———星空 凛。
目の前でラーメンですする彼女は、言わずと知れた元μ'sの一員にして、花陽の大親友だ。2人の仲良しっぷりは、今でもμ'sの特集が雑誌に載ると、話題になるほどだという。
実を言うと、μ'sだった当時は、2人きりで話した事はなかった。だいたい花陽と一緒だったし。だけど一応、会うたびに挨拶はしてた上に、花陽を通してお互いの状況や人となりは知っている。それが僕ら2人の関係だった。
……のだけど、こうして一緒にラーメン屋に来てしまったのは、何の因果だろうか。誘ったのは僕なんだけどね。
「いや〜、ここのラーメンはやっぱり美味しいにゃ〜!」
「確かに美味しいね。なぜか、僕の奢りだけど……」
「『相談に乗って欲しい』って言ったのはキミの方だから、このくらいは当然だよ?あ、メンマ追加しちゃおーっと!大将さん、おねがいしまーすっ」
「くう、食欲だけ花陽によく似ている……!!」
別に老舗や名店というわけじゃなく、ただの近場のチェーン店だけど、味と値段のバランスはいい。店内も広いから、話しづらいこともこうして壁際の席で簡単にできるし、
……この通り、相談料として僕の奢りなんだけどね。
とりあえずトッピングは一つまでに制限したけど、一番高いチャーシュー3枚を頼まれた。あと今のメンマでその約束も破られた。おっちゃんも断ってくれよ、僕が奢らされてることを、そんな風に哀れみの視線で見るだけじゃなくて。
「むむっ!?ここの替え玉、焼豚つきなの!?これは食べるっきゃないにゃー♪」
「太るよ……」ボソッ
「……替え玉追加も、おねがいしまぁーす♪」
うーん……このままじゃ埒があかない。あと財布も。花陽に気づかれるであろう時間もせまってるし、さっさと話してしまおう。
「……で、相談内容なんだけどさ。わかってるとは思うけど、花陽のことなんだ」
「それは分かってたけど……凛も高校時代ほどは会えてないから、最近のかよちんの事は分からないよ? むしろキミの方がよっぽど会ってると思うけど。同じ大学で、『彼氏さん』なんだし」
「う、うん。それはそうなんだけどさ。『入学前とか、あんまり会えてなかった』し……」
一見、なんでもない光景だけど、僕の内心はかなり緊張していた。一歩間違えば、すべてが失敗してしまうかもしれない。そんな全く気が抜けない場面で、汗が流れ落ちているのは、ラーメンのせいだけじゃない。
(それは、花陽が、僕のことを凛ちゃんにどう伝えているかは分からないからだ)
もしかしたら、別れたこと自体、話していないかもしれない……凛ちゃんは勘も鋭いし、花陽のこととなると、なんだって力になろうとするだろう。万に一つも変な疑いを持たれたら、花陽に筒抜けになって、彼女がどんな行動に出るかわからない。
でも、上手くいけば花陽のことが少しでもわかるかもしれない、というチャンスでもある。つまりこの一瞬は、僕にとっては賭けなんだ。
……親友が犯罪紛いのことまでして僕に迫っているなんて、疑いだけでも伝える勇気もなかったし。
「どうせ『どう接したらいいのかわからない』って悩みだよね? 2人とも1年生の頃から奥手だったから、後押しするのに苦労したにゃー」
「ええ……勝手に恋のキューピッドにならないでよ。色々口出してきてた真姫ちゃんはまだしも、凛ちゃんはただ、ラーメン食べてただけでしょ……」
「むむっ、それは不本意だにゃ!キミはしらないだろうけど、ちゃんと2人がくっ付けるようにかよちんにはアドバイスしてたよ!?」
「……凛ちゃんのアドバイスかあ。僕と花陽が付き合うまでに2年もかかったのは凛ちゃんが原因だったのか」
「あーっ!また凛のこと馬鹿にしたね!? かよちんに言いつけるよー!?」
あの頃は楽しかったなあ、μ'sの1年生みんなにファミレスに誘われて、花陽と僕が隣に座らされて……。
———って、ダメだ!凛ちゃんと話してると何気ない話ばっかしちゃう……。それはそれで、後で花陽に聞かれたときにも疑われにくいけど、それだけじゃ本来の目的は達成できない。
僕は花陽が何を考えてるのか、いったいどうしようとしてるのか確かめなくちゃいけない。そのヒントを、なんとか集めないといけないんだから———……
「ごめんごめん、花陽にいうのは勘弁してよ。あとトッピング一つくらいなら負けるから……」
「む、それはそれで凛が大食いみたいだよ。……かよちんとのことで悩んでるのは分かるけど、キミこそラーメン食べて元気出すにゃ」
「そう、したいんだけどね……」
食べたくないわけじゃないんだけど、今一つ箸が進まない。そのくらい、僕は張り詰めていたってだけだ。ただ、それでは結局彼女に怪しまれてしまう。無理矢理にでも口をつけて、凛ちゃんから話を聞き出さないと。
そう思って、頑張ってラーメンを食べ始めると、凛ちゃんの方も少し心配そうに話し始めてくれた。
「……彼氏さんには、しっかりしてほしいにゃ。貴方と別れた後のかよちん、見てられないくらい落ち込んでたんだから」
「っ、そ、そう……だよね。本当に、悪いことしちゃったから」ズキッ
「凛も最初は、かよちんをフッた貴方のこと……恨んだよ。でも、かよちんに言われて、貴方もすっごく悩んでたって知ったから」
「……うん。僕は、自分の事でも周りの事でも、花陽とつきあうだけの資格なんて、なかったんだ……」
今でも夢に見るし、時々思い出してしまう。花陽とまた仮初でも付き合い始めてからは、特に……。
『お前なんかが花陽ちゃんと付き合うなんて、身の程知らずなんだよ!あの時お前が試合でミスしなきゃ……』
『ちょっと、あのμ'sとじゃ釣り合わないよね~……あ、聞こえてた?』クスクス
……思い出すのはやめよう、余計に食欲がなくなるだけだ。
なんにしても、僕は……自分の失敗、周りの噂、嫉妬、嫌がらせ。スクールアイドルとして大成功を収めて、人気者になった花陽とのギャップに耐えられなかった。僕はそれで、別れを切り出した。あれは、言うなれば僕の弱さ、罪……だったのかもしれない。
(でも、そうだとしたら、花陽がどれだけ僕のことを監視してても、僕にそれを咎める資格なんてあるんだろうか……)
目の前にいる凛ちゃんだって、今ここにいないけど真姫ちゃんだって。元μ'sのメンバーだって、すごく心配させてた。それもまた『罪』なのだとしたら、僕は彼女ともう1度つきあう『義務』があるのかもしれない。
彼女がどれだけ異常な愛情を持っていても、今度こそって————……
「————でも、もう安心してほしいにゃ!あの時アナタやかよちんに嫌がらせしてた連中は、みーんな真姫ちゃんがやっつけちゃったんだ~♪」
「……えっ?」
「あっ、凛の話信じてないでしょ~!? でもホントだよ、あの後、怒った真姫ちゃんがおうちの力で、アナタの後にかよちんを狙ってた男の人たちとか、あの街から追い出しちゃったんだよ!すごいよね~っ♪」
「そ、そんなこと……ま、真姫ちゃんが……!?」
凛ちゃんはあっけらかんとした笑顔のまま、とんでもない事を口走った。
こんなの……ヒントどころじゃない!僕の想像なんかより、花陽ははるかに『行動的』じゃないか!?自分の想像が、『最悪』でも大甘だったのだと気づかされて、思わず箸を落としそうになった。
真姫ちゃん……西木野真姫。
もう1人のμ'sの1年生で……僕たちの関係をあんなに応援してくれた人が、そんなことをしてたって言うのか!?
確かに、あの頃……
『アンタたち、私がお膳立てしてあげたんだから、絶対シアワセになりなさいよ! もし花陽を泣かせたら承知しないし、そーいう連中が現れたら私に言いなさいよね』
『う、うん。わかりました……でも、ほどほどに……』
『声が小さいわよ!何か言った!?それで花陽の彼氏をやっていけるワケ!?』
『な、なんでもないです……』
『なんでもないじゃなくてハイって言いなさい!!』
『聞こえてるじゃないか!?』
『真姫ちゃんこわいにゃ~……』
『あ、あのっ!真姫ちゃん、もういいですから!ファミレスの中は恥ずかしいからヤメテ~!』
……あの頃交わした、あんな会話。
もし、あれが冗談じゃなかったとしたら?そして、僕の予想通り花陽が昔からそういう感情を持っていたとしたら……花陽は今も、真姫ちゃんの力を借りているのかもしれない。もしかして、それで僕の志望校や家を調べ上げたんじゃないだろうか。少なくとも、その可能性は高い。
そして、僕たちの『障害』になる人を『排除』していたのだとしたら……この前の男の人や、そういう人たちは相当ひどい目に遭っているに違いない。真姫ちゃん家の病院は、あのあたりで相当な力を持ってるはずだし、決して不可能じゃないんだ。
花陽と別れてから、ああいう人たちとの付き合いが断ち切れたのは、ひょっとして……?そう思うと、僕の中で小さく、復讐ができたような高揚感が生まれるけど、あくまで一瞬のことだ。あの人達が具体的に『どう』なったかということと、これからの僕の身に起きるであろうことを、考えると……。
(だとしたら……こうして僕らが会っていることすら、バレているのかもしれない)
幸い、何らかの手段で漏れていても、僕と凛ちゃんの会話内容は、特に怪しい点は見当たらないはずだ。それでも、時間とチャンスは無限じゃない。この状況が花陽の耳に入れば、何か疑われるはずだ。それに、花陽の行動や目的次第では、これからこの大学でたくさんの人が不幸になる可能性だってあるし……僕自身も、黙って彼女の掌の上で転がされたくはない。
下手をしたら、自分の家族や友達にまで何か危害が及ぶんじゃないか。そう考えた場合、僕一人でどこか遠くに逃げることも、考えなきゃダメだ。そのうえで、花陽(達)の暴走を止めないと……さっきの様子を見る限り、凛ちゃんだって向こうの仲間なんだ。
(僕が彼女をああさせてしまったのなら、僕が何とかする必要がある……)
逃走経路自体は、この際どうにでもなる。今はオンラインでいくらでもチケットは買えるし、突発的に遠くへ行くのなら、真姫ちゃんの協力があっても簡単に追えはしないだろうし。お金も多少は持っている。その後に警察に相談するなり、親に電話するなり、とにかく手を打つんだ。このままここにいることが、一番危ない。
でも、そのためにはまだ、情報が足りない気がする。
せめて、警察に相談するための証拠がありさえすれば、なんとか———……
「とにかく、今が幸せならOKにゃ!あの頃はよく相談されたんだよ? キミのことが好きで好きで仕方ない日々を書いてるんだけど告白できないーってかよちんが言ってて~♪ 今となっては青春の思い出だよね〜」
「青春って……まだそんな歳じゃないでしょ、僕ら。むしろこれからだよ」
「もー、若さは有限なの! キミも凛もかよちんもいつまでも高校生じゃないにゃ。うかうかしてると、あっという間に結婚式になっちゃうよ。かよちんのこと悲しませるなら、結婚は許さないけどね!」
ほら、今もこうして下らない話題に……あれ?『書く』って何のことだ……?
「えっと、『書いてる』って、何を……?」
「あれ、知らないの? かよちん、ずっと日記を書いてるんだよ!でも、凛も見せてもらったことないんだよね~」
————日記?
今の話を聞く限り、おそらく花陽はそれを毎日つけているんだろう。
そしてそこには、僕との関係が書かれている……!?
「……その話、詳しく聞いてもいいかな?」
僕と花陽は、結局のところ似たもの同士だったのかもしれない。
だって僕もまた、追い詰められた末に、犯罪紛いのことに手を出そうとしていたから。本来は関係のない凛ちゃんを騙してまで。
でも、僕には他に縋れるものなんて、何一つなかった……。
μ'sの短編がAqoursに比べ全体的に暗いのは気のせいです……多分。
ヤンデレ日記って定番の一つですが、一度もやったことがなかったので、やってみたくて花陽編を書いてます。大事なのはやりたいかどうかです(違)。