ラブライブ!〜ヤンデレファンミーティング〜   作:べーた

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「……修也、貴方の全ては私のものよ」

「代わりってわけじゃないけど、私の全ては貴方にあげるわ」

「だからお願い、μ'sじゃなくて私だけを選んで」

「貴方の一番が私なだけで、私はどこまでだっていけるから……」


第9話 揺れ動く気持ち

——————あれから、一夜明けた。

 

疲れとダルさがあるのに、未だ体に残る温もりがもたらす高揚感で、意外にも帰路につく俺の足取りは軽めだった。

 

朝は比較的早い俺だが、今朝はツバサに先に起こされてしまっている。気疲れもしていたのだろう、先に寝顔を見られてしまった微妙な屈辱感が残る。

 

お互い初めてで、理性なんてないままに交わった。……にしても、我ながらなんであんなに激しく……? とてもじゃないが、あんなのが俺だとは、自分自身で信じられないくらいだ。

 

もっと臆病なタイプだと自覚してたんだけど。世間の男女は、みんなあんな風なのだろうか? ……だとしたら、実は世の中は相当に愛にあふれている、のかもしれない。

 

愛がこの世を救うかどうかは知らないが、愛があるおかげで「この世はまだマシ」レベルなのだろうか?などと意味もないことを考える。俺の父と母も、今の俺とツバサみたいに愛し合っていたのだろうか。

 

自分の子供にも、そのくらいの愛情を————

 

 

 

————いや、やめよう。こんなことを考えても仕方ない。

 

らしくないし、いい事もない。どうせ父親にはもう、ほとんどいい思い出なんてない。なら考えない方がずっといい。

 

ツバサは俺より先に起きた割には、寝ぼけまなこで『今日は昼まで寝るわ……』とフラフラだったので、冬休み中だが今は1人。この前まで10人で、さっきまで2人で、今は1人だ。

 

こんなに静かなものだったかな、と思い返すと、色々なことがありすぎた3日間で、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになってくる。どうもスッキリしない現状は、自分が招いたものとはいえ、なんとかしなければならない。

 

「……気分転換に、コンビニにでも散歩に行くか」

 

カップ麺でもいいし、何か正月らしい弁当でもいいや。大変な時でも腹は減る。世間は正月だが、親もいないし、みんなにあってしまうことを考えたら、神田明神に初詣には行けない。みんなの晴れ着が見たい、という雑念は湧かなかった。……俺にその資格はないから。

 

軽く着替えてから外に出て、いつも通りドアを閉めて鍵をかける。だがそのとき、携帯に通知音が鳴った。

 

 

……専用の通知音にしてあるから、すぐに分かった。

 

μ'sのグループメッセージだ。お手伝いをしてくれるヒフミやたくさんの人もいない、俺たち10人だけの会話グループ。

 

『初詣に来て』

 

既読をつけずに、通知画面だけですばやく確認する。趣旨としてはそれだけだ。だが、その意味は間違いなく俺だけに送られてきていた。

 

みんなはまだ俺を信じてくれているんだろうか、と一瞬疑問に思うが、考えても答えは出ない。……数日前のことなのに、まるで何週間も前のことのように感じる。それはきっと、色々なことがありすぎたから。

 

今日は年末。俺の両親はまだまだ出張中で、下手をすれば年度末まで帰って来ることはない。ツバサは両親や親戚と過ごさざるを得ないと言っていて、初詣自体はA-RISEの人たちと行くようだ。実質俺一人で浮いていた状態だった。

 

謝るには間違いなく、絶好の状況だ。……謝罪が受け入れられなくても、せめて。俺がマネージャーを辞めることだけは、もう一度話さなきゃいけない。

 

それが、俺のけじめだから。

 

みんなの、陰でいたくない。

 

μ'sの邪魔にはなりたくない……。

 

初めてできた、本気の「仲間」だからこそ、みんなには負けられない。

 

彼女たちに勝ちたい。

 

俺はみんなの隣に立っていたい……。

 

だから、マネージャーは……もう終わりにする。

 

 

………そう、思っていたのに。俺のやったことは、彼女たちを傷つけただけ。そんな彼女たちが、こうして誘ってくれているのに。

 

メッセージを開いて、既読をつけて、返信する……そんなついこの間まで当たり前にやっていたことが、できないでいる。あと一歩を踏み出すことから、逃げている自分がいる。

 

……やっぱり、俺は彼女たちに心底、惚れていたのかもしれない。一緒にラブライブ!まで行けたんだ。ずっと頑張ってきた。辛いことも楽しいことも、ほとんどは共有してきた。でも今の……これからの俺には、ツバサがいる。

 

……μ'sのみんなに1年間依存していた俺は、また夢に向き合うことを、恐れているのか。

 

そう考え事をしたまま歩いていると、前の角から来た少女にぶつかりそうになってしまった。

 

歩きスマホをしているわけではないが、交通量の多いこの東京の路地で考え事は良くなかったか。

 

慌ててすいません、と謝るが、その顔は良く見知っている人物。

 

 

「ゆ、雪穂……?」

 

 

「えっ? 修也さん、どうしてここに?」

 

 

晴れ着を着て、初詣から帰ってきたと思われる高坂穂乃果の妹、高坂雪穂だった。

 

 

 

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 

 

 

「ほい、おしるこ。……穂乃果と同じで、あんこ飽きてたら悪い」

 

「ありがとうございます、大丈夫ですよ? ……亜里沙だったら、おでん缶とか買ってきてたかもですけど」

 

「さすがにそれはないだろ? 亜里沙だってだいぶ日本に慣れてきたんだし……」

 

 

自分でそう言っていて、いや、やはり亜里沙ならまだありうるかも……と笑っている自分がいる。海未達にアレを持ってきたときは驚いたけど、それももうずいぶん前か。

 

それは雪穂も同じ気持ちのようで、この話をすると表情は明るい。

 

そんな他愛のない会話をしながら、俺たちは公園のベンチで少し休んでいた。

 

……なんだかここ数日、やけに女性と二人きりで話す機会が多い気がするが、良いことばかりではないので素直に喜べないけど。

 

 

「なんだか懐かしいな。この公園で亜里沙はおでん缶を買ってきたんだったな……」

 

海未と絵里が喧嘩してた時。

 

止めに入るタイミングを失って隠れてた情けない俺と違って、亜里沙は真っ直ぐに二人に向かっていったのを思い出す。あの頃は確かにまだ少し寒かったけど、あのチョイスは毒気を抜かれた。

 

「なんで正月早々お年寄りみたいなこと言ってるんですか。老けて見えますよ!」

 

「……相変わらず容赦ないね。あいつと違ってしっかりしてるよ」

 

ツバサにも言われたが、そんなに老けてるムード出してるんだろうか、俺……。

 

そこでまたじじむさい感傷に浸ろうとしてしまう俺を引き締めたのは、本題に入ろうとする雪穂の表情だった。

 

「……引き留めてしまって、ごめんなさい。お姉ちゃんのことで、聞きたいことと話したいことがあって」

 

「ああ……そうだと思ってたけど。ごめん、余計な話をしちゃったかな」

 

「いえ。修也さんが今ここにいて……お姉ちゃんやμ'sの皆さんと初詣に行ってないことは、わかってます。それで多分、話しづらいことかもしれないんですけど……」

 

おそらく、雪穂は亜里沙やμ'sの皆と別れて一人で初詣から帰ってきていたのだろう。

 

それと穂乃果の様子で、色々と察したのかもしれない。

 

……中学3年生の子に、俺は何を辛いことを聞かせようとしてるんだ。

 

「いや、話すよ。俺……穂乃果に告白されて、断ったんだ。マネージャーを辞めるからって」

 

「マネージャーを……!?それって、廃校がなくなって、テスト生がなくなるからですか?それで、いいや、でも……やっぱり、お姉ちゃんはフラれちゃったんですね」

 

「……テスト生は関係ないよ。俺の個人的なことなんだ。俺は、俺の夢をかなえたい。そのためには、μ'sのみんなに頼り切ってちゃダメだって、そう思ったんだ」

 

雪穂は俺の言葉に少なからず、ショックを受けているようだ。

 

俺とμ's……穂乃果とは、とても仲が良かったから。何度もぶつかり合いもしたけど、そのたびにより深い絆で結ばれてきた。でも今回はその自信は……ない。

 

それと、どうやら今の口ぶりだと、穂乃果は雪穂には告白のことを話していたようだ。あるいは、穂乃果が俺のことを好きでいてくれたのに気づいていたのか。雪穂は気も使える子だし、察しがいいからありうる話だ。

 

「お姉ちゃん、ここ数日はずっと部屋でふさぎ込んでるんです。初詣にはμ'sの皆さんについて行ったんですけど。お父さんやお母さんも心配してて……でも、何も話してくれなかったので」

 

「……やっぱり、俺はみんなの迷惑になってるんだな」

 

「迷惑だなんて!むしろ……お姉ちゃんは、本気で修也さんのことを大切な人だと思ってたんです。せめて、仲直りとか、メッセージに返信とか、してあげてくれませんか?」

 

「『だから』だよ雪穂ちゃん。俺は穂乃果に守られている俺でいたくない、穂乃果の隣に立ちたいんだ。いつの間にか穂乃果がきれいになって、夢もかなえていく中で、俺は『夢を届けられる側』になってたんだよ」

 

「それは、そんなの……」

 

「それが嫌だった。……俺はむしろ、穂乃果のことが好きだ。この1年間、ずっと一緒に頑張ってきた。ことりや海未よりも、穂乃果の魅力をわかってる自信だってある。だからこそ、穂乃果の大切な人って立場に甘えたくないんだ。わかってくれないか?」

 

メッセージに返信してないのも、初詣に行かないのも、海外についていかないのも……全部、俺が向き合うのが怖いから。個人的な理由なんだと付け加える。

 

雪穂はある程度は覚悟していたのだろうが、色々とぶつけられて困惑を隠せないようだ。

しかし同時に、穂乃果以上にとても芯の強い女の子でもある。真っ直ぐに俺の目を見据えて反論してきた。

 

「わかりません!それっておかしいです。私、誰が何と言おうと修也さんがそんなに弱虫だなんて思いませんから!修也さんはとっても強い人だと思います!」

 

怒られるかと思ってたら褒め言葉が返ってきて、流石に気おされてしまう。

だが、そんな俺に構わず雪穂は続ける。

 

「本当に弱い人とか、甘えてる人なら、夢をかなえようとなんてできないし、優しいから今もお姉ちゃんをどうやったら傷つけないで済むか悩んで、動けないんです。そんな人にお姉ちゃんが惚れるわけないと思います!お姉ちゃんのことを今でも好きなら、自分を卑下しないでください……」

 

最後の方の声は、少し小さくなっていた。

大声を出してしまったのが恥ずかしかったようで、公園を見渡している。

幸い、凧揚げで騒いでいる子供たちと、その面倒を見るので大変な親御さんたちは気に留めていないようだった。

 

雪穂の言うことは、嬉しい。

 

つい昨日、ツバサにも言われたことだし、俺もツバサに言ったことだ。

 

『自分を卑下するな』

 

……でも、スクールアイドルとしてこれほどの成功をしているみんなと、何もできていない俺の差は歴然じゃないか。

 

それでも、雪穂の言葉は素直にうれしかったし、穂乃果のことはやっぱり心配だ。

 

ツバサのことは裏切れない。でも……

 

だから俺は、ついこう言ってしまった。

 

 

「次会ったら直接言うつもりだったんだけど。穂乃果に伝えてくれ」

 

「? 何をですか?」

 

「本当に大好きだった、って……」

 

「……………わかりました。でも、今度直接言ってあげてくださいね?」

 

なまじ幼馴染で、かつ同じ夢を持つ仲間としての側面が強いツバサが、つい数日前に彼女になったばかりで、自覚が薄かったのかもしれない。

 

ただでさえ女心に鈍いのと、μ'sの皆を傷つけてしまった後ろめたさから、俺はそんな迂闊な言葉を口にしてしまった。

 

 

その言葉がどんな事態を生んでしまうのか、何も知らないまま。

 

まさかこの時、穂乃果とツバサがどんな状況になっているかなんて、想像もつかなかった。

 

目の前にいる雪穂の笑顔で、きっと上手くいくだなんて、安易な考えに流されていた。

 

 




第1章終わるまでは結構暗いです。

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