おはよう琲世   作:おんぐ

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祝。高槻先生スランプ脱出回。




(別)後編3

 

 

 

 

 永近君がアルバイトを変えた。CCG二十区支部の局員捜査官補佐になったと、彼は得意げに言った。

 僕のために、そんなバイトを始めたのではと思ったが、それは自意識過剰だと永近君に笑われた。元から興味があったそうだ。今回、公募が出ていて即決だったらしい。

 

 僕もアルバイトを始めた。高槻さんの紹介により、出版社で働けることになったのだ。

 初めに高槻さんに提案された時には、どうかとも思ったけど、考えてみたら又とないチャンスだ。書店でバイトしようと思っていたほど、僕は本好きだった。

 PC操作もそれなりだし、雑用でも何でもと思っていたけど、どうやら違ったらしい。

 雑用は雑用だ。それに、仕事も資料整理に現場取材など広い範囲で任せてもらえることとなったが、問題は高槻さんのサポートとして働くようになったことだ。

 考えてみれば、その可能性もあったのだ。僕の見通しが甘かった。しかし、今更やめるとも言い出せず、結局受けてしまった。バイト料は高槻さんから出るらしい。週一で、出版社で高槻さんと打ち合わせをする以外に、ノルマ以外に時間拘束は特になし。作業も、自宅PCでも出来るものばかりだった。IDとパスワードは知っているし…高槻さんの担当の塩野さんによって、当然ながら秘密厳守の契約書を書くこととなったけど。汗を垂らす塩野さんに、高槻さんは、のらりくらりとしていたが。

 

 最近、高槻さんが本当に喰種ーー隻眼の梟なのか疑わしくなってきた。そうだったら…と僕の希望的観測があるのも認めるけど、高槻さんは本当に人間のようだった。

 細かく見れば、表情だってコロコロと変わっているし、出会った頃の不気味さは何だったのだろうか。今では、基本控えめな雰囲気の静かな女性というイメージだった。かと言って、警戒を手放ししたわけでもないけれど。

 匂いも人のもの。甘くて女性らしい匂い。食事だって、今も普通にサンドウィッチを黙々と食んでいる。

 

 「…あの。ハイセ君?私もレディだ。食事姿をそんなに見られたら恥ずかしいものがあるのだが…いや、君が見たいと言うのなら……」

 「いえ、すみません。失礼しました」

 「…そう」

 

 高槻さんは、残念そうに髪を揺らした。そして、また食事へと戻る。僕は、極力高槻さんに視線を向けないようにと、パソコンの画面へと意識を戻した。

 午後のスロージャズが耳を小気味よく撫ぜている。視界の端に映る高槻さんの髪の毛が、合わせて揺れている。

 古書の匂い。コーヒーの香り。ブラインドから差し込む夕暮れ。

 何だろう。こういう雰囲気…時間の流れは、ちょっと好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ」

 「あ…」

 

 昼下がりのキャンパス内。売店を出たところの角で、僕はその人と顔を見合わせた。

 

 「…どうも」

 「あっ、ど、どうも…」

 

 もう会いたくなかった人だ。でも、同じ大学にいるのだ。こういうこともあるのだろう。…でもなあ。

 

 「…じゃあ、僕はこれで」

 「えっ…あっ」

 

 そう。別に顔を合わせたからといって、何かを話すことはないのだ。

 

 「待って!」

 

 引っ張られる感覚。前にもあったなこんなこと。

 

 

 

 

 

 

 

 人の影がない、食堂裏の一角。ベンチもないその場所に、僕は西野さんと並んで立っていた。えっと、この状況は…。

 

 「あの…ありがとうございました!…あれから錦くんも憑き物が落ちたみたいに笑うようになって…本当に、ありがとう」 

 

 西野さんは、深く頭を下げたまま動かない。彼女は何に対して礼を述べているのだろうか。見逃したこと?通報しなかったこと?それとも…彼女が言うように、西尾錦が変わった(楽になる)こと?

 どれでもよかった。どうでもいい。

 僕が抱くのは、ただ社会に反しているという罪悪感のみだ。自分勝手さを自覚してしまう。そう思っていたから、彼らには会いたくなかったのだ。

 僕に、誰かを裁く権利などないのだ。

 

 

 「いいえ。僕はお礼を言われるようなことはしていません。気にしないでください」

 

 笑顔を心がけた。顔を上げた西野さんは、僕を見て安心したように微笑んだ。そして、彼女は意を決したように、口を開いたのだ。

 

 「あなたも…喰種の恋人が…?」

 

 スッと、自分の表情が無くなっていくのがわかった。西野さんは、僕の無言を肯定と受け取ったのか、続ける。

 

 「私は、偶然人間に生まれただけだと思ってる。それだけで、綺麗に生きることが許されてる…それだけなの。私は、これからも錦君を支えて生きていきます」

 

 西野さんの目は真剣だった。

 僕は、何も言えなかった。疑問は次々と浮かんできて、聞いてみたかった。本当に怖くないのかとか、貴女の彼氏が今まで人を殺してきたこととか……でも、きっとそれはもう、西野さんの中で解決されたことなのだ。

 盲目的に、彼女はきっと、西尾錦のためなら何でもする覚悟がある。

 僕には何も言う資格はない。ただ、少しだけ彼を羨ましく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「じゃあ、久々に"あんていく"行こうぜ」

 「え"…」

 「ん?どした。なんかあんのか?」

 「あ…いや別に…」

 「…?なら行こうぜ。トーカちゃん今日いるかなー」

 

 今日、永近君のバイトは休み。

 久しぶりにどこかに行こうということになって、彼が提案したのは、僕が今最も行きたくない場所だった。断りたかった。でも、咄嗟の言い訳が思いつかなかったのだ。彼に、あの店には喰種がいるとか、僕が最大の失敗をしたとか言う必要はないのだ。ただ、別の店に行こうと一言言えばよかった。

 しかし、言えなかった。ぼくは、もう一目でも、霧島さんと会うことを望んでいたから。

 

 

 

 前を行く永近君が、店のドアを開ける。来客を知らせる、ベルが何故か懐かしく感じた。

 席へと案内してくれるのは、以前にも見た老男性ーーではなかった。その人物と僕は、互いの顔を認めて、文字通り固まった。

 

 「西尾先輩じゃないすか!ここでバイトしてたんすね……うわ制服似合わねー」

 

 その言葉で、僕は我に返った。向こうも同じようで、不自然な笑顔を作って、永近君へと目を移した。

 

 「…うっせ。追い出すよ永近」

 

 …まあ、こんなこともあるだろう。僕が考えていたよりも世間は狭かったというだけだ。別に、僕の構うところではない。

 それより…霧島さんではなかった。店内にも、彼女の姿はない。ホッと安心感と、少し残念な気持ちが同時にやってきた。

 それは、束の間のことだった。

 カランカランとベルが鳴る。僕は、店の入り口に立ったままだった。だから、ドアの前から退こうとしてーードアの隙間から伸びてきた手に胸ぐらを掴まれ、外に引っ張り出された。

 そのまま、店の横の路地裏まで、引きづられる。永近君は追ってきていない。気づいてないのだろうか。

 

 「おい、クソ野郎。なんで今まで来なかったんだよ」

 

 上から見下ろされ、顔は目と鼻の先まで迫っていた。吐息が、眉間辺りに直接かかっている。僕は、混乱の最中にあった。恥ずかしくて、少し怖くて、意味が分からなくて、嬉しかった。

 ああ、やっぱり。喰種だとしても、好きなんだ。

 

 「き、霧島さん…?」

 「………だよ」

 「…え?」

 「私も好きだから、付き合えって!言って

 んの、よ………私も……好き、です、付き合ってください!……ぅぅ、ぁ」

 「 」

 

 なんだこれなんだこれなにこれなんだこれなんだこれこれなんだ。

 僕は、茫然としたまま頬まで手をもっていく。しかし、つねろうとしても、全然力が入らない。

 サラサラと香る髪。潤んだ瞳。長いまつげ。紅らんだ頬。熱い吐息に色づく、くちびる。

 まるで、別世界にいるみたいだ。息の仕方がわからない。

 

 「は…はーー」

 

 ーーハイセ君

 

 肯定しようとした僕の口は、それ以上の動きを止めた。何故か、高槻さんの顔が浮かんだのだ。なんでだろうと考えて…あの人と交際関係…?にあることに気がついた。

 そう、僕は高槻さんと交際していた。

 

 「あ、あの僕…」

 

 霧島さんは、固く瞼を瞑っていた。唇はキュッと閉じられ、僕には、彼女が今にも泣きそうな顔に見えた。

 断るべきだ。人として誠実ではない。だけど、ここで断ればこの子は泣いてしまうという予感があった。ましてや、好きな人の涙なんて見れなかった。

 

 「好きです…僕も」

 

 霧島さんが、おそる恐ると瞼を上げる。しっとりとした長い睫毛が、上に行く。

 

 「で、でも交際…している人が、います」

 「ーーは」

 「も、もちろん、あの時は違いました。あの後に、ナ、ナンパ…?して?されて…?…その、付き合うことにぐぇっ!かはっ」

 

 勢いよく胸ぐらを掴まれ、そのまま両手で持ち上げられた。無意味に、足がバタバタと動いた。

 

 「ふざけんな!!…別れてこい!そんな女とは!今すぐ別れてよ!!」

 

 霧島さんは、気づいているのだろうか。いや、気づいていないのだろう。赫眼になっていた。

 彼女の大声に、人が寄って来る気配。見つかっては、いけない。

 だから、僕は。

 

 「はっ、はい…」

 

 

 

 

 

 

 霧嶋さんが、裏口らしき場所へと消えていく。その反対から、人影が一つ現れた。前にも見た、初老の店員さんだ。

 

 「悪いね。聞こえてしまったんだ。私から言えることは、一つ。トーカちゃんを悲しませたら許さないからね。経緯がどうであれ…ちゃんと、相手の女性にも誠意をもって謝罪するんだよ」

 「…はい。すみません」

 「いや、こちらこそ、お節介をすまないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

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 先ずは、状況を整理しよう。

 つい先ほど、ハイセ君から電話があった。その時私は、次回作に向けての取材中…と言えば聞こえがいいが、その実情はだらけていただけだ。

 言い訳はしない。

 私は、これまで経験したことのない…いわゆる、スランプというものに陥っていたのだ。

 理由も明確だ。

 彼に、私の中身というべきものを見透かされて以降、執筆意欲が上がらないのだ。

 ただの他人に評されても、私は気にしなかっただろう。しかし、ハイセ君にと言うのが、問題だったのだ。

 よって、私は彼の突然の申し出を承諾した。指定してきた場所は、いつもの喫茶店…ではなく、そこから徒歩ですぐの小さな公園だった。

 そして、急ぎ着いた私に、ハイセ君はこう言ったのだ。

 

 僕と、別れて下さい。と。

 

 オーケー。理解した。

 

 思考から覚めた私は、ハイセ君を見ようと目を開ける。

 

 「高槻さんっ!」

 

 ハイセ君の顔が目の前にあった。私は、

 覗き込まれていた…ん?手のひらに砂利の感触がある。雲漂う空が、前にある。

 察するに、無様にも私は倒れ、意識を飛ばしていたようだ。

 ハイセ君が優しく抱き起こしてくれた。

 

 「すまんねハイセ君。どうやら疲れが溜まっていたようだ」

 「本当に、大丈夫ですか…」

 「そんな顔をしないでおくれ。ただの貧血さ」

 

 ハイセ君に支えられて、ベンチに腰を下ろす。彼の手が離れた瞬間に、自分の重さが何倍にも重ねられる。

 

 「それで…高槻さん…」

 「ごめんねハイセ君。少し喉が渇いてしまって…」

 「あ、すみません。待ってて下さい」

 

 何となく。今のハイセ君は慌てているように見えた。そんなに急がなくていいと思う。

 せっかくこうして会っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 青年がミネラル水を買ってきた。自分の分には、缶コーヒーを買ったようで、自然な所作でプルタブを開け、飲み始めた。ごくり、ごくりと喉が鳴る。

 

 「ねえ、私もそれが飲みたい。ちょーだい」

 「えっ…あ、買ってきます」

 「いやいや、それでいいよ」

 「えっと…」

 「いいからいいから」

 

 青年の手から缶を奪う。掠めたその手は、缶の熱が熱が移っていたのか、温かかった。

 一息に口をつけ、残りの全てを一気に飲み干す。熱の塊が喉を通り、食道を過ぎ、胃に満たされていく。温かい。

 

 「高槻さん…そのーー」

 「いいよ。別れよう。うん、暇つぶしにはよかったよ、おつかれ」

 

 青年は、大げさに目を開いてみせた。間抜けで可愛いその顔に、思わず笑みが漏れる。

 

 「どうしたの?君から言い出したことなのに」

 「いえ…」

 「ふふふっ。でもなんで?好きな子でもできたの?」

 「……」

 「そうなんだ。おめでとさんっ。いやー、若いっていいですなあ。どんな子?もしかして年下?」

 「あの、高槻さん」

 「あ、ごめんねっ。おねーさん、作家だから知りたがりでさー…おお、もうこんな時間だ。この後打ち合わせが入っていたり…じゃ、また来週ね」

 「…バイト、続けてもいいんですか?」

 「………え、だめ…なの……?」

 「あ、いや、よろしくお願いします」

 「…!!…おう、じゃあ頼むねー」

 

 そう打ち合わせ。急がないと、打ち合わせ…虚言だ。打ち合わせなどない。

 ここから早く去って遠くに行きたい。そして、筆を取るのだ。

 そんな気分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もうこんなん書いててツライ
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