修也と同じホテルの、穂乃果達の部屋。
ここには今、μ'sメンバー全員が集まっている。彼だけを除いた……。
「……これが、今日修也と話した内容よ。事故とか左腕のコトとかは、裏がとれた形になるわね」
私がしているのは、今日起きたことの説明。あれ以来、μ'sはこうして彼についての情報を共有している。かなり細かいところまで、徹底的に。
修也を
「だから修くん、ちょっと元に戻ってくれたんやね。真姫ちゃん、ナイスやん!」
「やっぱり私たちのことを信頼してくれてるんですね、修也も……。ああ、よかった……!」
希と海未が感激している。
ま、私と修也の絆の深さを考えれば、今回の結果はむしろ当然よね?みんなもすごいと思うけど、私も負ける気はしないわ。
「修也くんは起きてこないかにゃ?」
「大丈夫よ、かなり疲れてる様子だったし、グッスリだったわ。穂乃果もほどほどにしなさいよね?」
「むむっ!?今日は全然我慢してる方だと思うよ!?」
「で、でも……
「なによ花陽?医者の娘を信じなさい。睡眠導入剤って言っても、ごく普通の市販のヤツだから何の問題ないわ。それに修也は疲れてるんだし、今回の旅の初日くらい、むしろ休んでもらわないとね」
さっき彼に渡した薬は胃薬なんかじゃない。
何処にでも売っている睡眠導入剤。ましてや市販のものは、根本的にはただの抗アレルギー剤に過ぎない。健康被害はないでしょう。
騙してしまうようでちょっと気が引けたけど……私と貴方の関係なら、笑って許してくれるわよね?
「……じゃあ、明日は花陽ちゃんの番だね。大丈夫、きっとしゅー君なら受け入れてくれるよ」
「は、はいっ!頑張りますね!」
私たちが今回のことを思いついたのは、数日前に遡る————————
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「マッキー、今の、どういうこと……?」
「言ったままの意味よ。私も、修也に告白することにしたわ」
にこちゃんが信じられないものを見る目をしているし、他の皆もそう。
……当然、だとは思う。三角関係に巻き込まれている男性に、更に告白するなんて正気じゃない。
この日、私たちは全員で一度集まっていた。穂乃果の呼びかけで。
私はその昨日にも穂乃果と会って打合せ済みなのだけれど、すぐにそのことは話すつもり。
「穂乃果!あんたはそれでいいの!?」
みんな、穂乃果と綺羅ツバサと修也の間に、普通じゃない何かがあったことは感づいている。……ただ、詳細を知らないだけ。
視線が集まっても、穂乃果は全く動じることなく話し続けた。
「……真姫ちゃんが今言ったこと? 穂乃果なら、本当に気にしてないよ?」
「でも、いいの? だって、貴方と修也は……」
心配する絵里にも、真実を告げる。
「私、しゅー君と一夜を共にしたの」
「ッ!? ……どういうこと!?だって、彼にはA-RISEが……。」
「しゅー君、私よりも先に、あの綺羅ツバサさんと、一緒に寝たらしいんだよねぇ~……」
「—————————————え?」
それは、誰の息をのむ音だったろうか。
一人だけだったかもしれないし、私と穂乃果以外、全員だったのかもしれない。
でも確実に、空気が一変した。
突きつけられた言葉に。
……今時、みんなその意味が分からない歳じゃない。言っている言葉を本当はわかっていても、理解したくない気持ち。
男女が付き合うんだから、当然いつかはたどり着いたことだと、みんな想像できたはずなのに、怖くてできなかった想像。
大好きな、大切なあの人が、他の女性と……。
それもあんな形で別れそうだったのに。
μ'sの皆の目の中に、穂乃果と同じ感情が湧き上がっているのがわかる。ううん、目を見なくっても、雰囲気だけでもね。
「……真姫ちゃんと出発の前の日、ちょっとお話したんだ。その時、しゅー君はあの人に会いに行ってたみたいだけど……!!」
「どうしても修也が戻ってきた理由と、二人の態度に納得できなかっただけ。……これ、修也の出発前の健康診断のデータよ。副作用とか薬物とか、そういう危ないものじゃないけど。一種の興奮剤っていうか、媚薬っていうか……そういうのの成分が検出されたの」
「真姫ちゃんは、最初はそれで私がしゅー君に迫ったと思ったみたい」
……あの様子のあなたたちを見たら、嫌でもそう思うわよ。
「確かに私はちょっと狡い手を使ってしゅー君と『そういうコト』をしたけど、薬になんて頼ってない。確かに、しゅー君の意志でしてもらったことだよ。でも、あの人の方は彼の意志を捻じ曲げてまで……!」
あの勝ち誇った態度は、そういうことだったんだ。と穂乃果がつぶやく。
そこから少しの間は、穂乃果と修也の身にあったことが、本人の口から語られたわ。血液検査や採尿データは早めに出してもらえて、パパにこっそりそのことについて聞かれてしまった。その時は当然、何のことか全然、イミわかんなかったけど。穂乃果と話して全部つながった。
でも……。
「……ハッキリとした証拠はないわ。それに事実だとしても、穂乃果も綺羅ツバサも『男性とそういう交遊をした』って公開すれば、一番困るのは彼でしょ。……だからお互い、手出しできないっていうワケ。今はね……」
そうだ、それだけは避けなければいけない。
そして、それは向こうも同じこと……。
「では、初詣の時に穂乃果を呼び出したのは、宣戦布告や勝利宣言のつもりだったということですか……?」
「……そのことを修也に伝えて、別れさせられないかしら?」
海未も絵里も怖いこと言うのね。私や穂乃果と同じような状態になり始めてる。他の皆もそうだけどね。彼のことを守らなきゃ。いつまでも儚さや脆さを隠してばかりいる、大切で、弱い彼のことを。
あの女には絶対に負けられない。私は本気で行くわ。今が勝負……もう、後戻りなんてできないし、するつもりもない。でも、彼のことだから……。
「……修也は、あの人のことも信じてるわ。これも決定的な証拠じゃないし、穂乃果がやった、って言われたら否定する根拠もないの」
それに……。
「それに、今の状態で、彼にこれ以上自責の念や後悔を背負わせたくない……ですか?」
海未が被せるように言う。
その通りよ。やっぱりみんな同じ気持ちよね。
彼は綺羅ツバサに迫られているのに、それに加えて自分のことと、穂乃果の強引な手段とが合わさって、今とても疲れている。
だからマネージャーを辞める、なんて心にもないことを言ってしまっただけ。
今更穂乃果を責める気はさらさらない。大事なのはこれから。今は、癒してあげないといけない。私たちの絆を、思い出してもらわないといけない。
そして、この気持ちも……。
「だから、真姫ちゃんとその時話し合ったの、伝えるのが遅れてごめんね?」
「みんなでさ、想いをぶつけちゃえばいいんだよ!しゅー君に」
「みんなで、しゅー君を捕まえちゃうんだよ。あの人に奪われないように……ね」
「私たちが本気で話し合えば、しゅー君もわかってくれるよ」
「ちょっとすれ違っちゃっただけだもん。オープンキャンパスの時と同じ……。また、みんなで絶対、一緒になれる」
「最初の告白も、みんなに譲ってもらったんだし。全力で穂乃果も応援するね!」
———————————————その、穂乃果の誘いを、断るメンバーは誰もいなかった。
私を含めて。
……そう、みんなでなら。
誰も不幸になんてならないはず。
「じゃあ、修也のことはみんなで情報共有する。ニューヨークではタイミングを見て会議か、メッセージのグループで会話ね。どうせ途中で修也も私たちがある程度、示し合わせていることくらい気づくでしょうけど、今のところはそれで行きましょう」
そうして、その日の会議は終わったの。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
……それが、数日前のこと。そして、今回の会議の目的。情報は交換し終わって、私は今、部屋に戻ってきて隣の修也の寝顔を見ている。もちろん写真に撮って残しておくのも忘れないわ。
—————————本当に、無防備にぐっすり眠っているのね。
このニューヨークで、私は貴方への挑戦者になる……貴方の心を、つかんで見せる。
でも、スケジュールも、外国のTV局が絡むのだから厳しいものになるし、何より今の彼に無理はさせられない。だからこそ、今回みたいな短い時間内での攻め方になってしまった。多少不満は残るけど、あれなら上出来でしょ。
……でも、多分みんなそうだけど。
本音を言えば、貴方のカノジョになりたいだけじゃなくて、自分だけか、自分が一番……って言うのが最高なんだけどね。
それでも、μ'sの仲間となら、複数人でも全然、我慢できるわ。だから、恐れずにもう一度、受け入れて、私を。私たちのことを。貴方がマネージャーを辞めるって言いだしてから、戻ってくるまで、本当につらい日々だったのよ?
今こっそりと作っている、μ'sのみんなで歌いたい曲……。
この歌を、貴方に聞いてもらえないなんて堪えられないの。明日もμ'sに貴方がいてくれる。
それだけで、今回のニューヨークも頑張って見せるから———————————
「このくらいのご褒美は、許してくれるわよね?」
—————————そう言って私は彼にキスをして、寝顔の写真を待ち受けにして。
同じベッドの中に潜り込んでいくのだった。
あ、ギルキス札幌も行きます。
ちなみに、海外に薬品を持ち込める例は決して多くないので、これはフィクションだと思ってください。