「婚約者って……海未、もしかして『まだ』俺のことを?」
結婚の話を切り出した私に返された、彼の答え……。
それは、私にとってはあまりにも無慈悲なものに思えました。怒りよりも、恐れの方が全身を駆け巡ります。
『彼にもし捨てられたら』
……そんな恐怖が。
「『まだ』?……違います、『今でもずっと』です。そ、それで、聞かせてほしいのですが……」
いつの間にか声が震えているのが、自分でもわかりました……。私には彼が必要なのは、言うまでもありません。
しかし、彼にとってそうでなかったとしたら?
ずっと抱えていた想いが、私だけの勝手な想いだったら……?
「いつ私を
指先までもが震えてくる身体でも、なんとか言葉だけは発することが出来ました。
……といっても、それは所詮、言葉に過ぎません。
今、まさに壊れてしまいそうになっている『約束』と同じ、ただの言葉……。
「その話なんだけど……もう少し、しっかりと考えた方がいいんじゃないかな。俺たちの関係については……」
そうです……薄々はこの時点でわかっていました。
私の言葉が届いていなかった……いいえ、ちゃんと言葉にしてこなかった。言葉以上のモノにしてこなかったのが、こうなった原因だというのに。
今更、多少の言葉を重ねたところで、上手くいくわけがなかったのだと……。
「お互いの親がああ言ってはいたけど、俺達ってあくまで幼馴染のままなんだと思う。子供の頃に約束したなんて理由で……彼氏彼女ですらないのに、結婚がどうのこうのなんて早すぎるよ」
—————……それでも。
予想ができても、実質的に突き放されたような形になっていても。どうしてもそれを認めるわけにはいかなかったのです。
ただ長い時間が無駄になるからとか、そんなことではありません。
私が、園田海未がただひたすらに貴方のことが好きだから、愛しているから諦められるわけなどないのです……!!
「りょ、両親の事なら心配は要りませんし……まだ清い関係だからこそ、今のうちに進路も一緒に考えるべきではないのですか? そうです、同じ大学に行ってから、ゆっくりと色々と悩むのも……」
「まだ高校生の俺なんかが、世の中で上手くやっていけるかなんてわからない。それに、俺は海未みたいに文武両道じゃないんだ。スクールアイドルみたいに、部活で成功もしてない。ごく普通の男で、大学だって……」
「勉強もスポーツも、私がついています! 今までと同じように、私が貴方の傍にいます。妻として支え続けてあげられます!」
……私の動揺ぶりは激しく、この時は特に、会話になっているようでなっていませんでした。そのせいで、話も違う方向に脱線したのです。
「そうです、私がいるというのに……貴方は最近、μ'sの面々と仲良くしているではありませんか……?」
「そ、それは……」
「もしかして、誰か貴方を誑かすメンバーがいるのではないですか……? そうでなければ、私を捨てるようなことを言うはずがありません。きっとそうですよね、だって私たちは将来を……」
「……海未」
違う方向に話が進んだとしても、わたしにはそれが真相だとしか思えません。
μ'sは美人揃いですし、私たち幼馴染3人も全員女性……何より、彼も思春期の男の子です。毎日あんなにも会ったり話したりしていれば、多少なりと私から心が離れてしまうのも仕方ないのです。
「海未」
そう……ほんの一時的なもののはずなのです。
わたしと彼の関係がこんな形で終わるなど。あの日もらった花冠のように、何かのきっかけでまた幸せな日々を……
「—————海未!」
「っ、あ……な、なんでしょうか」
「ごめん。本当は、約束のことだって意識してた。だけど、海未のそういうところが怖くて……俺はずっと、距離を置こうとしてたんだ」
誰かのせいにしたくても、目の前のことを認めたくなくても、現実は否応なく突きつけられました。
せめてもの一縷の望みを砕かれた私。頭では分かっていても、身体がまだそれを受け入れられないで、言葉が勝手に口から出てきています。
「な……何を言ってるのか分かりません。きっと疲れているのですよ、一緒に帰って休みましょう。今晩の夕食は、私が———」
「だから……海未って、まだ恋人でもなんでもないのに、そうやってずっと俺のことを縛ろうとしているじゃないか! 親が本気でもなく決めたことなのに、まだ高校生なのに!……それが俺には、怖いんだ」
「縛る……? 怖い、私がですか?」
『結婚指輪には、鎖の意味もある』
……以前、何処かでそう聞いたことがありました。夫婦を繋いで離れさせないという、少し怖いお話。私たちには関係ないと、昼休憩に話の種にしていたのは、いつのことだったでしょうか。
奇しくも私は、彼にとってその『鎖』だったのです。なんの自覚もないままに……。
「……ずっと前からだよ。穂乃果やことりと喋ってるだけで、すごく怒るし……大学の進路も、夢も、将来も……付き合う女の子も、自分で考えて決めたいんだ。海未の顔色を見ながらじゃなくて」
「そんな。そんなの……。私では……私では、なにがいけないというのですか……」
「海未のことが嫌いなわけじゃない。でも、俺たちの間の認識とか感覚って、ちゃんと話し合わないままズレていっちゃったと思うんだ。俺は今の海未と一緒にやっていく自信なんて、とても持てない……」
それ以上すがり付いても、無駄だと分かっていました。
彼が無理をして私に合わせてくれていて……そして、私がその気になりすぎていて止められなかっただけなのだと。全てわかってしまったから……。
———何もかも、最初から勝手な勘違いだったのです。
そもそも私たちはお付き合いをする関係ではなく、仲の良いただの『幼馴染』。
……ふ、ふふ。当然ですよね。告白らしい告白もなく、幼馴染の関係に甘えていただけ。彼はずっと前から違和感を覚えていたというのに。彼を束縛したがる私を疎んでいたのに、それすら気が付かないで婚約者を気取っていた、愚かな女が私なのです。
こんな私に、彼とお付き合いをする資格など、なかったのでしょうね……。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
————あれから、数日が経ちました。
私はこのげっそりとするような感覚のまま、ずっと登校しています。流石にμ'sのメンバーや家族も心配してくれますし、彼とのことだと察してはくれました。
ただ……それはあくまでも、察しただけ。どこか『なるべくしてなった』『いつかこうなるかもしれないと思ってた』という表情が窺えます。……周りから見ても、私の彼に対する態度は異常だったのでしょう。今思えば、μ'sのみんなが彼とよく遊んでいたのも、彼自身が私と距離を置くために頼んでいたことなのかもしれません。
『海未のことが嫌いになったわけじゃない』———。
残酷な断り方です。ある意味では、きっぱり断られるだけの方が気は楽だったのかもしれません……。
事態を理解し始めたのは、本当に今朝になってからだったほど、私は落ち着いていなかったのです。彼との関係が突然断ち切られてしまったこの苦しみは、どうにもなりませんでした。……ですが、時間が解決してくれるとは思いたくありません。
意地ではなく、時が経てば立つほど彼の存在が自分の中で大きくなっていくことがわかったからです。弓道場の中でなど、『この矢で彼の両足でも射抜けば、ずっとそばにいてくれるでしょうか』などと考えてしまっていました。普段ならそんな考えが出た時点で、この場にいる資格などないと出て行ったところでしょうが……その時の私は不気味な様子で矢を放ち続けていたというのです。家屋の話ではありますが……。
なにが正しいのか、自分がどうするべきなのか、なにも決められないでいますが……とにかく、今の私は非常に不安定な状態にあることは確かでした。
「海未ちゃん、事情は聞いたんだけど……」
「……ことり」
「もう『平気』なんかじゃない、よね……」
そんな私のことを心配して、こうして来てくれたのはことりでした。μ'sはもちろん、穂乃果ですら私の様子の前になかなか足を運ばない状況でしたが、彼女だけはなぜか来てくれます。彼の家はことりの家の近くなので、色々と様子を見たり、直接話をする機会があったのかもしれません。
……束縛ばかりの私より、ことりの方が彼もさぞ話しやすいのでしょうね。
「ねえ、海未ちゃん……もう一度だけ、彼のところに行ってみよう?」
そのことりから出てきた言葉は、私の諦めていたことでした。
私にできないのにどうしてことりに、という気持ちと、私じゃなくてことりなら彼にお似合いでしょうという気持ちが出てきて————……ダメです、こんなことだから彼に嫌われたのに。
「ことり、それはダメです……今のままの私では、また拒絶されるだけでしょう」
「でも、そうやってる海未ちゃんを見てられないよ……。彼だって、許してくれてるかもしれないし、また改めて友達からでも」
「違うんです、やり直しでは意味がありません……。あの人に、あの人に謝って、許してもらって、今度こそ本当の恋仲にならなければいけないんです……!!」
「そんなに……そこまで、あの人のことが好きだったんだね。わかってたつもりだけど……」
ことり、そんな顔をしないでください。思い出すと、また涙が出そうになります……。
彼に否定された、彼に拒まれた、彼に突き放された———————あの日の出来事が、鮮明に思い出されて。
これまでに戻るのではなく、これまでとは違う、思い込みではない……契りを交わした仲にならなければいけないのです。
「……知っていますか? 私が彼の事を好きになったきっかけの花、アネモネの花言葉を……」
「海未ちゃん……?」
「いくつかあるのですが、1つは『はかない恋』だそうですよ……気になって調べたことがあったんです」
彼とのデートの時に話題に困らないよう、色々とロマンチックなことを勉強したりもしました。その一つが花言葉で、アネモネの花は特に思い出深いもので……いつか話そうとしていたのです。
ふふっ……もう1つの意味である『あなたを愛する』の方を意識していたのに、皮肉なものですね。恋は盲目とは言いますが、まさか此方の意味の方がこの身に降りかかってくるなんて。
「最初から……きっと、何もかも間違えていたのです。こんな私では、彼も……」
「——————わかりました。海未ちゃん、もう『平気』だよ。私がついてるもん」
「ことり? 『わかった』とは、何を……?」
そうしてますます俯く私の肩を抱き起して、ことりは言いました。
その時の表情が信じられず、息をのんで聞いてしまいます。
なぜなら、この状況とは似ても似つかない……
「ことりに任せて、いい方法があるの。よく聞いてね——————」
……何か勝利を確信したような、満面の笑みだったのですから。
近日(3カ月以上)。
後編も急いで書いているのですが、何せ仕事等が忙しすぎて……。この後も4か月くらい遠方に出張してるので、どこまで書けるか未知数です。
ちなみに、海未ちゃんを最初に持ってきた理由としては、長編でことりちゃんに並んでヤンデレるのが終盤だったのを救済したかったからです。その割にめっちゃイジメてしまってるので申し訳ないと思っています。