おはよう琲世   作:おんぐ

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アニメ六話見て衝動的に書きました。
他もあるので、後編で完結します。




 

 

 

 

 …僕は幸せな夢。

 なのに、いつの間にか、ほしがっていいって勘違いしてたんだ。

 

 だから、夢はもうーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 僕は椅子に腰掛けていた。

 椅子に背もたれはなく、少しだけクッションが利いている。足は浮いていて地面の感触は皆無だが、不思議と違和感はなく、すっぽりとハマったようなフィット感さえある。身じろぎすれば、身体が回る。足が後からついてくる。

 椅子は、ふらりと回った。

 下を見た。椅子の足が伸びているはずの空間には、何もなかった。

 周りの景色は全て同じというか、何もない。何もかもの存在感を感じられなかった。

 虚無が広がっていた。

 ただ、僕だけがぽつんとあった。

 と、そんな矢先。

 パッと唐突に、しかし最初からそこにあったかのように、僕が瞬きする一瞬の時間にそれはーーその絵は現れた。

 それはまるで、写真だった。写真のように精巧に描かれた絵。白黒写真なんて初めて見たかもしれない…。

 あ、これは絵だった。

 

 僕はその絵に見覚えがあった。

 それは、僕の目がさっきまで捉えていただろうモノだった。はっきりと断定できないけど。

 いまいち、自分自身を信用できない。ついさっきまで、僕は次から次へと押し寄せる灼熱の洪水に飲み込まれて、自分が何をしているか分からないままに動いていた。

 

 僕視点のモノだろうその絵は幸い、静止画であった。一向に動きはない。

 音もない。でもそれで良かった。自分の身体が壊れる音なんて聞きたくはない。

 

 パッと、絵が代わる。縁から縁まで支配しているのは、一人の女性の上半身。

 前の絵は、横にずれて霞のように消えていった。

 改めて見ると、綺麗な人だ。サラシを巻き付けた胸をーー上半身を隠すように、肉肉しい布を両手で手繰り寄せて、さげすむように笑った顔。表情のおぞましさと矮躯の儚さがある種の美を成立させていた。

 …確か、彼女は僕の名前を呼んでいたな。

 ーーああ、あんな綺麗な人が隻眼の梟だったなんて。

 

 また、代わった。映し出されていた絵は、また横にずらされて、スゥーっとその存在をなくした。

 

 

 

 追い詰められているのに、哀しそうに、けど懐かしそうに笑う月山家子息ーーこの後僕は右手を切り飛ばされた。

 

 ーーーーー

 

 僅かな肌色が映るぼやけた絵ーー何となくわかる。これは、アキラさんに抱きしめられた時のものだ。頭の中がドロドロになっていくのが、アキラさんの温もりを感じて、溢れ出す前にせき止められた。

 

 ーーーーー

 

 アップで映された、神妙な表情の不知くんの顔ーーこれは、ナッツクラッカーの件で悩んでいる時のかな。もうボウズにしてるし。…彼らは無事だろうか。ちゃんと連携は取れているだろうか。ううん、きっと大丈夫だ。

 

 それからも、次々と絵は流れていった。

 最も多く占めるのは、やっぱりーーシャトーでの生活風景。皆の顔。アキラさん、有馬さんの顔。そして…:reの店員さんの顔。やっぱりいいよなぁ…。

 

 ふと、真っ暗な、真っ黒に塗りつぶされた絵が現れた。

 なんでだろうと少しだけ考えて、思い至る。これの前の絵は、背を向けた有馬さんの姿だった。つまり時期的にーーそりゃ見えないよね。 

 瞳がなかったんだから。思い出すだけでも目の奥に痛みと不快感、それと虚無感が押し寄せる。

 でも、この時。僕は助けられていたんだ。激痛で頭がおかしくなりそうなのを通り越して、それこそ死を感じたその時に、場違いのように存在した温かくて柔らかな安心する心地。

 ああ、救われたんだなと思った。

 

 彼女はーーフエグチさんはどうなるのだろうか。僕を…カネキケンをお兄ちゃんと呼んだ彼女は…。

 

 

 気づけば、絵はまた別のものへと代わっていた。随分と考え込んでしまっていたみたいだ。今度の絵は、不知くんの女装姿…。

 

 ここまでくれば、流石に気づいた。

 これはもしや、いわゆる走馬灯と呼ぶべきものではないだろうかと。少し特別感があるけど。

 

 佐々木琲世という一個人が消えていく、その準備。もしくは神様から与えられた、最期のオマケのような時間。僕は黙ってーー懐かしみながらーーそれらを眺めていくことしかできない。

 

 遂に、終わりがやってきた。映し出されているのは、少し困ったようにも見える有馬さんの顔だった。

 

 覚えている。

 

 これは、ハイセが生まれた日。

 好きな漢字をふたつ選んで、有馬さんが付けてくれた、"琲世"の名。

 

 嬉しかったなぁ……

 

 ーーーー何もかもが消えて無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはどこだろう。

 ベッドから起き上がった僕は、見たことのない場所にいた。といっても、ただの部屋のようだけれど。

 でも、シャトーの自室ではないのは確かである。

 記憶を辿るーー何だか、走馬灯のようなものを見た気がする…?

 いやその前…そう、月山家駆逐作戦があった。

 作戦は、作戦は成功したのだろうか。皆は、ちゃんと無事だろうか。

 

 僕は、それこそ必死になって、携帯を探し始めた。

 ここがどこであるのかはわからない。だけど、早く、早く、今は何だかどうしようもなく皆の声が聴きたい。すぐに会いたかった。

 

 携帯はすぐに見つかった。見覚えのない機種だ。ベッドから人一人分を開けたところにある、本が乱雑に散らばっているテーブルの隅に、無造作に置かれていた。

 改めて部屋を眺めてみると、この部屋は荒れていた。

 本が整頓された本棚に、少ないが手入れの行き届いているように見える家具類の中で、床や机に散らばった本や、何か中身が入ったままであろうビニール袋が、言い様のない違和感を作り出していた。

 

 画面にダイヤルを表示する。記憶している番号の中から、一番に思い浮かんだ番号を素早く打ち込む。間違いはない。この人の番号を、僕が間違えるはずがない。

 耳を這うダイヤル音の一拍が、酷く遠くにあるかのように中々鼓膜を揺らさない。まるで、何もかもの時が止まった世界にいるみたいだった。

 何で、こんなに胸が苦しいんだろう。寝起きだからか、喉がカラカラと乾いている。

 

 はやく、はやく出て下さいアキラさん…。

 

 プルルルルと鳴る音が、途中で途切れた。

 僕は心の中でホッと息を吐いた。耳に強く、スマートフォンを押し当てた。

 

 『…もしもし』

 

 アキラさんの声だ!

 でも、不機嫌そうな声だ。僕は、瞬時に頭の中で原因を探る。

 彼女は朝は弱かっただろうか。いや、そんなことはなかったはずだ。ならば、疲れているのかもしれない。…あれ、今は朝?今何時だろう。

 

 「アキラさん!お疲れのところにすみません。僕です。ハイセです。今、判断不可能な状ーー」

 

 ーーブツッ。

 

 「え」

 

 電話が切れたことを、僕の脳が認識したのは、それなりの時間が経ってからのことだった。

 そして、僕は待った。アキラさんが電話をかけ直してくるだろうことを期待して。

 

 しかし、一向に着信音は聞こえてこなかった。

 

 仕方がないので、もう一度僕からアキラさんの電話にかけ直す。

 目の端に、丸い壁掛け時計が映った。時計の太い針は、もうすぐで八に届きそうだ。

 

 今度はすぐに、アキラさんは電話に出てくれた。

 

 「アキラさん!朝早くにすみませんでした!でも、本当に今どこにいるのかわからなくて…その、不知くん達は、皆は、クインクスの皆は…ちゃんと無事に帰ってますか?ご飯作ってないから、その…」

 『…』

 「…?それと、その、本当にここがどこだかわからなく…て…?」

 

 あれ、なんだろう。空気が重たい。酷く気持ち悪い。内臓がぐるぐるとかき混ぜられるような、途轍もない不快感。

 何か、何かが変だ。

 嫌だ、知りたくない。違う…違う。

 この電話の先にいるのが、()()()()()()()()()()()()、何てバカなことを…やめろ、考えるな。

 

 『貴様の名は』

 

 間違いない、アキラさんの声だ。

 ああ、やっぱり僕の勘違いだったんだ。

 ああ、よかった。

 

 「ハイセ、佐々木琲世です。アキラさん。真戸パンチでも何でも受けますから、だからーー」

 『ふむ、見当が付かんな』

 「ーーえ?」

 『此方の話だ。残念ながら、声色から分析しても、貴様が誰であるか見当がつかない。私は、お前のことなど知らない。全く幼稚な、手の込んだ悪戯だ。お陰で貴重な朝の時間を無駄にしたよ』

 「は…ぇ?な、なんで…」

 

 何がどうなっているのか。アキラさんが何を言っているのか。

 僕には理解できないことだった。

 ただ、一つだけ分かること。

 アキラさんの声には、何の感情も込められていなかった。

 もし彼女がこの場に居たならば、きっと僕に、道端に転がっている石ころを見るときのように無感情な瞳をーーいや、視線すら向けて貰えなかっただろう。

 そして、彼女はきっと、僕のココロをぽきりと折ってしまうのだ。

 

 『ーー悪戯で済ませてやる。二度と、この番号に電話を掛けるな。次はない』

 

 耳元で、音を立てて何かが切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら、僕は過去に来てしまったらしい。我ながら何を言っているのかと疑問に思うけれど、残念ながら、これは本当にどうしようもなく現実だった。

 昨日、アキラさんから拒絶されたショックで僕は気絶した。

 次に目覚めた時間は定かではない。でも太陽は半熟の卵みたいにオレンジ色だったから、おそらく夕方頃だったと思う。

 僕は、起き抜けにその部屋を飛び出していた。それが、昨日のこと。

 

 

 

 

 

 

 そして、今日。

 僕が、ここが僕の知っている()()()ではないと(過去である)、現実を受け入れざるを得なくなった要因はーー今となっては色々あるけどーー日付でも、この部屋の存在でも、鏡に映った姿でも、スマートフォンの電話帳でも、冷蔵庫に入っていた食材でもなかった。

 

 アキラさんと、有馬さんが僕のことを知らなかったのだ。佐々木琲世という個人を、記憶していなかった。

 

 アキラさんが、僕を拒絶するなんてあるはずがない。有馬さんが、あんな目でーー昔はあったような気もするけれどーー僕を見るはずがない。

 だから、僕はココが普通ではないと気づいた。

 そして、自覚させられた。ココは、この身体がカネキケンだった頃のセカイなのだと。

 否応にも、そうせざるを得なかった。

 

 

 

 丸々一日、僕は冷たい床に横になって、ただぼーっとして過ごした。自分の物だと言えないベッドを使うのは、気が進まなかった。

 その間に、数回スマートフォンが鳴ったけれど、僕がそれに反応することはなかった。最初の着信の時に見た、画面に表示されたのは知らない名前。

 カネキケンの友達だろう。僕に出る資格は無いと思ったし、出たとしても、僕はカネキケンではありませんと言えるはずもなく、どうすることもできない。

 

 瓜江くん、不知くん、六月くん、才子ちゃん…会いたいなあ…

 

 

 

 

 僕は、手始めに部屋の中を漁った。自分の部屋であるという認識がないのだから、漁るという表現は適当だと思う。捜査をするような心意気で、僕はこの部屋に臨んだ。

 最初に意識が向いたのは、本が整然と並べられた本棚だ。題名を確かめることなく、一冊そこから抜き取る。

 パラパラとめくる。

 僕は、その文体の醸す独特な空気に覚えがあった。

 

 「高槻…泉」

 

 表紙を確認する。やはりそうだった。タイトルは、虹のモノクロ。いくつかの趣向の異なる話が綴じられた短編集だ。

 僕はそこまで読み込んだ本じゃないけれど、フエグチさんへの差し入れに選んだ本の中の一冊だった。哀しそうに目を伏せた彼女の姿を、記憶の煙霧が集まって形作った。

 

 そう言えば、まだ月山と知らなかった時の彼との会話に、高槻泉のことが出ていた。

 高槻泉の作品が全巻揃えてあるのだろう本棚の区画を眺める。カネキケンは、高槻泉の愛読者であると分かる。

 彼は、あの時カネキケンを望んでいたんだと今更ながらに気がついた。作戦前に話した時は、自分のことで精一杯だった。

 

 

 冷蔵庫の上の棚にあった、かちんこちんに糊化したごはんを、一口食べてみる。

 味は、いつも通りだった。匂いの時点で気づいていたけれど、そう都合良くはいかなかった。きっと今は、カネキケンが半喰種になったあとなのだろう。

 フツフツと沸くぶつけようのない怒りに蓋をして、やっぱりそうだったと諦念を抱く。どうせなら、人の身体がよかった。皆の輪の中に入れたのに。…ああ、今はもう関係ないのか。

 

 ただ、安心したことがある。ゴミ箱に乱暴に詰め込まれた、食べかけのレトルト食品や、お菓子の数々。これは、カネキケンがこの身体になって日が浅いことを示唆していた。

 喰種達は、人間社会に溶け込むためのカモフラージュとして人の食材を手元に置くことがあるので絶対とは言えないが、部屋の荒れ具合からして僕の推測はそう間違いでも無いと思う。

 あの、眼帯のマスクも部屋のどこにも見当たらなかった。今はまだ、カネキケンは、()()とは…人間からも喰種からも畏れられる、'眼帯の喰種'とは、呼ばれていない。そう願う。

 

 カネキケンは、大学生だったようだ。正しく言えば、現在進行形で大学生。上井大学文学部国文科、財布に入れてあった学生証にそう記載されてあった。普通自動車免許も入っていた。大学生の身分で車は持っていないだろうから、あるとすれば、原付バイクだろうか。

 家族構成は…父は…母親は亡くなっている。僕が消える前にカネキケンと僕の間で錯綜した幼い記憶。

 母さんにぶたれていた記憶。あの時は僕の記憶でもあったけど、今は何故か他人事のように感じるーーカネキケンは、どこに行ってしまったのだろう。

 あの白い子どもはどこにいってしまったのだろう。

 

 「あ…」

 

 ぐぅと何か音がしたと思ったら、自分のお腹の音だった。

 ーーあ…カネキケンは、まだ()()()いないのかもしれない。

 僕は、無性にこみ上げる嬉しさに浮かされた。

 

 また、お腹が鳴った。

 

 僕は、まず目を閉じて息を吐いて、無心になって自分の腕に口をつけた。

 

 ーーゆったりと再生していく。Rc細胞の影響が薄いのか…この身体がまだ、()()()()()()()()()()ということだろう。

 脆弱であるこの身体を好ましく思った。

 僕は…ヒトだ。

 

 

 

 次の日。

 僕は地に足が着いていないかのようなフワフワした心境のまま、外出した。

 インターネットで現在地を確認して、カネキケンの自宅があるのは二十区であることが判明していた。

 僕は、水筒や、ぼーっとしたまま何時の間にか作っていた食べれもしないクッキーを入れたバッグを片手に、目的地へと足を伸ばした。

 

 しかし、当然というべきか、僕の中では何よりも大切な場所であるシャトーは、文字通り見る影もなかった。何もない更地だった。

 僕はしばらくその場から動けなかった。通りかかったパトロール中の警官に声を掛けられるまで、じっと立ちつくしていたのだ。

 寒空にボヤけて漂う太陽の位置は、随分と高くなっていた。

 

 カフェ:reもどこにも無かった。あのーー彼女は、見た目の年齢から考えると、まだ高校生くらいだろうから期待はしていなかったけれど、お店すらないとは考えていなかった。あの渋いお兄さんがいれば、またあの珈琲を飲めるという淡い期待は、ガラガラと崩れ落ちた。

 

 途方に暮れるのを通り越して、生気すら失いかけ、何もすることを考えられなくなった僕は、近くにポツンとあった公園のベンチに腰を下ろしていた。

 何回冷たい風が通り過ぎていっただろうか、スマートフォンのバイブレーションが、上着を揺らした。

 僕は、ごく自然に電話を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 「よ、カネキ。久しぶり」

 

 さっきまで電話で話していた彼は、友達に声をかけるような調子で、僕に声をかけてきた。

 ただ、仕事柄というのだろうか。彼がその調子や表情を()()()()()のだということを、僕は読み取った。

 

 「あ…その」

 「あ、悪い悪い。記憶なくなっちゃったんだったな。改めてよろしく。俺は永近英吉。小学生の頃からカネキの親友やってる」

 

 金色の髪の毛をツンツンに立たせた彼の名前は、永近英吉。そう、さっきの電話でも言っていた。

 僕が彼に話したことは一つだ。記憶が無いと、口からするりと滑り落ちてしまった。

 ただそれだけなのに、彼はまるでその原因ーー事実とは言えないのだがーーを知っているかのように、そして納得したように、電話越しに反応した。

 

 聞けば、カネキケンは大好きなハンバーグを吐き出したらしい。

 

 何の変哲も無いその言葉から、僕は彼が何を言いたいのか、全てを悟った。彼の洞察力にも愕然とした。

 そして、僕が無言のまま冷や汗を垂らし始めたころに、彼は、今から会いに行くと言ったのだ。

 

 「あー、結構人いんな。これから、カネキの家でもいいか?」

 

 僕は、流されるままに、無言でうなづいた。

 僕の正体を知ってなお、その選択をした彼に、僕は、危険に思わないのかだとか、そんな疑問を一切持たなかった。

 彼の瞳は、僕を…カネキケンを信用ーーいや、信頼しきっていたのだ。

 本当に親友なんだなあと、僕は残念ながら他人事でしか思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 「CCGに駆け込むのは無しだな。下手すりゃ実験体コース行きもある」

 「うん…」

 「取り敢えずさ、普通に大学生できそうじゃね?」

 「…それは」

 

 僕に、その資格はないのだ。

 

 「メシの問題も無いんだろ?ていうか、自分を食えるなんてすげーな。全部の喰種がそうすればいいのに」

 「その…君は「ヒデな」…ヒデは、自分の腕が凄く美味しいーー例えば、ケーキになったとしても、食べようとは思わないよね。多分、そんな感じなんじゃないかな」

 「そりゃなー。あ、でも」

 

 本当の理由は違う。体力面の問題とか色々あるけれどーー僕は鱗赫ベースだから再生力が高いのも置いといてーーそれ以前に喰種は、同種の肉は不味く感じるらしい。だから、人間を襲うのだ。

 何故そんなこと知ってるのかと言われれば答えられないので、これは永近君には言えない。

 

 「何かさ、カネキお前大人っぽくなったよな。記憶云々は抜きにして、若干精神年齢上がったというか…」

 「っ…」

 「俺も、記憶喪失になってみようかな。そしたら女の子にモテモテに…なんてな!」

 「…ははは」

 

 驚かされて、心臓がドクンと跳ねた後、次に僕は乾いた笑いしか出せなかった。

 年齢差からか、もしかしたら瓜江君達を見る時のような目線を向けてしまっていたのかもしれない。気をつけないと。

 未来からやって来ましたなんて言えない。いや、もしかしたら永近君は納得するかもしれないけれど、それでも僕は言うことができなかった。

 卑怯ーーその言葉が頭の中に埋め込まれているのを自覚する。

 弱い自分を少し、蔑んだ。

 

 「コーヒー飲めるんならさ、あんていくに行こうぜ!お前あそこのコーヒー好きだって言ってたからさ」

 

 あんていく。

 その言葉をどこかで聞いていたような気がした。

 

 

 

 

 

 永近君の案内でやってきた、あんていく。その外観は、それほど似ているとは思えないのに、何故か:reを想起させるものだった。

 

 店の中に入ると、コーヒーの薫りが鼻の奥まで満たしていった。

 同じ薫りだった。

 

 

 

 

 

 

 

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