風化してしまいそうで怖いです…。
「…それでは、確認しますわ。天宮りりかさん?」
「はい」
天宮りりか。川崎エリアのベッドタウン・星里ニュータウンから来た5人組の一人。鮮やかな緑のロングヘアに見入ってしまう。
手元の資料によると、彼女は天宮財閥に生まれた双子の片割れ。それ故に15歳でありながら自力である程度の資金を操り、その蓄財の一部を元手に三ノ浦の空き家を5人の下宿先として持つ。
…三ノ浦は浦の星女学院からそう遠くない。ある程度、通学しやすい立地を狙った結果なのだろう。
「えぇと…黒澤ダイヤさん、ですね?」
「はい。こういう形でお会いするとは思いませんでしたが、ともあれ嬉しいことですわ」
「こちらこそ、これからご厄介になります」
…住所を見る限りでは、黒澤家からも大して離れていない。
黒髪の大和撫子…黒澤ダイヤは、転入の為に東京からやって来た5人組と顔合わせを行っている。転入にさしあたって何らかの事情があったらしいが、それを手続きの合間にりりかから聞こうとしても「警察が絡んでいるので答えられない」と突っ跳ねられた。
そして…
「あなたが八雲ユウキさん、ですわね?」
「はい、お初にお目にかかります」
「例の件、あなたでもお答えいただけないのですね?」
「申し訳ない次第ですが、これは我々を含めた当事者全員の命に関わる事態です。いくら生徒会長として事情を知らねばならぬとは言え、警視庁の方針を個人的に翻すことはできません」
「…あなたがそう言うのでしたら、仕方の無いことですわ。よほど慎重を要する状況なのですね」
「今はそうとしかお答えできません」
…その当事者でもある警察関係者は、りりかの隣に立っている。紫のボブカットをしている彼の鋭い三白眼が、眼鏡の奥からダイヤを突き刺す。互いに敵意を持っていないにもかかわらず、彼の顔付きが原因でそうなってしまうという。
親が警察として治安維持に関わることもあり、その息子もかなりお堅い雰囲気を醸し出しているが、いざ話してみるとさほど気難しくはなさそうだ。
「…し…しぐ…しぐれ…?」
「…それで"しぐさわ"と読みます」
「なるほど、これで"しぐさわらん"ですね。失礼致しました」
「よく間違われます」
…むしろユウキより、こちらの小柄なピンクのツーサイドアップが気難しそうに感じる。名前は時雨沢蘭。
それなりの服を着せれば人形としても通用しそうな愛くるしい姿だが、一方でその容姿故にセクハラや誘拐に苦しめられたトラウマがある。りりか曰く「泣いてしまうから聞かないで欲しい」とのことだったが、むしろそうした弱さを隠す為に気難しく振る舞っているのかもしれない。
「…東雲愛美さん?」
「はいっ!」
「元気で良いですわ。私の妹もこれくらいハキハキしていれば…」
「そう言ってもらえると、嬉しい限りです」
「それにしても、こんな名字の方が実在するとは…」
青いセミロングの東雲愛美。カラコンを着けてそれなりに着飾れば、アイドル"霧矢あおい"を名乗っても違和感は無さそうだ。
聞けば父親がジャーナリストで海外に居る為、多少なりとも世界の裏側を聞いたことはあるらしい。とは言え、絵に描いたような天真爛漫さを見る限りでは、それを(父親の仕事内容を含めて)きちんと理解できているかは怪しいだろう。
「…そして、あなたが舞原ツバメさんですわね」
「はい」
「…」
「…どうかしましたか?」
「いえ…昔、あなたによく似た人を見ただけですわ」
そして、見るからに周囲に埋没しそうな容姿の舞原ツバメ。黒い短髪も一切の立ち居振舞いも、他の4人と比べたら没個性そのものだ。
しかし、この男は…ダイヤが3年前に見た少年と、あまりにも姿が重なる。体格と言い「ツバメ君」と言われていた記憶と言い、偶然にしてはよく出来ている。
「…皆さんにはすみませんが、ツバメさんは今日の下校時にもう一度ここへお越しいただけませんか?」
「何かあるのですか?」
「どうしても確認せねばならないことがあります」
「かしこまりました」
「入学であり転入でもある状況で、かなり大変なことは承知をしておりますが…」
「いえ、ご厄介になる以上は協力せねば…」
ダイヤはどうしても、そのことについて聞こうと考えた。
5人の素性や浦の星への入学、関東圏から沼津の片田舎へ移った経緯等、彼らにはあまりに謎が多い。ともすれば、まずはツバメに対して感じたことを聞くくらいならハードルが低いだろう。以降は彼らの警戒心を少しずつ崩して、全てを聞くまで根気よく関わるしかない。
そうした事情の全容が分からなければ、共学化の制度試験にかこつけて身柄を捩じ込んだ彼らを、りりかの財力も含めて学校に対する脅威と認識せざるを得ない。
「それでは失礼致します」
「えぇ、後程お待ちしておりますわ」
「私達は全員1年だから向こうね…」
「…ツバメさん…今はあなたが、どうにも気になりますわ…」
彼らが生徒会室を出たタイミングで、入れ違う様にピンクのツインテールの少女が入ってきた。
ダイヤにとっては見紛うはずもない、妹の黒澤ルビィ。3年前の出来事を共に目撃したのだから、彼ら…特にツバメの素性は彼女も気になっている。
「…お姉ちゃん…」
「ルビィ…わざわざ見に来たんですの?」
「ごめんなさい…どうしても気になって…」
「その気持ちは同じですわ。私が後程確認しますから、あなたは自然にお付き合いをしなさい。なんと言っても、一緒に学ぶクラスメートなのですよ」
「…うん…」
ルビィに元気が無い。ダイヤでなくても分かるほどだ。
姉妹の趣味が離垂してきたことや、生徒会室に入ることの緊張感もあろう。しかし、それ以上にツバメに対する動揺が強いのだ。
ダイヤも書類を初めて見たときに動揺したのだから、ルビィが落ち着けるはずもない。言ってみれば「死んだと思っていた人が、同じ学校の生徒として現れた」のかもしれないのだ…。