎葉からの提案に従う。
「ふーん、人ってのはよくわからないけど、まあ僕にとっても悪い話じゃないからいいか。そこのアルプ、ええと相馬七緒だったっけ。ちょっとは感謝するよ」
「別に、私は自分のテリトリーで無用な争いを起こしてほしくないだけだからね。正直いまの喫茶店経営も楽しいんだ。まあ、カケラ集めは気が向いたときでもいいぐらいにはもう集め終わってるからね。」