「私、高坂穂乃果。和菓子屋の娘で、貴方と同じ1年生!貴方の名前はなんて言うの?」
それが、私が彼にかけた、最初の言葉。
「俺の名前は、修也。えーと……本当は2年だけど、ちょっとしたことでテスト生って形で来ることになったんだ。女子高ってよくわからないけど、とにかくよろしく。和菓子屋さんって、どんなとこ?」
廃校になるかもって言われてた音ノ木坂にやってきた、女子校唯一の男の子。生徒減少の対策で共学のテスト生として、私の隣の席に転校してきた彼……しゅー君。
本当は今頃、1学年上らしいんだけど。事情があって1年間高校に通えなかったんだって言っていた。本人が話したがってないから、何か辛いことがあったのかもしれない。
そんなミステリアスな転校生で、女子高に男子!ってところでもう気になってはいたんだけど。
一番気になったのは、どこか寂しそうなやさしい瞳。
今思えば、その時から私は、彼に惹かれていたのかもしれない。
「穂乃果の手作りおはぎ、絶対食べに来てね!放課後、待ってるから!」
食べてもらって、美味しいって言ってもらえて。
あんなにうれしかったのは初めてだった。
その時の気持ちが恋だったって気が付いたのは、もっともっと後のこと……。
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「穂乃果ちゃん、ファイトや!」
「……うん。穂乃果、やるったらやる!」
何とか返事をするけど、緊張のあまり空元気っぽくなっちゃった。希ちゃんが「これは重症やな~」なんて言いながらため息をつく。他の皆も心配そうな顔。特に海未ちゃん。
ラブライブ最終予選を突破して、一晩明けた今日は、その打ち上げパーティ。私たちμ'sは、ライブの後はいつも打ち上げをしてる。穂乃果はパーティとかみんなで準備して、みんなで楽しんで、みんなで最後にお片付けするのが結構、好きだったりするんだよね。
……そして、そんな今日に私はしゅー君に告白する。
男の子に愛の告白だなんて、完全に初めてのこと。
「一番最初の告白は譲ってあげたんだから、絶対成功させなさいよ!」
「穂乃果ちゃん、私が言えたことじゃないけど、緊張しないでね!」
「聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい練習したんだから、大丈夫でしょ? 後は見守るだけよ」
「うーん、占いでは『とても大きな変化のきっかけになる日』みたいやね……」
昨日のライブの一か月くらい前から、こっそりμ'sのみんなを相手に、告白の練習をした。本当は、みんなもしゅー君のことが好きだったんだけど。でも、私の気持ちを知って、背中を押ししてくれたの。
「でも今日の修也、ちょっと元気ないわね……」
「疲れているのでしょうか?昨日も何かあったのか、私たちより遅く帰ったみたいですし」
「心配しすぎだよみんな。穂乃果ちゃんなら大丈夫!しゅーくんもきっと、受け入れてくれるよ?」
「元気いっぱい、いつもの穂乃果ちゃんで行けば、修也くんもイチコロだにゃ!絶対脈ありだと思うよ!」
穂乃果って、本当に幸せ者なんだなぁ。みんながいてくれて、しゅー君もいてくれて、ここまで来られた。だからきっと、最後まで……
絶対、今日の告白……成功させてみせる!高坂穂乃果、一世一代の大舞台!ファイトだよ!
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楽しい時間はあっという間に過ぎちゃて、お昼に始めたのにもう夕方。
そして、夕陽の入る教室で、私と彼は二人きりで向かい合っている。
ことりちゃんからニューヨークでライブ!っていうサプライズ紹介でまだドキドキしてるから今日のところはって遠慮しそうになったけど、みんなには『むしろ今の勢いで!』って、背中を押されちゃった。
それでさっきは、恥ずかしさを誤魔化しながら、彼に抱き着いて耳元で囁いた。しゅー君の顔も赤かったけど、私も多分赤かったよ……///
誘うだけでこんなに緊張しちゃったのに、大丈夫かな。もし断られたら……、っていう不安はあるけど。……もうここまで来ちゃったからには、言うしかない。しゅー君。覚悟、決めるよ。
「ごめんねしゅー君。つきあってもらっちゃって。実は、しゅー君だけに話したいことがあったんだ」
恐る恐る、最初の一言を言う。ここまでは練習通り……。
私の角度からは、教室の外で告白を応援してくれるみんなが見える。しゅー君には気づかれてないよね?凛ちゃんなんて、スケブにペンまでもって、完全にカンペ体制だし……。
大きなお世話だよ!って普段なら言うところだけど。そんなみんなが傍にいてくれるのが、今日だけは最高の勇気になった。
「気にすることじゃないって。俺と穂乃果の仲だろ」
そんな何気ない一言が、どうしようもなく、私をドキドキさせる。
ずるいよ、しゅー君は。こんなに好きにさせるなんて。そういう何気ない一言が優しい。TVに出るようなイケメンってほどじゃないけど、いっつも相手に真摯に向き合って、優しくて、真剣に付き添ってくれるしゅー君だから、好きになった。
……話すね。伝えたい、私のこの気持ちを。
「もう懐かしくなってきたよね。ここで私が教室に駆け込んで、スクールアイドルだよ!って言いだして」
μ'sを始めて、しゅー君と過ごしたこの2年生の教室も、あとちょっとだけだね。
「そこからμ'sが始まったんだよな。まあ、その時はまだμ'sって名前もなかったけど」
この教室には、部室や屋上に負けないくらい、たくさんのμ'sの思い出がある。ここに駆け込んで、海未ちゃんとことりちゃんとしゅー君に相談したのは、その思い出の最初の1ページ。……あの時は、まさか今みたいになるなんて思ってもみなかったっけ。
「うんうん。A-RISEの人たちを見たときのことが忘れられなくて。同い年なのに、カッコよくて、可愛くて、キラキラして!……予定が合わなくて、一人で練習することもあったよね。最初はスクールアイドルって、やっぱ無理だったのかな。って悩むこともあったし」
「海未以外、運動やストレッチもよく知らなかったからなぁ。俺や絵里が教えなきゃどうなってたことか……。あと、最初のライブで誰もいなかったのは今でもキツい思い出だよ」
—————チクリと、胸が痛んだ。
何にも運動を知らなかった時のこと、あの誰もいなかった席を思い出しちゃった恥ずかしさもあったけど。
これから告白ってときに、いくらμ'sのみんなでも、他の女性の名前を彼が幸せそうに語るのが、なんだかムカムカしてきて、嫌な気持ち……。
「もう!大事な話なんだから茶化さないでよ!」
だから、少し声を上げて怒ってしまった。……何やってるんだろう、私。他の女性の名前なんて、むしろ私が口にしてるのに。
こんなに嫉妬深かったのかな。穂乃果って。教室のドアの窓から、『怒っちゃダメ』って書かれたスケブをみんなが見せてくれてる。
—————いけない。告白するんだから、集中しないと。
「……だからこそ、μ'sが9人になって、しゅー君もマネージャーになってくれて、最高のパフォーマンスができた時は、涙が出るくらいうれしかった。生きててよかったー!って思えたの」
たった今嫉妬しちゃって言うことじゃないかもしれないけど。それは、私の偽らざる本心。
「学校の人たちにも、私たちにとっても。本当に奇跡だったと思う、この9人と、しゅー君じゃないとできなかった。ラブライブ!に出場できるなんて、夢みたいなこと。それで気づいたの。誰にだって、奇跡は起こせるって……」
いつだって私は、しゅー君に助けてもらってた。
それは恋愛感情以上に、彼がいつでも傍にいてくれて、本気で見てくれてるってことが、自信になったんだ。
「10人の気持ちが一つになれば、なんだってできちゃうぞー!って感じ。上手くいかないからってあきらめずに。楽しみたい、やりたい!っていう自分のホントの気持ちに、嘘をついちゃだめだよね」
いつの間にか、告白とは関係ない想いをずっと語ってしまっているけど。
告白する前に、しゅー君に話しておきたかったの。
廃校もなくなって、ラブライブ!に出られることになって。
こんな言葉じゃ言い表せない、感謝の気持ちを。
「私はもっとみんなと踊りたい。たくさんの人に歌を聴いてもらいたい。μ'sのみんなと、貴方と一緒に頑張っていきたい、って思うの。ニューヨークとかラブライブ!とか。これからどうなるかわからないけど、だから前を向いていきたいなって思う」
μ'sのみんなとしゅー君のおかげで、私は前を見て進み続けられた。
みんなでこれからも一緒にいたい。
「ずっと前を向いて頑張ってたら。みんなと一緒なら!見たことがない最高にキラキラした未来に、みんなで行けると思うんだ!!」
しゅー君。これまで以上に、傍にいてほしい。
ずっと一緒がいい。
だから————————
「たくさんのお客さんよりも、貴方にいつも見てもらえることが、穂乃果にとって、一番幸せなの」
「……穂乃果は、しゅー君のことが好きです」
「すぐ走り出して、いつもすぐに転んじゃう穂乃果だけど。そのたびに手を差し伸べてくれる貴方がいるから、ここまで来られました」
「この世界の誰よりも。貴方のことを愛しています。私と、つきあってください……!」
真っ直ぐに目を見て、本気でぶつかった。
視界の端に、息をのむみんなの表情が入ったけど、気にならなかった。
ただ目の前で、その瞳で私を見つめてくれるしゅー君だけを見ていた。
言えた……言えちゃった!練習通りに!!
……声、震えちゃったけど、大丈夫かな。
服とか髪型とか、整えてきたけど変じゃなかったかな、なんて今さら気になる。
しゅー君は、一瞬嬉しそうな顔をして、うつむいて。
顔を上げて———
「……ごめん、無理なんだ。俺は、ツバサと付き合うことになったんだ」
————残酷な、一言を私にかけた。
「………………………えっ?」