「穂乃果さん、久しぶりね。ちょっとドライブしないかしら?」
そう言って、いつもの不愉快で不敵な笑みを浮かべているのは、綺羅ツバサさん。
時刻は夜。あまり女子高生が出歩く時間じゃないけど……電話の表示名を見て、内容を聞いた私は一切ためらわなかった。
彼女は合流した後「話がしたいの」と言って、UTXのリムジンに乗せてくる。高級そうな車内には、A-RISEの曲がかかってる。でも、自信過剰だって笑ったりはしないよ。
運転席には壁があるけど、そんなに分厚いものじゃない。音楽がこの音量でかかっていれば、会話が外に漏れることはないみたいだね。
……ここなら、なんでも話せるんだ。
「どうだった?ニューヨークは」
「はい、とっても楽しくて勉強にもなりました!やっぱりライブの機材とかも全然すごかったです!」
相変わらず、言葉だけならなんでもない会話。でも私たちの目は全く笑っていないし、その声にも明らかに棘がある。だって、ここにはしゅー君はいないもん。誰にも遠慮なく敵意をぶつけ合えるよね?
「……まぁ、『私の』修也がついていたんだもの。彼の最高のマネージメントと、最高の演出でライブできたんでしょうから、ある意味当然の結果というところかしら?羨ましいわね」
「ええ。なんてったって『私の』しゅー君ですから♪いつでも私たちのそばに居てくれる大切な人なんです。私たちだけじゃ、ニューヨークのライブは成功しませんでしたよ」
でも、これはまだお互いに牽制……。
ツバサさんがたった一人で、わざわざこんな夜に私だけを呼び出したのは、もっと重要な事を話すため。そしてそれは、ラブライブの本選のことか、しゅー君のことでしかありえない。もしくは、そのどっちも。
「……私たちが、一ヶ月後に迫ったラブライブにゲスト出演するグループの一つだっていうのは、もう知ってるわよね?」
「はい、聞きました。エキシビション的に敗退した有名グループを呼んで、ライブをするんでしたよね。ちょっと予想外でしたけど……出られるんですか?」
「勿論よ。あの最終予選では確かにμ'sに負けたけど、私たちはまだまだ上を目指しているもの。それこそプロとしてやっていくために、3人で努力を重ねてる……。もしかしたら、今はもう追い抜いてるかもしれないけどね?」
「……あはは、それはちょっとどうかなあ、って思いますけど。私たちだってしゅー君のメニューで練習はしてますし?」
お互いに挑発的な笑みと言葉で真意を探り合ってる。
……本当に嫌だけど、ラブライブにA-RISEも呼ばれた。せっかくしゅー君に私たちの最高のライブを見せて虜にする筈だったのに、最悪の邪魔が入ったことになるよね。
そこで、この女は何かしようと企んでるんだ。私たちを引き裂くための何かを……。それがなんであれ、徹底的に叩き潰さなきゃいけない。
「単刀直入に言うわ。高坂穂乃果さん。ラブライブで私と勝負しない?」
「勝負……ですか?」
ほ~ら、来たよ……?
「ええ。勝った方が修也の彼女になる。負けた方が潔く身を引く。勿論、あなた以外のμ'sメンバーもね。……これでどう?」
「へえ〜……面白いですね」
しゅー君を自分の魅力で繋ぎとめておく自信がないんですね、ツバサさん。
だからこういう賭けに出てるんでしょ?
……でも、私もこの機会を待ってた。もしかしたら、もう少し遅ければルールや形は違っても、私の方から提案してたかもしれない。
おそらく、お互いにこのままでは埒があかないと気付いているんだと思う。そのきっかけは、忘れもしないあの日。この前二人とも家を追い出されたときのこと。
——————……ニューヨークのライブを終えてから、しゅー君は前にも増してずっと強くて、カッコよくなった。
落ち込んで、この人に誑かされて、心にもないことを言っちゃったけど。私たちはすぐにまた元通りの関係に戻れた。私だけじゃここまで癒してあげられなかったと思う。それが出来たのは、みんなのおかげ。
でも、そうなったしゅー君の大きな背中には、安心感だけじゃなくて不安も感じた。目標に向かって、自分一人でもまっすぐ、どこまでも進んでいく背中に見えた。
私たちだけじゃない。ツバサさんにも焦りを生んだんだと思う。しゅー君は、立ち直った。でも前よりずっとずっと強くなって……そう、それこそ夢を目指して『一人で』行くこともできるほどに。
私たちは勿論、ツバサさんまで振り切っていける強さを手に入れちゃったんだと。それはどちらも感じている事……。
彼は本当に私を必要としているの?
本当に私を選んでくれるの?
スクールアイドルやラブライブなんてもういいと思われてない?
もしかしたら、置いていかれてしまうんじゃ……?
そんな焦燥感が徐々に生まれて行ってたけど、二人とも家を追い出されたときにそれは確信に変わってしまった。しゅー君が行っちゃう……!!
しゅー君が音ノ木坂からいなくなるのと、ツバサさんの卒業。お互いの『タイムリミット』が近づいている。これはどちらにとっても、しゅー君に選んでもらうための……きっと最後のチャンス。
それに、私たちはどちらも絶対に引かない。このまま争っても、きっとしゅー君が間に挟まれたまま、傷ついていくだけ。いつまでも彼に迷惑をかけ続けるわけにはいかない。もう決着をつけないといけない。
……そう考えると、私たちは同じ人を愛して。強引に奪い合おうとしてる女同士、奇妙な共感をしてるのかもしれない。
その共感は、同族嫌悪なんだけどね。
「……ちなみに、勝負の方法はなんなんです?」
「本来なら私たちはもう負けた身。勿論優勝をかけて……ではないわ。それでも……ライブの勝負なら観客の皆さんに決めてもらうのが当然だと思わない?」
「……しゅー君が、どっちか決めてくれるわけないですもんね」
「そうね。修也にこれ以上辛い思いをさせることはないでしょう」
しゅー君を傷つけてしまったと気づいた時。私は本当に辛かったし、どれだけ苦しいことなのか分かってるからこそ、ツバサさんはそこで弱点をついてきた。
どちらかを選ばせるなんてことをして苦しめたくない。決着は、私たちだけでつける。
「とはいえ、盛り上がりの優劣が体感だなんて言い出したらキリがないわ。そこでね……今回のラブライブの得点評価にはね、審査員や会場の投票と同時に、そのライブ中のブレードの動きや、観客の人達の声援や拍手の量を計測して、基礎点の一部とするシステムが試験的に導入されてるの」
審査員式の投票ではどうしても、偶然連続で似たような曲を披露してしまったときや、特定の人の好みが反映されてしまうなどの不運が重なりやすい。そこでそのライブでの、その瞬間の人々の『感動』自体をある程度数値化して得点にするのだという。
「といっても、そんなに大したものじゃないわ。得点はライブが終わった後の声の大きさとか拍手とか、普通に人が目や耳にするのと変わらない基準で測ってくれる。だから明らかにおかしければすぐ不正を疑われるレベルよ。……そして、それはゲストのライブの得点にも全く同じように反映される。どう?これならピッタリじゃない?」
つまり、そのライブでどれだけ人が興奮してくれたか、感動してくれたかを数字にしてくれるシステム。その数値で勝負しようというのだ。
「そうですね……きっとしゅー君に頼んでも、どちらかなんて選べません。優しいですもん。それなら、公平な勝負になるかもしれませんね」
「一人や二人の熱狂的なファンの大声で変わるほどじゃないし、UTXが観客に人海戦術を取るようなことはしないから安心しなさい。……そもそも、できるほどチケットの倍率は低くないけどね」
ラブライブのチケットは大規模な抽選。日本中からスクールアイドルの卵達、親や友達がやってくる。確かにUTXでも、そんなに多くの関係者を集めることは難しいだろう。
何より、根強い固定ファンとネームバリューのあるA-RISEに対して、今の私たちにはニューヨークライブを終えた後の人気がある。決してどちらが有利とは言えないはず。
むしろ、UTXの息がかかるなら審査員だけど、それは関係ないシステムで挑んできた。しゅー君にも、後で問い詰められたときにどうこう言われない方法でもあるんだと思う。しゅー君の好んだ方にしないのも、彼のせいにしないため。
……しゅー君なら、ラブライブの場をそういう勝負に利用することはいい顔はしない。それでも、それでもなんだよ。私たちはもう、しゅー君以外の誰にも止められないんだよ……!!
もしかしたら、私たちの関係がここまで拗れない道もあったかもしれない。何か一つでも順番が違ってれば、平和に終わってたかもしれない。みんなで仲良くして、しゅー君を『共有』してた世界もどこかにあるかもしれない。
でももう、そんな『もしも』はないんだよ。
なら……
「受けます、その勝負。私……やるったらやるタイプなんです」
そうだよ、覚悟はできたよ……!!
「……今更待った、はナシよ。じゃあ本番、楽しみにしてるわね」
「ただし。みんなの意見も聞いてみないと分かりません。……少しだけ待ってもらえませんか?」
「構わないわよ。なんなら私とあなただけの勝負でもいいのだし。……じゃあ当日、楽しみにしてるわ」
リムジンから降りた私は、早々にツバサさんから目を背けながら、家に帰った。曇ってて星の見えない夜でも、私には一筋の光明が見えた気がした。
たった一人で行っちゃいそうなしゅー君をつなぎとめて、彼女になれるのなら。しゅー君を救えるのなら。私はどんな手だって使って見せる。
……待っててね、しゅー君。あとちょっとの辛抱だよ。あとちょっとで、全部解決するから。
来年も再来年も、また次の年も。貴方の隣にいるのは、私たちだよ……!
だいぶ書き進んでるので、上手くいけば12月中には完結できるかもしれません。