ラブライブ!〜ヤンデレファンミーティング〜   作:べーた

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「ツバサ、俺さ。絶対夢をかなえてやるんだ。」

1人の少年と少女が、真剣な表情で向かい合って話をする。

季節は春だろうか。桜の花びらが舞い散っていて、別れを彩っていた。
 
「私もよ。あんな奴らにいじめられて。『こんな人生でしたー』なんて後悔しながら、おばあちゃんになりたくない」
 
「ああ。だから、ツバサは東京に引っ越したら……頑張って。俺も頑張るから。きっと、二人とも—————」
 
「うん、約束よ。絶対二人で夢をかなえて、再会しましょう」
 
「0からのスタート。どちらか片方でも成功したら奇跡って感じだけどさ」
 
「ええ。それでもやる。夢だものね。私たちでかなえる、夢……。」
 
「親父の転勤ばっかりだけど、俺もいつかきっと東京に行く。絶対追いつく!だから……元気で。」
 
 
————————それはもう、遠くなってしまった記憶。
 
3年という年月は、中学生にはとても長い。
 
でも、どれだけ長い時間がたっても、2人の誓いはお互いに一言一句覚えてる。

絶対に忘れたりしない、大切な思い出……。




「それでは結果を発表します!第2回!ラブライブ!本選出場は……」

「μ’s!!」




Ⅰ:穂乃果とツバサ
第1話 ツバサの涙


「ねぇ、後でいいから……2人でちょっと話でもしない?」

 

 

選手控室の近くの廊下で、A-RISEのリーダーにして……幼馴染の綺羅ツバサにそう誘われたのが、今から1時間ほど前の事だ。自販機で飲み物を買って、二人で休憩スペースのベンチに腰かける。俺はコーヒー、彼女は果実系のジュース。昔から変わらない『いつも通り』の組み合わせ。子供のくせにコーヒーだなんて、母さんにもツバサにも笑われたっけ。

 

ラブライブ!の予選は既に終わって、観客は会場を後にしていた。関係者もほとんど帰り支度中のはずだから、後は片付けのスタッフが少数といったところ。この休憩スペースが廊下の奥の方にあることもあって、俺たち以外に人の気配は全くない。先ほどまで会場を包んでいた熱狂と歓声が、嘘のような静けさに変わっていた。

 

μ'sの皆は疲れてるから先に帰ってもらったし、おそらくツバサもA-RISEの他の2人は先に帰らせてるんだろう。……つまり、俺たちだけで話すには絶好の条件が揃っている。おそらく、わざわざ俺と話すためにこの時間帯と場所を選んでくれたんだ。

 

だけど……俺たちの関係は形の上では、勝者と敗者。

 

昔一緒に夢をかなえようと誓い合った二人の間に、大きな壁ができてしまったように感じる。実際、ツバサもショックが残っているのか、あまり視線をあわせることもできず、会話もない。遠慮してるのかもと思って先にフタを開けるが、ツバサの方からは開ける音が聞こえないままだった。

 

気になって……勇気を出して視線を向けると、ツバサの手は落ち着かず缶をいじっている。

 

「懐かしいわね。飲み物の好みは変わってないんだ。まだ若いのに、貴方はいつもそのコーヒー……」

 

ようやく絞り出されたその言葉が、本題でないことはすぐにわかる。……だからといって、どんな言葉を返していいのかわからないままではあるのだけど。

 

中学1年生、引っ越しで別れるあの時……確かに二人で一緒に誓った。お互い夢をかなえよう。才能がなくたって、努力できっと凄い人になって、いろんな人を見返してやろうって。

 

でも今……俺は、ツバサの隣にいながら、隣にはいない。ツバサは俺の大切な仲間たちに敗れて、夢が途切れそうになっている。 俺自身も未だに夢をかなえられず、挫折し、それどころかツバサの障害になってしまった。

 

μ'sはA-RISEに勝った。第2回ラブライブ!に出場するのは、μ'sだ。そして俺は、そのμ'sのマネージャーなんだ。

 

だからこうして誘われたときは、ツバサがそんな女性でないことはよく知っていても、恨み言の一つでも覚悟していたのだが———

 

 

「高坂、穂乃果さん……ね」

  

 

——彼女が最初に口にした言葉は、俺ではなく、穂乃果の名前。そして、賞賛とも嫉妬ともとれる一言。

 

 

「彼女は、『天才』だったのね」

 

 

うつむいたまま、ツバサはそう語る。

 

……それは違う。穂乃果は天才なんかじゃない。

 

誰よりも学校のために、みんなのために必死に努力して、その想いが、言葉が皆を集めて、一つになって……。今日ついに、ラブライブへの出場権を勝ち取ったんだ。ドジだし、頭もあんまり良くないし、アイドルなんてやったこともなかった。最初のライブなんてほとんど誰も来なかったくらいの、ごく普通の高校2年生なんだ、と。

 

……そう、言いたかった。

 

だが、俺の口は動いてはくれなかった。それはきっと、ツバサの言葉に共感している自分に、どこかで気づいていたから。

 

(俺の得られなかった夢を、持って生まれることのなかった才能を。穂乃果は持っていたんだと。だから勝てたんだ、と思いたくない自分に……気づいていた)

 

穂乃果も俺と同じで才能なんてない。その穂乃果が勝てたんだから、俺も頑張れば勝てるんだと、信じたい弱い自分がいる。心のどこかに。

 

穂乃果とμ’sのみんなの光を。それを才能だと言ってしまうと、その美しさを、憧れた輝きを、直視できなくなりそうな気がして、認めたくなかった。みんなの才能を認めてしまうと、今の自分が壊れそうだったんだ。

 

でもツバサは、そんな俺の動揺を知ってか知らずか、この静かな場所で二人きり。鋭い言葉を紡いで、俺の胸を刺し続けていった。

 

 

「彼女のもつカリスマ……人を惹きつける力は、きっと天賦のものよ。そして、他のμ’sのメンバーっていう星々をより一層、輝かせてるのもやっぱり彼女の光。女神っていうよりは、まるで太陽よね」

 

 

そこまで語って、ツバサはようやく俺のほうに顔を向ける。俺は、内心の動揺を悟られたくなくて、咄嗟に目をそむけてしまった。だがツバサには、それで十分伝わったようだ。『沈黙は肯定』だ、と……。

 

『ごく普通の女子高生』で始まったはずの穂乃果が、努力して挫折して仲間を得て。成長して勝ったからこそ……まさに『天才』なんだと。

 

 

「……認めたくないのね。穂乃果さんの才能を。私たち、ずーっと才能に憧れてきたものね。私たちには、ソレがなかったもの」

 

そうだ。俺たちには才能がなかった。人間が成功するには、子供のころからそういう教育や場所や努力できる環境が整っていたり、才能もあったり、親の財力や理解が必要だ。少なくとも、きっとどれか2つくらいは。

 

……でも俺たち2人には、その中の何一つとしてなかった。だからこそ、ツバサがスクールアイドルの頂点に登りつめたって聞いた時は、本当に嬉しかった。努力で勝てるんだと、才能を超えられるんだと、本気で信じられた。だが、今では……

 

「あの日、一緒に誓ったわね……。2人で一緒になんて贅沢は言わない、どっちか1人でもいい。いつかきっと夢をかなえよう、そして笑顔で再会しよう、って。そうじゃなきゃ産まれてきた甲斐がないって、きっとみんなを見返してやるんだって……」

 

お互いの両親は転勤族。引っ越しで、人生で何度目かの離ればなれになる日。ずっと同じ思いを抱いてた俺たちは、一緒に誓いあった。『夢をかなえよう』って。ツバサはアイドルになる夢を。

 

そして俺は。

 

俺の、夢は——……

 

 

「あれからずっと努力したわ。それこそ死に物狂いで。でも、結果は見ての通り。穂乃果さんとμ’sには、勝てなかった……。ちょっと役者が違ってたかもね、私も彼女たちのライブを見て……感動させられちゃったんだもの。終わった時にわかったわ、『ああ、負けたんだ』って」

 

 

……でも、最後の疑問が残る。

 

穂乃果は確かにすごいカリスマ性があったかもしれない、スクールアイドルとしてもって生まれた何かがあったのかもしれない。だけど、あいつだって自分だけの力でこの結果を出したわけじゃない。穂乃果だけじゃ、スクールアイドルはやれなかった。

 

だんだん集まってくれたμ’sのみんなや、支えてくれた穂むらや家族の皆さん。ヒフミトリオや学校の皆、廃校をなくすっていう目標があって。

 

そしてマネージャーをした俺も。俺だって一番最初から、ずっと一緒に———

 

 

「……その顔を見ればわかるわ。穂乃果さんが、μ’sが輝けたのは、想いや努力や仲間があったからこそだって。才能なんかじゃない……そう、思いたいのよね?」

 

——本当に、そうだろうか?

 

 

「でもそれは間違いよ」

 

——穂乃果だけでも?

 

 

「貴方も本当はわかってるんじゃない?」

 

まってくれツバサ。それを考えてしまったら、俺は——

 

 

 

「貴方がいなくても、きっと穂乃果さんはμ'sを結成して、学校も救って、私たちに勝って。ラブライブに出場してた……」

 

 

 

——今まで必死に気づかないフリをしていた、μ’sのみんなと最近、一緒にいるとき。どこかで感じていた胸の痛みの正体。

 

『嫉妬』。

 

穂乃果や、μ’sのみんなへの嫉妬を、疎外感を。一緒に勝ったはずなのに、何故か感じているこの敗北感の正体を……認めなきゃいけなくなる。

 

 

「穂乃果さんの本当の才能はダンスや歌じゃない。太陽なようなあのカリスマ性だってことに、貴方は本当は、私よりもずっと前から……気づいてる。気づいてしまってるんでしよ?」

 

全て、彼女のいう通りだ。

 

俺がいなくても、穂乃果なら。海未やことりと一緒に、きっとスクールアイドルを始めてた。そして、μ’sのみんなを集めて。9人でひとつの光になれただろう。

 

……ずっとそばで見守ってきた。見守るだけだった俺だから、わかる。いや、きっとずっと前からわかっていた。

 

「憧れてるのよ、私たち。穂乃果さんや、彼女たちに。その真っ直ぐな思いと才能と……勝利に」

 

ダメだ、思考がまとまらない。ツバサの言葉で、俺の中で何かが崩れ続けているのがわかる。それを必死で誤魔化そうとして、でも言葉なんて何も浮かんでないから、ただやぶれかぶれに『違う』とだけ叫ぼうとして。

 

 

ツバサの方に顔を向けて——

 

 

 

「そうじゃないと……ッ、私たちじゃ、一生、追いつけ、ないんだから……ッ!」

 

 

 

———できなかった。

 

 

ツバサは泣いていた。

 

 

その顔を、音を立ててこぼれ落ちる、たくさんの涙で濡らして。

 

 

 

 


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