今回は軽度な暴力表現(勿論受けるのは我らが主人公のみ)がありますので、苦手な方はご注意ください。
前話ラストの海未ちゃんも、今話冒頭の修也くんも夢を見ていますが、それぞれ見ている相手が違うのがちょっと切ない。
暗い……。
暗くて何も見えない。でもそれも当然か。肝心の瞼が開かないんだから。
目を開かなきゃ、何を確かめられるだろう?自分の目で確かめないで、一歩も踏み出せないで、どんなチャレンジができるって言うんだろう。
……そして、だからこそ。今の俺は何もできない。
親父が『動体視力は空ではパイロットの必殺兵器だ』って言ってたのが無駄に思い出される。
そんな言葉はどうでもいいけど……目が開かないと、海未も、ことりも、みんなも。どうにもできないじゃないか……。
もっと早く気が付くべきだった……。みんなに告白される中、一番付き合いの長いあの二人が、まだ何も言ってきてなかったのを。俺は二人を、こんな手に出るまでに追い詰めてしまってたかもしれないんだ。
目を開いて行かなくちゃ、立ち上がらなくちゃいけないのに……。
「こんなところにいていいの? 待ってる人がいるんでしょ?」
不意に聞こえた声。顔は見えないけど、聞き覚えがある。
確かニューヨークで会った、お姉さんの綺麗な声……。
俺、貴女に会いたかったんですよ。
どうしたらいいのか結論が出せなくて、相談したかった。
貴女なら、適切なアドバイスをしてくれそうだったから。
誰かの力に頼ることも大事だって、今なら思えるし……。
「そうだね……。でもそれはまず、ここを出てからね?今、貴方は疲れているんだよ?」
ここは一体、どこなんです……?
……どうすれば、出られるって。
「大丈夫、ここは夢だから。今は目が開くまで休んで……」
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———————……ふいに、目が醒めた。
何か夢を見てた気がするけど、今はそのことはいい。まずは状況の確認だ。辺りを見渡す。
うまく体も動かせないけど、瞼は多少開いてくれた。呼吸も正常だ。
……ここは何処だ?今、何時だ?俺はどうしてここにいる?
様々な疑問が頭の中に浮かぶとともに、徐々に記憶も蘇ってきた。
そうだ、俺は確か——————
だが、その疑問に答えを出すより早く、俺をこうした張本人が部屋に入ってくる。
「あっ……しゅーくん起きたんだぁ♡ さっきはごめんね、どこか痛くない?」
その張本人とは、南ことり。
俺の体のあちこちを触診のように触られる。静かな俺とは対照的に、ことりは嬉しくて嬉しくてたまらないという様子だ。恍惚としていて、息遣いもどこか荒い気がする。
心配そうな声もかけてくれるし、身体が万全ならドキドキしていたところかもしれないが、あいにくと今はそれどころではない。
みんなのアタックは一人づつだったし、こんなに直接的な手段じゃなかったから、ましてや海未と一緒なら大丈夫だろうと油断していたのだろうか。二人もおそらくとは警戒はしてたけど、まさかここまでとは……。なんにしても、ある程度意識があるのは僥倖だ。
「ことり、いったいなんで、こんなことを……!?」
まだ本調子ではない体に鞭打って、なんとか口を開けて言葉を紡ぐ。
後ろ手に苦しい感触がする。おそらく縄か何かで拘束されているのだろう。流石にドラマみたいに手錠ということはないとは思うが、ニューヨークで凛も鞄に入れていたし、通販でも最近は買えるらしい。
それにもし、にこの言うようにことりが俺を盗撮していたのだとしたら、凛のその道具もことりが用意したものだったりするのだろうか?
……だけどその口は温かい何かで塞がれ、続きを言うことはできなかった。すぐに解放される啄むようなバードキス。
ことりの、唇だ。
「ふふっ……キス、しちゃったね♡」
俺の姿しか反射していない淀んだ瞳のままで、嬉しそうに微笑むことり。
短い時間だったから唾液の橋がかかるようなことはないが、それでも唇の周りについた少しの唾液を、小さくて形の良い唇から、心底美味しそうに舌なめずりしている。
その背徳的な姿は、世の男が100人中100人は目が離せなくなるか、飛びついているところだろう。
今のことりはそのくらいの……、スイッチの入った絵里やツバサ以上の艶やかさがある。そんな彼女は、そっと俺の唇に指をあてて、額と額をあわせて体温を伝えながら囁いた。
「今しゅーくんが考えてること、当ててあげよっか?」
俺の身体は少し冷えていたのか、ことりのおでこから熱が伝わってくる。目と目があって、逸らせなくなる。蛇に睨まれた蛙というわけじゃないけど、心までわしづかみにされているような感覚だ。
穂乃果や海未のような、みんなより一段上の狂気にあてられる。しかし、狂っていても愛は愛。それは麻薬のように甘美な味わいでもって、じわじわと俺の心を蝕もうとしているのがわかる。
ことりの誘惑に乗ったら、ダメだ……!
「薬でぼーっとしてるのに、ことりに興奮しながら……好きになっちゃいけない、ここを逃げなきゃいけない……って考えてるんでしょ? 本当にかわいいんだから♡」
そう言ってクスクスと笑うことりの姿は、あまりにも危険な魅力を放っている。もしゲームとかに出てくる女悪魔が現実にいたとしたら、まさに今目の前にいる彼女のような姿なのだろうか。
誘うような表情。純真無垢だと思っていたことりに、こんな一面があったなんて……。
「本当ならダメなんだけど、せっかくしゅーくんがこうして私にドキドキしてくれてるんだから、ご褒美に教えちゃいますっ♪ 気づいてるだろうけど……海未ちゃんと私は協力して、しゅーくんをあの雌猫ちゃんから取り戻すことにしたの」
……雌猫っていうのは、多分ツバサのことだろう。
しかし、監禁に協力だなんて……今更嘘をついているとは疑わないけど、堅物の海未ですら、こんな手に乗ったっていうのか?
だとしたら、ここに海未がいない理由も気になる。さらに言えば、この二人が協力しているということは、自然と穂乃果も……という危険も予想がつく。とにかく、今俺にできることは……。
「———————駄目だよしゅーくん。他の女の子のことを考えたら」
そこで、痛みで思考が中断された。
頰の中で切れたような感覚がする。歯や顎に異常はなさそうだけど、かなり強い痛みだ。
表情からは先程までの微笑みは消え去って、静かな怒りと嫉妬が読み取れた。
あの温厚なことりに……叩かれたのか?
……間違いなく相当、怒っている。少なくとも暴力をふるえる程度には。演技なのか本心なのか、ことりはまた愛おしそうな表情に戻って、叩いてしまった頰を謝りながら優しく舌で撫でてきた。
「んっ……はぁ。ごめんね?でもしゅーくんが他の女の子のことばっかり考えてる目をしてたから……。少なくとも、今だけはことりを見てほしいな……?」
女の勘というヤツか。なんにせよ、今のことりには俺の考えていることお見通しなのは間違いないようだ。隠し通せると思ってるわけじゃないけど。
「しゅーくんのことなら、なんだってわかるよ♪だってずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……見てきたんだからぁ♡」
己の頰に手を当てて、恍惚の表情を浮かべながら顔を赤らめる。だがその瞳は淀みきって、俺の視線を沈みこませる底なし沼の泥とすら思えた。
「ことり……本当に、俺のことを隠し撮りしてたのか?」
しかし、ビビってても何も始まらない。このくらいの痛みがなんだと、少しでも情報を引き出す。
義務はないのだが、俺のことを手元に拘束できていることに充足しているのか、ことりは答えてくれた。
「うん♪ほら、このカメラよく撮れてるでしょ?音声は聞こえないけど、バイト代で買った甲斐があったよね。毎日毎日……いつだってしゅーくんのこと見てられるんだもん。いけないことだってわかっていても、我慢できなかったの。許してくれる……?」
ことりは俺の部屋の監視カメラの映像らしきものと、小型のカメラを見せてくれた。
いつの間にか取り付けたのか……。いや、そんなに難しいことじゃない。2年生はのんびり映画を見るときとか、割と俺の家によく来ていた。少なくとも、母親に穂乃果は鍵を預けられる程度には信用されてたんだし、タイミングはいくらでもあった筈だ。
「……嫌だった?ごめんね。でもことり……しゅーくんに留学を止めてもらった時から……私の中にある恋があふれ出してきて、なんでもしちゃうようになった。家に来るたびにしゅーくんの歯ブラシや私物をもらっちゃいそうになったし、帰り道をコッソリついて行って写真も撮ったりしちゃった。練習に付き合ってくれた後は、トイレに行ってる間に練習着の汗のにおいを嗅いだりしたよ♪」
……それじゃ、ほとんどストーカーじゃないか。
たまに洗濯に出そうとしたときにことりの部屋みたいな甘い香りがした。その時はみんな俺の汗の匂いに何か消臭剤でもかけたのかと一人で傷ついていたが、真相はこうだったのか……。
でも、正直なところ嫌悪感がない辺りは、ことりとのつきあいも深いゆえか、みんなの苛烈な愛情に俺も毒されてきているのか……。
「今だっていつでもシてあげられるように下着……つけてないんだよ? どう、ナマで見てみたいよねぇ……?」
思わず生唾を飲み込みそうになるが、必死に目をそらして抵抗する俺が今ことりに屈したら、ツバサへの裏切りどころじゃない。
ことりの狂気の愛情はじわじわと俺の理性を蝕んでいるのがわかるけど、それこそが狙いなんだ。俺が一度でも屈したら、性格上ツバサとの関係は間違いなくギクシャクする。ツバサは気にせず引っ張っていくのだろうが、俺が負い目を感じてしまう。そしてそれは、穂乃果に一度されたことで実証済みだ。
そうやってチャンスを作り出すことが目的……。だからことりの愛情は本物だとわかっていても、必死に嘘だと自分に言い聞かせて耐える。
「……ふーん。またあの女のこと考えてるんだ。でもいいよ。もうすぐそうやって悩むこともなくなるから」
それはひょっとして、さっきの海未の……!?
「簡単なことだよね?あの人がいなくなっちゃえば、しゅーくんはもう私たちを見てくれるしかないもん」
「……もしかして、ここに海未がいないのは」
「やっぱりしゅーくん、頭いいよね!そういうところも好き!そうだよ、海未ちゃんは今邪魔な猫ちゃんを始末しにいってるの♡」
なん……だって!?
ツバサを……始末!?
「ことり、海未も……!人殺しなんて正気かよ!?」
「……殺してやりたいけど、本当に殺したりはしないよ。そしたらしゅーくん悲しむもんね。大騒ぎにもなっちゃうし。ただちょっとだけ罰として、痛い目にあって貰うだけ。『一ヶ月ほど』踊れなくなるかもしれないけど、自業自得だよね。私たちからしゅーくんを奪おうとしたんだから」
海未ちゃんがどうするかは保証しないけどね、とクスクスと笑いながら付け加えられた。
ことりの声色には、全く罪の意識がない。ツバサのことを語る時、ゴミを見るような目で……本当に当然のことと考えている。
抵抗は試みているが、まだ頭も体の感覚もハッキリとしない。俺のいる場所はおろか、後ろ手に拘束されている素材すらよくわからない始末だ。
流石に毒性のある薬品は使ってないとは思うけど、どちらにせよしばらくまともに動けそうもない。そんなことは言ってられないのに……!
「それじゃあしゅーくん、そこで大人しくしててね?大丈夫、すぐに悩まなくて済むようにしてあげるから♪」
その言葉を最後に、ことりが衣服を脱いだまま、俺の身体に覆いかぶさってきた。
抵抗する気力も体力も削り取られきっていた俺は、そのまま———————
「……海未ちゃんが戻ってくるまで、ちょっとだけ。ちょっとだけ、いただきます……♡」
僕もことりちゃんに思いっきり叩いて欲しいですね。