「本当にごめんなさい!ウチの子を庇ってアナタは……!」
品の良い大人の女性が、病室の俺に謝っている。その後ろには、少しクセのある日本語の少女。おそらくハーフかクォーターの娘なのだろう。
彼女に突っ込んで来た車を見て、自然と体が動いていた。
何気ない旅行先。今の家族で出かけるのは気が進まなかったが、それでも何か変わるんじゃないかと思ってたけど、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。
「ワタシ達にできる償いならします。後遺症も残る可能性がとのコトで……ササヤカですけど、お金も用意しました。これでナントカ……」
……彼女もその親も、何も悪くはない。俺が勝手に庇っただけだ。
助ける理由なんてないんじゃないか、という人もいるかもしれない。自分の夢を犠牲にしてまでやることではない、という人もいるかもしれない。目を離した親が悪い、という意見もあるだろう。
どちらにしても、何もかももう遅いことだ。
「親がその辺は加害者からきちんと貰うって言ってますから、そっちに任せてます。貴方方は何も悪くないですよ」
なんとか身体を起こして応える。節々が痛いけど、命が助かっただけマシというべきだろう。頭も打ってないし、背骨に異常もない。左手はちょっと怪しいが、リハビリすればきっとなんとかなる、とかの時は思っていた。
「それでもデス。アナタの将来を奪ってしまったのはうちの子かもしれないんです。だからせめて……」
……それよりも、俺が気になっていたのは、母親の後ろで泣きそうになっている娘だ。
自分が親から離れて一人だったからこうなったのかもしれない、と罪の意識に苛まれているのかもしれない。
このころの俺は、ツバサ以外誰も味方がいないと感じていた。孤独に夢をかなえようとして、足掻いていた。
不思議と俺の目には、彼女の涙をこらえる姿が、自分と重なった気がしたんだ。
「お母さん、すいません。この娘とちょっと、お話させてもらえないですか?」
「俺は修也。……君、名前は?」
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……結論から言うと、晩飯は炒飯だった。しかもメチャクチャ美味かった。にこが家庭的なのは知ってたけど、ここまでとは。
でも、俺がどれだけ美味いと褒めても、にこの顔はあまり浮かなかった。それはきっと、俺にμ'sを続けてほしい理由を隠していることと……今日話したいことと関係があるのだろう。
「さて、あの子達も寝たし……そろそろ話しましょうか。」
こころ達はまだまだ幼い。8時から9時くらいには寝てしまう健康的な生活を送っている。あと、『お風呂に入れてください!』と頼まれたのはさすがに断った。にこの視線もめちゃくちゃ怖かったし。
「ああ。……にこ、率直に聞くけど、何か隠してないか?その……μ'sを続けるかどうかについてに関して」
ここまできて、今更躊躇いはしない。
彼女の真剣な目をまっすぐ見て、真っ向から話す。
「……やっぱり、話さないとダメよね。私、学費の安い近くの大学に行く、って言ってたでしょ?あれ半分嘘なの」
半分……?
「受かってはいるんだけど……迷ってる。実は芸能事務所から誘われてるの、アイドルにならないか、って」
ツバサと同じように、にこもプロのアイドルに……!?それって、凄いことじゃないかと思うのだが、そう話す表情は決して明るくない。
どうして……?
「良かったじゃないか。だって夢が叶うんだろ?」
「まずは声優から始めてみないか、って事だったから、すぐにってわけじゃないんだけどね。確かにそうよ。でもいざとなると……なんだか怖くて」
「怖いって、あのにこが……?」
あれだけ俺の目標の一人だった、夢に真っ直ぐなにこが、『怖い』?
……って、俺の言い方が悪かったようだ。にこにちょっと睨まれてしまい、慌てて弁明する。
「ああいや、本当に誉めてるんだ。俺にとってにこは……その、面と向かって言うのは恥ずかしいんだけど。性別も立場も違うけど、アイドルの目標みたいな存在だったからさ。まさかそんな言い方するなんて、って……」
「……ありがと。でも、それはいいところしか見てないわ。私はアイドル部をたった一人にした張本人なのよ?μ'sのみんなと、修也がいてくれたから……私はここまで来られたの」
彼女が仲間想いなのは知っていたつもりだったけど、ここまでとは思っていなかった。
それが行き過ぎて自己評価も低くなっている気がするが、それはアイドルへの理想の高さもあるのだろう。
逆に言えば、普段の強気な態度は『そうあろうと』しているが故の言葉で、本当は不安な部分も大きいのかもしれない。どちらかだけが『本当の自分』ということはないだろうけど。
「それが、μ'sを続けて欲しい理由に……?」
「ええ。私の夢を叶えてくれた最高の仲間と居場所……μ'sが残ってくれていれば。私はいつだって頑張れそうなの。どんな辛い時でも、不安な時でも、『μ'sが後ろについていてくれる』って思いたくて。…………幻滅したでしょ?」
「まさか。本物のプロのアイドルだぜ?どんな未来のトップアイドルだって最初は不安だろ」
……話をする中で、最終予選の後の俺に近い部分もあると気づく。
未だに燻ってる俺が言うのもなんだけど、俺だって結局のところ、叶わないかもしれない夢にぶつかりに行くのが怖かったくらいだし。いざ本当に夢に手が届けば、なおさら不安だろう。
「アイドルに疎いアンタは知らないとは思うけど。大学に行ったら卒業した後も、在校生のメンバーと『スクール』はつかないけど。アイドルしてる人達もいるわ。でも私が、その道に入ればもう……」
「……μ'sは9人揃って、初めてμ'sだって。みんなの考えてることもわかってくれてるんだな」
「みんなアンタ以上にわかりやすいものね。……そうなれば、二度と『μ's』はできないかもしれない。私がプロになってそこにいなければ、きっとみんなはμ'sを続けない。たった1年……夢見たいな最高の1年だった。だからこそ夢に終わって欲しくないの」
にこも俺も、予想は一致してる。
多分みんなは、μ'sの誰一人欠けても、もうμ'sではないと思っているだろう。このままなら、3年生が大学に行った後もたまにライブをやる程度でよければ、続けること自体はできる。それでも……
「だからそのことを隠して、昼は続けるように言ったのよ。わがままだってわかってても」
「……このこと、他の誰かには?」
「3年生には話してあるわ。……流石に、他の2人に卒業後もアイドルしてもいいけど、なんて言われれば、隠しきれなかったから」
それでもプロのアイドルになりたいから。大切なμ'sにいつまでも輝いていてほしいから、そのことを隠したかった。3年生に事情を話して、口止めまでして。
「にしても、アンタにはつくづく隠し事はできないわね。絵里の膝のことも見破ってたし。……ねえ、2つだけお願いがあるの」
少し諦めたような表情になってから、すぐに何か決意を固めたような目を向けられる。
「このことはまだ、みんなには言わないで。……時期が来たら、私から言うから。それと、明日のニューヨークのライブの番組。私と一緒に見てほしいの」
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泊まっていけと言われたけど、そこはツバサに操を立ててきっぱりと断った。薄々、彼女の気持ちにも感づいてはいるが、何もかも流されているわけにはいかない。
冬の寒い空気が体に染みる。外は真っ暗で、少しだけ東京だけあって前に降った雪は溶け終わっている。
……にこの『お願い』の中身は、その2つだった。
みんなには自分から話す、の一点張り。そこは譲れない部分があるのだと思うし、後輩たちの結論を聞いてから話すつもりなのだと思う。それがどんな答えでも。
もう一つは、明日に迫ったニューヨークのライブ特集のTV番組。その翻訳と編集が行われた番組が、ついに明日地上波に流れる。それを一緒に見てほしいとのことだ。『他の皆としょっちゅう泊まり込んでるんだから、私も1日くらいはいいでしょ?』と言われたら、断りきれなかった。
それと引き換えにお泊りは我慢してもらったというのもあるけど。
……しかし、疑問が解決と言っても、真相を知ったというだけだ。何も終わってはいないし、事態はむしろ難しくなっている。
俺はμ'sじゃない。μ'sをどうしていくかの意見は、みんなに任せている。
でも、にこもみんなも、納得できる形に落ち着く手助けはしたい。
そして、俺自身の答えも。
ここのところ、ずっと考えてること……『誰のためのラブライブ』なのか。
ニューヨークで出会った、あの正体もわからないお姉さんに言われたことは、不思議と俺の心に残り続けている。
喉元まで出かかっている気がする。ツバサと穂乃果が言い争っているときに、あの娘と静岡で話したときのことが何故か気になった。あの時俺はなんて言ったか思い出しかけているのに。そして、希に言われて親父と仲直りしようとしたとき、誰の夢なのか考えた時に、何かに気づきかけた。
何が足りないんだろう。どうすれば、にこの重荷をちょっとは背負ってやれるんだろう。
そう考えこみながら帰路についていると、ふと電話に着信が入る。
……雪穂からだ。番号は教えてあるけど、かかってくるのは珍しい。
特に出ない理由もないので、すぐに通話をタップした。
「もしもし雪穂?どうかしたのか?」
「あっ修也さん?すいませんこんな時間に。ちょっとお伝えしたいことがあって……」
結構ハッキリとものをいう彼女にしては、やや歯切れが悪い。何か言いづらいことなのだろうか。それとも穂乃果が何かマズい状態になったりしたのだろうかと、不安になっていたけど……
「修也さん、私達……μ'sには入らないことにしたんです!」
「えっ?それはどういう……」
————————返っってきたのは、意外な話題と答え。
何が、あったんだろう。昼間ではあんなに楽しそうに練習を見てたのに。亜里沙だって、μ'sに入るのを心待ちにしていた。その二人がどうして……?
「えっと、μ'sじゃなくても、スクールアイドルはできます」
「私達、今日練習見せてもらったりとか、話してて気づいたんです。私達がμ'sを大好きになった理由。メンバー一人一人が、本当に楽しそうに、かけがえのない仲間と歌ったら踊る姿が好きだったんだって……」
「だからμ'sには入りません。私達は私達のグループで、μ'sの光を追いかけたいんです!」
……そういうことだったんだ。
ありがとう雪穂。思い出したよ。
あの時、俺が病室で彼女になんて言葉をかけたのか。ずっと前から答えは出てたんだな。
誰のための、ラブライブか。
大したことじゃないけど、俺の答えは見つかったよ。お姉さん。
昔に気づいてたことにすら今更気がつくなんて、やっぱ俺はバカだ。
でもこれなら、きっとにこにも伝わる。
「ありがとな、雪穂。亜里沙にもお礼を言っておいてくれ。おかげで何とかなりそうだよ」
「えっ?よくわかんないですけど、わかりました?」
「スクールアイドルでアドバイスできるところは何でも聞いてくれ。協力する。じゃあまたな!」
電話を切って、誰も待ってない自宅に歩き始める。
……確信がある。多分、μ'sは終わってしまう。
だからせめて少しでも、にこの味方になってやりたい。
早速俺はメッセージアプリでμ'sのグループを開いて、みんなを誘った。
『次の週末、ニューヨークお疲れ様会も兼ねて、みんなでどこかに遊びに行かないか?』
本来は体を労って休養のはずだったけど、関係ない。
こういう時間が、俺たちにはきっと必要なんだって……今はそう思える。
いやー誰だろうなー静岡の女の子って何者なんだろうなー
書き溜めは3クール目終了までほぼ終わっているのですが、またしばらく仕事が忙しいのと、4クール目の展開が決まっていないため、少しの間短編含め、書きためしようかなと思ってます。
31.1.27 劇場版で本当に鞠莉母が喋ったので、口調のみ少し修正しました。