「う~ん!こっちの朝も気持ちいい!」
「テンション上っがるにゃ~!」
「さぁ!30分くらいウォーミングアップも兼ねて、行きましょ!」
「大都会の真ん中に、こーんなに大きな公園があるなんて…素敵なところだね!」
俺は1時間ほど早起きして、ツバサと電話してたからさすがに少し眠い。
……一方で、みんなは朝から元気だ。
昨日も慣れない場所で練習、撮影とこなしてきたはずなのに、まだまだ頑張れるムードしかない。
「修也、この公園のランニングコース、信用していいのですね……!?」
「俺がちゃんと下調べしたし、男の俺も含めて、ある程度みんなで固まって走れば大丈夫だろ」
そんな中で暗い様子なのが1名。……海未はこの前ホテルを間違えたトラウマがまだ根強く残っているらしい。何度大丈夫だといってあげても、不安は不安なんだろう。物陰から此方の様子を伺っている。
また数分ほど説得に時間を費やし、やっと海未は走ることを了承してくれた。
「修也、私もちょっと不安だわ。きちんと守ってね?」
「私も知らない土地ですし、しっかりリードしてほしいです……♡」
……真姫と花陽が光のない瞳で俺の両肩を掴む。
勘違いしそうになるのだが、こういう時のこの二人の瞳には、光が戻ったわけではない。むしろ悪化しているというか、深まっているというか……。
穂乃果も後ろの方で、俺たちのやり取りを同じく昏い瞳で、しかし微笑ましそうに眺めている。
穂乃果としては、やはり俺がμ'sから抜け出せない状況がうれしいのだろうか……。
映画とかでたまに見る、歪んだ愛情というものなのだろうか?別に辞めるつもりはもうないのだが、それでもやはり心中は穏やかではない。
……一部訂正。身体も穏やかではない。先ほどから木陰に連れ込まれて真姫と花陽にボディタッチされまくっている。あ、朝っぱらから何をするんだ!ていうか、走るんだろ俺たちは……!
「あら、微熱があるんじゃない? 私が治してあげるわ。いい『治療法』を知ってるの♪ さあこっちへ……」
「少しだけ目を閉じていてください、疲れた背中を、私がしーっかりもんであげますから……♡」
俺は鋼の理性で二人を引き離し、後ろからの抗議の声も無視して早々に走り始めた。
————————ニューヨークの冬は寒い。
北海道程ではないが、早朝のランニングなら猶更だ。吐く息は白いし、簡単に体は温まらない。それでも、徐々に眠っていた身体が起きていく感覚はあるし、適度な運動は健康の基本だ。
スクールアイドルは体力勝負だし、俺だって負けてはいられない。真姫や花陽にも啖呵を切ったんだ。体力だけじゃない、俺は……
「そうだ、こんなもんじゃないはずだ。俺はまだやれる……!!」
1年間入院していたとはいえ、μ'sのみんなの練習で一緒に鍛え直した。
左腕は相変わらずのポンコツだし、バリバリのスポーツマンほどとはいかないが、それなりに体力に自信はある。
仮にも男子高校生だ。もっと速く……もっと速く走れるはずだ。
この広い『空だって、飛べる』くらいに……!
……あれ?
『これ』って、誰が言ってたんだっけ……?
つい最近『誰か』に言われた気がするのだが、霞がかったように思い出せない。
女性だったような気がするけど、ここのところツバサとμ's関係者以外は会ってないはずだし……。
と、ペースを上げたのに考え事をしていたせいか、危うく街路樹にぶつかりそうになってしまった。
危ない危ない。流石に外国でドジをやらかすのは恥ずかしすぎる。
凛じゃないが、ちょっとテンションが上がってしまっているのだろうか?
……少し足踏みして、呼吸を整えるか。
「修也くん、ちょっとペース早すぎだにゃ〜……」
そうしていると、噂をすれば(?)凛が少し息を切らしながら追いついて来た。
他のみんなはまだ遠くだ。希が現地のランナーと走りながら話しているのが見える。……希、英語がもしかして得意なのか?
それはさておき、凛はスポーツに長けているし、陸上部に入ろうとしていたくらいだから、1年生ながら走る速さに関しては一日の長がある。少なくとも、今のように男女の体力差があるとはいえすぐに俺に追いついて来れるほどだ。
そう言うと凛がボーイッシュだといわれるのを気にしている話が思い出されるが、俺は凛はμ'sの中で一番女の子らしい魅力に溢れていると思う。
それは……
「どうしたの?そ、そんなにじっと見られたら、照れちゃうにゃあ……///」
いかんいかん。
どうやら凛のことを凝視してしまっていたらしい。
外国で街路樹にぶつかるより警察のお世話になることの方が遥かにヤバイ問題だ。
「い、いやあ。凛も足が速いなって、改めて思ってただけだよ」
「? しょっちゅう一緒にランニングしてるのに?変な修くん」
……うん。我ながら下手な言い訳だ。
案の定凛に怪しまれてしまった。
恥ずかしいのを誤魔化すために、いいからペースを落としてみんなを待とう、と走り出すが、凛もすぐ横について来た。
そして、小声で囁く。
「
……真姫、花陽と来て、薄々感づいてはいたが、やっぱり今日は凛のようだ。
思わず振り向くと、やはりその瞳には、俺の姿と今日という1日への期待しか宿していなかった。俺は半ばヤケクソ気味に、仲間のありがたみと胃の痛さを感じながら、またペースを上げた。
すぐに「待つにゃー!」と凛に追いつかれ、背中からダイビングされたのだが。
さながら俺は逃げるネズミで、お前は本物の猫か……。
ちなみにこの後、一緒に走るといってたのに一人だけペースを上げたお仕置きとして、花陽と真姫はもちろん海未にまでエライ目に遭わされたのは、聡明な皆さんの予想の通りだと思う。
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「いやー!今日もオツカレ少年!」
「アビーさんこそ、お疲れ様です。今日はありがとうございました」
「いいっていいって。むしろ大忙しのところ、今回は唯一の日本人の出演者グループってことで、そっちの通訳だけでいいって命令だから、楽な方だよ!」
通訳のアビーさんは相変わらず元気な女性だ。流石に元軍人……俺たちとは鍛え方が違う。
「それにしても少年、君は本当に映像に一切でなくていいのかい?功労者っていうか、μ'sの一員なんでショ?」
「はい。μ'sは9人のグループ。俺はあくまでもマネージャーとか仲間とか、そんな感じですから」
彼女の疑問も最もだし、昨日花陽とあんな話をしたばかりだが、そこは譲る気はない。
俺が踊るわけじゃないし、歌うわけじゃない。
あくまでも彼女たちを見るためにファンの人たちは集まってくれてるんだから。
「うんうん。言うなれば指揮官だね!その年で大したもんだ、ウン!」
「大したもんじゃありませんよ、ただの裏方です」
謙遜したつもりだったが、アビーさんにはむしろ好印象だったらしい。背中をバンバンたたかれる。いてえ。
周りのスタッフの人も、日本語はわからないながらなんとなくムードを感じ取っているのか、サムズアップしてくれる。
「イヤイヤ、戦争は後方なしにはできないからねー!日本で勤務してた時に言われたヨ!『後方なくして勝利なし!』ってネ!」
「いい言葉ですね。じゃ、俺もそう言われるくらい頑張るとしますか!」
そう言って、その日の撮影と練習は終わった。俺の演出の完成していない部分以外の大まかなところは、急ぎではあるが大分できてきた。
真姫による曲の細かい手直しはすでに終わってるし、歌詞も俺はあまりタッチできてないけど、ほぼ完成してる。後は練習と、俺の問題だ。
だからこうして今も、ホテルの一室で作業を進めている。幸いこの土地はインスピレーションやアイデアには困らない。今晩は雨だが夜景は綺麗だし、食事もおいしく、ベッドも快適だ。
……いかに気心知れたμ'sのみんなとはいえ、女性と二人きりで寝るのは緊張しっぱなしだが。
ことりも晩飯の時、とんでもなくデカいチーズケーキとか楽しんでたみたいだし。あれは俺でも食いきれないぞ。言ったら絶対嫌われるだろうが、ことりの体重がちょっと心配だ……。
……おっと、また余計なことを考えてしまっている。なんとか、みんなの期待に応えられるだけのものを作り上げないといけないのに……。
またしばらく思考に没頭しようとしていたら、ドアが開く音がした。シャワーを浴びてくる、と言っていた凛だった。
流石にシャワーは別の部屋で浴びてもらっているのは、俺のささやかな抵抗だ。
「修くん、根詰めすぎないでね?外国で体壊したら大変だにゃ」
……そう言って、どこかで買ってきてくれたのだろう。コーヒーを机に置いてくれた。御礼を言って、改めて机上のノートパソコンに目を向ける。
この1年間、編集作業とかに大活躍してくれた『相棒』だ。1年間の歩んできた記録が全部詰まってる、大切な記録でもある。決して高級品ではないが、今回のニューヨークも結局、こいつにお世話になることにした。
「……あと一歩、何かが足りないんだ。みんなに最高のライブをして貰うのに」
凛は相変わらず心配そうな顔のままだし、俺も苦い顔をしていると思う。
————————そう、何かが足りない。
本気でこの地で観客を感動させるためには、小手先の工夫じゃだめなんだ。
でもどうしたらそれが見つかるのか、迷っている……。
「何をそんなに焦ってるの?まだ期限まで数日はあるんだよ?凛たちだって、振り付けはまだ色々検討中なんだから……」
心配してくれるのは本当に嬉しい。
昨日の花陽の気遣いも(結果的に色々とあったが……)心が軽くなった気がした。今の凛のコーヒーだってそうだ。
親との関係も悪いし、ツバサと一緒に世の中に愚痴ってたような俺だからこそ。一度は俺が逃げてしまったというのに、変わらずに傍に仲間がいてくれるありがたみを改めて感じられる。
みんなに傍にいて貰うだけで、俺は頑張れるから……。
「ありがとう。でも最近思うんだ。どこまでいっても、敵は弱い自分だって。甘えてばっかりはいられないんだ。……俺はみんなの期待に応えたい。迷惑かけたお詫びに、最高のライブをさせてあげたい」
「甘えだとかお詫びだなんて……、凛たちが悪かったんだよ。修くんのこと、知った気になってただけで、本当は何もわかってなかったんだもん。ずっと傍にいたのに、何にも気づかなかった……」
凛は申し訳なさそうに俯く。ますます心配をかけてしまった。どうもみんな、あの時のことに関しては自分たちが悪い、で一致してしまっているらしい。
でも、本当に悪かったのは俺だけだ。
「いや……。俺がもうちょっと強い人間なら、今もいいアイデアが浮かんでたと思う。あと少し。あと少しで、目の肥えたニューヨークの人たちだって感動させられるだけの……」
それは俺の本心。
俺はみんなと一緒に勝ちたい。
最高の結果を得たい。
ツバサや、みんなの隣に立てるだけの男になるチャンスなんだ。
だから……!
「それで……修也くんは、楽しいの?」
——————————————え?
『楽しい』……?
「修也くん、すっごくつらそうな顔してるもん……」
楽しむ心。
それは、俺がいつの間にか忘れていたもの。
いや、無理に忘れようとしていたのかもしれない。
どちらにせよ、俺はその現実を凛に突きつけられたのだった。
実はこの作品においてヤンデレは病気ではないので治りません(絶望)
収まることがあっても、治るものではなく純愛だからです。