もうちょっと彼のドラマにお付き合いください。次回は希個人回ヤンデレマシマシなので。
……俺はこの靴をよく知ってる。我が家に入る人間で、この靴を履いているのは一人しかいない。一瞬躊躇ったが、覚悟を決めて俺はリビングに入る。
「……親父、帰ってたのか」
そこには、晩飯の準備を進める……俺の大嫌いな親父が帰ってきていた。
無言で目と目が合う。
……今日はつくづく、たくさん家にお客さんが来る日だと、改めて思った。
「ちょっとな。……隠すことはない、彼女を連れてきたのか?」
「あ、こんばんは。音ノ木坂3年の、東條希です……?」
なかなか戻ってこない俺を心配してか、希は中に入ってきていた。必然的に親父と目が合い、挨拶する。だけど、俺たちの間に流れる険悪なムードを読んでの事だろうか、どこか自己紹介も恐る恐るという様子だ。
……っていうか、『彼女』は否定しないのか!?
「うちの子が学校でみなさんにはお世話になっているようで……ありがとうございます」
「……ッ! 行こう、希」
「修也くん!?あっ、どういたしまして」
親父が俺のことを思ってるようなツラを他人に見せてるのが納得できない。この男とは顔を合わせたくなんてないし、今更心配される謂れもない。
すぐに我慢できなくなって、希の手を引いて階段を上がって、俺の部屋に行った。仲間が穢されるようでこれ以上、希に関わって欲しくなかった。あんなに母さんを傷つけたこの男が……!
そもそもなんで親父が帰ってきてる!?単身赴任中のはずなのに、よりによって希がいるときに……!
「修也くん、痛いよ……!?」
勢いよく俺の部屋に入ったあたりで、希が伏し目がちにそう訴えてきた。
しまった、つい強く握り過ぎてしまったらしい。慌てて離して謝ると、笑って許してくれた。必然的に、話題は親父のことになってしまうが……。
「今の人が、修也くんのお義父さん……?」
「ああ。……ごめん。聞いてるかもしれないけど、あんまり関係は良くないんだ」
……いつもながら、μ'sのみんな、『お父さんお母さん』という時に、どこか俺とイントネーションというか含みというか、違う気がする。もしかして、俺だけ言い方がおかしいのだろうか?引っ越しも多かったし、方言が混ざっちゃったのかもしれないな。
「うん、それは知ってたけど……あんな風に、殆ど話さないの?」
「話すようなネタもない……ってのは、言い訳だけど。色々あったんだ、前に」
「……ウチには、話してくれないん?」
希は飾ってある写真を手に取る。
先ほどツバサが持っていたのと同じもの、つまり笑顔があふれていた頃の家族写真だ。
「……ニューヨークで、アビーさんの言ってた通りだよ。親父は戦闘機のパイロットだったんだ。結構前に引退して、今は補給とか、そういう仕事をしてる。結構階級も高くてさ、時々偉い人が家にもきてたよ」
だから目立って、イジメの一因にもなったかもな、と今だから思い返せる。
アビーさんは以前、日米共同の三沢基地で通訳を兼ねて勤務していた。そしてその話は、ニューヨークの別れ際のあの時。希も一緒に聞くことになった。アビーさんは、俺と親父の関係のことなんて何も知らなかったから、遠慮なんてなかったんだ。
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「ジャなくて、シューヤに聞きたいことだよ」
「聞きたいこと……『思い出した』って、なんのことです?」
何かあったかな?特に思いつかないんだけど。
俺とこの人は日本であったことなんてないはずだし……。
「ウン。いやネ?君ドッカで見たことあると思ってたんだよね。もしかして君、日本でサ。お父さんがイーグルドライバーしてなかった?」
————————————衝撃が、走った。
イーグルドライバーとは、航空自衛隊のF-15戦闘機のパイロットのこと。
だとしたら、アビーさんはもしかして米軍の中でも空軍で、通訳の仕事って言うのは……
「日本のミサワで働いてた時にサ!君のお父さん、もう引退はしてたけど、元パイロットのエラーイ人が家族写真見せてくれてネ?その息子さんがシューヤにそっくりで!!」
「『後方なくして勝利なし』って言葉も、その人から聞いたんだ!ホントいい人だったよ。シューヤにそっくりで!」
「きっとラブライブ!には取材に行くから、お父さんも呼んでおいてネ!ジャ!」
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「その写真は、パイロットが航空機を降りる最後の飛行が終わった記念の時の『ラストフライト』の写真。家族とかも呼んで、整備員の人とかも一緒に写真撮るんだ。……この頃は、俺も親父も。母さんも仲が良かった」
「航空機を降りて、親父は変わった。慣れない地上の仕事とかで、母さんや周りに八つ当たりするようになったんだ。だから母さんも仕事に逃げがちになって、親父も転勤だらけで。俺は一人になった。家族はバラバラになって、叔父さん叔母さんや、従姉妹が俺の居場所になった時もあった。うちの子になれ、って誘われてた時期もあったくらいだ」
「俺は親父にずっと憧れてた。あんな凄い人になりたいと思ってた。でもその憧れは……本人の手でぶち壊しになった。それでも、夢だけは残った。俺は親父とは違う。それを証明したいって気持ちもあった……」
「……じゃあ、修也くんの夢は、今も」
「ああ。戦闘機のパイロットになることだ。誰よりも高く、親父よりも速く。空を飛びたかった……。だけど、この左手は……」
ゆっくりとしか握ったり開いたりできない手を見つめながら、色々なことを思い返す。
楽しかったころの家族。変わってしまった親父。憧れが砕かれた瞬間。引っ越しでツバサとの別れ。静岡に旅行に行った先の事故。1年間の苦しいリハビリと、音ノ木坂へのテスト生入学。
……μ'sのみんなとの出会い。
ツバサとの再会、みんなとの衝突。
ニューヨークでのライブ……。
『飛べるよ』と誰が言っていたか思い出せない。曖昧すぎて、もしかしたら夢の中で聞いた言葉かもしれない。
μ'sのマネージャーを続けると決めても、ツバサがそばにいてくれてると言ってくれても、事実今の俺は……このままでは飛び立てない。
希は心配そうに見つめていたが、そっと俺の左手に自分の手を添えた。
「修也くん、辛かったんやね……」
「……バカな夢だと思ったろ?俺みたいなやつが、そんな立派な仕事なんて。こんな左手で、航空学生の試験に受かるわけないのに」
「そんなことない!……修也くんがどれだけ夢を大切にしとるか、ウチはよく知ってる。それが、どれだけ挫折したって、追いかけ続けることの大変さもわかってる!」
……希が励ましてくれてるのはわかる。だけど、こればかりはどうしようもないことかもしれない。
事故は結構デカかったけど、リハビリでほとんど以前以上に動くようになった。μ'sと一緒に練習する裏でも、サボらず体を鍛えていた。……でもこの左腕だけは、まだだ。
当然試験には腕の可動域や、かつての怪我の履歴も関係するし、年齢制限もある。いつかは、諦めなければならないのかもしれない。
でも、そんな俺の悩みを打ち消すように、希は腰に手を当てて笑顔を見せてくれた。
「よし、じゃあウチがしゅー君を元気づけるために、晩御飯作ってあげるね!おうどんさんに焼肉の組み合わせや!」
……あまり詳しくないけど、それは肉うどんとは違うのか?
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「……それは、いいんだけど」
なんでよりによって、親父と同席なのだろうか。
まさか3人で飯を食う羽目になるとは。
希に強引に押し切られて、結局席につくことになってしまった。
「東條さん、この茹で具合、完璧ですね。うちの子にはもったいないくらいだ……」
「やぁですねぇお義父さん。まだまだあるんで、おかわりはいつでも言ってくださいね?」
希はすっかり親父に気に入られているようだ。自然な口調で親父からいろいろと俺のことを聞き出している。というか、サラッと彼女で定着してるし。否定するのも機嫌を損ねると思ってるのか、それとも穂乃果たちと同じ状態なのか……。
「出張がこのあたりでして、家が近かったので少し様子を見ようと思いまして。帰ってきたわけです」
「そんな時にお会いしてご挨拶できるなんて……きっとウチの運がよかったんですね!」
……食事がうどんだからまだ喉を通っているが、食欲のわく光景じゃない。俺の大嫌いな……いや、恐れかもしれない。そんな男と希が仲良さげなのは、複雑な感情がある。
だけど希の前であまり険悪なムードを出すわけにもいかず、結局俺は無言でうどんをすするだけだった。
と、そこまで考えたところで希に思考を中断させられてしまう。
「もう!修也くんも黙っとらんで、少しはお義父さんと話してええんよ?」
希は俺の彼女ならぬ母さんかよ、とツッコむ間もなく、親父の方から話しかけてきた。
「……どうなんだ、学校は」
……それで、俺に気を遣ったつもりかよ。
「問題ないよ。廃校もなくなったし、俺も特に変わりはない。来年から3年だから、勉強はしてるけど」
「……その勉強は、航空学生の勉強か?」
—————————希がせっかくいい空気を作ってくれそうだったのに、ぶち壊しにしやがった、こいつ。
「……だったらなんなんだよ」
「茶碗を持つ手を見ればわかる。左手がそんな調子で、まだ受かると思っているのか」
俺の顔も凍り付いたが、希もショックを受けたような顔をしている。
……うすうす、勘づき始めたらしい。俺と親父が本格的に仲が悪くなった根本的な原因に。それは、母さんへの八つ当たりだけじゃない。
「……お前の夢はかなわない。大人しく普通の勉強をして、普通の仕事に就きなさい。母さんや彼女さんにも迷惑をかけるな」
それは、あんなに俺がいじめられていてもかばってくれた親父が。親父の後を継ぐという俺の夢を持った親父の方が。
親父と母さんがバラバラになるにつれ、俺の夢を否定する側にまわっていったからだ。
絢瀬絵里さん、タチャンカ田村さん、鯖 佐波さん、パスタにしようさん、新たに高評価ありがとうございます。前話は前書き、後書き欄をほのツバの独白に使用してしまったため、御礼が遅れて申し訳ございません。
評価してくださった方々の恥とならないよう、完結まで突っ走ります。