「それで……修也くんは、楽しいの?」
——————————————え?
『楽しい』……?
それは、俺がいつの間にか忘れていたもの。いや、無理に『忘れようとしていたもの』かもしれない。
μ'sの活動方針の一つ、『みんなで楽しむこと』……。
凛の言いたいことは、わかる。
でもここは、日本やスクールアイドルが当然だった場所じゃない。なにもかもが、初めての……そして、最高難度の挑戦。背負ってるものが大きすぎるし、皆を勝たせる、と決めた以上は妥協は許されない。
「だってこれは、本物のプロやプロになりたい凄い人達の場所なんだ。みんなに恥をかかせるわけにはいかない。遊びってわけにはいかないよ……」
妥協しなければ、遊ばなければ勝てるっていう程、世の中は甘くない。どれだけ直前にサボろうと、必死に努力しようと、結果だけが全てだ。
それでも、いや……だからこそ。
俺の実力でこのイベントに来る世界レベルのアマチュアに勝つには、せめて甘えた気持ちくらい捨てないと、真剣にならないと……。
だが、その説明では凛は納得しない。
「……『前まで』の修也くんなら、絶対そんな言い方はしなかったにゃ。遊んだり、楽しんだりする気持ちと、真剣にやる気持ちは矛盾なんてしないよ!」
「それはそうだけど、俺なんかがこんな凄いところで勝つためには。俺自身や、みんなのライブのためには……!」
「勝ち負けとか、そんなことはいいの!凛は……ただ、前みたいに修くんに笑ってほしいだけ……!」
俺の笑顔なんて関係ないんだよ、凛。観客の人を笑顔にさせたい。μ'sのみんなに笑顔になってほしい。μ'sのみんなが認められることが、μ'sのみんながニューヨークで勝つことが最優先だし、それを演出するのが俺の役目だ。
その中で運よく、この演出が少しくらい認めてもらえればいい。だから、全力でやらないとダメなんだ。
どんな無理をしてでも……勝たないと。
「俺は真剣に……」
「修也くん、なんで嘘つくにゃ!!!!」
凛が他の部屋に聞こえてしまうんじゃないかというくらい叫んで、思わず息をのんでしまう。
俺が、嘘を……?
「……ウェディングドレスの時と同じだよ。あの時、凛は『どうせ似合わない』って、『きっと修也くんには幻滅されちゃう』って、着たいっていう自分の気持ちに嘘をついてた。怖くて、逃げてたにゃ……。修也くんも、楽しみたいのに、カッコつけて!一人で、辛い思いをしてまで頑張らないと勝てないって、思い込んで、凛たちと楽しむことから逃げようとしてるだけ!自分に嘘をついて無理してるよ!」
「俺が、そういう風に思い込もうとしてるって……?」
自分で、自分に、嘘を……?
「そうだよ。思い出して。いつだって修也くんは、真面目で、真剣で、一生懸命だったよ。でも、どんなに大変な時でも楽しんでもいた。だから凛たちを励ましてくれる言葉の一つ一つだって、信じられたの……」
俺が動揺のあまり立ち竦んでいると、凛は見せつけるように、思いっきり部屋のカーテンを開けた。
この階はそんなに高い階ではないので、道を歩く人たちの顔が見える。
雨が降っていても、傘をさして、レインコートを着て、雨宿りをして—————————
——————————笑顔だ。
小さな子も、親も、大人も、男性も女性も、歳をとった人も、若い人も、みんな楽しそうに笑っている。
「ほら、周りを見てよ!みんなすっごく楽しそうな顔してる。……上手くいかないこともあるよ。辛い思いもするかもしれない。……でもね、笑顔なんだよ?」
確かに、今回のイベントですれ違う同じアマチュアも、プロのスタッフも、大変そうだったけど、笑っていた。
「最近の修くん、ずっと自分に嘘ついて辛そうだもん!なんで『楽しんじゃいけない』って思い込んでるの!?」
今、自分がいる場所を全力で楽しんでいた。それはμ'sのみんなも同じだ。このニューヨークという新しい舞台そのものを楽しんでいる。
「一人で勝ちたいって言ってばっかりで!凛と、μ'sのみんなと楽しむのが怖い理由って何!?」
……凛の言うことは、きっと間違いない。
俺はいつからか、楽しむ心を忘れていたんだろう。
孤独でいれば、苦境に立てば。
みんなという仲間から離れれば、『甘え』を捨てれば勝てるって、思い込んでいた。
結果ばかり求めて、一人で焦って、きっとツバサにも心配をかけた。
自分のことに囚われて、俺はいつの間にかそれを見失っていた。
———————その理由は、きっと穂乃果の告白を断った時のことを、俺自身がまだ消化できていなかったから。
立ち尽くしている俺の手を、そっと握る。
「……何でも一人でできるなんて、ヒーローみたいな人はいないよ。修也くんの夢もいいけど、夢は夢で、自分のことをもっと大切にしてほしいにゃ……」
凛は心配そうに顔を覗き込んでいる。
「修也くん。凛は……凛は、この世で一番大好きな修也くんに、辛い思いをしてほしくないだけ……」
人生で、何度目かの告白。
目を合わせれば、凛の瞳は深い、とても深い深淵のような愛だけが宿っている。
—————————もう驚くことはない。
今頃になって、脳裏をツバサの言葉がよぎる。
μ'sのみんなの、好意についての言葉だ。
……この分だと、きっと俺はμ's全員に同じような機会があるのだろう。
でも今は、目の前の凛のことだ。
こうまで俺のことを心配してくれる凛に、応えたい。
「俺、多分怖かったんだ。一度みんなの光から逃げ出して、また戻ってきて。みんなに後ろ指を刺されるのが怖かった」
「そんなことなら心配はないにゃ。かよちんや真姫ちゃん、穂乃果ちゃんからだって聞いてるんでしょ?」
「うん。それはきっと、ずっと前から自分でもわかってた。だから本当に怖かったのは……この数年間、諦め掛けていた夢をまた追いかけて、『やっぱり無理だ』って思い知らされることだと思う」
今度は凛の方が息をのんで聞いている。
そう、俺はただでさえ挫折しかけていた。
事故にあって、怪我をする前から。才能の差を、生まれの差を『恵まれた人』相手に感じていた。もしかしたら、左腕が満足に動かなくて、諦めることに安心していたかもしれない。もう、苦しい思いをしなくてすむ……って。
そうだとしたら、怪我はきっかけにすぎなかった。
「μ'sのみんなの夢を応援することで、惨めな自分から目を逸らそうとしてた。みんなのライブを本気で好きになったのは、みんなの実力だったけど、そのおかげで俺は自分の夢をまた追いかける気になれた……」
でも、怪我してた1年間と、μ'sと一緒に歩んでた1年間の合わせて2年間の空白、ただでさえ挫折していた俺の足を止めるには十分だった。
そして、みんなにみっともなく嫉妬して、そこから離れれば。ツバサさえいてくれれば。楽しむことを捨てて、真剣にやりさえすれば。……そうしないと「勝てない」って思い込んで、みんなの光と夢を叶える姿を恐れる自分の気持ちに、嘘をついていた。
「俺はみんなの光を怖がってたんじゃない。自分の夢から、心の何処かで逃げている自分を直視する事を怖がってたんだ」
その事を本当はどこかでわかってたから、楽しめなかった。
……ツバサのことが大切な気持ちに嘘はない。それでも、俺はツバサのもたらしてくれる安息に逃げていた。
優しくて、俺と同じ痛みを抱えているツバサなら、こんな俺のことでも許してくれるという気持ちさえ、もしかしたら抱いていたのかもしれないと。
一通り語って、改めて真剣に、気づかせてくれた凛に向き合う。
「ごめんな、凛。俺、見失ってた。……告白も、すっごく嬉しいよ。ありがとう」
「えへへ……/// そう言われると照れちゃうにゃ……♡もし修也くんが元に戻ってくれなかったら、凛も強硬手段に出るとこだったにゃ♡」
強硬手段とやらが何を指しているのかはわからない。
だが凛の背後にあるリュックは少しだけファスナーが開いており、銀色の金属の光や、明らかに何かを縛るために使われる用途のものが見え隠れしている。
……その他の物もいくつか見えるのだが、どうやって空港を抜けてきたのか、もしかして現地で買ったのかなど、疑問は尽きないが、今は考えないようにしよう。
せめて、これらの道具を使われる相手にならないように振る舞うしかない。キレた凛の運動能力で襲われたら、あの時の穂乃果以上に対抗できる気がしない。
「でも、どうしたらまた楽しめるのかな……。正直、自信ないよ」
ポロリと弱音を漏らす。
真姫や、花陽、凛に言われたことは、本当にありがたい。みんな、俺のことよく見てくれてるんだ。
……だがそれでも、お恥ずかしいことに俺はまだ少し悩んでいた。
目の前のノートパソコンの、未だ今晩は更新されてないデータを前に歯噛みしている。いったいどうすればいいんだろう。
窓の向こうで降る雨の中で笑顔の、ニューヨークの人達のように。楽しむ心を、取り戻すには……。
「ね、修也くん。さっき、雨が降っててもこの町の人たちが笑顔だ、って話したよね?」
ちょうど考えていたことと同じことを凛が話題にする。
確かにその話はしたけど……?
「その理由が分かったんだ!この街ってね、ワクワクさせてくれる感じが、少しアキバに似てるんだよ!」
「アキバって、あの秋葉原?」
「そう!楽しいことがいっぱいで、次々に新しく変化していく……。『楽しむ』にはぴったりのところだにゃ!見てて!」
そう言って凛は部屋を飛び出していく。
少しして、真姫と花陽も連れ出されてきたのが見えた。最初こそ2人は怪訝な顔をしていたが、何か凛に言葉をかけられると、納得したかのように自分から飛び出していく。
慌てて俺も傘を持って追いかけると、ホテルの前の公園で、3人は踊り始めていた。
————————————Hello,星を数えて
今みんなで練習している曲に決まるまで、いくつかあったニューヨークに向けたライブの案のひとつ。結局は今の曲に決まって、完成はしていないはずだ。
花陽と真姫も時折こちらに視線をよこしながら、本当に楽しそうに踊っている。曲は流れていない。音源になるものがないのだから当たり前だ。
でも今、目の前で。
最高の歌詞と歌とダンスで、見守る俺や通行人の人たちを魅了している……。
「……大丈夫だよ。見て、星空にゃ!」
踊り終えた時には、雨はやんでいた。いつの間にか集まっていたギャラリーから拍手が起こる。ストリートパフォーマンスの一種だと思われたのだろうか。
……なんにしても、スクールアイドルがこの国でも通じる可能性と、何より……。
音響や機材、電飾じゃない。みんな自身が楽しむ心が、その姿こそが、観客を楽しませたんだ。
……そうだ。
一緒なら、いくらでも挑戦できる。
全部、楽しめる……。
そうなんだな?凛。
見えてきた……!何かをあれこれと語るより、歌い上げるような演出にしよう。……初めから、それしかなかったのに今さら気づくなんてな。
ありがとう、みんな。
それなら、伝えられる!
この熱さを!想いを!スクールアイドルを!μ'sのことを!!
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
……俺が机に向かう後ろで、凛がベッドで眠そうにゴロゴロしている。
無理もない、もう12時前だ。先に寝てていいといったのだが、『修也くんが寝るまで寝ないにゃ!』『今日は凛の番なのに、他のメンバーに会いに行くの……?』と意地を張って(?)いた。
とはいえ、さすがの凛も練習で疲れているから、1時間ほど前からこのようにゴロゴロモードに入っている。
真姫と花陽の二人同様、告白以来ボディタッチが激しいので、集中できずちょっと時間がかかったのだが……。まぁ、みんながいなきゃ完成はしなかったし、何より楽しむことが大切だと改めて教えられてしまったので、文句はない。
「なんか、全然知らない場所にいるって、不思議な気持ちじゃないかにゃ?」
ゴロゴロするのに飽きてきたのか、凛がそう聞いてくる。
……その黒猫パーカー、どこで買ったんだよ。
「ああ。そんな不思議な気持ちのおかげで、楽しかったけどちょっと手間取っちゃったな」
そこまで言ってノートパソコンを閉じると、凛は俄かに元気になって、ガバッと体を起こして聞いてきた。
「もしかして、完成したの!?」
察しの通りだ。
……ついに、完成した。
「ああ。初心に帰ったんだ。μ'sが9人、揃ったあの時の……」
————————間違いなく、最高の演出ができた。
期限までは時間がある。
小道具だって作らなきゃいけないが、明日提出すれば、日程的に練習を見る余裕も生まれてくるだろう。
「やったね!明日がたっのしみだにゃ~!!」
電気を消し、元気いっぱいに俺のベッドに入って、手招きをしてくる凛。
お前は招き猫か……。
でも今日だけは望むのなら、同じベッドで添い寝するくらいならサービスしよう。
……絶対に凛が恋愛少女漫画を参考に詰めてきたというリュックの中身は使わせないし、俺からも変なことはしないからな!!
———————————と、覚悟していたのだが。
意外にも凛は俺の腕枕で一瞬で寝息を立て始めた。
……俺のことで気疲れさせてしまっていたんだろう。改めて反省する。
なんにせよ、これで演出は完成した。
あとは俺が、『今度こそみんなのライブを直視できるか』と言うことだけだ。
……ここだけじゃない、まだ最後にラブライブの本選も控えている。となると、今年度中のμ'sのライブは普通に考えて、あと2回。そして廃校がなくなった今、俺という男子のテスト生はおそらくは……。
何よりも、3年生の卒業だって遠くは……。
そこまで考えて、今日1日の疲れに任せて、異国の地で俺の意識は凛と同じ夢の中に旅立っていた。
凛ちゃん編はこれで終了です。ドラマ優先で難産なうえ、ヤンデレ方面が薄くなってしまい、文字数も増えてしまいました。申し訳ありません。次は謎のシンガーとAAですね。
また、他作者様に倣いまして、この場をお借りして現時点で高評価をしていただいた方々に御礼申し上げます。
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