「……ごめん、無理なんだ。俺は、ツバサと付き合うことになったんだ」
「………………………えっ?」
穂乃果にとって、全く予想外の名前が出たのか。出るとしても、μ'sの誰かだと思っていたのか……
彼女は一瞬、俺が何を言ったのかわからないという表情を見せた。そして……
「だから、穂乃果。マネージャーは……終わりにしようと思う」
俺は、俺の本心をやっと話せた。それがどんなに、辛いものでも……。
「—————————————————…………どういう、こと?」
穂乃果の瞳は、少しづつ濡れ始めている。おそらく、俺の言った言葉をだんだん理解しはじめてくれたのだろう。……逆の立場だったら、確かに辛いと思う。でも、彼女の強さなら、信じて話せる。俺がずっと胸の奥で感じていたことを、本心を。
きっと穂乃果なら、俺のことをわかってくれる……。
穂乃果は俺にとって、太陽だから。その光に憧れてた。……恋、してたのかもしれないと思うくらい、夢をかなえていく姿に焦がれてた。
「穂乃果、俺さ。ずっと夢があったんだよ。でも、事故でケガしてさ。1年も高校に通えなくて……諦めたんだ」
全部、話す。聞いてくれ穂乃果。俺の気持ちを。
「穂乃果は皆と一緒に廃校を阻止するとか、ラブライブに出るっていう、新しい夢を見つけて、ついに叶えた。……でも、俺にはμ'sのみんなみたいな輝きはない。俺だけは夢をかなえてない。俺だけは輝いてないんだ!俺にはその輝きは、眩しすぎる……」
話すから……わかってくれ、そしてこんな男には幻滅してくれ。
「俺はみんなに、一人でずっと嫉妬して。壁を作ってたんだ。みんながどんどん綺麗になって、人気も出て、海外にも認められて!!!夢をかなえていくのを見るのが、辛すぎるんだ……!」
俺たちは一緒にいられない、お互いを傷つけるだけなんだ。
「俺なんかに、みんなと一緒にいる資格なんてない!穂乃果のいう『みんな』には入れないんだ!」
穂乃果は黙って聞いてくれているんじゃなくて、何を話せばいいのかわからなくなっているんだと思う。それくらいわかってる。今思うと……俺は今まで、自分のことをあまり話したことがなかったのかもしれない。
自分の気持ちにフタをし続けて、μ'sのみんなさえ幸せならと、ただそれだけやってきて……でもそれじゃ、本当の俺を好きになってもらったわけじゃない。
「俺なんかがいなくても!穂乃果の力があれば、みんなの力があれば!μ'sは最高のスクールアイドルだった。夢をかなえられた!」
涙はボロボロと零れ始めている。穂乃果は悲しくて……今、俺の目の前で泣いているのに。それでも俺は自分の言葉を止まられない。
ずっと思っていたことだから、一度溢れたら、止めるすべがない。奇妙なことだけど、この様子は昨日とまるで同じ。男と女が、告白のシーンでお互いに涙を流す光景。
だけど、その意味と結末はまったくの逆だ。
この光景はきっと、二人とも悲しみの涙で終わる……。
「みんなに負けていたくない。みんなを、穂乃果のことを好きだからこそ、俺はその陰でいたくない。夢をかなえて、隣に立てる男になりたいんだ。マネージャーは……ごめん」
それでも話せるのは、穂乃果だからだ、μ’sのみんなだからだ。
穂乃果なら、俺なんかがいなくても大丈夫だと信じているから。
「……こんな俺が、こんな気持ちのまま。みんなとニューヨークやラブライブへは……一緒に行けない」
もう、別れよう。違う道を進もう。
大丈夫、俺が本当にみんなの隣に立てる資格を得たら、きっとまた会えるから。
そこまでいって、俺の方が辛い空気と、穂乃果の涙に耐えられなくて、その場から逃げるように立ち去ろうとした。
いや、逃げるようにじゃない……事実俺は、μ'sのみんなから逃げようとしている。
だがそんな俺の背中に、穂乃果が思いきり抱き着いた。一瞬倒れそうになるけど、そこはすぐに歩き出す勇気がなかったことで、踏ん張れた。
背中越しだから顔は見えないが、どんな気持ちでいるかは、痛いほどわかる。事実、穂乃果の俺の服を掴む腕の力は悲しいほどに強く、離さないという意思が感じられた。
「辞めないで、行かないでしゅー君……!なんでそんな悲しいこと言うの……!?私たち、ここまでずっと一緒にいたのに!みんながバラバラになりそうな時だって、引き留めてくれたのに……!何度も助けてくれたのに!!」
その通りだ。俺は穂乃果が倒れて、ことりが留学すると言ったあの時。俺は後に『半分告白だった』とことりに茶化されるような、引き留め方をしてた。でもそれも、みんなの絆なら、俺がいなくても……きっと、できてたと思う。μ'sは俺がいなくても一つになれた。
「……μ’sを嫌いで、離れるわけじゃない。穂乃果の告白、嬉しかった。本当に。断りたくなんてない。みんなと、穂乃果と一緒にいたい……!心の底から、μ’sのみんなが大好きなんだから」
「だったら!」
「だからこそなんだ!……これ以上一緒に歩んだら、多分俺は夢を忘れてしまう。皆と一緒にいるだけで満足しちまう。幸せになっちまうんだよ!でもそれはみんなに与えてもらっただけだ。自分で掴んだものじゃないんだ……!」
「幸せならいいじゃない!しゅー君がいて、みんながいて。ずっと一緒に、歌って、踊って……μ'sがいつか解散しても、それで!」
違うんだ、穂乃果!
こんなに俺が言っても、みんなで一緒にいようっていうその優しさが!
その明るさが。
その輝きが……何よりも俺には眩しすぎるんだ。
その優しさが、それが何よりも辛いんだよ!そんな綺麗な心は、皆に好かれるような魅力は、俺にはないんだ!!!
「恋人なんてわがまま言わない。彼女になれなくてもいい!悪いところも治すから!もう迷惑かけないから……!だから、だから……お願い……お願いだから……」
その優しさを、今の情けない俺に向けないでくれ……!!
「それじゃダメなんだ!俺は、夢をかなえたい!皆に負けたままで幸せになりたくない。みんなの隣に立てる資格が欲しい」
「勝ちとか負けとかないよ!みんなで一緒にいるのに、何の資格がいるの!? 私たちは、そんなに……」
最後に差し伸べられたその手すら、俺には苦しすぎた。こんなことを言う最低の俺にすら、彼女は諦めない。
多分、この会話はこのままなら、平行線として永遠に続いたのだろう。俺は自分の弱さを吐露して、優しすぎるみんなの邪魔になりたくなくて。強くなれるまで逃げようとした。でも穂乃果は、その優しさでそんな俺も引き留めようとする。そしてそれが……また俺の弱い心を傷つける。
「あるんだ。穂乃果にはなくても、俺には。だから、ごめん……!」
「あっ————」
だから、俺が逃げるしかなかった。
その手と未練を振り払って、穂乃果のあまりにも悲しそうなその声を聞こえないふりをして。俺は教室を出て、ただ走った。
外で聞いていたμ'sの皆のショックを受けた顔も、目に入らなかった。入れたくなかった。
誰が言ったのか、「待って!」という叫びも無視して、走った。
泣きながら、走って、走り続けて。
俺は学校を出た。