全く別の場所の、全く別のジャンルのある方のSSを読んでいてインスパイアされたので、リスペクトを込めてつい大学生かよちんを書いてしまっています。
8/17 改訂しました。
『花陽……僕じゃ、とても今のキミには釣り合わないよ……』
男女が1組、どこかのファミレスで別れ話。フィクションではありきたりな光景だけど、まさか自分が彼女とこんな事になるだなんて、付き合った時は想像もしてなかった。
『……うすうす、分かってました。貴方が悩んでいることにも、私たちをやっかむ人たちが立ててる噂のことも、知ってます。ですけど……』
そんなぼくの言葉に対して、彼女……小泉花陽は、この話が来るのはわかっていたみたいだ。
……それもそうか。ここのところのぼくの様子は、明らかに変だった。たった今彼女が言ったように、周りの人たちの反応に疲れ切っていたんだ。μ'sとしてあまりにも成功してしまった彼女と、部活で失敗してしまったぼくとじゃあ……
『私はただ、あなたさえ居てくれればいいんです!あなたが私を好きだって言ってくれたから、あなたの愛があったから、こうして———』
『僕じゃなくても……花陽は立派になれたよ。だから、新しく始めたスクールアイドルも上手くいってるし。μ'sだって最後まであんなに……でも僕は違う。僕じゃあ花陽を、幸せにできない……』
『……』
『だから……別れよう。再来年には、大学なんだし……』
そして、彼女はそれを受け入れてくれた。僕たちはこの日を境に友達に戻ることになる。
『そう、ですか……決めちゃったんですね、もう。私は……花陽は、大好きな貴方の決めたことを、尊重します……』
その後、連絡を取り合ってもないし、直接会えてもいない。μ'sのみんなも、気を遣って僕と話したりする機会は本当に最小限だった。
だけど、今でも気になることがある。それは、あの日の別れ際の花陽の目。
予想していたはずの別れを、受け入れてくれた筈だった。ファミレスの中で涙を流したり、叫んだりもしなかった……なのに。
『…………』
彼女の目は、これまで見たことのない程に瞳孔が開き切り、瞬き一つせずに僕をずっと見つめていた。
まるで、これで終わりではないって……絶対に僕のことを逃がさないって言いたいみたいに……
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——そして、あれからしばらくの時間が流れた。ここは、僕の合格した大学近くの、どこにでもある居酒屋だ。値段は安く、味も品ぞろえも相応。チェーン店でもないから、メニューだって大したものはない。
それでも、そこそこの人数が入るスペースだけはあるので、サークルや部活が新入生を歓迎する飲み会には最適だった。今日も興味があると答えた若者達を連れて宴会が開かれ、僕もそこで先輩達に絡まれている。
「えーっ、キミって今フリーなの? 気をつけなよ~大学生活じゃ絶対悪い女に狙われるから。こいつとか!」
「なんで私なのよ!それを言うならあんたでしょ……でも本当に意外だね。初対面だけど、結構モテそうなタイプに見えるのに」
「い、いやあ。そんなことないですよ……」
……歓迎会に出るのは、なにもこのサークルが初めて、という訳じゃない。これで既に5つ目だ。
そんなにたくさんのグループに顔を出しているのに、僕は未だに何処に入るか決められないでいる。いつも歓迎会だけで終わってるし、たぶん今回もそれだけ。僕の心は、あの頃みたいに熱くならない。
実は今回は元スクールアイドルの人も所属する、ダンス部だったんだけど。それでもだ。
「ま、東京の高校からで彼女持ちだったなら、女の子を見る目も大丈夫でしょ。むしろ、うちのサークルの彼氏いない歴=年齢の女の子の方が被害者になっちゃう〜?」
「またそうやって私を見る……騙すのか騙されるのかどっちかにしてよ? キミもこんなバカ女の言うこと、本気にしなくていいからね」
……本気になんて、なれなかった。目の前の女性にも、このサークルにも。なろうとしても、無理なんだ。
その原因は、いわゆる『元カノ』にある。
実のところ、僕は元カノを引きずってるだけなんだ。僕のことを真剣に好きでいてくれた、あの娘……小泉花陽のことを。
———案の定、この日もなんの進展もなく終わった。
既に大学が始まって一週間が経とうとしているのに、何一つ変わったことはない。一人でアパートに帰ってきて、一人でベッドに寝ころんでいても、答えが出ることもない……無い無い尽くしで、嫌になってくる。でも、自分で撒いた種だ。花陽に別れを告げたのは、僕からだったんだから。
まだ高校を出たてで、酒を飲んで酔って忘れられない歳なのが、なんだか恨めしく思えた。飲んだことはないけど、父親や先輩たちの様子を見る限り、きっとお酒にはそういう力があるんだろう。嫌なことを忘れたり、気分をリセットしてくれる力が。
「……例えば、別れた彼女のことを忘れられる、とか」
意識したわけでもなく、独り言が漏れる。
さっきも考えてたことけど……サークルを決められないのは、一人暮らしや初めての大学生活が落ち着かないからじゃない。1ヶ月前に別れた彼女、『花陽』のことを忘れられそうなくらい、楽しそうな場所や人の輪が見つかっていないから……ってだけだ。
それがどのくらい重傷かと言うと、大学での授業中も、花陽がいる想像が脳裏をチラついてしまうほど。こんな状況がずっと続いてたのに、我ながらよく受験が成功したものだと思う。
あのまま、周りから冷たい目で見られながらでも、花陽と付き合っていた方が幸せだったのかもしれない……とすら、最近は考えてしまってる。
……僕からフッておいて都合の良い話だと思うけど、彼女の存在はあまりに大きすぎた。だからこそ、別れたのに。
「でも花陽なら、僕よりいい男捕まえてるよな今頃。きっと……」
飲み会の中で、もう名前も覚えてない先輩たちが言ってたように……そして校内で見かけるたくさんのカップルのように、花陽ならいくらでもいい男の人には困らないんだろう。
そう思うと、胸の中には大きな喪失感と。僅かな嫉妬心が芽生えるのがわかった。
花陽が、僕以外の男の人と?それ以上に、今のこの日々に……彼女がいてくれたなら。どれだけ素敵なキャンパスライフだっただろうか、なんて。
『うぅ~ん……この授業、難しいですね。あとで一緒に図書館に行きませんか?』
授業どころかサークル活動でも、花陽がいてくれればと考えてしまう。
『次の学祭、楽しみだね。ワンゲル部の炊き込みご飯が名物らしくって♪ ……た、体重は増えてませんよ!?』
理想とする恋人は、花陽しかいないと思ってしまう。
『火曜日、お互いに授業空けておいて正解でした! 貴方とこうして、一緒に過ごせるんですから♡』
花陽の声、花陽の髪、花陽の瞳、可愛らしい唇、整った鼻、美味しそうにご飯を食べる姿、スクールアイドルを楽しむ姿……
今思い出しても、平凡な僕とはあまりに住む世界が違いすぎた。あの頃のすべては、夢だったのかもしれないと思うほどには。
そんな彼女なら、僕なんていなくたってきっと頑張ってくれてると……そう信じてる。
それでも……
「やっぱり……逢いたい。花陽に」
今更、何を言ってるんだろう。僕にそんなことを言う資格はない。
『そう、ですか……決めちゃったんですね、もう。私は……花陽は、大好きな貴方の決めたことを、尊重します……』
花陽は……僕が悩んでいることに気づいてた。彼女のことだしきっと、僕自身よりも前から。だから最後には涙も流さず、黙って受け入れてくれた。最低な、『別れよう』と言う言葉を。
「僕はきっと……花陽に『依存』してたんだ」
花陽がいないだけで、この通り、何もできなくなってる。あれだけ一緒に勉強して、大学も一緒に行こうって言ってたのに。
こんな大学生活に意味なんてあるんだろうか……一人で何かできるようになったって、花陽がいなきゃ結局ダメなんじゃないのか。
「いや……そんな自分だから、花陽に釣り合わなかったのに。ネガティブになってる場合じゃない!」
一人で意味もみつけて、大学を有意義なものにして、精一杯頑張らなくちゃいけないんだ。むしろそれが花陽を悲しませた僕の……花陽に送り出してもらった僕の義務なんだ。
よし、そうと決めたら、いつまでもこうしてはいられない。
まだ新しいベッドから立って、机の上にある写真を見る。僕と花陽が一緒に写ってる頃の写真だ。まるで彼女がそこにいるかのように感じて、感傷に浸りそうになる心に、自分で喝を入れる。
「花陽……みててくれ、僕はひとりでもやってみせるから」
『————はいっ、花陽のこと呼びましたか?』
さすがにドキッとしてしまうけど、すぐに幻聴だと気が付く。
やれやれ……あんまり逢いたさ過ぎて、声まで聞こえてしまうなんて。決意したばっかりでこれか。入学早々、カウンセラー室行きは勘弁してほしい。
「相当参ってるんだな、僕……」
『大丈夫ですよ、だって貴方はいつだって頑張り屋さんですし、何より私が一緒にいるじゃないですか♪」
「はは……本当に花陽の声が聞こえてくる気がする。これ、夢なのかな……」
自分が自覚している以上に身も心も疲れているのは確かだった。僕は……妄想の花陽を相手に喋ってしまっている。
このぶんだと僕、一人暮らしとか向いてないのかも。植物とか昆虫とかの飼育を始めてみようかな……
もしこの場に花陽がいるとしたら、僕はどうすべきだろう。謝る?泣きつく?なんにしても、気になるのは彼女の気持ちだ。花陽は……あの時最後の別れ際に見せた、彼女のあの目の意味は———……
「夢じゃ、ないですよ?」
…………
「………………は、花陽?」
余りにも近くに聞こえてきた、声。
あの頃は毎日聞いた、μ'sのライブだって何百回も見た……聞き間違えるはずのない、あの綺麗な声……。
思わずベッドから身体を起こすと、鍵を閉めていなかった玄関から花陽が覗いていた。確かにこのドアは静かだし、ここは一階。そもそも彼女がいる時点で動揺してたのか、そんなよくわからないコトを気にしてしまっていた。
「えへへ、やっと気づいてくれました♪」
————間違いない、間違いなく花陽だ。
数年前に別れたはずの、他の大学に行ったであろう彼女が、確かに今ここにいる。
少し髪が伸びて……ほんのり大人の雰囲気を纏うようになった。μ'sから何年も経っているんだから、当たり前だけど。
何がなんだか分からずに呆然としていたから……
「なんだか、すっごく久しぶりですね……ああ、ホンモノだ。ホンモノのアナタの匂いですっ……♡」
……いつの間にか抱き着かれていたことに気がつくのにも時間がかかった。それにホンモノがどうとかって言いたいのは俺の方なんだけど。
そう、違和感を感じていても……何年もの間ずっと恋焦がれていた彼女が、今自分に抱き着いてきているという現実は、ナーバスになっていた僕を揺さぶるには十分すぎた。
抱き返そうという手が自然に伸びていくけど、ギリギリのところで理性が僕の手の動きを、別のものに変える。両手は彼女の肩を掴んで距離をとった。
「……って、そ、そうじゃない!」
「きゃっ!?」
「僕たち別れたはずだろ! だいたい、なんで俺の部屋に花陽が来てるんだよ!?」
な、流されちゃダメだ。今の花陽の声だって、さっき抱きついてきたときの柔らかさと花の香りだって、忘れなきゃダメなんだ……僕たちは、別れたんだから。
僕は、花陽がいなくても頑張らなくちゃいけないんだから……
「そうですね……驚かせてごめんなさい。まずご報告するとしたら、私はアナタと同じ大学に通ってますよ♪」
「えっ……そ、そんな。志望校はあの時まだ決めてなかったんだから、そんな、重なるわけがn……」
「でも、ありえなくはないですよね?きっと『運命』ですよ♡ 『偶然』私も受けて、ここしか受からなかったんです。そしたら入学式でアナタがいて、色んなサークルの説明会とかでも見かけて……えへへっ、今日は我慢しきれなくなって、つい跡をつけちゃいました♡」
そんな……そんな事あるわけない。ありえない。偶然にしては出来すぎてる。
でも、もし……
(もしそれが本当のことだとして。僕は彼女とやり直せるチャンスが……!?)
だ、ダメだ、また流されそうになってる。都合の良い方良い方にばかり考えるのは危険だよ。
だって、ずっと彼女に追跡されていた、ってことでもあるんだろ?僕は能天気で、何も気づかないままで、花陽が……
「もう!細かいことはいいじゃないですか。こうしてまた一緒に過ごせるんですから」グイッ
そう言ってまた密着しようとする花陽を今度はかわすと、明らかに不機嫌になるのがわかる。いや、そう考えることすら、彼女のペースに乗せられているってことだ。とにかく、悩むのは後にして……今は確認しなくちゃいけない。彼女が『なんでここに来たのか』を。
「なんで、花陽は僕のことを追いかけるんだよ。僕は君を自分勝手にフッた——……」
「その話なら……もう、いいんですよ。答えですけど、私はあの日から変わらず、ずっとずっとアナタのことが好きなんです。まだ私たちが1年生で、μ'sだった頃からずっと……」
「……それは嬉しい、嬉しいけど!」
「お互いあの場所から離れて一人暮らし、大学生活なんです! もうくだらない周りの噂とか、嫉妬とかに気を使わなくてもいいんですよ?なのに……また、付き合ってはもらえないんですか……?」
そんなこと言われても、いきなりは、信じられない。
……また、僕と付き合うため?そんなの、むしろ僕に都合がよすぎる。これじゃ、目の前の光景は夢だって言われた方がまだ信じられる。宝くじに当たる方が、まだマシな確率だ。
それに……僕の中に疑いの心を持たせているのは、今の彼女の目。
僕と付き合ってた頃の花陽なら、絶対に見せなかったもの。別れ際の、あの目だ。
「…………」
僕の目をまっすぐに射抜いている。いや、正確には僕の目じゃない。その奥にある僕自身の……さらにその奥底の何かを見られている……。
大学がどうとかの真相はわからないけど、少なくとも帰る跡をつけられて、家に押し掛けられて復縁を迫られているのは現実だ。彼女に何があったっていうんだ!?
……いや、もしかして……
僕が、彼女を変えてしまったのか?
「……ごめんなさい。突然こんなこと言われても困りますよね」スッ
色々と衝撃を受けすぎて何も返せない僕に、今度は彼女はあっさりと身を引いた。そこにまた驚いてしまう僕に考える時間を与えないように……想像もしなかった提案を持ちかけられる。
「じゃあ、『ちょっとだけ』でいいんじゃないでしょうか?」
「ちょっとだけ……?」
「そうです、よくある期間限定……『お試し』ですよ。少しの間だけ、また花陽と付き合ってください。それで、やっぱりイヤになったらやめればいいんです。その時は今度こそ、私も止めません。元通り友達に戻るだけです」
花陽が持ちかけた提案————それは、短くて儚い、仮初の関係。
それは、僕にとってはどこか底無し沼のような、一度ハマれば抜け出せないような恐ろしさを感じざるを得なかった。当然、普通なら断るところだったと思う。だけど、既に普通じゃない。彼女の目に宿った、静かに渦巻いている狂気。
断りながらそれを一時的にでも抑えて、彼女に帰ってもらう方法が……僕には思いつかなかった。いや、それすら考える間を与えなかった彼女の策略だったのかもしれない。
どちらにしても、僕だってまだ花陽のことを愛しているのは、確かだった。それに、あの時に関係を断ってしまったという罪悪感も残り続けている。だから……。
「う……うん、花陽が、そうしたいのなら……」
「……やったぁ♡ これでまた私たち、今日から恋人同士なんですねっ♡♡」
そう言って笑う彼女の笑顔は、以前のように花が咲いたように綺麗で……油断すればこの状況への不安を忘れてしまいそうだった。
もうしばらく続きます。