「なんか俺って、昔からツバサに助けられてばかりだな……」
二人で秋葉を離れて歩いていると、ふいに修也はそんなことを言った。
………………………こういう少し気弱な修也も『アリ』ね。
ヤバいわ。キスしちゃいそう……。ダメよ、ムードのない女だと思われるわ。いえ、今更そんな関係ではないのだけれど、かといってあんまりすぐに、ってほどでもないし。落ち着いて……きちんと答えてあげないと。
「何言ってるの。子供の頃私を助けてくれたのはあなたでしょ?貴方がいなかったら、間違いなく今ここにはいないわよ。ま、新年あけたら、ちゃんと全員に改めて話なさい?」
本当は助けられてるのは私の方なんだけどね。でもこういう謙虚なところが彼のいいところよね。
……でも行き過ぎて、自信の無さになってるのは今後の改善ポイント。
そんな幸せな悩みに浸る私をよそに、修也はどこか遠いところを眺めてつぶやく。
「穂乃果、本当に俺なんかのこと。好きでいてくれたんだな」
……本当のところ。その一言で、私は一瞬でキレちゃってた。
いえ、その言葉だけじゃない……。
そう語る修也の表情は、彼女たちを裏切ってしまった後悔と、彼女たちの眩しさに嫉妬する気持ちと。何よりも、穂乃果さんたちへの深い繋がりを感じさせる、とても温かい笑みだった。たった1年間もないうちに、修也はこんなに……!
確かに、私にも笑顔はむけてくれる。恋人への、幼馴染への笑顔をしてくれる。
でもそのいろんな気持ちがごちゃ混ぜになった、不思議なくらい魅力的な笑顔は、私にはしてくれなかったもの。
それを、このデート中に、私の前で名前を呼んで……!!
思わず鞄を握る手に力が入る。自分の手のひらに爪が食い込んでいくのがわかる。
いけない、抑えるのよ……。
「…………その『俺なんか』って、私の前ではやめてよね。そのあなたを好きになった、私の立場がないじゃない」
怒りを抑えて、言葉を絞り出す。女心に鈍い彼は、この言葉で、自虐した自分を恥じているようだけど。
……やっぱり、彼の隣にいるべきなのは私しかいない。
修也は優しい人。だから、本当は今回のことで、物凄く悔やんでいるのがわかる。もしかしたら、μ'sにもっと早く悩みを打ち明けていれば、こんなことにはならなかったんじゃないかって。
自分がもっと強ければ、こんな事態にはなってないんじゃないかって、悩んでる。
μ'sと一緒にいるのが辛すぎて、でもμ'sが大好きで。もしかしたら相思相愛になれる世界もあったのかもしれない。……でも私という存在もいて、様々な想いが渦巻いているのね。
そんな必要はないことを教えてあげないと。
私が……私が救ってあげなきゃ。あの娘達の呪縛から。
決めたわ。貴方の隣には、これからはずっと私がいてあげる。
その今の貴方にある、私の知らない笑顔すらも……私のものにして見せる。
「わ、悪い。失礼だった」
「気にしないで、っていってるでしょ?私たちはもう一心同体なんだから」
なんてちょっと間抜けな声を出す彼が、やっぱり愛おしい。
でも、先ほどの笑顔を思い出して、やっぱりいい気分になれないわね。どうしてもイライラしちゃう。
————————……高坂、穂乃果さん。
貴方が彼を苦しめるの?
私のものになってくれた彼の心にまで、告白なんかして……居座り続けるつもり?
それなら……私も覚悟を決めるわ。
修也は、絶対に渡さない……。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「さ、ここよ」
「次のデート場所って……ここ、家じゃん。民家」
「そう、私の家よ?」
ちょっと閑散とした住宅街のわかりにくい場所に、私の家がある。
ちょっぴり小洒落た、普通の家。
親はほとんど帰ってこないこと、セキュリティがしっかりしてることを伝えると、彼は安心したようだ。
とはいえ、殆ど一人だということと、デートで彼女の家に来たということを後から理解して、彼は赤面し始めた。
「や、やっぱりダメだ!うら若き乙女が男を部屋に連れ込むなんて!」
……私がこんなに覚悟を決めてるのに、ヘタレね。いまさら何を言い出してるの。
「何言ってるの……。中学生の頃は、よく一緒に部屋でゲームしてたじゃない」
「あれ?そういえばそうだが……いや、ダメだ!もうそんな齢じゃない!は、恥ずかしい……」
この期に及んで帰ろうとするなんて、乙女心が本当にわからないのね。(※乙女は普通、ここまで強引ではありません)
しょうがない。実力行使よ。
「つべこべ言わない!どりゃああ!」
「うぇッ!?」
女の子っぽくない掛け声で、私は彼を家の中に入れて、しっかりと内側のロックをかけた。
変装の服装を脱いで、薄着になって一緒にソファに腰かける。
彼は必死に気にしないふりをしているが、私の手足に視線を送ってしまっている。
なんだか健気で、彼女冥利に尽きるわね。
「ちょっと待ってて、今飲み物取ってくるから」
「いや、ツバサ。落ち着かない。女の子の部屋なんて。μ'sの皆の時でも緊張したのに。特に穂乃果の————」
その言葉に、笑顔を貼り付けたまま、私の中でまた何かが、音を立てて切れた。
……ここまで言ってあげても、やっぱりあなたの中にはまだ、μ'sの影が残ってるのね。
強い強い光で焼き付いた、貴方の瞳の奥に残り続ける影。
ちょっと迷ってたけど、ダメ。
やっぱり必要ね。最後の一押しが。
あんじゅがいつもの怪しいルートで手に入れた素材で、UTXの科学部と作った薬。
副作用とか人体への悪影響とか依存症とか、そういうのは無い自然素材って自信満々に言ってた。
少し前に、『彼』ともし恋人になれたら使えって押し付けられたもの。
……効果が本当でも、本当は使うつもりなんてなかった。
私は、私だけの力で彼を魅了して見せると。
でももう、恋人にはなれたもの。
だからこれは、ちょっと時計の針を先に進めるだけ。
私はそれを二つの飲み物に混ぜて、何食わぬ顔で隣に座る。
向かい側ではなく、隣に。
肌と彼の衣服が擦れて、彼もびくっとして、私も少しドキドキする。それを隠して、もっと。もっと近くに……
「何今更恥ずかしがってるのよ? ハイ、貴方のぶん」
「あ……ありがとう、ツバサ」
そんな何気ないお礼の言葉が、声が。
どうしようもなく私の心を安心させてくれる。
「ちょっと変わった香りの飲み物なんだな」
「ええ。あんじゅから貰ったの。私も詳しくないけど、外国の結構高いヤツらしいわ。せっかくだし美味しくいただきましょ?」
「そんな高いもの、飲んじゃっていいのかな。まあお酒じゃないならいいか……」
……その声には覇気がない。
やっぱり、心が疲れてるのね。
無理もないわ。
昨日からの短期間で、ずっと抱えた辛い思いを打ち明け続けた。
想いが重なって、すれ違って。
まさか本当に告白されて、断って……彼の苦しみがこれほどだなんて、予想を超えていた。
——————……だから私が癒さないと。
彼の傷を理解して、癒してあげられるのは私しかいない。それは私も同じ。彼でしか、私の傷は癒されない。でも、その辺の女では、例えμ'sでも、彼を癒しながら、夢を一緒にかなえることはできない。
彼を普通の男として満足させてあげたくない……。
一緒に歩むパートナーとして、一緒に本当の幸せを掴めるのは、それを理解してあげられるのは私だけ。
彼は何も疑うことなく頷いて、口に飲み物を含む。
「……? やっぱりおいしいけど、ちょっと変わった味だな」
それを確かめて、私は溢れだしそうになる笑みと。
これから起こる事と、未来への期待を必死で抑えながら、一気に飲み干した。
そこからはもう、流れに任せるまま。肩を掴んで、ソファの背に押し付けて、思いっきり不意打ちのキスをした。
「貴方の夢は私がかなえてあげる。貴方の夢がかなうまで守ってあげる」
「どんなに離れても、私たちは心で繋がってるの。お互いの存在を想って、頑張れる」
「だから、もう何にも悩まないで?」
そういって、返答を待たずにもう一度キスをして、今度は少し舌を入れてみて。またすぐに離れた。
彼の目はキスの快楽と、弱っているところへの耳元へのささやきで、うつろな状態だ。
こうしておけば、誠実で、傷ついた彼は。他の女になんて靡かない。
……あんじゅの薬はよく効いてるみたい。
彼の心から、貴方の姿を消してあげるわ。穂乃果さん。
「私の言うとおりにしていれば、なんとかなるわ」
「1年もない付き合いなんかじゃない。幼馴染の私の、彼女の言うことを聞いて?」
「あの娘達のことは気にしなくていいわ。貴方がいなくても大丈夫よ」
「でも私は、もうあなたがいないとダメなの。だから、一緒にいて。私だけと」
彼は虚ろな瞳のまま頷く。
私の言葉が、彼の心の底にしみこんでいく。
彼が私の、私だけの色に染まっていく。
ゾクゾクする。
彼が私だけのものになっていく……。
考えただけでも素敵なのに、こうして現実になるなんて。
本当にあんじゅには感謝ね……。
最終予選で負けたのも、悪いことばかりじゃなかったわね。
自分の限界や、英玲奈やあんじゅとの絆を確かめられたし。
何より貴方を、手に入れられた。
絶対に逃がさない。
貴方の隣は、私だけ。私の隣も、貴方だけよ。
そのためには、あと一押し。
ラストピースが必要。
彼の膝の上に座って、耳元で囁く。
「さあ、今晩は二人で、Shocking Partyと行きましょ♡」
そしてその夜。
お互い、離れていた時間を、ずっと離れていた半身を取り戻すように激しく。
私たちは、キスだけじゃなくて。
本当の意味で、深く結ばれた。
合法です。たぶん、絶対。