「そうじゃないと……ッ、私たちじゃ、一生、追いつけ、ないんだから……ッ!」
———できなかった。ツバサは泣いていた。その顔を、たくさんの涙で濡らして。
「学校を救うっていうあんなに綺麗な目標も!心からそれを応援してくれる純粋な人達も!『私だから』ついてきてくれる仲間も!!私にはなかったのよ!!」
「あったのは『勝ちたい』っていう個人的なことだけ!学校だって!将来アイドルになるからって、学校の宣伝になるからって!応援してくれてただけ!!」
「『私だから』英玲奈も!!あんじゅもついてきてくれたわけじゃない!スクールアイドルとして、学校や先生に決めてもらったりプロデュースしてもらったから!!」
ツバサの涙は止まらない。まるでダムが決壊して、全てが流れ出すように、今まで溜め込んでいた感情を曝け出していく……。それは頬を伝ってボロボロと零れ落ちて、床を濡らし続けている。同時に、涙の勢いとは逆に、その声はひどく弱々しくなっていった。
……それは間違いなく、俺にもあった気持ち。俺に穂乃果みたいな輝きはない。たくさんの人を惹きつける力も、才能もない。俺はμ’sのマネージャーなのに、ずっと心のどこかでみんなと壁を感じていたのだと、今になって気づかされる。
それは別に男女の違いなんかじゃない。みんなの努力も、絆も、想いも間違いなく本物なんだ。一点の曇りもない、本当の輝き……。
だからこそ、辛いんだ。
そこにきっと俺はいないのだと、気づかされて。
(特に最近は、ずっと無理してたんだな……)
あんなに綺麗になっていくμ’sに、マネージャーや仲間としての誇らしさでいっぱいのはずなのに、理由のわからない胸の痛みを感じていた。でもその正体にうすうす気づいていたからこそ、みんなにそれを相談できなかったのかもしれない。
……もしかしたら、俺は心のどこかで、ツバサに勝ってほしかったのだろうか。俺よりも必死で努力して、俺よりもたくさんの人の後押しを受けたツバサでさえ……μ'sに、負けた。穂乃果の『才能』や、μ’sの光に嫉妬して、認めたくなかった気持ち……。
ああ、きっとツバサの言う通りだ。
(穂乃果は……穂乃果なら。μ'sのみんななら、きっとこの『世界』に俺がいなくても、きっとツバサに、A-RISEに勝って、ラブライブに出場していただろう)
多分、そこでもツバサは勝てなかった。根拠なんてない。でも彼女たちの力ならそういう確信が持てる。……ずっと、一番近くで見ていたから。誰よりもμ'sのことを知っていて、ツバサのことも知っているからこそ、そう思える。
いつからだったかな?引っ張っていた側が、引っ張られる側になって。ツバサはいつも俺の気づかなかったことまで、先回りして教えてくれたりもした。その度に彼女の眼力には驚かされたし、俺もずいぶん参考にさせてもらった。今もそうだ、俺が見たくなかった自分自身のことまで、正確に言い当てられてしまった。
……でも、ツバサ。
さっきの言葉に一つだけ。UTXに関係のない俺からでも違うって言えることがある。
「……幻滅したでしょ?これが私。自信、なくなっちゃった。英玲奈やあんじゅみたいな余裕なんてなかった。いっつもギリギリ。必死で……スクールアイドルの頂点を、『A-RISEの綺羅ツバサ』を演じてた!……でも、完敗しちゃって。もう王者失格ね」
だから俺は、泣いてるツバサに、一歩近づいて。
「負けたくなかった、勝ちたかった!!努力を見てもらえなくていい。偽りの私でもいい。みんなに心から認めてほしかった!!ラブライブに出たかった!!!貴方を奪われたくなかった!!!!」
両手でしっかり肩をつかんで。あの日、二人で誓ったときと同じように。でもあの時はしなかったことを。
「やめて。優しくしないで。こんな風に嫉妬ばっかりしてる『負け犬』なんて。じゃないと私——————」
力の限り、思いっきり抱きしめた。
痛いって言われても、離してやるもんか。ツバサが自分を卑下しているのに、俺が黙っていられない。
ライブ後の、ボディシートか何かで体を拭いて着替えて、まだシャワーを浴びてないであろう仄かな汗の香りと、女性特有のいい香りが混ざっている。わざわざ香水はつけてないだろうから、きっと彼女だけのものだ。
あの時からずっと綺麗に成長した柔らかい体が密着してるんだ、と自覚して、俺の心臓もツバサの心臓も爆発しそうになっている。どっちがどっちの鼓動か、なんてわからないし、多分意味もない。
この時間が永遠に続いてほしいなんて、柄にもないセリフが頭の中に浮かんだが、すぐに追い払った。やっぱり時間には止まってほしくない。巻き戻ってほしくもない。今、前に進みたい、ツバサと……。
「———負け犬なんて、言うな」
しばらくは無言で抱き合って、先に口を開いたのは、俺だった。ツバサの顔は俺の首元にあって、流れ続ける涙がシャツを濡らしている。
「俺は、ツバサのダンスが好きだ」
「……嘘よ」
ツバサは顔を上げないまま、涙声で反論してくる。確かに俺にはダンスのセンスもないし、服を選ぶセンスもいまいちだ。そんな俺がこの手の褒め言葉を言っても、説得力はないだろう。
でもな、ツバサ。俺はスクールアイドルの凄さを見る目には自信があるんだ。いいか。そのままよーく聞いとけ。
「ツバサの歌声が好きだ。衣装を着た姿が好きだ!今までもこれからも、どのCDも好きだし、ライブ映像も好きだ!!最初の曲の時のPVなんて特に好きだ!!2枚目のときのジャケ絵も好きだし、秋葉の限定特典のポスターはこの前こっそりネットで手に入れて3枚永久保存予定だ!」
「嘘!」
「嘘じゃない!!μ'sの皆には内緒で、A-RISEの3色ブレードも買って部室にこっそり保管してある!それに、にこの奴のA-RISEグッズ、アイツがいないときにこっそり出して勝手に眺めてる!!花陽にも秘密で、中学生の時描いてくれた俺だけのサイン色紙も家宝にしてる!!世界中の誰もがμ’sの方がいいって言っても、A-RISEのことを、ツバサのことを認めなくても!俺だけはツバサのことを認めてる!μ'sに負けない最高のアイドルだって!!」
「嘘よ……だって、私。私には、何もないのに……」
「ツバサはちょっと気が滅入って、心にもないことを言っちゃってるだけだ。普段なら絶対、そんなこと言わない。例えツバサが個人的な思いで、個人的なプライドでアイドルをしてたって……。ツバサがスクールアイドルであることで、たくさんのファンが夢をもらった。たくさんの人が憧れた。たくさんの人が、ツバサ達のことを綺麗だと思った。その事実は変わらないだろ?」
「ファンの人たちも、応援してくれたUTXのお偉いさんも、A-RISEのこと。信じてくれてたはずだ。ツバサなら、A-RISEだから応援できる!ってさ。英玲奈さんもあんじゅさんも、ツバサだからついてきてくれた。一緒にここまでこれた!誰も幻滅なんて、するわけない。するやつがいたら俺がぶんなぐってでも認めさせる!」
「みんなA-RISEのことも、ツバサのことも大好きなんだよ!偽りなんかじゃない!自分のためのツバサも、アイドルとしての皆のためのツバサも、どっちも『綺羅ツバサ』なんだ。今俺の目の前にいる、綺羅ツバサだ!何の違いもない。みんなに夢をくれた、輝きをみせてくれた『綺羅ツバサ』なんだ!頼むから……自分を、卑下しないでくれ。ツバサを信じてくれた人たちを、ツバサ自身も信じてくれないか?」
いろんな気持ちがごちゃ混ぜになってくる。気づけば、俺の頬にも涙が流れていた。いつの間にか俺も一緒に泣いていたんだ。その一滴が、ツバサの頭に落ちて、髪の毛を濡らす。
でも、ここまで言ってもツバサは無言でうつむいてしまったままだ。
……やっぱりまだ、信じられないんだろうか。じゃあとっておきのネタを教えてやる。覚悟して聞け。
「……知ってるか?穂乃果ってさ。A-RISEを、ツバサの姿を見て、スクールアイドル始めたんだぜ?」
「えっ……?」
「本当さ。学校を救うために、どんなことをしたらいいんだろうって悩んでた時に、A-RISEの姿をUTXのスクリーンで見てさ。『これだ!』って。そこからはもう猪突猛進で、みんなを巻き込んで一直線だったよ」
そう、俺が穂乃果に会ったのもちょうどその頃だった。今でも鮮明に思い出せる、あいつがツバサに憧れて……スクールアイドルの力を信じられるようになった、あの頃のことを。
「……ツバサは身近に感じることが少なかっただけで、とっても多くの人の心を温かくしてくれる、最高のアイドルなんだ。ツバサがくれた夢やキラキラしたものを、たくさんの人が受け取って、またそれをμ’sみたいなグループが大きくして、またたくさんの人に伝えてくれる。……まるで、風で飛んでいく羽を、手を伸ばして、受け取るみたいにさ」
———……我ながら、ガラにもないセリフだ。少女漫画じゃあるまいし。でも、本当にそう思ってることだ。
まるでツバサの名前とかけたみたいで恥ずかしくなってくるが、よく考えたらツバサを抱きしめているこの状況のほうがよっぽど恥ずかしい。鏡を見たら絶対今、顔真っ赤だぞ俺。よく見たら、ツバサも髪から覗く耳が真っ赤になっている。
「……だから、さ。顔上げろよ。勿体ないって」
「嫌。絶対今の私、ひどい顔してるもん」
「嫌じゃない。ツバサにひどい顔なんてないよ」
「……修也、ひょっとして……口説いてる?」
うん……自分でもそう思う。でも今言っていることは、全て本心だ。
それでツバサが元気になってくれるなら、もう口説き文句でもいい。どうせ他に誰も聞いてない。
「どっちだっていいよ。ダンスも歌声も衣装も全部好きだけど。一番好きなのは……その、綺麗な
「やっぱり口説いてるじゃない……」
「ああもう、口説いてるよ!だから、顔を上げて……その
「……エへへ、口説いてくれるんだ。私のこと」
未だに俺の胸に顔をうずめたまま、涙声でもじもじと身体をよじっている。
な、何だこの生き物……本当にツバサなのか!?普段とのギャップに、正直真剣にときめいてしまった。……無論、口に出したら殴られそうなので心の中でとどめておくが。
「……貴方って、顔は特別にイケメンってわけじゃないし、髪型もオシャレじゃないし、肝心な時にドジで、勉強はできるのにバカで、コンプレックスの塊で、私と同じでいっつも誰かに嫉妬して、身の丈に合わない夢ばっかり見て、バカで、でもまっすぐで、夢をかなえるために、努力して……」
まだ涙の混じった声だが、少しだけ元気を取り戻したようで安堵する。……っておい、今バカって二回言ったろ、とツッコミたくなるが、そんな暇すらなく。
「でもそんなあなたの、一番好きなところが。……さっき色々言ってくれたけど、私にもあるの。あなたが今言ってくれたことと、おんなじなんだけどね」
そういって顔を上げて、目を合わせてくれたツバサの瞳は、とても綺麗で。散々さっきまで俺の言った『好き』の言葉を返されてドキドキしていたのに、一瞬で吸い込まれてしまった。
「
おかしな話だ。二人とも、お互い同じところを好きになっていたなんて。
俺たちの間にはもう何もなかった。
どちらからともなく。
その日キスをして。
視線と想いと、唇とが、重なって———。
「だから、お願い。修也。その瞳で、私だけを見ていて————」
俺たちはその日、恋人同士になった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「……ありがとう。私ね?卒業しても……アイドル、続ける」
「何度ダメでも、何度負けても。何度だって挑戦してみせる。いつか、μ'sの皆よりも輝いてみせる」
「だから、側にいて。見守っていて?」
「さて、明日はUTXの人たちにも謝りにいかないと。あ、あと英玲奈とあんじゅにも謝らないとね」
「……それと、貴方との関係も、二人にだけは報告しないと」
「何?その顔。……あのねえ、あの二人も彼氏いないんだから、貴方が狙われたらどうするの!!」
「あの二人、貴方のこと結構いいなって絶対思ってる。油断も隙もないんだから、今のうちに牽制しておかないと。わかった!?」