誰もいない音楽室で、たった一人。自由にピアノを弾いて、自由に歌う。それが私のささやかな幸せだった。親や将来や学校のしがらみから抜け出して、自由な気がしたから……。
それで孤独を感じるようになったのはいつからだった?もう、思い出せないけど。μ’sのみんなが、修也がいない音楽室を……誰も聞いてくれないピアノを、寂しく思うようになった。
この前は久々に、放課後に風を感じながら一人音楽室にいたの。そしたら凛と花陽が来て、3人で歌うことになった。そしたら他の6人も来て、貴方も来て。いつの間にかμ’s全員集合!
騒がしくなったけど、幸せだったわ。人が多いのとか、誰かと一緒にやるのとか、苦手だったはずなのに。その時思ったの、μ’sのみんなと……貴方といられることが、本当に幸せなんだ、って。
修也。μ'sと貴方が私を変えてくれたの。
でも、私では貴方を変えてあげられないの……?
修也については……、最初は変な人だと思ってたわ。
穂乃果も相当変人だとは思ったけど、そのあと現れた彼はそれ以上。女子高に来た男子ってだけで、必然的に話題になった(留年とか入院とか噂されてたわね)けど、まさかあんな人だったなんて。
誰よりもいつも真剣で、自分に厳しくて、正義感が強い人。……正直、今時流行らないタイプよね。別に漫画の中の熱血漢やヒーローってほど強いわけじゃないけど。いつも缶コーヒー飲んでたり、何故かμ'sの中に馴染んでたり、嫌な顔もせずに私たちを助けてくれたり、本当に変な人……。
……でも、そんなあなたを私は、好きになっていた。貴方と一緒にいるのが、いつの間にか当たり前になってた……。
それが恥ずかしくて、いつも捻くれた言葉を返してた。それでも私は頑張って素直になろうとして、気持ちを伝えようとして、思い切って家に誘ったわ。空が見えるうちの3階で、天体観測をしようって。……えっと、デートでいいのよねコレ? みんなに話したらすっごく羨ましがられたし。
「私の解説付きプラネタリウムなんて、贅沢な夜ね? 有難く思いなさいよ」
「まったくだ。こんなツンデレお嬢様に誘ってもらえるなんて、思ってもみなかったよ。本当にありがとう」
「ツ、ツンデレは余計よ!今日は二人っきりのプライベートなんだから、そういうのは無し!思いっきり楽しむわよ!」
もう、女子校にいても大して恋愛耐性ないくせに、こういうからかい方はしたがるんだから……!
ムードを良くしようとして出鼻を挫かれたけど、前々から計画していた星空デートにはこぎつけた。少し雨が続いてたから、晴れてくれるか不安だったけど、祈りが通じたのかその晩は綺麗に星が見えた。
「……晴れてよかったわね、こんなに良く見えるのは久しぶりよ」
「雨のおかげで大気中の不純物も落ちてるし、流れ星も見えそうだな。空はいつ見ても綺麗だ。鳥みたいに、飛んでみたいよなー……」
「なにロマンチックな言い方してるの? ふふ……あんまり似合ってないわ」
ちょっと時間帯に不釣り合いな紅茶を飲みながら、何の気もなしにそういうと、彼もうなずいてくれる。
……飛べるなら、夜空を飛んで星を眺めるのもきっと素敵よね。
そこからは、ずっと星を探したり、星座の由来を二人で本で探したり。最高の時間を過ごした。愛しい人と一緒に過ごす、時間……。μ’sのみんなとライブを成功させたときと、同じくらいの幸せ。やっぱり私は彼のことが好きになってしまったんだと、嫌でも自覚させられる。まあ、嫌じゃないけどね。
一通り星を眺めて、ディナーも摂って二人で寝転がって星を眺めていたんだけど、彼が唐突に、私にいろいろと相談してきたの。
普段は私たちに相談してくれる彼が、今日は弱々しく、私に頼ってきてくれたからそれが心配で。でもそんな彼が私を頼ってくれたのが嬉しくて、何でも聞くわ、と返したわ。彼は私と同じで、少し無理して本音を隠しがちだから……。
ううん、この時にやっと気が付き始めた。
彼、自分のことをあんまりμ'sに話したことなかったって。
「真姫は、μ’sのみんなのこと、どう思ってる?」
聞こえてきたのは、いつもハッキリした彼にしてはあいまいな言葉。何が聞きたいのかよくわからなくて、率直に疑問形で返事をしてしまう。
「?……よく、意味が分からないのだけど」
「ごめん、聞き方が悪かった。でもそのままの意味なんだ。素直に、μ’sについてどう思ってるか、聞かせてほしいんだ」
……修也がそう聞くのなら、話すけど。
「今だから言えるけど……、最初は、音ノ木坂に入るって決まってからは、しばらく嫌な気持ちだったの。ずっと前から親のいいなりって言うのが嫌で。今は違うわよ?穂乃果に会えたし、花陽や凛、にこちゃんやみんな、……何よりも貴方にも会えたから」
自然と、私の方が相談してしまうような口調になってしまうのは、やっぱり彼に甘えてしまっているんでしょうね。でも修也が相手だと、そうなってしまう乙女心も理解してほしいの。好きな人には、もっと自分のことを知っておいて欲しくて。
「……なんだか、ちょっと恥ずかしいな」
「な、何よそれ! 貴方が『言え』って言ったんじゃない!」
「ごめん。余計なこと言った! ……続けてくれ」
確かに、面と向かって言うことではなかったかもしれないけど……。二人で雑魚寝しているこの雰囲気が、私を大胆にさせていたのかしら。そう思うと、恥ずかしいわね。
変なムードを打ち消そうとしたのだけど、いつもの口下手さが出ちゃって、ますます普段は言えないような恥ずかしい話をしてしまう。
しょうがないじゃない。最愛の人と、夜の星を見ながら2人で寝てるのよ?
なんでも話しちゃうでしょ……。
「意外に思うかもしれないけど。μ’sのみんなのことはいつだって考えてるのよ。私たちは一人一人、ちょっと……いえ、かなり個性強すぎだけど。その割にはよくまとまってると思うわ」
「意外なんてことはないだろ。真姫がツンツンしてても、本当は優しい人間だってことは、俺もみんなもよくわかってるよ」
「……ありがと。褒められたと受け取っておくわ」
彼に褒められたことは嬉しいけど、またちょっと捻くれた反応を返してしまった。本音ではもうちょっと優しく返したいのに、好きであれば好きであるほど、素直になれない。
私の本当の気持ちを、知ってもらいたいのに。
こんなにも、愛おしいのに……。
「穂乃果にスクールアイドルに誘われたときは、ウソでしょ?って思ったわ。学校がなくなるのが、そんな活動で変わるわけないって。変わるとしても、いきなりでアイドルなんてできるわけないでしょってね」
「まぁ普通は無理だよなぁ……でも、違ったんだよな」
「そうね。廃校は無くなった。……もしかしたら初めから、壁とか障害なんてμ’sの皆には関係なかったのかもしれないわね。ただ強く願って、そこに向かってみんなで一生懸命頑張って、実現させちゃう。それがμ'sだもの」
勿論、私たちにそうさせてくれたのは、私たち自身だけじゃない。
今隣にいる、修也の存在があってこそ。
修也とμ'sがいて、私の運命は変わったわ。
「そんな姿が、今まで親に進む道を選ばれてきた私とは違うって思えたの。自分の人生を、自分のやりたいようにやるみんなで集まればこんなことまでできちゃうのねって……」
「……そう、だよな。『μ'sなら』何でもできる。それにしても、真姫にもやりたいことがあったんだ」
「ええ。これはもう話したと思うけど……私って元々、音楽の道に進みたかったのよね。でもパパとママは、『医者になれ』ってうるさくって。私だってこの病院は大事だし、医者も嫌いじゃないんだけどね?パパもママも大好きだし。でも……」
でも……
「真姫なら、どっちもできちゃいそうに見えるけどな」
「そんなことはないわ。私って何でもできるように見えるけど、できそうなものだけ選んでやってただけで。穂乃果みたいに思い付きで、最後までやり通すタイプとは違うの。……でもだからこそ、やりたいことをやれない自分が、カッコ悪いって感じて。頑張って作曲できたの」
「『やりたいことをやれない自分のカッコ悪さ』か……」
私には何気ない一言だったけど……その言葉が、彼をどれだけ傷つけていたか、あの時は何も知らなかったから、今ではすごく後悔してる。
「最近、μ’sのみんなのライブを見ていられなくなってきたんだ……」
「……なにそれ? そんなにひどい歌と踊りだった?そうは思えないけど」
「うん、もちろんだ。だから不思議なんだ。絶対凄いライブなのに。なんだかみんなを見てると胸が苦しくて。目をそらしちゃうんだよ。落ち着かなくて。こんなんで最終予選、俺は大丈夫なのかなって」
まさか彼が、私たちのことを想って辛くなるなんて、考えもしなかったから。
私は自分に都合のいいように解釈して、深く考えないで。彼に甘えて。その話を流してしまった。
「フフッ、それじゃまるで恋する乙女ね?」
「恋?……。恋、なのかな。俺って、やっぱりみんなのこと好きなんだな。真姫と同じで。だから、胸が苦しく感じるのかな」
「ちょ、ちょっと……また急に恥ずかしいこと言わないでよね!」
あの日の夜、気づくチャンスはあったはずだった。デートで浮かれているのもあったのだろうけど、今さら何も言い訳になりはしない。恥ずかしくて目を合わせられなかった。
目を合わせていたら、本人も気づいていなかったその悲しみに、気づけたかもしれないのに。
「話を戻しましょうか……私が作った曲に、海未の歌詞、ことりの衣装や、みんなの踊りが混ざることで、μ’sって完成する。それぞれバラバラだからこそ、ジグソーパズルみたいに、最後には完成できるんだわ。そして、誰一人欠けちゃダメなの」
「そうかな……そうだよな。一人一人が9人揃って、ほんとにμ’sだもんな」
「その中に貴方もいるわよ。いつも陰ながらみんなを支えてくれて、感謝してるの」
「俺は何もしてないよ。みんなの力があったからできたんだ」
そう自嘲気味に語る彼を、単なる謙遜だと思ってしまったから。
今、こんなことになってしまった—————————。
気づけば、またあの3階に上がってきていた。天井を見上げると、少し雲が出ている。あの夜も、μ’sについて話した後は、曇りから雨に変わってきていた。
「ちょっと雨が降りそうだな」
「そうね。……私、辛いことがあるといつも星を見てた。あの星みたいに頑張って輝こうって、自分を励ましてた。だから雨の日はちょっと嫌だったの。星が見えないから」
「嫌だった、って。今は違うのか?」
「ええ。雨が降ったら星が見えなくなるように、疲れたときは休んでいいって、今は思えるようになったわ。貴方が、穂乃果が倒れたときに慰めてた時からね。まあ、本当は雲の上に隠れてるだけなんだけど。それはそれで、輝くために力をためてるんだな、って思えるの」
「疲れたときは休んでいい、か。確かにそういったな……」
「だから今は、晴れの空でも、雨の空でも。どちらも好きよ」
あなたと一緒に見られるならね、という続きのセリフは、恥ずかしすぎて最後まで出てこなかったけど。
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「私には『素直になれ』なんて言っておいて、残酷よね。修也は。こんな風に貴方も素直にならなくてもいいじゃない……」
———————修也、好きよ。
いつも言えなかったけど、本当に貴方が好き。
本当は誰にも渡したくないくらい。みんなそう思ってる。
だから、穂乃果に最初の告白を譲るのも、本当につらかったのよ?
それでも、貴方が選ぶ相手なら納得できたわ。
……それなのにあなたは。A-RISEの綺羅ツバサと付き合ってる、って?
私たちの知る限り、彼の身近にそんな風な女性はいなかったはずなのに。
確かに、にこちゃんが花を送ってたとかどうとかの時。私たちがA-RISEの人たちと会ったけど、彼は同席してなかったから、反応を伺えたわけじゃない。今になって思えば、『μ’sのマネージャー』についてどう思うか、何度か聞かれたのを覚えている。
そこまで考えて、私はパパに『お願い』をすることにした。修也と、あの女がどうやって知り合ったのか。どうして付き合ったのか、調べなければいけない。
彼があの人にもし何か吹き込まれているのだとしたら。それを知る必要がある。
場合によっては……奪ってやるわ。
何処にいても、誰と付き合おうとしても私から逃げるなんてムリよ。必ず捕まえてあげるから……。
……今度は、素直になってあげるから。私の方が、相談に乗ってあげるから。
「だからどうか戻ってきて、いなくならないでよ、修也……」
その私に、思わぬチャンスが巡ってきた。
修也がニューヨークに一緒に来てくれるというのだ。
どうしてかはわからなかったけど、穂乃果が連れてきてくれた。
でも、それが穏便に済んだわけではないのは、修也のぎこちない笑顔と、そんな修也を見つめる穂乃果の、時折見せる昏い瞳ですぐにわかった。
……まだ、パパからは断片的なことしかわかっていないけど。
聞き出さなきゃ……このニューヨークで。
絶対に……。