おはよう琲世   作:おんぐ

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一つ増えました。




 

 

 

 

 僕は、キョロキョロと店内を見回した。

 この空間にあのーー彼女がいるかもしれないと期待して、何でもありませんよと装いながら、でも目だけは、それこそ必死になって彼女の姿を探した。

 使っている珈琲の豆の種類が同じだけだった、というオチも一瞬頭を過ぎったけれど、その可能性を切り捨てた。僕の鼻赫子は誤魔化せやしない。

 間違いないのだ。ここには彼女の匂いがあると、僕には確信があった。

 残念ながら今の僕には、彼女が高校生じゃないかとか云々は、頭からスッカリ抜け落ちていたのだ。

 

 「おいカネキ。突っ立ってないで座ろうぜ」

 

 永近君のその声で、僕は正気に戻った。永近君は、入り口から少し離れた位置にある席に既に着いていて、呆れた目で僕を見ていた。不自然さ丸出しだったようだ。

 僕は、熱が籠もり始めた顔を隠すように下を向いて、永近君が座るテーブルへと急いだ。

 その短い間にも、彼女はどこにいるのだろうと、少し意識を割きながら。

 

 

 

 「お待たせ致しました。ブレンドコーヒーお二つになります」

 

 永近君と注文したコーヒーがテーブルに置かれる。

 この薫りだ。ほら、やっぱり間違いは無かった!ーーが、少しだけ引っかかることがあった。このコーヒーの薫りは、彼女が淹れたコーヒーよりも、何というべきか、より洗練されたもの(決して、前に飲んだ彼女のコーヒーが劣っているわけではない)を感じさせたのだ。

 

 「え…おい、カネキ」

 

 永近君が困惑した声で僕を呼ぶ。薫りを意識しようとして、無意識に閉じていた瞼を開ける。

 視界は、顔を洗った後のように、ぼやけて上手く視えなくなっていた。何故、と困惑して、遅れて、それが自分の涙だと気づく。

 僕は顔を背けて、零れ落ちた涙をシャツの袖で乱暴に拭った。

 ごゆっくりと言葉を残して、このコーヒーを届けてくれた初老の男性店員が、僕達のいるテーブルから離れていった。

 

 「…何か、思い出したのか?」

 

 恐る恐るといった様子で、そして少しの期待を込めた声で永近君が言った。

 

 「いや、違うんだ。ごめん…」

 「そか」

 

 静かな時間が流れる。店内に流れるクラシックが、動揺している僕の耳を優しく撫でてくれた。コーヒーを一口飲んで、一呼吸。豊かな味わいが、緊張した心を緩和させていく。

 …あ、淹れた人は別の人なのかもしれない。彼女の…師匠に当たる人とか?

 

 永近君は、窓から覗く景色を、感情を読めない表情で眺めていた。

 唐突に泣き出すという、明らかに不自然なこの行為を前にしても、永近君はそれ以上聞いてはこなかった。

 僕には、彼の心遣いや、この距離感が心地よかった。おそらく、永近君は何か察しつつも、僕が言い出すまで聞いてはこない。

 また、涙腺が緩み始める。

 僕にとってはまだ初対面でしかないのに、僕は既に永近君に信頼、少なくともそれに準ずるものを抱き始めていた。

 カネキケンは、こんな親友がいて幸せだったんだろうな。僕がいた…未来では、永近君はどうしていたのだろうか。

 もしかしたら、僕が知らないだけで、カネキケンを待ってくれていたのかもしれない。

 

 「…あ!トーカちゃん、今から!?」

 

 永近君が、突然身を乗り出して、僕の背後にいるだろう人に声をかけた。

 僕は釣られるように、少し身体を捻って背後に目を向けた。

 

 困ったように笑って、小さく会釈する女性店員ーー彼女を見つけた。

 

 記憶にある彼女と違うのは、髪色とパーマの有無、年齢。声も少し高い。それと、纏う雰囲気が少し異なっていた。

 でもーー何もかもが違うようで、嗚呼、彼女だと思った。

 

 僕は、あのカフェで、初めて彼女と出会った時のように、不思議な感覚を覚えていた。あの時の《比》ではないけれど。

 

 「霧嶋…さん?」

 

 名字は知っていた。下の名前は'トーカ'って言うんだ。どんな漢字なんだろう。トーカ…桃花、冬香、透華…?

 そんなことを考えていたら、気が付くと僕は、キラキラと光が射し込む海の中を、身を任せるがままに漂っていた。

 

 「…?ーーっ!!」

 

 僕は最後に、霧嶋さんの目を見開いた姿を何とか目に焼き付けて、我慢の二文字はあっけなく崩れ落ちた。

 

 正直になろう。僕は泣いた。これには流石に、自覚があった。

 流石に声を上げたりはしてないけど、それこそ母を求める赤子のように泣いた。

 止まれ止まれと両手で前髪を握り締めて言い聞かせても、涙は止まってはくれなかった。それどころか、一つの動作をする度に比例して、涙がボロボロと流れ出した。

 

 盛大に泣き出した僕が、周りの他のお客さんに注目され始めた頃に、初老の店員さんがやってきて、別室に案内された。永近君ごめん、巻き込んでしまって。彼は、心配そうに背中に手を置いてくれていた。

 案内される途中、僕は涙に浸かった視界の中で、微かに見えていた霧嶋さんのオロオロとした姿を、ひらすらに反芻させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なあ、さ。考えたんだけどさ、やっぱり病院行くの、やめとけよ」

 

 帰り道、永近君が肩が触れそうなくらいにコソコソと近づいてきて、こっそりと囁いた。

 

 「…?うん」

 「あ、記憶ないからその辺りもなのか…臓器移植した病院のことだよ。お前のその身体のな、一切メディアに出てない。無断臓器移植の責任問題云々は今でもワイドに挙げられてるのにさ」

 「…!!」

 

 僕は、心臓に直接冷や水をぶっかけられた気分だった。《ココ》に来て数日、永近君が指摘したことに、全く考えが及んでいなかったからだ。摩訶不思議な体験をしているとは言え、あまりの失態に愕然として、僕はショックを受けた。

 

 クインクス施術は、地行先生が僕に施された半喰種化施術を基に着想を得たものだ。

 今、僕のいる《ココ》は、その一年は前の場所。前身者というべき人間は、まだ《ココ》の表社会に存在していたのだ。

 

 「何考えてるのかは分かんねえけどさ…あ、考え過ぎだとは思うんだけどさ、少なくとも今日見た限りだと監視とかはされてないっぽいぜ。っても、素人目線だから何も安心は出来ないんだけど。でもかといって、やっぱり喰種対策局に申し出るのもなしだ。担当医に聞くのもなし。ヤバい気すんだよな…。下手なことになって、実験動物コースなんて嫌だろ?」

 

 一瞬、あの冷たい部屋での記憶を呼び起こされた。

 

 「…」

 

 僕は、永近君に尊敬と感謝の念を抱いた。何でもない風に言う彼だけれど、目は真剣そのものだったのだ。彼は、本気で《カネキケン》のことを考えてくれている。

 だからこそ、僕には一つの懸念が生まれる。  

 それは、永近君が僕と一緒にいるのは危険だと言うことだ。

 僕は、そのことについて言おうとしてーー

 

 「カネキ、お前の考えてることくらい分かるからな。けど、もう遅えから!もしこの一件の裏にいるのが悪の組織!!って柄だったら、交友関係くらい知られてんだろ。お前、俺しか仲良いやついないからなー…」

 

 不憫そうな視線を僕に向けてくる永近君。

 僕は自分が言われているわけでもないのに、何となく居心地が悪くなった。

 僕には沢山の親しい人達がいるーーいた、はず。

 

 「…ごめん」

 「いいって。それよか、先のこと考えようぜ。カネキはさ、どうしたいんだ?」

 「……、僕は…」

 

 

 ふと思う。

 今いる《ココ》が前の僕であるカネキケンがいた場所、過去の世界であるとしてーー僕がこのまま僕の思うように生きていくとしたら。

 この先の未来は、どうなってしまうのだろう。僕が喰種対策局に保護されなかったら、クインクスの皆は、《クインクス》と成りえるのだろうか。

 体内へ赫包をインプラントする構想は、地行先生が僕の半喰種施術を基にして生み出したものだ。そのため、クインクスがその内に生まれるとしても、僕の身体情報が無ければ、少なくとも施術が形になる時期は伸びるだろう。

 最初の適性検査は、アカデミージュニア生を対象に行われていたはずだ。だから、もしかしたら、皆が施術を受けること自体が無くなるのかもしれない。

 特に、才子ちゃんはこのままじゃ捜査官にはならないだろうから、適性検査さえ知らないままに、僕の知る才子ちゃんとは全く別の道を辿ることになる…のかも。

 

 

 十一月にしては肌寒い空気が、じんわりと胸の内に染み込んでいく感覚があった。

 会いたい。

 皆に会いたい。もう一度あの場所で暮らしたい。話をしたい。

 どれももう叶わないことだと僕の冷静な一部分が囁いていても、僕の心は温もりを求めて止まなかった。

 懸念も生まれる。

 才子ちゃんが施術を受けた家庭事情。不知君が施術を受け、その補助金で妹さんの治療費を払っていたこと。

 それだけじゃない、他にもーー。

 

 やはり僕は、CCGに保護されるべきではないだろうか。

 例え喰種と判断されても、平和な社会の礎となることができるのならば、それでいいんじゃないか。

 

 考えが上手く纏まらない中、酷く途切れ途切れになりながら、言葉を選んで、僕の理想を、役目を永近君に語った。

 頭を(はた)かれた。

 

 「顔も名前も知らん他人とか平和とか、どうでもいい…までは言わねーけど、俺は社会よりもお前自身のことを考えて欲しいん…だぜ?カネキはさ、今はまず自分のことを考えろよ。…CCGに出頭して社会に貢献するって考えも有りかもしれねえけどさ、少なくとも今はまだ駄目だ。理由はさっきいったよな」

 

 僕は、頷いていた。

 永近君の言葉は温かかった。言葉を噛み締めれば、心地の良い熱が巡っていった。

 僕は、並べられたものから、最も身勝手な選択肢を手に取る。

 自分自身に言い訳をした。まだ、時間はあると。考える時間はあると言い訳して、この熱を逃がさないようにと必死になった。

 今は、何もかもを考えないように、蓋をしたのだ。

 

 永近君は知らない。《ココ》で知っているのは、僕だけしかいない。

 彼が全てを知ったとしたら、僕は軽蔑されるだろう。

 それでも…僕は今、幸せの実感を得ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃー、カネキ。明日な」

 「ごめん、今日は本当にありがとう。明日も、よろしくお願いします。…本当に、迷惑かけてごめん…」

 「気にすんなよ。迷惑だなんて思ってねえよ。今日はカネキの泣き顔なんて珍しいモノ見れたしな!」

 

 頭を下げた僕に、永近君はカラカラと笑った。元気づけようとしてくれる彼に、僕は感謝しかなかった。

 明日から早速大学に復学する。でも、僕にとっては初めての大学生活だ。不安もあるけれど、正直楽しみで仕方なかった。

 

 

 

 帰宅して、僕は玄関で靴も脱がずに、ポケットから財布を取り出した。心臓が逸るのを、一度深呼吸して落ち着かせて、おそるおそる一枚の紙を抜き出した。

 何の変哲もない、ただのメモ用紙にしか過ぎないその紙は、僕にとっては宝物だった。そこには、女の子らしい綺麗な文字で、一つのメールアドレスが記載されていた。

 これは、あんていくで会計した際にーー霧嶋さんが、レシートと共に僕の手に滑らせたものだ。固まった僕に、彼女は「連絡下さい」と小さな声で囁いた。

 僕の意識は、遠い空の遥か彼方へと旅立ってしまって、「お友達待ってますよ」と促されるまで、僕の身体は石になったかのように微動だにしなかった。

 

 震える手で慎重に、アドレスを打ち込む。僕は、ひんやりとした玄関で靴を履いたまま、手汗を滲ませながら一つ一つ慎重にそれを行った。

 一つメールを送信出来た頃には、もう夜の帳が下りていた。

 外が暗くなっていたことにも気がつかずに、メールの文を知識を総動員してタイトルから考え、推敲し、でもやっぱり事務的過ぎないかと書き直し、ああなんか馴れ馴れしいなとやり直して、やっとの事で納得のいくものが完成したのだ。

 達成感を得ながら一息ついて、靴を脱いで洗面所へと向かう。その途中で、着信音が鳴り響いた。

 慌てて確認する。

 画面には、一言『駅前に来て下さい。待ってます』と表示されていた。

 

 僕は風になった。

 普通の人間が出せる最高速度で(全速力で走らずに、周りに配慮できる程度には冷静だった)、その速度を落とすことなく走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーヒーの薫りが、僕を彼女のいる所へと導いた、とでも言えばそれらしくロマンチックに聞こえる。

 だけど、現実はそうでもなかった。

 チラホラとイルミネーションが目に入って、そんな空気に一人で浮かされながら、スマートフォンを片手に霧嶋さんの姿を探し始めた直後に、背後から襟首を引っ張られたのだ。

 当然、喉がぐえってなった。何が起こったのかと背後に向けた僕の目に飛び込んできたのは、見るからに不機嫌な表情で睨みつける、霧嶋さんの綺麗な顔だった。

 

 「来なよ」

 

 周りの寒さに溶け込むような、美しく冷たい声だ。霧嶋さんはその一言だけを残して、背を向けてしまった。

 僕は、事態を把握できないままに、カルガモの子が母を追うが如く、霧嶋さんの後ろにぴったりと付いていった。

 

 

 見慣れない道を歩き続けていると、いつまにか人通りの少ない通りを歩いていた。

 そして終には、少しばかり不安になっている僕を他所に、霧嶋さんは路地の裏をずんずんと進み始めた。

 ピタリと、霧嶋さんが立ち止まった。くるりと回って、僕の方へと勢いよく距離を詰めてくる。

 僕は、その勢いに押されるがままに後ずさりしてーー壁へと追い詰められてしまった。

 霧嶋さんが片足を上げて、トンっと、僕の腰の横辺りに、ショートパンツから盛大に覗く白い脚を伸ばした。

 僕は、真っ白になった。

 霧嶋さんが、僕の顔を覗き込むようにして、顔を近づけてきたのだ。

 恥ずかしさが最高潮になって目を固く瞑った時、霧嶋さんは所謂ーー少々ドスの効いた声で囁いた。

 

 「あんたさ、何なの?」

 

 スッーーと、顔の血の気が引いていくのがわかった。霧嶋さんの意図を掴めない言葉が、僕の深くまで抉り込んだ。

 風の音、チカチカと光る電灯の音。遠くから聞こえる、人のざわめき。管を通る静かな水の音。霧嶋さんの微かな息づかい。

 それらが、まるで初めからなかったかのように全部パッと消え失せて、僕の耳介をピーと機械的な電子音が居座った。

 

 「ねえ、聞いてんの?…はぁ、店長も…何で私がこんなことーー」

 

 佐々木琲世。

 喰種捜査官。

 真戸班所属。

 クインクス班メンター。

 《ごっこ》でも、確かにいた家族。

 

 何もない僕が、三年間で築けたものは、全部なくなっていたのだ。

 ずっと怖れていたそれを、今になって、僕はやっと自覚した。

 考えてみれば、皮肉みたいな状況だ。

 前の僕ーーカネキケンに戻ることを怖れて止まなかった僕が、逆にカネキケンとなって、全てを失った。

 

 今の僕には、何も無かった。

 全ては、偽り。

 僕は、カネキケンの…

 

 「ーーーー喰種?それとも人間?」

 

 僕は、現実に引き戻された。

 一気にクリアになった脳みそが、霧嶋さんの言葉を素早く処理した。

 突き刺さるような風が、頬を刺激している。 

 暗いはずの路地の壁は、ゆらゆらと燃えていた。 

 僕は、霧嶋さんを見た。

 

 「……ぁ」

 

 かすれ声が、やけに大きく聞こえる。

 それは、僕の喉から出ていた。

 霧嶋さんの瞳は、見惚れるくらいに深く綺麗な紅色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 トーカ、半喰種カネキとの一回目の邂逅後です。なので、ヘイトはまだそこまで溜まってない状態な…はず。



 前話からのハイセ



 消えそう。    
 なんか生きてる。 
 真戸パンチ。 ↓↓↓↓↓
 (有馬待機)  ↓↓↓
 皆ぁ…。   ↓↓↓
 ヒデはいい人。 ↑↑↓
 コーヒー!もしかして… 
 霧嶋さんだ! ↑↑
 永近君…   ↑↑↓
 まさかのお誘い。 ↑↑
 足ドン。   ↑
 手ブラじゃん。   ↓↓
 あっ(察し)。 ↓↓↓↓

 
 さてどうなる。
 
 
 
 
 
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