8/17改訂しました。
————あれから、既に数週間が経った。
「おはようございます! 今日もいい天気ですね、お互い1コマ目が空いてますし、ちょっと裏庭に行きましょう♪」
ああなってからというもの、僕はずっと花陽に誘惑を受けている。
朝からこうして僕の手を引く彼女が、2人だけになって『どういうこと』をしたがっているのか、僕じゃなくても誰にだってわかる。その態度を見れば……。
「い、いや……やめておくよ。まだ朝だし、それよりも喫茶店とかで……」
「一人暮らしなのに、お金の使いすぎは良くないですよ?それとも、花陽のこと……嫌いになっちゃいましたか?」
「き、嫌いなんかじゃない! 花陽のことは、でも……」
離れようとする僕の身体を、また彼女が引き止める。それも身体の……デリケートな場所を決まって、押し付けながら。周りの目もある中でだ。むしろ、周りに見せつけているのかもしれない。
さっきも言ったけど……こういうことは、あれからずっとだ。僕が『お試し』なんて言葉に流されるままに、また花陽と関係を持ってしまったあの夜から、ずっと。
まず手始めに、アパートの中で食事をとっている時や、映画を見ている時は必ず密着してくる。あの、μ'sの中でもかなり大きい方だった彼女の……だなんて考えてしまうと、否が応でも心は揺れ動いてしまう。
大学内ですら、人目のないところでは僕の……その、言いづらいところにまで手が伸びていることがある。
ただでさえ僕は、花陽の事を嫌いになれていない。今朝も結局彼女の言うことに従ってしまった。頭ではダメだと思っていても、拒絶できない……
「———じゃあ、OKですねっ。おにぎり沢山作ってきましたから、短い時間ですけどデートです♡」
「ちょっと待っ……は、花陽!」
「待ちませんっ!別れようって言われたあの日に、もう二度と待たないって決めちゃいましたから♪」
言葉を挟む余地もなく、また身体がくっついたまま、強引に連れて行かれる。それに、あの時のことを軽くでも持ち出されると、罪の意識で反論も難しくなってしまって、どうしようもなくなってしまう。
校内にいる人はそんな僕たちがまだ見慣れないのか、珍しいモノとして注目してしまっているし……。確かに僕が逆の立場だったら、見てしまうだろう。こんな美少女の新入生が、周りなんて関係ないというふうに、いきなりあちこちに男を連れ回しているのだから。
(……当然だけど、以前はこんな関係じゃなかった。μ'sの経験があったって、こういう意味で積極的になるわけじゃないよ……)
そう、こんな短い年月で忘れるわけがない。花陽はもっと大人しくて、物腰が柔らかい女の子だったはずだ。
彼女を変えてしまったのは、μ'sの後のスクールアイドル活動なのか。それとも、僕が別れてしまったせいなのか……考えてもわからないし、わかったところで意味のない疑問だとは思う。だけど、気にせずにはいられない。
きっと僕がどこかのサークルにでも入ろうとすれば、すぐに止めに来るか、同じく入ろうとするに決まってる。今の花陽の態度は、お試しで付き合うとかっていうよりは……そもそも、『僕のことを監視するためにこの条件を持ちかけた』んじゃないかと疑ってしまう。
いや、実際にその通りなのかもしれない。
花陽はまるで僕のことを束縛して、監視して、支配しようとしてるんだ。狙いすましたように気を使って、いつどんな時もすぐそばで控えてて……。
お試しされているのはむしろ、僕の方。
「はい、あーん……今日のおにぎりもたっぷり愛情を込めましたから、沢山食べてくださいね?」
「うん、美味しいけど……恥ずかしいよ。この辺りだって、誰もいないわけじゃ……」
「もう、今は大事な彼女の、花陽だけ見ててください!彼氏彼女だから、恥ずかしがることなんてありませんよ?」
こうして僕の反応を試して……僕の花陽に対する愛情を試しているんだ。
そして、どうすれば僕を手に入れられるのか、普段はご飯に向けられている食欲……に近いような、そんな捕食者の目を向けられている。まるで食虫植物だ。僕という獲物に隙間があれば、ツタを伸ばして入り込んでくる。そうでなければ、甘い蜜で誘って……一瞬で溶かしてしまうような。
このままじゃ、何もかも時間の問題だろう。僕が彼女にオとされてしまうのも……いや、花陽のことは今でも好きだ。だけど、何もわからないまま、色々と疑念を抱いたまま、状況に流されてていいわけがない。
どうしよう、こういうコトを相談できそうな人もいないし———
「———ねえキミ、スクールアイドルだった小泉花陽ちゃんだよね?」
「え?あなたは……」
「……チッ」
裏庭に引き込まれそうになっていた僕、引っ張る花陽。この光景に、第三者が現れた。
「ああ、お友達連れだよね?ゴメンゴメン、でもさ、どうしてもキミとお話したくって~……」
「私は、貴方のこと知りませんけど……」
「あっ何度もごめんね!僕の名前は~……」
とりあえず、僕は知らない人だ。少なくともこの大学の人には見えるけど、花陽も知らないようで、嫌悪感を丸出しにして避けるように距離をとっている。だが、相手の男はそれにも関わららずに近づいてきた。
(……さすがに、ほっとけない)
そう思ってさりげなく間に入るけど、この男はたいして気にもせずに、花陽にフランクに話しかけている。彼女がスクールアイドルだったことを言ってるし、そういう目的か?
だとしたら、花陽を守らないと……でも、彼女のイメージダウンになるようなことはなるべく避けて……そのためには、僕が適当に悪者になっておけば……
「ごめんなさい、今僕たちは———」
「
「そうそう、それで……え?」
……今、彼女はなんて?
相手の男も、びっくりしてるし……
「聞こえませんでしたか?帰ってと言ったんです」
「は、花陽……?」
「小泉さん……!?」
「ッ、貴方なんかが名前を呼ばないでください! 私は今、彼氏と大事な時間を過ごしてるんですっ!!」
見たことのないほどの剣幕で、僕が何をするまでもなく、相手の男を黙らせてしまった。これには流石に驚いたのか、怯えた表情で去っていく後姿を、僕は見つめていることしかできない。
しかし、花陽はそれでもまだ不満だったのか、強引に僕を連れて向こうのベンチに引っ張っていく。
「……最近、ああいう邪魔者が多いんです。高校を卒業して、スクールアイドルを引退したからって……穢らわしいですよね」
「そ、そんな言い方……」
「騙されないでください!あの人たちも、昔私たちの仲を引き裂こうとした人たちと同じです!!また、私と貴方を別れさせようって……許せません!!」
い、いや……『初めて』じゃない。
彼女のこの『目』は……あの日、別れた後に僕を見つめていた目と同じだ。
花陽は、変わってなんていなかった。あの頃から、ずっと『同じ』だったのか……!?
(待てよ……だとすれば、もしかして)
彼女はずっと前から、初めから『こう』だったんじゃないか? もしかしたら、μ'sの頃から。僕の前では一緒にいられたからそれが抑えられていたんであって。
むしろこれが彼女がずっとやりたかったこと?ここまで感情をむき出しにして、僕のところへ……これが、隠してた本性?
まさか、とは思っていても、それを否定しきれない自分がいる。今僕と話して、また上機嫌に戻っている変貌を見ると、特に。
「あ、あのさ!花陽はむしろ恥ずかしくないの?いくら恋人に戻ったって言っても、えっと、前はここまでしてなかったし……今みたいに、怒ったりとかなんて……」
「そんなことありませんよ? ……私、ずっと貴方と『もっと恋人らしいことしたいなあ』って思ってたんです。あの頃よりは、身も心も大人になりましたし……それに、だからこそ昔みたいに邪魔する人が許せないだけです。貴方にあんな酷いこと言ったりしないので、安心してください♡」
「そりゃ、僕だって花陽のことは……」
「ああっ……♡ 嬉しいです!そう言ってもらえて!それにさっきもかばってくれて……それでこそ、私の大好きなあなたです、愛してますっ♡」
「あっ……ま、まだ『仮』だろ//」
……また、いいようにしてやられた。
やっぱり『お試し』されてるのは間違いなく僕の方で、花陽は以前からこういうことを考えてたんだ。そうなると、彼女が僕を追ってきた理由にも頷ける。彼女の愛は、僕が想像してたよりもずっと重いものだったんだ……。
今更気がつくなんて、遅すぎる。あの日、あの目を見た時点で、勘づいておくべきだったのに。だけど……だとすれば一つ、もっと大事な疑問が残っていることになる。
それなら、彼女はなんであの時、僕の別れようという提案を受け入れたのか。受け入れておいて、なぜ今になって僕を大学まで追ってきて———……
———待てよ、もしかして。
(花陽は、僕の変更したはずの
いや、そうとしか考えられない。そうじゃなきゃ、こんな状況ありえないし……花陽がずっと考えていたであろうこととも、目的が一致する。
僕と彼女が別れてから、僕は志望校を成績の関係で何度か変えた。こう言ったらなんだけど、あんまり周りに受験してる人がいないから、知ってても親や教師くらいのはずだ。
前から僕との復縁を狙っていた?一度別れてから?偶然なんてあり得ない、学部も学科も同じだなんて。だとすれば、彼女は知ってたんだ。もしかしたら借りたアパートの場所すら。
(でも、本当にそうだとして、いったいどうやって……?)
あの時は勢いと驚きのまま流されちゃったけど。僕の部屋を知ってたりするだけなら、まだ学校を監視してたとか後をつけたとかで分かっても……
そもそも同じ大学を受験するなんて、ましてや合格不合格を知って、行くか行かないかを決めることだって、普通はまず無理だ。
それを知る方法なんて、考えられない。親しい誰かと繋がって聞き出した? いや、考えたくないけど……盗聴とか、盗撮、とか……!?
「うっ……!」
「ど、どうしました?おにぎり、何か変な味がしちゃいましたか?まさか、さっきの男の人が何か」
「う、ううん!ちょっと舌を噛んじゃってさ……」
まさか、花陽じゃないのに、そんな怪しいことできるわけない。
決してセキュリティがいいとは言えない、実家の僕の部屋、そこに花陽が入ってきたことも何度もあった。もしかしたら今も見られているんじゃないかと思うと、気分が悪くなってきてしまう。……とっさに誤魔化したけど、流石に怪しまれている。
花陽はずっと前から『そう』で、別れを受け入れたのもただの一時的なもので……
本当は、僕がこうして一人暮らしになるタイミングを待って、よりを戻そうと考えてたんじゃ……あの時から、ずっと計画してたのか?
『邪魔』をする周りの人間もいなくなって、人間関係も土地もリセットされるこの大学生活……部屋の位置も完全にバレてるし、出入りもされてる。
もし何か仕掛けられているのなら、外さないといけない。花陽のことがまだ好きだからと、もしかしたら何もかも上手く行くんじゃないかと心のどこかで考えていた自分の甘さが情けない。今の彼女は異常だ……何を企んでるのか分からない以上、距離を取るしかない。
「ごめん、吐くってわけじゃないけど、ちょっとトイレに行って来るよ」
「此方こそごめんなさい、お口に合わなかったのかも……」
「そんなことないよ! ……だ、だからまた作って欲しいな」
「! ……ええ、任せてくださいっ♡」
流されていたこの笑顔の裏に、どれだけの黒い想いが隠れているんだろう。
……この日はすぐには動けなかったけど、僕は一つのヒントを掴んでいた。彼女は同じ大学、同じ学部、同じ学科まで突き止めていた。でも、選択した授業のコマ割りまでは把握できていなかった。概ねは一緒でも、僕と花陽では、授業が一部異なるんだ。
つまり、家にいた頃に親との会話とかを盗聴されてた可能性が固くなった、ってだけだけど。逆に言えば、入学早々の時点ではまだ、机の上を見られたりはしてないってことになる。……今はもう分からないけど、流石にその位置を見るようなカメラがあればすぐ気づける。少なくとも、今の僕はもう意識しているから。
しかし、ヒントを掴んだところですぐに動けるわけじゃない。
花陽は僅かな授業の違う時間以外では、常に僕にべったりだ。そして、あれほどの行動に出るんだから、僕が何かに気づいたそぶりを見せれば、事態がどうエスカレートするかわかったものじゃない。
どうしたらいいのか分からずに、だからって花陽が何か手を加えてるかもしれないこのアパートに居続けるのもイヤで、着の身着のままで街に繰り出す日々が続いた。
花陽に見つからないように、何かに気づいて授業をサボったと感づかれないように出てきたけど、行くあてもない。
今日も対策を考えながら、トボトボと歩いていると、思わぬ相手と出会ってしまった。
「あれっ……かよちんの彼氏さんだにゃ?」
「キミは、星空凛さん……?」
————星空、凛。
元『μ's』の一員で、花陽の親友である彼女がそこにいた……。
僕だったら花陽ちゃんに監視されてるとわかったら、すごくウキウキします(違