背後から首を絞められるミヤマはどうにか逃れようと腕をつかむが、逞しい腕はピクリともしない。腕を退かせることはできないが、巻かれていた包帯が少しめくれる。霞む視界に、包帯の下の模様がチラッと映る。
ミヤマの首が嫌な音を立てようとした寸前、屋敷の窓が開け放たれ、大量の蝙蝠がミヤマの背後の男に襲い掛かる。男は手を離し、ミヤマが落としたロケットを回収しつつ大きく飛びのく。獣の皮をかぶっていて顔は良く見えない。蝙蝠はミヤマの前に集まると、人の形になり、そこからマトウが姿を現した。
「ここ最近、妙な視線を感じていた…あれはお前のものか?」
男はたじろいだように見える。
「気づいてないとでも思ったか。俺を犯人に仕立て上げて何が目的だ」
男は逃げ出し、茂みに入る。
「既に陽は落ちた…逃げられると思っているのか?」
再び無数の蝙蝠となる。しかし、男が逃げ出した方向から突然耳障りな高音が響き渡る。蝙蝠たちは慌てて一点に集まり、再びマトウの姿に戻る。
「ぐっ…小癪な!」
落ち着いて鼻に神経を集中する。
「そっちか!」
足音を殺して走り寄る。ある茂みにたどり着いた。
「…クソ!」
男が被っていた獣の皮が捨てられていた。乱暴につかみ上げ、投げ捨てる。
「…!小娘!」
慌てて屋敷の前に走って戻る。ミヤマは呑気な寝息を立てていた。
翌朝になり、マトウがソファーで目を覚ます。隣のソファーを見ると、ミヤマはまだ眠っている。立ち上がり、背伸びをしているとノックが響いた。
「迎えが来たか。おいミヤマ!おい!」
「ムニャ…マグロ…」
「ったく…」
頭を掻きながら玄関の扉を開ける。そこにいたのは迎えの警備隊ではなく、セッツ、デニス、シャウラだった。
「すまん、ここに若い娘が来なかったか?ミヤマって名前のはずなんだが」
「ああ、奥で眠ってる。とっとと連れて…」
マトウ、ふと鼻を引く付かせる。臭いの先にいるのは、セッツだった。
「貴様…」
セッツが突然剣を抜き、扉ごとマトウを斬りつける。マトウは躱しきれず、腕を負傷する。
「なんだ!?どうした!」
「こいつは吸血鬼だ」
「な…!?私にはただの人間にしか見えんが…」
「俺ぐらいになれば見ただけでわかる。それに見ろ。昼間だから遅めだが…魔法を使わないで傷口が再生し始めている。吸血鬼の証拠だ。シャウラ!」
「はい!」
「ミヤマの様子を確認してきてくれ。デニスさん、吸血鬼を捕まえるぞ!」
「おう!」
「クッ…」
マトウは逃げだし、セッツとデニスが追いかける。
「おいミヤマ。おい、おい」
「ムニャ…あ、シャウラさん…おはようございます」
「お前、何ともないか?吸血鬼に何かされなかったか」
「へ?吸血鬼?…あ!」
「どうした?」
「シャウラさん、セッツとさんとデニスさんは?」
「今、吸血鬼を追ってる。これだけの晴れ模様なら、すぐに捕まえてくれるはずだ」
「追いかけましょう!」
ミヤマ、部屋を飛び出す。
「え…ちょ、おい!」
屋敷から出たところで、迎えに来た警備隊と鉢合わせる。
「あ…!」
警備隊の中に、八百屋のおばさんを見つける。
「あら!連絡をくれた人ってアンタかい!」
「何やってるんですかこんなとこで」
「バイトさ、バイト!こっちの方が稼ぎが良いんだよ」
「なんだお前、警備隊を呼んでたのか?」
遠くから叫び声。
「今の声は!?」
「一緒に来てください!」
ミヤマたちは声がした方向に走っていく。
ミヤマたちが目にしたのは、セッツと、縄に巻かれたマトウ。そして、マトウの足元に横たわる、血が抜かれたデニス。
「デニスさん…!」
「吸血鬼め…!」
「…ミヤマ…俺は何もしていない…」
「この状況で良くそんな口が叩けるものだな。だが諦めろ」
「待ってください」
「なんだミヤマ、吸血鬼に情けを掛けるのか?」
ミヤマ、デニスの死体をじっとりとねめ回しながら、周りを歩く。そして何かわかったような目をすると、マトウに歩み寄っていく。
「マトウさん、信じていたのに…残念です」
「小娘…?」
「貴方はこの後、昼間のうちに民衆の前に出され、蔑まれながらさらし首にされることでしょう」
「貴様…!」
「フ…ミヤマ。お前、なかなかえげつないな」
「最後の情けです」
腕をまくり、マトウの前に差し出す。
「…俺は人間の血は飲まんぞ」
「いいから」
「飲まんと言ったら飲まん!」
「お願いします。今は飲んでください」
急に真剣な顔つきになったミヤマに若干気圧され、マトウはその腕に歯を立てる。刺さる前にもう一度ミヤマの顔を見ると、こくりとうなづいて見せる。マトウは一思いに牙を刺し、血を吸う。
「う゛ぉえっ」
突然嗚咽したかと思うと、慌ててミヤマの腕から牙を引き抜き、その場で小さく屈みこんだ。
「おぇ゛えええええ!ハーーッ゛、え゛っ」
「な、なんだ?何をした?」
ミヤマは歯型の付いた腕を持ち上げると、垂れた血を皆に見せつける。
「貧血、鼻炎、その他アレルギーの薬をブレンドした、献血にも使えない激マズの血です。昔、私の村が吸血鬼に襲われたことがあったんですけど、私の血を吸ったとたんに逃げていきました」
「そんな不味い血だとわかってて俺に飲ませたのか…!この悪魔!」
ミヤマはベッと舌を出し、そのまま話を続ける。
「デニスさんは薬を10種類も飲んでいると言っていました。とても血を吸えたものじゃなかったはずなんです」
「ミヤマ、お前の目は節穴か?デニスさんは血を抜かれてあそこに倒れているじゃないか」
「シャウラさん、デニスさんの死体をよく見てみてください。噛み痕がどこにもないんじゃないですか?」
シャウラ、デニスの死体をねめ回す。
「昔、私の血を吸おうとした吸血鬼は首元に噛みついてきて、今でも噛み痕が残っています」
ミヤマ、首のプロテクターを外す。
「あら!女の子の体に傷を残すなんてひどい奴だね!」
「私がマトウさんと最初に会った時も、イノシシのお尻に噛みついてる最中でした。吸血鬼が血を吸うためには死体に物理的な外傷を残さなきゃならないんです」
「だったら…誰がどうやって血を抜いたというんだ?遺体に外傷を付けずに」
「…そういえばセッツさん、ペンダントは見つかりましたか?」
「ん?ああ、見つかったがそれがどうか…」
「ん?ミヤマ、お前何でセッツさんがペンダントなくしたこと知ってるんだ?」
「なぜ私がそれを知っていることに疑問を持たないんですか?」
セッツ、厳しい顔で黙り込む。
「シャウラさん、セッツさんの持ち物を確認してみてください」
シャウラ、セッツに近づいていく。
「…確認させてもらいますよ」
シャウラがポーチに手を突っ込む。セッツは抵抗を始めるが、引きはがされたシャウラの手にはチェーンの付いたペンダントが握られていた。
「あれ?なんだこれ」
デザインが、セッツのものと違う。
「中を見てみてください」
ロケットを開くと、薬が3種類。
「私の薬入れです。昨晩、何者かに後ろから襲われた時に無くなったんです」
「何でそれがセッツさんのポーチから…」
「その人が奪おうとしていたのは、これなんじゃないですか?」
ミヤマがポケットからセッツのペンダントを取り出す。
「暗くて間違えたみたいですね」
手を離すと、腰の剣に引き寄せられてくっついた。
「磁石…?」
「私思い出したんです。シャウラさんが方位磁針を確認した時と、私が方位磁針を渡されたとき。針はずっと、セッツさんの方に傾いて揺れていたんです。」
「…あんたが私たちを迷わせたのか?」
「だが、そんなことをしたら俺だって迷子になってしまうじゃないか」
「お前はこの森に詳しかったんじゃないのか?数週間前から、妙な視線を感じていた。お前はずっと俺のことを観察していたんじゃないか?」
「何のために」
マトウは倒れているデニスをアゴで差す。
「あの男をおびき出すためには俺が人を襲う必要があったんだろう。だがいつまでも人間を襲わなかった。お前は痺れを切らして、自ら人間を襲って噂を作り出したんだ」
「崖を覗きに行ったとき、ペンダントを捨てたと同時に私たちに屋敷を見つけさせたんじゃないでしょうか。森で迷子になった状況で家を見つければ、人は必ずそこに向かいたくなる。私達が自主的にマトウさんのいる屋敷を目指す状況を作ったんです。でも、あそこで私が貧血を起こして転落するのは、全くの予定外だった。もし捨てたペンダントが見つけられたら、計画が狂う可能性がある。万が一を考えて、デニスさんを殺すよりも先に私を殺し、ペンダントも奪いかえすことを考えたんです。ペンダントを奪い返したと思い込んだセッツさんは何食わぬ顔でデニスさん達を引き連れ、屋敷を訪れた。そしてシャウラさんを屋敷の中で待機させ、デニスさんを殺害した。目撃者が吸血鬼一人じゃ、だれもセッツさんを疑いませんから」
ミヤマ、セッツを静かに見つめる。
「デニスさんを殺したのは…セッツさんですね」
「皆さん、騙されてはいけません。彼女は既に吸血鬼に操られている!そいつらは一晩を共に過ごしたんだ、何もされなかったわけがない!」
「もうこんなことは終わりにしませんか!セッツさん!」
「黙れケダモノめ!」
セッツ、剣を抜く。
「お前も退治してやる…」
「おやめなさい!!」
「おばさん…」
「大の男が女の子に剣なんて向けるもんじゃないよ」
セッツ、おばさんを睨み付ける。
「嬢ちゃんも!そんなに人様に疑いの目を向けるもんじゃないよ。決定的な証拠があるなら別だがね」
「そ、そうだ。セッツさんがどうやってデニスさんの全身の血を抜いたんだよ!」
「セッツさん、左腕の包帯…とってみてもらっていいですか」
セッツ、黙り込む。
「やましいことが無いんだろう。だったら取ったらどうだい」
おばさんが近づいていき、セッツの包帯をつかむ。
「やめろ…!!」
おばさんはセッツの鍛えられた左腕に吹き飛ばされる。しかし、その手はしっかりと包帯を握っていた。
「おばさん!!」
皆、倒れるおばさんに目を奪われている。ミヤマとマトウがセッツに目をやると、左腕に描かれた魔法陣が露わになっていた。遅れて、シャウラや警備隊の仲間たちもセッツを見る。
「ありゃあ…小形の荷物を転送するときに使う魔法陣だ!」
「魔法を使って、人々の血を海に流していたんですね。この頃鮫が増えていたのはその所為でしょう」
「あんたが最近の値上がりの原因かい!」
「いやおばさん、今それはどうでもいいだろ」
「どうしてこんなことをしたんですか!?婚約者を殺した吸血鬼たちが憎いのはわかります!でも、どうして…一生懸命吸血鬼と戦っていたデニスさんまで殺しちゃったんですか!?」
「あいつが取り逃がした吸血鬼のせいでマリアは吸血鬼になったんだ!!」
「そんな…逆恨みじゃないか」
「お前らにわかるか!婚約者を吸血鬼にされた苦しみが!吸血鬼の性に抗えなくなって恋人に死を乞うてくる絶望が!あいつがちゃんと吸血鬼を殺しておけばこんなことにはならなかったんだ!!」
「だからって…こんなことは許されないと思います!」
セッツ、顔を震わせながらミヤマを睨み付ける。
「お前さえいなければすべて上手く行ったんだ…!」
左腕をミヤマに向ける。
「死ね!」
「嬢ちゃん!」
おばさんがミヤマとセッツの間に入り、血を抜かれてミイラになった。
「おばさん!」
おばさんに駆け寄ろうとするミヤマに、再び腕を向けようとする。しかしマトウがその腕に噛みつくと、肘からちぎれて宙を舞った。
「吸血鬼め…!」
「マトウさん…」
セッツ、煙玉と音爆弾を炸裂させて逃げ出す。
「うっ…!」
「今度は逃がさん!」
マトウの鼻は健在だった。ミヤマたちもマトウの後に続く。
『お願いセッツ…私を殺して』
女性の足元に血を吸われた男の死体
『嫌だ…』
『私もう…吸血鬼なの。ほっといたらきっともっとたくさんの人を殺しちゃう』
『嫌だ!』
女性、台所の包丁を手に取る。
『ごめんね』
女性は自分の胸を貫いた。
『マリアーーーーーー!』
血を垂らしながら、セッツは走り続ける。その時、セッツは何かを見つける。
「なんだお前…。…!」
セッツが四方を見渡したと思うと、方向を変えて走り出す。程なくしてまた何かを見つけ、立ち止まり、木の幹を背に座り込む。
「やめろ…来るな!う、うわあああああ!」
「叫び声!」
「すぐ近くだ!」
ミヤマたちが木の幹にたどり着く。そこには、血を吸われて干からびたセッツの死体。
「セッツさん…」
「犯人はこいつだけじゃない…」